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June 02, 2004

オリンピックの記憶(1)ウラジミール・サルニコフ

Q.競泳1500㍍で15分の壁を最初に破った選手は誰でしょう。

1.ウラジミール・サルニコフ
2.マーク・スピッツ
3.イアン.ソープ

こたえ 1.ウラジミール・サルニコフ

80年代前半のオリンピックは東西冷戦の最中、ボイコットの応酬に泣かされた選手も多かった。

競泳や陸上などタイムを競う競技の場合、いくつかの壁が存在する。
競泳1500㍍自由形には「15分」という壁があった。
76年モントリオール大会、最初に15分を切るのではと言われたレースで優勝したのはアメリカの高校生B・グッデル。タイムは15分02秒40。15分の壁まで3秒弱のところまで来ていた。
このレースは5・6・7位が接戦となり残り25㍍からのスパートで5位に入ったのがソ連の16歳V・サルニコフだった。

78年の世界水泳で15分03秒99で優勝したサルニコフの目標は、地元モスクワ大会での世界記録と金メダル。
ところが、1980年のオリンピックイヤーが明けると、その前年からのソ連のアフガニスタン侵攻に抗議するためにモスクワオリンピックのボイコットを当時の米国大統領J・カーターが提唱。米国、日本、西ドイツなどが米国に追従、モスクワ大会をボイコットした。

水泳大国米国を欠きながらもモスクワオリンピックは開幕。
サルニコフは14分58秒27で金メダルを獲得した。
マスコミの扱いの少なかったモスクワ大会であったが、1500㍍で初めて15分の壁を破った青年の記事は日本の一般紙の一面にも取り上げられた。

1984年ロサンゼルスオリンピック、今度はソ連、東ドイツなど東側諸国が報復ボイコット、サルニコフのいない1500㍍の優勝タイムは15分05秒台に留まった。

サルニコフは精密機械のように100㍍をほぼ1分という正確なラップで刻んでいく泳ぎ方であり、1983年に出した自己ベストは当時としては驚異的な14分54秒76。だが、これ以降自己ベストは出なくなっていく。

1988年12年ぶりに東西の両陣営が競ったソウルオリンピックが幕を明けた。
28歳になったサルニコフのこの年のベストは15分17秒台。
決勝に残るものの、誰も彼の金メダルを予想する者はいなかった。
しかし、600㍍過ぎからかつてのような正確なラップを刻み始め、2位以下を大きく引き離し始める。最初は冷ややかにみていた場内の水泳関係者も、最後の100㍍は全員が立ち上がって後押しした。

年齢のハンデを乗り越え、サルニコフは4回目のオリンピックで真の世界一の座を勝ち取った。
タイムは15分00秒40、15分を切ることは出来なかったが、東西冷戦に泣かされ続けたオリンピックを見ていた者として、オリンピックがかつてのようにまたひとつになったと確信した瞬間でもあった。

韓国人はサルニコフを知らないようで、何で大声援を受けているのかわからないようだったことを付け加えよう。


ソウルオリンピック当時、水泳選手で28歳はかなりの高齢だった。
が、スポーツ医学の発達、環境の整備などで以前では考えられない高齢の選手もいる。
バタフライアテネオリンピック代表大西順子選手29歳。(シドニー大会メドレーリレーの銅メダルの内の一人)日本競泳史上最高齢だそうだ。
ほかにもロシアのA・ポポフは31歳100㍍自由形の金メダルを狙っている。

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