オリンピック人国記 人見絹枝(岡山県)

日本人の女性で初めて五輪に出場し、初めてメダルを獲ったのは誰か、ご存知だろうか。
岡山県出身の陸上の人見絹枝さん(故人)だ。
1928年のアムステルダム五輪、43名の日本選手団中、唯一の女子選手だった人見は800mで銀メダルを獲り、日本の陸上史にその名を残した。
身長170cm、体重は56kg、この時代の女性としては随分大柄である。
56年ぶりに五輪女子100mに出場する福島千里が166cm48kg、人見と同じアムステルダム五輪に出場した3段跳び金メダリストの織田幹雄が165cmだったというから、その大柄振りが伺える。

100m、400m、走り幅跳びに世界記録を持っていた人見は、アムステルダム五輪で100m、800m、円盤投げ、走高跳の女子の個人種目全てにエントリーした。
100m予選は1着で予選突破したものの、準決勝は4着(12秒8)に終わり決勝進出を果たせず、そのため未経験の800mの出場を決めた。
未経験でありながらエントリーしているところが、凄いのだが・・・。
800mの予選は2分26秒2で突破、決勝は2分17秒6で2位、日本人女性初の五輪メダリストになった。
これが1928年8月2日 人見21歳のときである。
ところが、この日からちょうど3年後の1931年8月2日、人見は肺炎のため24歳で早世した。

人見の銀メダルから64年後、1992年バルセロナ五輪で、同じ岡山県出身の有森裕子が人見以来の陸上女子銀メダリストとなった。
有森の祖母は人見の女学校の後輩であり、有森の銀メダル授与もまた8月2日だったという奇縁もあった。

岡山県は、五輪史に残る選手が多く出ている。
東京五輪に出場し、タレントとしても活躍した競泳の木原光知子(故人)。
メキシコ、ミュンヘン、モントリオールの3大会連続で体操団体金メダルを獲得した監物永三、ロサンゼルス五輪の鉄棒で、男子初の10点満点を出し金メダルを獲った森末慎二、北京五輪野球日本代表監督の星野仙一(故人)も岡山県出身である。

私事になるが、102歳で亡くなった筆者の祖母は1902年生まれだった。
人見さんは1907年生まれで、祖母よりも5歳も若かったことになる。
人の一生とは不思議なものだ。

 

●1928年 陸上女子800m ①リナ・ラトケ ドイツ  2:16.8  ②人見絹枝 日本  2:17.6  ③インガ・ゲンツェル スウェーデン  2:18.8
*女子800mは、そのきつさ故、1932年から1956年まで五輪種目から外されていた。

| | Comments (8)

«東京オリンピック 注目は男子バスケットボール