August 23, 2016

オリンピックで国威発揚なんて36年ぶりに聞いたぞ

私が幼少の頃、国威発揚と言う言葉が五輪と並べてよく使われた。
時は1980年。
モスクワ五輪開催を前に、東西冷戦が五輪を政争の具にしようとしたのだ。

「ソ連政府は五輪を国威発揚の場として捉え、金メダル競争に勝つことで、社会主義体制の優位を世界に訴えようとしている。
1979年からのソ連軍によるアフガニスタンへの軍事介入は、ソ連国民には知らされていない。これを国際社会に訴えるべく米国はモスクワ五輪をボイコットする。」

1980年の米国大統領選を前に、ジミー・カーター大統領は自身の再選がおぼつかないと見るや、当時ソ連政府が最も注力していたモスクワ五輪の成功を妨害すべく、ボイコットを主張した。

この当時『国威発揚』なる言葉は、頻繁にメディアに登場した。

「1980年当時のソ連を巡る状況は、1936年ベルリン五輪当時のナチスドイツの状況に似ている。
ナチスドイツもベルリン五輪を『国威発揚』のために利用した」と。

五輪は『スポーツの祭典』である。
かつてナチスドイツや旧ソ連に国威発揚の場として利用されたことがあったが、ボイコットの応酬を経て、人類はそのような利用の仕方はもうしないと誓って運用を変えてきた。
ときの権力者が自らの権力基盤を誇示するような場ではない。

モスクワ五輪から36年、ベルリン五輪から80年が経ち、まさかまた五輪と国威発揚が並べて使われるとは思ってもみなかった。
しかも使ったのはNHK。
2020年に東京五輪を開催するメリットとして以下の5の項目を挙げたという。

①国威発揚
②国際的存在感
③経済効果
④都市開発
⑤スポーツ文化の定着

大笑いだ。
まるで冷戦下のソ連政府と同じ発想ではないか。
それどころか日中戦争の為に返上した1940年の東京五輪時の状況に似通っている。

京都新聞の8月15日社説は、1940年の東京五輪が返上に至った背景に続いてこのように書いている。

「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励する」というオリンピック憲章の精神は、戦争や独裁政治、国威発揚とは相いれない。
天孫降臨伝説の高千穂で聖火ならぬ「神火」の採火を大真面目に検討するような当時の日本には五輪開催の資格などなかった。
 中略
(2020年の)待望の東京五輪は戦後75年の節目の年にあたる。憲章の理念に沿い、平和で幸せな大会にと願う。(京都新聞8月15日社説)

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画像は@kingo999さんのツイッターから

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