陸上女子の永遠に破ることのできない世界記録 (中国人選手編)
今から12年も前のはなしだ。
1993年8月、ドイツ、シュツットガルトで開催された第4回世界陸上競技選手権大会。
この大会で女子長距離種目(1500m、3000m、10000m)を全て中国選手が制した。特に女子3000m決勝、3人の中国人選手がとばし、最後まで4位以下を引き離してのマッチレースとなり1~3位を中国勢が独占した。
ところが凄いのはここからだ。
世界陸上からわずか20日後の中国第7回全国運動会において同じメンバーが5つの世界記録を出した。
特に全国運動会3000m決勝の1位~5位、さらに前日の予選の3人の記録は、現在も世界歴代ランキングのトップ10の内8つを占めるという大変なレースだった。
また3000mと10000mに優勝した王軍霞は、3000mは8分6秒11の世界新、10000mでもそれまでノルウェーのクリスチャンセンの記録を41秒96短縮する29分31秒78、初の30分の壁を破る世界記録を出した。
この大会1500m優勝の曲雲霞の3分50秒46も含め3種目とも世界記録として現在も残っている。
●第4回世界陸上選手権シュツットガルト大会 女子3000m決勝 1993年8月16日
1.曲雲霞 中国 8分28秒71(CR)
2.張林麗 中国 8分29秒25
3.張麗 中国 8分31秒95
4.ソニア・オサリバン アイルランド 8分33秒38
5.アリソン・ワイツ イギリス 8分38秒42
●女子3000m世界歴代ランキング
1.王軍霞 中国 8分06秒11 1993年9月13日 全国運動会1位
2.曲雲霞 中国 8分12秒18 1993年9月13日 全国運動会2位
3.王軍霞 中国 8分12秒19 1993年9月12日 全国運動会予選
4.曲雲霞 中国 8分12秒27 1993年9月12日 全国運動会予選
5.張林麗 中国 8分16秒50 1993年9月13日 全国運動会3位
6.馬麗艶 中国 8分19秒78 1993年9月12日 全国運動会予選
7.馬麗艶 中国 8分21秒26 1993年9月13日 全国運動会4位
8.ガブリエラ・サボー ルーマニア 8分21秒42 2002年7月19日
9.ソニア・オサリバン アイルランド 8:分21秒64 1994年7月15日
10.Lirong Zhang 中国 8分21秒84 1993年9月13日 全国運動会5位
女子の3000mは現在では五輪、世界陸上ともに実施されなくなった種目である。中国のメダル独占を目の当たりにした国際陸連IAAFが、この種目の存続を避けた、と筆者は思っている。
そのため単純比較はできないが、1500mと10000mはともに12年経っても破られていない。
先の世界陸上ヘルシンキ大会の優勝記録と比較してもその凄さがわかるだろう。
●世界記録と世界陸上優勝記録との比較
女子1500m
世界記録 曲雲霞 3分50秒46
世界陸上優勝 Tomashova Tatyana ロシア 4分00秒35
女子10000m
世界記録 王軍霞 29分31秒78
世界陸上優勝 Dibaba Tirunesh エチオピア30:24.02
▼驚異の馬軍団
中国陸上界の英才たちを指導していたのは馬俊仁コーチ。
遼寧省を拠点に有望女子選手を集めて、昆明の高地トレーニングなどの厳しい特訓を行った。
1990年の北京アジア大会で初めて自ら率いる選手が大活躍し、金メダルを独占、話題となった。
中国では「馬家軍」日本では「馬軍団」と呼ばれるようになった。
王軍霞はアトランタ五輪でも5000mで金メダル、10000mで銀メダルを獲得。
その後、トレーニングに用いていた冬虫夏草のスポーツドリンクを売り出すなどビジネスでも話題を集めたが、選手の離反や体育当局との対立も伝えられ、しばらく表舞台から消えていった。
▼中国の薬物疑惑が再燃
馬軍団は2000年のシドニー五輪を前に突如として復活する。
しかし、直前になって、中国オリンピック委員会は馬軍団の主力選手、役員を選手団から外してきた。
シドニー五輪から初めて実施された禁止薬物、エリスロポエチン(EPO)の事前検査で陽性反応を示した選手を外したとみられた。当時、国を挙げて2008年夏季五輪招致を目指していた中国にとって薬物違反は致命的なダメージになると考えられていた。
最終的に、中国選手団のエントリーから外されたのは陸上14人、ボート7人、水泳4人、カヌー2人の計27選手と役員。27選手は国内でのドーピング(禁止薬物使用)検査で、通常の数値を上回る値が検出された。
当初488人をシドニー五輪に派遣する予定だった中国が、その1割近くに当たる40人(役員含む)の派遣を撤回したのだ。
1980年代から世界のスポーツ界で躍進を続けた中国は、1994年広島アジア大会で、水泳を中心に11選手もの大量薬物違反者を出し、メダルをはく奪された。旧東ドイツとの交流を背景に急成長したこともあって、ドーピングのうわさが後を絶たなかった中国の組織的な薬物汚染が、世界中から非難されていた。
このとき中国の国営通信社 新華社は代表団員の減少について、(1)一部の選手は血液検査(の結果)に疑問があった(2)一部の選手はけがや病気(3)コンディションの悪い控え選手も除外-などと説明。「公平競争原則の擁護などのため、シドニー五輪には参加しない」と強調し、ドーピング対策への強い姿勢を示した。
国際スポーツ界の中国に対する評価が再び低下することを恐れ、開幕直前の異例ともいえるこの措置は、ドーピング禍の一掃を印象付けたいという中国の姿勢の表れとされたのである。
ソ連や東ドイツが国威発揚のためにスポーツに金と薬をつぎ込んだのは1980年代である。
それから遅れること10年、90年代になって中国はソ連や東ドイツと同じ轍を踏み出していた。
ところが、中国にとって誤算だったのは、アンチドーピング、不正薬物使用を認めない風潮が世界に拡がり、薬物検査の技術が飛躍的に向上していたことである。
▼EPOとは
エリスロポエチン(EPO)は、酸素を運ぶ血液中の赤血球の数を増加させ、持久力を高める効果がある。スポーツ界へのまん延は何年も前からささやかれていたが、もともと腎臓から分泌され体内に自然に存在する物質であり、合成製剤を注射したものとの区別が難しかった。しかしIOCは血液検査と尿検査を併用することでシドニー五輪での違反摘発を決めていた。
▼中国の過去の主な薬物使用
1994年12月
広島アジア大会で競泳男子の4種目で金メダルを獲得した熊国鳴ら、陸上、自転車などのメダリスト計11選手から男性ホルモンの一種、ジヒドロテストステロンを検出。メダルはく奪。
1998年1月
水泳の世界選手権(豪州)に出場予定の選手がシドニー空港で成長ホルモン剤の水溶液を押収される。他の出場4選手からは利尿剤の陽性反応、2年間の出場停止処分。
2000年7月
5月の中国水泳選手権で筋肉増強剤が検出された女子200m個人メドレーの世界記録保持者、呉艶艶が、4年間の出場停止処分。
●参考リンク
陸上女子の永遠に破ることのできない世界記録
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