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October 27, 2004

オリンピックの記憶(11) ダン・ジャンセンの軌跡

冬季五輪にも様々なドラマがある。
1回の五輪で5個の金メダルを獲った男もいれば、1個の金メダルを取るのに4回の五輪に出た男もいる。
 
男の名前はダン・ジャンセン
五輪の歴史において、ダン・ジャンセンは悲劇のヒーローとして記憶に残っている。
 
1988年、2月14日。
米国ミルウォーキーの病院でジェーン・ジャンセンが白血病のために亡くなった。
27歳。ダン・ジャンセンの姉である。この1週間前、ジャンセンは500と1000㍍を2回ずつ滑る世界スプリント選手権で総合優勝を遂げ、姉ジェーンにその報告をしていた。

カルガリー五輪2日目、ダン・ジャンセンは選手村で姉の悲報を聞き、その数時間後、スピードスケート500㍍のスタートラインに立った。
2組インスタート。
当時、500㍍は1回のみのレースで順位が確定した。そのため、インコースかアウトコースかで明らかな有利・不利があった。
ジャンセンは100㍍を9秒95で通過したが、第1コーナーで転倒してしまった。
サラエボ五輪で惨敗した黒岩彰が銅メダルを獲り、雪辱を果たした。
日本の新聞には黒岩の文字が大きく踊る脇に、ジャンセンの小さな記事が載った。

4日後の1000㍍。翌日には、ジェーンの葬儀が予定されていた。「ダン・ジャンセンに金メダルを」。
米国メディアは合言葉のようにくり返していた。
米国オリンピック委員会が、彼の帰国のために特別機をチャーターした。
600㍍まで44秒02。世界記録を0秒38上回るペースだった。しかし、最終コーナーで再びバランスを崩し倒れてしまった。
 
1992年、雪辱を期したアルベールビル五輪、500㍍はウーべ・メイ(東独=当時)が金メダル。銀メダルは黒岩敏幸、銅メダルには井上純一が入った。が、ダン・ジャンセンは4位。
米国の新聞にジャンセンは、スケートでなくスキーを履いていたと酷評された。
さらに、1000㍍は屈辱の26位に終わった。
 
この後、冬季五輪は夏季五輪の中間年に開催されるようになり、2年後、1994年にリレハンメル五輪が巡ってきた。
500㍍は6年前と同じ2月14日だった。
ダン・ジャンセンがリンクに姿を見せた。
彼は、生後9カ月の長女を連れて大西洋を越えてきた。長女の名は、「ジェーン」。もちろん姉の名前から取った。
「2人のジェーン」のために、ジャンセンは4度目の五輪に挑んだ。
実力は、間違いなく世界一だったろう。
35秒76、スラップスケート以前の当時としては驚異的な世界記録を持ち、直前にカルガリーで開催されたの世界スプリント選手権も制していた。
ところが、第2カーブの入り口で、左足のエッジの先端が氷に突き刺さる。バランスが崩れた瞬間、左手の3本の指がリンクにつく。36秒68。8位だった…。
専修大の学生だった堀井学が銅メダル、まだ19歳だった清水宏保が5位に入った。
実力がありながら、メダルに縁のない選手もいる。ジャンセンもそんな選手の一人。周囲にそんな雰囲気が漂い始めていた。
 
リレハンメル五輪1000㍍、ダン・ジャンセンの最後のレースが始まった。
700㍍付近で、ジャンセンは、またスリップした。左手を2度、氷についた。
しかし、もう転倒することはなかった。リズムを取り戻し、最後の直線でさらに加速した。
1分12秒43。世界新記録。8回目のレースで金メダルに手が届いた瞬間だった。
 
リンクサイドで生後9カ月のジェーンを抱いた妻ロビンが号泣している。
ジャンセンの人生観の中で、最も価値が高いものが「家族」であることを、そのことが象徴している一瞬だった。

だが、この話にはオチがある。
金メダルを取って、実業家としても成功したジャンセンは忙しくなり、家族とすれ違いが多くなり、そして離婚してしまった。

スピードスケート男子短距離のメダリスト

1984年サラエボ大会
500㍍ 
1.S.フォキチェフ(ソ連) 2.北沢欣浩(日本) 3.G.ブシェ(カナダ)
1000㍍ 
1.G.ブシェ(カナダ)2.S.クルニコフ(ソ連)3.K.イングルスタッド(ノルウェー)
 
1988年カルガリー大会
500㍍
1.U.メイ(東独)2.J.イケマ(オランダ)3.黒岩彰(日本)
1000㍍
1.N.グリエフ(ソ連)2.U.メイ(東独)3.I.ゼロゾフスキー(ソ連)
 
1992年アルベールビル大会
500㍍
1.U.メイ(ドイツ)2.黒岩敏幸(日本)3.井上純一(日本)
1000㍍
1.O.ジンケ(ドイツ)2.金潤万(韓国)3.宮部行範(日本)
 
1994年リレハンメル大会
500㍍
1.A.ゴルベフ(ロシア)2.S.クレフシェニア(ロシア)3.堀井学(日本)
1000㍍
1.D.ジャンセン(米)2.I.ゼロゾフスキー(ロシア)3.S.クレフシェニア(ロシア)
 
1998年長野大会
500㍍
1.清水宏保(日本)2.J.ウォザースプーン(カナダ)3.K.オーバーランド(カナダ)
1000㍍
1.I.ポツマ(オランダ)2.J.ボス(オランダ)3.清水宏保(日本)
 
2002年ソルトレークシティ大会
500㍍
1.フィッツランドルフ(米国)2.清水宏保(日本)3.カーペンター(米国)
1000㍍
1.ファンヘルデ(オランダ)2.ボス(オランダ)3.チーク(米国)

<QUIZ>(☆難 問)
カルガリー五輪の500㍍で、転倒したダン・ジャンセンに巻き込まれた並走していた日本人選手は誰でしょう。
 
こたえ.黒岩康志
 
銅メダルの黒岩彰、銀メダル黒岩敏幸など黒岩姓のスピードスケートの選手は多く、いずれも群馬県の出身だが、特に姻戚関係はない。ジャンセンに並走していたのは黒岩康志。
当時500㍍の日本記録を持っていたスケーターだった。ジャンセンの転倒に巻き込まれ、再レースを要求するも却下される。4年後のアルベールビル五輪を目指すが、果たせなかった。


荻原健司、古賀稔彦、鈴木大地…。日本の金メダリストでも離婚した人って結構いますよね。
選手時代は特に家にいなくて、すれ違いが多いのかなあ。

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