Pickup

November 02, 2018

東京オリンピックの男子体操は4‐3‐3の厳しい争いになる

現在、カタール‣ドーハで世界体操選手権が開催されているが、男子の世界選手権の予選の競技方法は、5-4-3(チーム構成5名、各種目4名が演技し、チームの得点は演技した上位3名の得点の合計)、これが決勝では5-3-3(チーム構成5名、各種目は3名が演技し、そのすべてがチーム得点となる)の方法が採られている。

この場合、5名のチームにオールラウンドの選手とスペシャリストの選手を混ぜて編成ができる。
そして、オールラウンドの選手も決勝で、6種目すべてに出場するのではなく、個人総合や種目別を鑑みながら、種目を減らすこともできる。
これまで、五輪や世界選手権で常に6種目を演じてきた内村航平が、今大会は怪我により、4種目に留まった。
では、今回のドーハ世界選手権で、団体決勝に出場した8か国40人の選手のうち、6種目に出場した選手は何人いるか?
答えは米国のサム・ミクラクSam Mikulakただ一人しかいない。

では、五輪の体操はどのように行われているか。
五輪でもロンドン、リオデジャネイロとこの5-3-3が採用された。
ロンドン、リオデジャネイロ五輪は、世界体操と同じ予選5-4-3、決勝5-3-3だったが、2020年の東京五輪は、4-3-3で行われる。

Taiso2018

つまり、各国ともにチームは4人。そのうち各種目3人ずつが演技をし、そのすべてが得点になる。
日本や中国、ロシアのような選手層の厚い国は、4名の代表を絞り込むのが難しくなるだろう。
また本番では失敗が許されないため、かかるプレッシャーは相当なものになると思われる。
そして、4名で、6種目×3の18種目の演技をするため、オールラウンド型の選手を中心に選考され、1種目のみのスペシャリストが代表に入るのは難しくなるだろう。

2004年のアテネ五輪の男子体操は、日本が28年ぶりに金メダルを獲った大会だが、6-3-3で行われた決勝で、水鳥寿思、中野大輔は1種目ずつしか演技をしなかった。
また、決勝に出場した6か国36名の選手のうち6種目すべてに出場した選手はひとりもいなかった。
東京では、この逆のケースになりそうだ。

|

October 18, 2018

世界バレー赤字見込みの記事に対して

14日の朝日新聞朝刊にこんな記事が載った。
世界バレー、TBSが億単位の赤字見込み CM収入低迷

連日バレーボールの中継を楽しみにしている人にすれば、ショッキングな内容だろう。
赤字は事実としても、少し補足をしてみた。

世界バレーボール選手権を開催できる国は限られる。
競技力、アリーナの数、経済力等を考えて、日本のほかは、ブラジル、イタリア、ポーランドと中国くらいしかない。
朝日記事にタイも関心があるとされている。
タイ女子の近年の人気と実力の向上(ジャカルタアジア大会は中国に次いで2位)は著しいと思うが、他国同士の対戦の集客力が未知数だ。

男子はともかく、女子の世界バレーはまず24か国の出場国が多すぎ。
女子は16カ国で良いのではないか。(1998年大会まで16か国参加)。
ちなみに、バスケットボールのW杯(旧世界選手権)は、男子24か国(但し19年大会から32か国)、女子16か国で行われている。

世界バレー男子の2002年大会を開催したアルゼンチンは、不入りで大会中に組織委員会が破綻し、JVA(日本バレーボール協会)が補填したという経緯がある。
この大会以降、世界バレーの日本開催が多くなった。
女子98、06、10、18年
男子98、06年
W杯バレーの日本開催を続けている都合上、これ以前は、世界バレーの日本開催は遠慮していた気がする。

今年の世界バレーで、使用した会場は6会場。
2006年大会で、主会場だった代々木競技場第一体育館、東京体育館が再来年の東京五輪のため会場整備の影響で使えず、横浜アリーナが代替した。
横浜アリーナは、東京五輪のバレーボールのメイン会場に決まりかけたが、横浜はサブコート2面を用意できないため断念。370億円かけて新設の有明アリーナを作ることになった因縁のアリーナだ。

2006年世界バレーの会場
 代々木競技場第一体育館 収容13,291人
 東京体育館 収容10,000人
 浜松アリーナ 収容8,000人
 松本市総合体育館 収容7,000人
 大阪市中央体育館 収容10,000人
 日本ガイシホール 収容10,000人

2018年世界バレーの会場
 北海きたえーる(北海道立総合体育センター) 収容8,000人
 横浜アリーナ 収容12,000人
 グリーンアリーナ神戸収容 6,000人
 丸善インテックアリーナ大阪(大阪市中央体育館) 収容8,200人
 日本ガイシホール 収容10,000人
 浜松アリーナ 収容8,000人


収用人数の大きいホール使いすぎが赤字の原因という説もあったが、2006年大会とほぼ同じ。
今大会は9月30日に、台風の直撃に遭い、鉄道が9時で止まってしまうというアクシデントがあったが、
その日を除き、入場者数が大きく落ちたということはない。
今大会の大きな相違点は、運営助成金としてFIVB(国際バレーボール連盟)から JVA に支払らわれていた2億円がなくなったこと。
さらに、これまでJVAの負担が50%だった外国チームの日本滞在の宿泊費、移動費が、全額JVAの負担になった。

恐らくJVAの赤字はこれだろう。
ただ、大会開催が決まった2014年から判っていたことだ。

TBSの負担は、2006年の放映権等が、男女合わせて23億円だったのが、今大会は女子のみで20億円になっている。
つまり、テレビで放送した試合数は半減したが、放映権はあまり変わらない。
そして、2006年の男子大会は、日本代表が8位に入る健闘を見せて盛り上がったため、関連収入が良かったというおまけも付いた。
2010年大会は女子のみの開催だったが、何と言っても日本が3位に入り盛り上がった。

世界バレーの視聴率は、サッカーW杯と箱根駅伝を除けば、今年最も高く、平昌五輪の一部の競技よりも高いはず。
それなのにスポンサー収入が集まらないというのは、それ以外の問題。
恐らくは日本のテレビ業界が時代についていけないのか、もしくは、企業の業績よくても国内消費は全く伸びてないので、CM打っても意味ない、テレビのCM効果に疑問が出ているということ。

FIVBの公式スポンサー
 Mikasa(ボール・日本)、
 Senoh(体育施設機器器具メーカーでミズノの子会社・日本)、
 Gerflor(床材メーカー・フランス)、
 DBシェンカー(物流会社・ドイツ)
 アシックス(スポーツウエア・日本)の5社だったが、この世界バレーの大会期間中に中国のGantenが加わった。
Gantenは清涼飲料水(ミネラルウォーター)の会社らしい。
今後バレー界において、中国の存在感が増すのは間違いない。

今年の世界バレーの男子大会にいいヒントがあると思う。
男子大会は、史上初めてイタリアとブルガリアの共催で行われた。
イタリアは、開幕戦を除くすべての試合を21:15開始、
ブルガリアは、全試合が20:40開始で、これは今回の日本女子と全く同じ開催国特権を行使。
ブルガリアは、アジア最強のイランに敗れるなどし11位。
イタリアは、第3ラウンドでセルビアに0-3で敗れるも、優勝したポーランドに3-2で執念の勝利を見せる。が、勝ち点の差で準決勝の4か国に入れず5位にて終了。
ちょうど今大会の日本女子と同じ状況だ。

イタリアは、ブラジル、ポーランドと並んでバレーボールの国内リーグの盛んな国。
目の肥えたファンが多いのだろう。
イタリアの出た試合は、何れも1万人前後の観客が詰めかけ、準決勝、3位決定戦、決勝の決勝トーナメントは、イタリアが出なかったにもかかわらず、12,000人の観客で埋まった。
とは言え、強豪でない国の対戦などでは、観客が1,000人に満たない試合もあった。

観客動員については、ほぼ、日本での今大会と同じようなものだ。

どの競技も男子に比べて女子の人気は低い中、1万人の人を集めるのはなかなかできない。
先日、スペインで開催された女子バスケットのW杯は、世界バレーの1/3程度の集客だ。
2022年の世界バレーは中国でやればいいと思うが、日本がどうしてもというなら日中で共催すればいい。
単独開催に比べて負担は半減、集客は2倍になる。

2019年に日本でW杯バレーが開催されるが、従来のような五輪出場権をかけた大会ではなくなる。
東京五輪のバレーボール出場12か国(男女とも)は、
 1.開催国日本
 2.2019年に行われる世界予選(ランキング上位24チームを6組×4で各組優勝国が五輪)
 3.2020年1月に行われる各大陸予選(優勝国が五輪)
で決まる。
五輪開催年の春に日本で開催されてきたOQT(五輪最終予選)は、2020年にはない。
東京五輪がバレーボールの日本偏重を正す、きっかけになれば良いと思う。

|

September 15, 2017

東京オリンピックは本当に開催されるのか?

東京に続く2024年、28年の二つの夏季五輪開催地が、パリとロサンゼルスに決定した。

カネのかかりすぎる五輪開催に意欲的な都市が激減したことを踏まえ、IOCが2大会の開催地を一度に決めたのだ。

ところが、IOCの中心的メンバーだった人物が、リオデジャネイロ、東京の招致運動の前後に、高額の時計や宝石を購入していたという調査結果が出ており、買収目的の資金が渡った可能性があるとの結論を出したことが分かった。英紙ガーディアンが14日報じた。

前国際陸連IAAF会長のラミーヌ・ディアク(セネガル)は、急死したプリモ・ネビオロ(イタリア)の後を受けてIAAFの会長に就き16年(1999年11月から2015年)に渡って務めた。

2020年夏季五輪の開催地が東京に決まったブエノスアイレスでIOC総会が行われた2013年、10人の陸上競技出身のIOC委員がいた。
ラミーヌ・ディアクにとって彼らを束ねることは多分難しくなかったのだろう。

東京五輪招致の裏金の問題のそもそもの発端は、女子マラソンのリリア・ショブホワ(ロシア)のドーピングが発覚した際に、彼女がロシア陸連に7000万円を払ったことに始まる。
その際に使われたのがシンガポールにあるBLACK TIDINGSの口座だった。

東京と2020年五輪の開催地を争ったのが、トルコのイスタンブール。
陸上競技は、サッカーを除けば、世界的にも最も人気の高い競技だ。
だが、IAAFの財政を支えているのは日本企業だ。
TBSがIAAFの各選手権の独占放送権を持っているほか、IAAF公式パートナー4社(トヨタ、TDK、セイコー、キアシックス)は、いずいれも日本企業だ。
ラミーヌ・ディアクが東京招致に協力するのは明らかかと思われていた。

これに対し、イスタンブールもIAAFに近づいていった。
トルコはそれまでIAAFの公式競技会を開催したことがなかったが、イスタンブールは2012年春に世界室内陸上選手権を開催した。
そして、同じ年に行われたロンドン五輪の陸上女子1500mでは、トルコのアスリ・カキルアルプテキンが金メダル、同じくガムゼ・ブルトが銀メダルを獲った。
トルコにとって陸上競技での金メダルは史上初の快挙だった。

ところが、ロンドン五輪の翌年、アスリ・カキルアルプテキンのドーピングが発覚し、やがて金メダルははく奪されることになる。
その時の経緯はこうだ

IAAFのラミン・ディアク前会長の息子でIAAFコンサルタントだったパパ・マッサタ・ディアクが、ロンドン五輪陸上女子1500mで優勝したアスリ・カキルアルプテキン(トルコ)のドーピング違反をもみ消す見返りに3万5000ユーロ(約450万円)の賄賂を受け取った。
カキルアルプテキンは違反が発覚して昨年(2015年)8月に8年間の資格停止処分と金メダル剥奪が確定した。(毎日新聞16年1月15日)

パパ・マッサタ・ディアクが、ロシア選手だけでなくトルコの選手をも餌にして私腹を肥やそうとしていたのだ。
IAAFは、毎年ダイヤモンドリーグという陸上競技のシリーズを開催している。
五輪や世界陸上とは別に、シーズン中に世界各地を転戦し年間総合王者を決めるというもの。
高額な賞金を売りものとし、スキーのW杯に似た形式だと思っていただければいい。

ダイヤモンドリーグは、その発足当初からスポンサーのサムスンの名を冠していたが、2011年の世界陸上大邱大会が終わると、サムスンは世界陸上とダイヤモンドリーグの両方のスポンサーを降りることになった。

IAAFのラミン・ディアクは、サムスンの後釜となるスポンサー企業を探した。
カネのにおいに敏感な彼は、五輪招致レースをしていたトルコと日本に、「IOC総会での票に繋がるから企業を紹介してほしい」と声を掛けた。

トルコからは世界室内陸上でも協賛した携帯会社のTURKCELL、バスケットボールの欧州チャンピオンズリーグの冠スポンサーであるTURKISH AIRLINESに打診したようだが契約には至らず、日本のキヤノンがIAAFのスポンサーに新たに加わった。

この時のことは英国の高級紙THE GUARDIANにも記事がある。
https://www.theguardian.com/sport/2016/jan/14/bidding-2020-tokyo-olympics-IAAF-scandal
(日本語訳)イスタンブールは、世界陸上か、ダイヤモンドリーグに400万ドル~500万ドルのスポンサーマネーを払わなかったため、トルコはラミン・ディアクのサポートを失った。トランスクリプトによると、日本はこれを支払った。

2012年11月15日 日本の新聞各紙にも以下のような記事が載っている。
キヤノンは14日、来年(2013年)から4年間、世界選手権など国際陸連が主催する15の大会に協賛することを発表した。カメラ、レンズのメンテナンスなどを通じて報道関係者を支援すると同時に、同社の印刷機器などが大会で使用される。

世界陸上はその最初に行われた1983年から、日本企業の協賛を得てきた。が、いずれも長期に渡っておりキヤノンの4年間、しかも2013年~16年の4年間という短期は例がない。
キヤノンが「IAAFの依頼を受けて協賛した」というのは海外メディアも書いている。

2013年6月 地中海競技大会がトルコのメルシンで開催された。
大会中、トルコの陸上選手団に30名の大量ドーピング疑惑が浮上し、トルコ陸連の会長は8月に入り責任をとって辞任に追い込まれていく。

トルコの陸上選手のドーピング騒動が、IAAFの協賛を断ったから明るみに出たのか、それとも表に出るのが必然だったのか、それは判らない。
五輪開催地が決まるIOC総会が9月9日に開かれることを鑑みれば、直前の立候補国のドーピング大量摘発は、招致決定に何らかの影響があっただろうことは想像に難くない。

敢えて書くならば、この時期東京側は、東京からわずか250キロしか離れていない福島第一原発事故由来の汚染水問題が連日テレビを賑わしていた。
その中で、招致を争う国の不祥事は東京側にとって有り難かったのは間違いない。

経緯を時系列にしてみた。

2012年3月
世界室内陸上選手権トルコ・イスタンブールで開催

2012年7月
ロンドン五輪開催
女子1500mで、アスリ・カキルアルプテキン(トルコ)が金メダル

2012年11月
キヤノンがIAAFの公式スポンサーに決定

2013年6月
地中海競技大会がトルコのメルシンで開催
トルコ陸上選手団は30名の大量ドーピング違反

2013年7月
東京 1回目のブラック・タイディングス社へ1億円の送金

2013年8月
地中海競技大会のドーピング違反の責任を取り、トルコ陸連会長が辞任

2013年8月
ロンドン五輪女子1500m金メダルのアスリ・カキルアルプテキンドーピング発覚

2013年9月
パパ・マッサタ・ディアクがパリで高級時計などを爆買い

2013年9月
ブエノスアイレスでIOC総会 五輪東京開催決定

2013年10月
東京 2回目のブラック・タイディングス社へ1.3億円送金
フランス当局の捜査にもとづいて、検察局は2013年9月8日に、ブラック・タイディングス社は、シンガポールのスタンダード・チャータード銀行の口座から8万5000ユーロをパリのある会社宛てに送金し、それがマッサタ・ディアクが宝石店で購入した高額商品の支払いに充てられたことを明らかにした。

2014年1月 
キヤノン会長御手洗冨士夫氏の東京五輪組織委員会名誉会長就任

2014年9月
IAAF 電通との代理店契約を2029年まで延長

2015年8月
ラミン・ディアクIAAF会長を退任

2015年11月
ラミン・ディアクIAAF前会長 ドーピング絡みの収賄発覚

2016年5月
フランス検察
「2020年東京五輪招致」の名目で、ブラック・タイディングス社の口座に2.3億円が支払われていたと公表。

2016年12月
キヤノンIAAFスポンサーを降板

2017年9月
ブラジル司法当局が、東京五輪招致の不正疑惑を巡り、招致委員会から当時IOC委員会で国際陸連会長を父に持つディアク氏に対し多額の金銭が渡った可能性があると結論付けた。

|

September 11, 2017

桐生祥秀の9秒98はアジア歴代4位

9月9日に福井市で行われたインカレで、桐生祥秀が100mに9秒98の日本記録を出した。
この記録は世界歴代99位。
アジア歴代では4位になる。

●男子100mのアジアランキング
①9.91 フェミ・オグノデ (ナイジェリア→カタール)
②9.93 ケマーリー・ブラウン (ジャマイカ→バーレーン)
③9.94 アンドリュー・フィッシャー (ジャマイカ→バーレーン)
④9.98 桐生祥秀 (日本)
⑤9.99 サミュエル・フランシス (ナイジェリア→カタール)
⑤9.99 蘇炳添 (中国)

Embed from Getty Images
2014年仁川アジア大会100m決勝 優勝オグノデ 3位高瀬(右) 6位山縣(左)


アジア国籍の選手で9秒台を出したことのある選手はこの6人しかいない。
が、バーレーンの2人は元ジャマイカ国籍で9秒台を出した時もジャマイカ国籍。
バーレーンに国籍を移してからは、9秒台は出ていない。

オグノデは仁川アジア大会の100m、200mを制した。
100mの優勝タイムはセカンドベストの9秒93。
この記録はかなり将来に渡って大会記録として残りそうだが、サミュエル・フランシスともども元はナイジェリア人。
モンゴロイドで9秒台を出したのは、桐生祥秀と蘇炳添の2人しかいない。

桐生祥秀の9秒98はモンゴロイドとしてのベスト記録。
コーカソイド(欧州系白人)の最高記録はポーランドのマリアン・ヴォロニンが1984年に出した10秒00が長い間破られなかった。
このときの記録は9秒992から切り上げられて10秒00と発表されているのだが、現在もこのような切り上げ方をしているかは不明だ。

現在のコーカソイドの最高記録保持者はフランスのクリストファー・ルメートル。
2010年20歳のときに9秒97、翌年21歳のときに9秒92を出すが、その後は9秒台は出ていない。
全盛期は過ぎたとの声もあるが、昨年のリオデジャネイロ五輪の200mで銅メダルを獲った。
ほかにロンドン五輪の4継リレーの銅メダルも持つ、フランスを代表する陸上界のスター。

コーカソイドのスプリンターというとトルコのラミル・グリエフが記憶に新しい。
先のロンドン世界陸上で200mに20秒09で優勝したあの選手・・・。

もともとはアゼルバイジャン国籍だったが現在はトルコ国籍。
100mの自己ベストは9秒97、この記録はトルコ歴代2位だが、トルコ記録はジャマイカから帰化したジャック・ハーベイの9秒92。(ハーベイはコーカソイドではない。)
200mの自己ベストは19秒88。


インカレで桐生に次いで2位だったのが多田修平。
大阪桐蔭高時代のベストが10秒50だったというが、関学3年のインカレで10秒07。
一方の桐生祥秀は、洛南高時代に既に10秒01の日本歴代2位で走っていた。
東洋大4年のインカレで9秒98。
3年間に0秒43縮めた多田、0秒03縮めた桐生。
多田はが、朝原宣治さんが同志社大時代の24年前に出した関西学生記録、10秒19を超えたのも今年だ。

年の近いライバルがいるのはいいことだ。
2028年のロサンゼルス五輪くらいまで競い合うのではないだろうか。

|

June 25, 2017

アメリカにおいて進むオリンピック離れ?

IOCの最高位スポンサー契約は「TOPプログラム」と呼ばれ、協賛金額は1社年間約100億円以上といわれている。

商業化路線が推進された1984年ロサンゼルス大会以降、五輪マークの独占的使用権など制度が整備され、企業からの協賛金は、各国・地域の国内オリンピック委員会や五輪組織委員会に分配されている。
日本ではパナソニックが1988年から務めていたが、長い間1社のみが続いていた。
ところが、2013年9月に東京五輪の開催が決まってから、ブリヂストン、トヨタが参入、特にトヨタは2024年までの総額1000億円にも上る大型契約と言われている。
これまでの長いTOPプログラムの歴史の中で、自動車会社の契約は初めて。
BMWや日産なども検討していたが、契約に至らなかったほど負担が大きい。
これだけでもIOCにしてみれば「東京を選んで良かった」になる。

一方、コカ・コーラと並んで、長い間五輪を支えてきたマクドナルドが、契約を3年残してTOPから撤退した。
民間企業だから、その理由は様々あるのだろうが、米国のメディアによるとリオ五輪の米国での視聴者は、4年前のロンドン五輪よりもかなり減らしたのが大きいという。

世界地図を見て頂くと判るが、米国とブラジルは経度がかなり重複している。
リオデジャネイロは、米国東部と時差が2時間(サマータイム時を除く)。
昼夜逆転していたロンドンや北京五輪と比べて、条件はかなり良かったはずだが、ロンドン五輪の米国内(NBCテレビ)の平均視聴率は17.5%、平均視聴者数3110万人だったが、リオ五輪の平均視聴率は14.4%、平均視聴者数2540万人は、ロンドンと比べてそれぞれ11%と8%下落した。

確かにグラフで見ると、リオ五輪が低かったのが判る。
Olympicschart

●夏季五輪開会式と閉会式/米国内での視聴者数 
Screenshot_20170628095856

米国において、あるいは世界中どこでも、五輪離れが進んでいるという話がある。

東京五輪では、5競技が追加されて実施される。
野球・ソフトボールや空手はともかく、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンを実施するのは、これまで五輪を見なかった層にアピールするための追加だ。
さらには、東京五輪で新たに16実施される新種目の中にある3×3バスケットボールは、見事にテレビを意識した新種目だ。

マクドナルドのTOP撤退よりも、ひょっとしたら衝撃的ではないかという話がある。
USOCという組織がある。
JOCと同格の米国五輪委員会のことだが、USOCがこれまで契約していた以下のような多くの米国内向けスポンサーが、この一年で一斉に契約を終了させているのだ。

AT&T(通信)
Budweiser(ビール)
Hilton(ホテル)
Citi(金融)
TD Ameritrade(証券)

いずれも米国を代表するブランドではないか。
(ただし、Budweiserは現在はベルギーの企業の傘下にある。)

AT&Tに代わって、ComcastがUSOCのスポンサーに名乗りを上げているが、この会社はNBC放送の子会社だ。
米NBC放送がIOCと契約した2014・16年五輪の米国向け放送権料は43億8000万ドル。
何とも莫大な金額だが、この金額の12・75%が、実はUSOCに配分されている。

USOCの2016年の税務申告を見てみると、総売上高7億5,600万ドルに対し7,850万ドルの黒字を計上している。
IOCからテレビ放映権の配分として1億7300万ドル、スポンサー契約の配分が1億2100万ドルとある。

USOCは、米国内のスポンサーの動向に関わらず、潤沢な資金が常にあるのだ。


|

June 15, 2017

引き受け手のないオリンピック

パリとロサンゼルスの一騎打ちとなっている2024年五輪招致だが、今年9月にリマで開かれるIOC総会では、2024年だけでなく、2028年大会の開催都市も決めることになりそうだ。

費用負担の大きさから、五輪開催に立候補する都市は減っており、IOCとしては、パリ、ロサンゼルスといった開催実績のある2都市をともに確保したいとみられる。


実はIOCには痛いトラウマがあるのだ。

2011年7月6日 南アフリカのダーバンで開かれたIOC総会のこと。
2018年の冬季五輪の開催地が決まろうとしていた。
立候補していたのは平昌(韓国)、ミュンヘン(ドイツ)、アネシー(フランス)の3都市。
平昌は2010、2014年に続いて3回目の立候補、ミュンヘンは初の夏冬開催を目指していた。

1回目の投票で平昌が63票と過半数を超え開催地に決定。
ライバルと見られていたミュンヘンは25票、アネシーは7票に留まった。

この時点でIOCはまだ甘く考えていた。
ミュンヘンは2022年の冬季五輪立候補するだろうと。
なぜならば2022年は、1972年のミュンヘン夏季五輪からちょうど50周年にあたり、記念大会になると誰もが思っていたのだ。
ところが、ミュンヘンは2013年11月に行われた住民投票で立候補に賛同が得られず招致を断念。

ミュンヘン撤退後に2022年冬季五輪の本命と見られていたオスロも、2014年10月、ノルウェー政府の財政保証が得られないことを理由に冬季五輪招致から撤退した。

そして、2015年7月 クアラルンプールで行われたIOC総会。
中国・北京とカザフスタンのアルマトイの二都市で投票を行い、44-40で北京開催が決まった。

ご存知のように2018年平昌、2022年北京、さらにその間の2020年には東京五輪もある。
極東アジアで五輪が続くことは異常事態であり、IOCは焦っている。
せっかく手を挙げてくれたパリとロサンゼルスを、取り逃がしたくないと思っているのだ。

日本では、今朝、共謀罪が成立した。
我が国の首相は、東京五輪を開催するためには共謀罪が必要と言うが、私が共謀罪のない社会と、東京五輪のどちらを選ぶかと問われれば、間違いなく共謀罪のない社会を選ぶ。

今日の朝日新聞の投書欄に作家の赤川次郎氏の投書が載っている。
赤川さんも、共謀罪がなければ五輪が開けないのなら、中止にすればいいと言い切っている。

Screenshot_20170615155619



●2024年夏季五輪招致

2015年9月 パリ、ロサンゼルス、ハンブルグ、ローマ、ブダペストの5都市が立候補
2015年11月 ハンブルクが辞退
2016年9月 ローマが辞退
2017年1月 ブダペストが辞退

2017年6月 IOC:
パリもロサンゼルスも五輪開催に相応しいので、2024年大会だけでなく、2028年大会も一緒に決めませんか?←今ここ

2017年9月 IOC総会(ペルー・リマ)


|

April 10, 2017

内村航平 日本選手権個人総合10連覇、でも室伏広治はハンマー投げで20連覇だった

体操の全日本選手権が、東京体育館で行われ、男子個人総合は内村航平10連覇を飾り、自身の記録を更新した。

日本体操界初のプロとして、」リンガーハットの所属となった内村航平も28歳。
前人未到の10連覇だが、86・350点の得点は記憶にない。

5連覇を果たした2012年以降の全日本選手権での点数は以下のようになる。
リオ五輪での激闘からまだ回復し得ていないのだろう。

⑩2017年 内村航平(リンガーハット) 86・350
⑨2016年 内村航平(コナミスポーツ) 91・300
⑧2015年 内村航平(コナミスポーツ) 90・550
⑦2014年 内村航平(コナミスポーツ) 90・300
⑥2013年 内村航平(コナミスポーツ) 90・500
⑤2012年 内村航平(コナミスポーツ) 92・650

内村が、全日本選手権を初めて制したのは2008年の19歳のとき。
この年は北京五輪の開催されたあと11月に全日本が行われ、五輪銀メダリストの実力見せつけての勝利だった。
その後内村は、ロンドン、リオ五輪と6回の世界選手権の個人総合を制している。
体操競技における他の選手による全日本連覇は、アテネ五輪団体金メダルのメンバーである塚原直也が1996年~2000年まで5連覇、同じく冨田洋之が2001年~2007年までに4連覇を含む6回の優勝をしている。

体操以外の競技で、日本選手権を長い間連覇した選手には、どんな選手がいるのだろうか。

(陸上)
他の競技を見ると、何といっても陸上男子ハンマー投の室伏広治が際立っている。
1995年から2014年まで20連覇した。
室伏の妹である室伏由佳は、円盤投げで2002年から2011年まで10連覇、父である重信氏はハンマー投げで1974年~1983年まで10連覇を果たしている。
室伏由佳はハンマー投げでも5回の優勝があり、室伏親子としては実に49回目の日本選手権優勝(重信12回、広治20回、由佳17回)を誇る。
こういう陸上一家は、おそらく二度と出てこないだろう。

ほかには、2009年ベルリン世界陸上銅メダリストの村上幸史が、やり投げに2000年~2011年に12連覇を果たしている。 
現役の金丸祐三は、400mに2005年から2014年までに10連覇している。

(レスリング)
五輪3連覇した吉田沙保里は、女子55キロ級に2002年~11年に10連覇を達成。 
同一階級ではないが森山泰年は、グレコローマン82キロ級と90キロ級で、1982〜95年にかけて14年連続で優勝している。 

(柔道)
谷亮子は、女子48キロ級に1991年~2001年に11連覇をしている。 
ロス五輪無差別級金メダリストの山下康裕は、1977年~1985年にかけて9連覇を果たした。
アテネ五輪女子78キロ級金メダリストの阿武教子は、1993年~96年に72キロ超級で4連覇、1994年~2004年までは72キロで8連覇している。

(フィギュアスケート)
浅田真央や小塚崇彦のコーチとして知られる佐藤信夫は、男子シングルに1957年~66年にかけて10連覇した。

(スピードスケート)
現在参議院の橋本聖子は、500m、3000m、1500m、5000mの4種目総合で競う全日本選手権で、1982年~90年にかけて10連覇した。

(競泳)
ローマ五輪女子100m背泳ぎ銅メダリストの田中聡子は、200m背泳ぎで1957年~65年に9連覇した。
1980年に、小学校6年生で200m平泳ぎを制した長崎宏子は、1980~87年に8連覇をした。
1936年ベルリン五輪200m金メダリストの前畑秀子は、同種目で1929~36年に7連覇を果たした。


|

July 04, 2016

アリソン・フェリックスも届かない、陸上女子400mの永遠に破ることのできない世界記録

米国では,、リオデジャネイロ五輪の選考会が,、陸上競技でも行われている。
けがが心配されたアリソン・フェリックスが400mに出場、49秒68で制し、4大会連続の五輪を決めた。
アリソンは、リオ五輪本番では200mと400mの金メダルを目指す。

アリソンのこの日のタイム49秒68は今季世界1位であるが、彼女の自己ベストは昨年の北京で行われた世界陸上で出した49秒26。
とんでもなく凄い記録なのだが、世界記録よりも1秒6以上遅く、世界歴代17位でしかない。
世界記録の47秒60を出したのは東ドイツ(当時)のマリタ・コッホ。
1985年にオーストラリアの首都キャンベラで陸上W杯が開催されたときの記録だ。

Josi400m

この前年にロサンゼルス五輪が行われたが、ソビエトをはじめとする共産圏と呼ばれた国々の多くは、モスクワ五輪の報復ボイコットをし、多くの選手が涙を飲んだ。
この当時世界陸上は4年おきに開催されており、東独スポーツ科学の成果を晴らす大会としてキャンベラのW杯がターゲットにされたのだろう。
YOUTUBEに動画があったが見てほしい、とにかくすごい走りだ。
このレースで2位になったオルガ・ブリズギナ(ソビエト→ウクライナ)も48秒27(世界歴代4位)の凄い記録を出している。

マリタ・コッホ(当時・東ドイツ)が「薬物を使用していた」という証拠は見つかっている。
が、コッホの記録が抹消されるとか、取ったメダルがはく奪されるとか言った話はない。

実は、このキャンベラの大会の100mにベン・ジョンソンが出場し、10秒00で勝っている。
昨年12月23日の朝日新聞に、ベン・ジョンソンのインタビューが掲載されているのだが、この大会の話しもしている。
自らのドーピングは、この大会のマリタ・コッホがきっかけだと言いたいようだ。

私は84年ロサンゼルス五輪の100メートルで銅メダルを取った。その翌年、オーストラリアで開かれた陸上ワールドカップの女子400メートルで、東ドイツのマリタ・コッホが47秒60というとてつもないタイムで走った。30年経った今も破られていない世界記録だ。この大会で10秒ちょうどで優勝した私は、コーチのチャーリー・フランシスと一緒にそのレースを見ていた。ゴールした後、チャーリーは「今まで誰もドーピングをしていないと思っていたけど、東ドイツで何が起きているかわかった」と私に言ったんだ。

ベン・ジョンソンが一度は優勝しながら失格したのはソウル五輪。
同じソウル五輪の女子100mに金メダルを獲ったのは、フローレンス・ジョイナー。
この2人のソウルまでの道のりはよく似ている。
ジョイなーの金メダルの記録は10秒54(追い風)だが、同じ年に10秒49という驚異的な世界記録を出している。
ソウルの4年前のロサンゼルス五輪には200mに出場、22秒04の記録で銀メダルを獲っているが、東ドイツ勢が出ていないから銀メダルが獲れたと言われた。 
ソウル五輪の200mには21秒34の世界新記録で金メダルを獲った。
(このあたりの経緯もベン・ジョンソンにそっくりだ。)
ジョイナーの100m、200mの記録はもちろん今も世界記録だ。

だが、あまり知られていないが、ジョイナーのソウル五輪で最も凄かったのは、専門でないのに出てきた4×400mリレーではないだろうか。
これもYOUTUBEに動画がある。

結果から言うと、ソビエトチームが3分15秒17の世界新記録で金メダル。
メンバーはタチアナ・レドフスカヤ、オルガ・ナザロワ、マリヤ・ピニギナ、オルガ・ブリズギナ。
一方の米国は、ディニアン・ハワード、ダイアン・ディクソン、バレリー・フックス、フローレンス・ジョイナーのメンバーで3分15秒51で銀メダル。
この2つの記録は28年経った今も世界歴代1・2位の記録として残っている。

しかも

ソビエトのアンカー、オルガ・ブリズギナは47秒81、米国のアンカー、フローレンス・ジョイナーは48秒08で400mを走った。

もちろん、リレーの記録と単独種目の400mの記録を比較することはナンセンスだが、このレースは五輪史に残るレースと言ってもいいだろう。

IAAFに今も残るフローレンス・ジョイナーのプロフィールのページに400mの記録はない。
400mの世界歴代100傑の中にもジョイナーの名前はない。
ジョイナーは公式な大会で400mを走ったことはほぼないのだ。
にも拘らず、五輪の4×400mリレーの決勝にアンカーとして出てきて、48秒で走ってしまうとは…。

オルガ・ブリズギナもフローレンス・ジョイナーもドーピングの疑惑はあるものの、発覚したことはない。
が、ジョイナーはソウル五輪の10年後、1998年9月21日に心臓発作で急死した。享年38歳。

オルガ・ブリズギナの娘で、陸上短距離選手になったエリザベタ・ブリズギナは、ウクライナ代表としてロンドン五輪の4×100mリレーに出場、銅メダルを獲ったが、アナボリックステロイドの使用のために2013年から2015年まで2年間の出場停止処分を受けている。

やはりドーピングの闇は深いのだ。

|

January 12, 2016

陸上円盤投げ女子の永遠に破ることのできない世界記録

英国陸上競技連盟(UKA)は11日、陸上界にはびこるドーピングや汚職スキャンダルを受けて、すべての世界記録を見直すことなどを求めた。UKAは、「クリーンな陸上競技のための宣言書」を掲げ、重大な薬物違反は永久追放処分にすべきであると主張している。【AFP=時事】

英国陸上競技連盟はいいことを言った。全面的に賛成だ。
昨年、ロシア陸上競技連盟が組織的なドーピングを隠蔽し、今年のリオ五輪に出場できない可能性もあることは、ご存じだろう。
今年に入って早々に、あまりドーピングとは縁がないように思われていたオランダの元選手が衝撃的な告白をした。

1984年ロサンゼルス五輪の陸上女子円盤投げの金メダリスト、リア・スタルマン(オランダ)が8日、地元テレビ番組で現役時代のドーピングを告白した。現役引退前の約2年半、筋力増強作用のあるアナボリックステロイドを使用したという。AP通信などが報じた。 ロス五輪後に引退した64歳のスタルマン元選手は「東欧の選手に対抗するためにドーピングを始めた。 当時は抜き打ち検査もなかったのでリスクがなかった」と述べたと言う。【共同】


このブログでは、随分前から1980年代の陸上競技、特に女子は、ドーピングによると思われるとんでもない記録が世界記録として残り、『永遠に破られることはない』と指摘している。
女子の円盤投げは、灰色の種目の最たるものだ。

Embabrank

女子円盤投げの世界歴代記録をご覧いただきたい。
1位から10位まですべてが1984年から1989年にかけて作られた記録であり、6人の選手が旧東ドイツ、残りの4人も共産主義だった東欧圏だ。
彼女らが記録を出した大会は自国もしくは隣国での大会、それだけドーピング検査が緩かったということだ。

先のドーピングを告白したスタルマン女史だが、自己ベストは1984年、ロス五輪の直前に出した71m22、この記録が世界歴代17位で、ロス五輪で金メダルを獲った時の記録はなんと65m36でしかない。
繰り返すが、ロス五輪で引退した彼女は、『現役引退前の約2年半、筋力増強作用のあるアナボリックステロイドを使用した』。
1982年からロス五輪までクスリ漬けになっても65m36しか投げられないのだ。
ロス五輪は、ご存じのように東側諸国がボイコットした大会で、女子円盤投げも本来のメダル候補が全く参加しなかった大会であり、スタルマン女史の金メダルは偶然の賜物でしかない。

IAAFが世界記録の見直しをしない限り、人類最後の日まで世界記録保持者であろうガブリエレ・ラインシュ。
1988年のソウル五輪。
東ドイツ、ソ連といった東欧諸国は、8年ぶりに五輪に参加した。
東ドイツから女子円盤投げにエントリーしたのは、マルティナ・ヘルマン、ダィアナ・ガンスキーとガブリエレ・ラインシュ。

マルティナ・ヘルマンの実績は抜群だった。
1983年の第1回世界陸上ヘルシンキ大会で優勝(68m94)、1987年第2回世界陸上ローマ大会で優勝(71m62)、そしてソウル五輪も72m30で制した。
ローマとソウルの記録はそれぞれ大会記録として今も残っている。
一方の世界記録保持者としてソウル五輪に臨んだガブリエレ・ラインシュは、70mを超えることができず、67m26がやっと、7位で五輪を終えた。
とは言え、記録をよく見てほしい。
2年半クスリ漬けだったリア・スタルマンのロス五輪金メダル記録65m36を2m近く超えているのだ。

東ドイツやソ連といった国がどれだけ組織的なドーピングしていたかが判るだろう。

2012年のロンドン五輪。
女子円盤投げの競技終了後の結果はこうだった。
  ①サンドラ・ペルコビッチ(クロアチア)69m11
  ②ダリア・ピシチャルニコワ(ロシア) 67m56
  ③李艶鳳(中国)67m22

ところが、2012年5月に採取したピシチャルニコワの検体からアナボリックステロイドのオキサンドロロンの陽性反応が検出された。IAAFは出場停止処分とし、2013年4月には、ロシア陸上競技連盟は10年間の出場停止処分とし、2012年5月以降の記録抹消とした。
そして、ロンドン五輪で獲得した銀メダルを剥奪した。
その結果、メダル獲得者は下記のようになった。

  ①サンドラ・ペルコビッチ(クロアチア)69.11m
  ②李艶鳳(中国)67.22m
  ③ヤレリス・バリオス(キューバ)66.38m

ピシチャルニコワには大きな前科があった。
2007年の大阪世界陸上競技選手権大会では自己ベストを更新する65m78を記録し、銀メダルを獲得するが、ドーピング違反の嫌疑をかけられ北京五輪には参加できなかった。
北京五輪後の10月、ピシャルニコワは薬物違反があったと認定され、他の6人のロシア人選手とともに2年9か月の出場停止処分を受け、大阪世界陸上の銀メダルも剥奪された。

ピシチャルニコワ自己ベストは2012年の70m69。
もちろん、正式な記録ではなくなっているが、世界歴代21位に相当する。
この選手のような10年間の出場停止を受けるような、悪質なドーピングを繰り返す選手よりもベスト記録が上の選手が20人以上いるのが、陸上競技の世界なのだ。

先に書いたようにほとんど1980年代の永遠に破ることのできない世界記録は、当時の検体が残っていないため、今この時代にドーピングを立証することは難しい。
昨年、IAAF会長にセバスチャン・コーが就いた。
陸上競技のすべての世界記録を見直すこと スポーツ界に根付く多くのタブーを壊してきたコーの手腕に期待をしたい。


|

November 04, 2015

ミュンヘンの恋人 オルガ・コルブト

世界体操が開かれていたためだろう。
ツイッターのリオデジャネイロ五輪公式アカウントから流れてきた映像にこんなのがあった。

これを見て、誰であるか判る人は相当な体操通である。
この人の名は、オルガ・コルブト。旧ソ連の選手だ。

この技はコルブトフリップと呼ばれる離れ技で、1972年のミュンヘン五輪での映像。
どうなっているのか何度も見返してしまう。

1970年代に、こんな難易度の高い演技を見せたコルブトは種目別で金メダルを獲った、と思うだろう。
が、オルガ・コルブトは段違い平行棒の決勝で9.80を出すも銀メダルに終わった。
金メダルは9.90を出し、コルブトを上回ったカリン・ヤンツ(東ドイツ)が獲った。
コルブトのスコアを示すボードが9.80を表示すると、観客は口笛を吹き、足で床を踏み、スコアの低さに抗議した。数分に渡って会場の興奮は収まらなかった。
しかし、審判団は、彼女のスコアを変更することを拒否した。

コルブトが見せた「棒の上に立った状態から後方に宙返りして再び棒をつかむ」技 コルブトフリップは、彼女のコーチが彼女のために考案した技だ。
しかし、一度バーの上に立つときに動きが止まってしまい、演技中に静止してはならないという段違い平行棒の禁止行為に当たるため、1993年から禁止技とされている。
そのため、現在はこうした技を見ることはない。

1972年の映像というと今から40年以上も昔のこと。
それでも今なお斬新に見える。

ソビエト連邦も東ドイツも今はない。
この両国は、70~80年代に五輪を国威発揚の舞台と考え、大量にメダルを獲得した。
特定の競技については、獲るメダルを事前に両国で決めていたと言う噂がある。
(オルガ・コルブトは引退後に実際にそういった話をしている。)
ソ連は人口2億人を超す超大国。
かたや東ドイツは人口1800万人の小国。
発言力は圧倒的にソ連にあった。両国はミュンヘン五輪の女子体操の金メダルを、以下のように分けたという。
 女子の団体   ソ連
 女子の個人総合 ソ連
 床       ソ連
 跳馬      東ドイツ
 段違い平行棒  東ドイツ
 平均台     ソ連

これに従って、金メダル級の演技を披露しながら、オルガ・コルブトは銀メダルに終わった。
コルブトフリップは、ミュンヘン五輪当時極めて難易度が高かった。
それが、平凡な技でまとめたカリン・ヤンツに敗れたため、上記のような陰謀論が今なお消えていないのだ。

美人だったコルブトの演技に世界中の人が魅了された。
日本ではミュンヘンの恋人と呼ばれ、モスクワのソ連体操協会には2万通のファンレターが届いたと言われている。
米国のABCテレビのワイドワールドオブスポーツイヤーも受賞した。米ソ冷戦の華やかりし時代にである。

ミュンヘン五輪当時、オルガ・コルブトは17歳。
ということは現在60歳となる。

21歳で迎えたモントリオール五輪では、コマネチやネリー・キムの影に隠れるかたちになったがソ連の団体金メダルに貢献、種目別平均台では銀メダルを獲得し、翌年現役を引退。
1986年のチェルノブイリ原発事故をきっかけに米国に移住、2000年に帰化している。

|

より以前の記事一覧