October 15, 2019

ラグビーW杯 8強は カンタベリー3 アシックス2 オールブラックスはアディダス

ニュージーランドに、カンタベリーというブランドのアパレルメーカーがある。
ラグビーのジャージのブランドとして、世界的に有名だ。
かつて、ニュージーランドに旅行に行った日本人は、カンタベリー社製のオールブラックスのレプリカジャージをお土産に買ったものだ。

ところが2009年、アディダス社がオールブラックスの公式サプライヤーになると突然発表された。
9年間で総額2億ドルという大型契約である。
2011年に地元ニュージーランド開催のW杯、2015年のイングランド大会、さらに2019年の日本大会までアディダスを使うということ。

2015年のイングランド大会の4強は
 南アフリカ(アシックス) VS ニュージーランド(アディダス)
 アルゼンチン(ナイキ) VS オーストラリア(アシックス)
 で争われ、オーストラリアを破ったニュージーランドの優勝で幕を閉じた。
W杯史上4強に北半球の国(協会)が残れなかったのは初、ついでにカンタベリー社ジャージのチームが4強に残れなかったのも初めてのことだ。


この大会をきっかけにラグビージャージ=カンタベリー社 という図式が崩れていくかと思われた。
が2019年日本大会の準々決勝は
10月19日(土)
 イングランド(カンタベリー)vs オーストラリア(アシックス)
 ニュージーランド(アディダス)vs アイルランド(カンタベリー)
10月20日(日)
 ウェールズ (アンダーアーマー)vs フランス(ルコックスポルティフ)
 日本(カンタベリー) vs 南アフリカ(アシックス)

カンタベリーが3
アシックスが2
アディダス、アンダーアーマー、ルコックスポルティフが各1。
カンタベリーが復活した形だ。

ラグビーの代表チームは、様々な企業とスポンサー契約をしているが。
例えば、日本代表なら大正製薬(リポビタンD)
オーストラリアならカンタス航空
イングランドならO2(携帯会社)
などだが、ニュージーランドは保険会社のAIGと契約している。
こちらも5年間で約8,000万ドルというからかなりの大型契約だ。
東京を舞台にオールブラックスのメンバーが活躍するCMが話題になっている。

Allb  

ラグビーW杯 出場国のメインスポンサーと公式ジャージメーカー

2019rugby

|

October 03, 2019

10種競技の選手だったIOC会長アベリー・ブランデージ

1964年の東京五輪の際、IOC会長が誰であったかご存知だろうか。

アベリー・ブランデージ氏(アメリカ)である。

ブランデージ氏は、東京五輪だけでなく1972年の札幌五輪開催時もIOC会長だった人物だ。
いかなる形であれ五輪にプロフェッショナリズムが持ち込まれることに強く反対したほか、親ナチス的・反ユダヤ的な態度、あるいは人種主義的とも取れる言動は、たびたび論争の的となった。
ブランデージ自身は陸上10種競技の選手として、五輪出場経験がある。

10種競技 (デカスロン)は、陸上の10種目からなる混成競技のことだ。
1997年の日本選手権大会の覇者である武井壮が、タレントとして活躍し、右代啓祐が日本人選手としては48年振りとなるロンドン五輪、さらにはリオ五輪に出場するなど、10種競技に関心を持つ人が近年増えてきている。

通常、2日間にかけて実施され、1日目は、100m、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、400m、2日目に110m障害、円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、1500mを行う。

陸上各競技の走・投てき・跳躍に関わる技術と、2日間にわたる体力、持久力、集中力が要求されることから、総合王者は「キング・オブ・アスリート」と称えられ、ヨーロッパでは特に人気が高い。
古代オリンピックの5種競技をルーツとし、近代オリンピックでは、1912年のストックホルム五輪から採用されている。
また、1912年のストックホルム、1920年のアントワープ、1924年のパリの各五輪においては、走幅跳び、円盤投げ、200m、1500m、やり投の5種目を1日で競技した5種競技(ペンタスロン)も正式競技として行われた。

Photo_20191003175801

ジム・ソープ

1912年ストックホルム五輪の陸上5種、10種競技の両種目に優勝したのはジム・ソープ(アメリカ)。
ソープの偉業は、ストックホルム五輪の開催国であるスウェーデン国王、グスタフ5世から「世界で最も偉犬なアスリート」と特別にトロフィーを贈られたほどだ。

ソープはアメリカの原住民インディアンの血を引く万能スポーツ選手だったが、彼の名前が有名になったのは、
2つの金メダルを剥奪されたからだ、

アマチュアリズムが崩壊した現在では考えられない話である。
ソープが2つの金メダルを獲った翌1913年、アメリカの地方紙に「ソープはプロ野球選手だった」という記事が載る。
この記事が元で、ソープは金メダルを剥奪された。

現代の五輪では、プロ選手にも開放、オープン化されている。
しかし当時、五輪にはアマチュア規定が厳しく定められており、プロ選手の参加は認められていなかった。
貧しい学生だったソープは、学生生活の傍ら、プロ野球とは名ばかりのセミプロ球団で、夏休みに2度ほどアルバイト選手としてプレーし、週10数ドルほどの給料を受けたことがあった。

スウェーデン国王が素晴らしいと褒めたたえるほどの成績を残しても、プロで稼いだ金が微々たるもので、ほとんどが学校に入っていたとしても特例は認められず、ソープの金メダルは剥奪されてしまった。

後のIOC会長であり、アマチュアリズムの権化と呼ばれたアベリー・ブランデージ(アメリカ)は、ソープと同じストックホルム五輪の五種競技に出場し、6位に入ったが、ソープの失格で5位に繰り上がっている。
ソープの金メダル剥奪の影には、ブランテージの存在があったのではないかと言われている。
また、インディアンの血をひくソープヘの人種差別、偏見もあったようだ。

1953年にソープ自身は死去するが、30年経った1982年10月にIOC理事会はソープの権利回復を承認した。
ただし、当時繰り上げで金メダルを獲得した5種競技のフェルディナンド・ビー、10種競技のフーゴ・ウィースランダーともに繰り下げずにそのままとし、ソープも金メダルを獲得=両者優勝とした。

|

«ショーナ・ミラーかサルワ・エイド・ナセルか 17年ぶり48秒台が出るか 女子400m