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July 13, 2004

オリンピックの記憶(8) 悲運のレスラー 高田祐司と冨山英明

Q.スポ根アニメ「アニマルワン」とは何の競技がテーマでしょう。

そういえば、以前はオリンピックを題材にしたアニメや子供向けドラマが必ずあった。
こうしたものを総じて「スポ根」=スポーツ根性ものと呼んだが、すっかり死語になった。
アタックナンバーワン(女子バレー)、ミュンヘンへの道(男子バレー)、金メダルへのターン(競泳)、レスリングといえば「アニマルワン」かな・・・。とはいえ内容は全く覚えていない。メキシコ五輪をめざすという川崎のぼるの漫画だそうだ

レスリングは、柔道・体操と並ぶ日本のメダル量産競技。
近年男子は不振が続き、なかなかメダルが獲れなくなったが、アテネ五輪から女子レスリングが正式種目になり、柔道をも上回るメダルラッシュが期待されている。
日本選手団旗手も勤める浜口京子選手の父親でもあるアニマル浜口氏が、レスリング界の格好のスポークスマンとなっているのはよく知られているところだ。

男子は、女子の正式種目に伴ってフリースタイルと上半身のみ使うグレコローマンともに1階級少なくなり7階級が、女子はフリースタイルのみの4階級がアテネ五輪で実施される。

1996年まではフリースタイル、グレコローマンとも次のような10階級が実施されていた。
48㌔ 52㌔ 57㌔ 62㌔ 68㌔ 74㌔ 82㌔ 90㌔ 100㌔ 130㌔
2000年には8階級に
54㌔ 58㌔ 63㌔ 69㌔ 76㌔ 85㌔ 97㌔ 130㌔
そして2004年には女子の参加に伴い7階級ずつに減っている。
55㌔ 60㌔ 66㌔ 74㌔ 84㌔ 96㌔ 120㌔

女子は下記のようなフリースタイルのみの4階級で争われる
48㌔ 55㌔ 63㌔ 72㌔ 


2000年のシドニー五輪で永田克彦がグレコローマン76㌔級で銀メダルを獲得。
グレコでのメダル獲得は12年振りであった。
かつて、レスリングは日本のお家芸といわれ、フリースタイルで16個、グレコロー マンでも4個の金メダルを獲得している。
アマレスを経てプロレス入りする選手も多く、衆議院議員でありながら、現役のプロレスラーで、元星陵高校国語教師の馳浩氏もモスクワ五輪幻の日本代表、今は亡きジャンボ鶴田氏はミュンヘン五輪日本代表。そういえば長州力もミュンヘン五輪に出ている。

印象に残っているレスラーは高田祐司と冨山英明だ。
高田というと顔に絆創膏をはったまま涙の訴えをしたモスクワ五輪が印象深い。
日体大へ進んで実力を開花。1973年世界3位のあと、74・75年の世界選手権を連覇。76年モントリオール五輪でも勝ち、77年世界選手権も優勝。78年は5位に終わったが、翌79年に世界王者に返り咲いた。
モスクワ大会は前回金メダル、現役世界チャンピオンとして全盛期だっただけに、惜しかったというよりも高田がどんな試合が出来たか見ることができなかったことが悔しい。

こんなエピソードもある。ソ連のレスリングチームが練習で来日したとき、高田の階級である52kg級だけ連れて来なかった。その理由を、「誰を(高田に)ぶつけても勝てないから、ムダ金を使うことはやめた」とソ連の監督が説明したというのだ。

高田は、モスクワ大会ボイコットに涙の抗議をして一度引退。
ロサンゼルス大会前に復帰し、金メダル取ったらメダルにキスして客席に投げ入れるというパフォーマンスを考えていたという。
しかし、ユーゴの選手にまさか負けて銅。幻のパフォーマンスに終わった。

当時、冷戦に泣かされた東西ともに選手がどんなにいたことか。
90年の日本での世界選手権へ向けて再度復帰し、8位に終わって現役を引退した。

高田が銅メダルに終わったロサンゼルス大会で金メダルを獲ったのは富山英明。
開会式の行進中にカメラを取り出した冨山に激怒した役員A氏(もう亡くなりましたが)に「冨山かえれー」と一括されたこともあった。
時代錯誤的な体質がまだまだ残るのが日本のスポーツ界。

富山が初めて世界を制したのは78年の世界選手権。
高田裕司が初戦で不覚を喫したピンチに金メダルを獲ってこたえたのが富山だった。
翌79年にも、のちに大レスラーとなったセルゲイ・ベログラゾフ(ソ連)を破って2連覇を達成した。
だが、富山もこの時代の多くのアスリート同様、東西冷戦に巻き込まれていく。
1980年、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議し、米国、日本、西独などがモスクワ五輪の不参加を決定。

JOCがボイコットを決めた後も、日本レスリング協会は、協会としての個別参加を探るなど最後まで参加の道を探るが、果たせなかった。
そして84年ロサンゼルス五輪で4年間あたためた地力を発揮し金メダルを獲得した。
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●日本の過去の五輪金メダリスト
64年グレコ 52キロ 花原勉 57キロ級 市口政光
68年グレコ 68キロ級 宗村宗二
84年グレコ 52キロ級宮原厚次
52フリー 57キロ級 石井庄八
56年フリー 62キロ級 笹原正三 74キロ級 池田三男
64年フリー 52キロ級 吉田義勝 57キロ級 上武洋次郎 62キロ級 渡辺長武
68年フリー 52キロ級 中田茂男 57キロ級 上武洋次郎 62キロ級 金子正明
72年フリー 52キロ級 加藤喜代美 57キロ級 柳田英明
76年フリー 52キロ級 高田裕司 74キロ級 伊達治一郎
84年フリー 57キロ級 富山英明
88年フリー 48キロ級小林孝至 52キロ級 佐藤満

ご覧のように88年のソウル五輪を最後に金メダルが出ていない。 これには、競技人口の
減少がまず挙げられる。
日本全体が少子化になる中、レスリングをやろうという少年の数が減っている。
かつて、300はあったという小学生対象のクラブが200位に減っているという。
さらには、ソ連が崩壊し、15の独立国になったことが大きい。
かつてのソ連代表に 準じる力の選手がそれぞれの国の代表として五輪に出てくるようになり、出場枠の獲得を難しくしている。
さらには、大学を卒業した選手の就職先選択の難しさが挙がる。
シドニー五輪銀メダルの永田は、より良い環境をめざし警視庁から兄裕志も所属する新日本プロレスに移籍している。

●日本のレスリング選手の五輪と世界選手権で獲得したメダル順位( )内は五輪
1 高田裕司 5(1) - 2(1)
2 富山英明 3(1) 2 1
3 渡辺長武 3(1) - -
3 金子正明 3(1) - -
3 柳田英明 3(1) - -
6 笹原正三 2(1) - -
6 上武洋次郎 2(2) - -
6 中田茂男 2(1) - -
6 市口政光 2(1) - -
10 宮原厚次 1(1) 2(1) 1

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