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January 16, 2006

アルペンW杯に挑む 

アルペンスキーのワールドカップ(W杯)は15日、当地で男子回転第5戦を行い、1回目に7位につけた皆川賢太郎(アルビレックス新潟)が合計タイム1分42秒90でW杯自己最高の4位に入った。 皆川の過去最高順位は6位。今季のW杯では回転開幕戦の佐々木明(ガーラ湯沢)に並ぶ日本勢最高順位となった。(共同通信)

日本人のアルペンスキー選手で過去に最も活躍した選手といえは、猪谷千春現IOC副会長だろう。ちょうど50年前の1956年、トリノと同じイタリアのコルチナ/ダンペッツォ五輪回転で三冠王トニー・ザイラーに次いで銀メダルを獲得。1958年の世界アルペンでも同競技で銅メダルを獲得している。

1960年代の後半からW杯がスタート。
この頃は日本人がアルペンで活躍できるとは誰もが、考えられない時代だった。
ところが、70年代後半にやはり回転でW杯上位に顔を出す選手が現れる。
1976年、市村政美が7位に入り、W杯で日本人初の一桁順位を記録した。
翌年、海和俊宏が登場。市村と同じ7位、翌年には5位を記録。
海和の登場はセンセーショナルだったらしく、ヨーロッパ中のマスコミで大きく扱われた。

続いて児玉修がデビュー。この2人がいた70年代後半、そして大高弘昭、石岡千秋、岩谷高峰がいた80年代前半、日本のアルペンチームが最も充実した時代だったと評する人もいる。
表彰台には届かなかったもの15位以内に誰かしらが入るという状況だった。

そして岡部哲也が出てくる。
岡部哲也の実力は、まさに世界レベルであり、日本アルペン史上初のW杯優勝もありうると世界が見ていた。岡部のW杯最高順位は2位。全盛期のアルベルト・トンバに僅かに及ばなかった88年オプダル大会だ。

さらには木村公宣、そして現在は佐々木明をエースに先述の皆川賢太郎が続くという状況だ。
今季、ここまでのW杯回転の総合順位は、佐々木明14位、皆川賢太郎15位。
トリノ五輪は第1シード2人で臨む可能性が高くなってきた。

●日本人アルペンW杯主要戦績 全て回転競技 年はシーズン終了時の年 
2.岡部哲也 88年 オプダル(NOR)
2.佐々木明 03年 ウェンゲン(SUI) 

3.岡部哲也 90年 シュラドミング(AUT)
3.木村公宣 98年 ヴェイソンナ(SUI)

4.岡部哲也 87年 サラエボ(JUG)
4.岡部哲也 90年 サレン(SWE)
4.岡部哲也 90年 ヴェイソンナ(SUI)
4.岡部哲也 90年 Mt.Ste.Anne(CAN)
4.木村公宣 97年 志賀高原(JPN)
4.木村公宣 98年 クランスカ・ゴーラ(SLO)
4.木村公宣 98年 龍平(KOR)
4.佐々木明 04年 クラニスカゴラ
4.佐々木明 06年 ビーバークリーク(USA)
4.皆川賢太郎 06年 ウェンゲン(SUI)

5.海和俊宏 78年 オーバーシュタウフェン(BRD)
5.岡部哲也 89年 セストリエール(ITA)
5.岡部哲也 90年 Mt.Ste.Anne(CAN)
5.木村公宣 98年 キッツビューエル(AUT)
5.佐々木明 04年 セストリエール 
5.佐々木明 05年 セストリエール

6.児玉修  80年レングリース(GER)
6.皆川賢太郎 3回記録詳細不明

7.市村政美 76年 キッツビューエル(AUT)
7.海和俊宏 77年 サン・アントン(AUT)
7.湯浅直樹 06年 クラニスカゴラ(SLO)

*岡部、木村は上位入賞した大会が多く、全てを網羅していない。
  
アルペン界でのW杯最多勝はインゲマル・ステンマルク(スウェーデン)の86勝。
今シーズンのアルペン開幕戦大回転でヘルマン・マイヤー(オーストリア)が優勝し、通算51勝目。イタリアの爆弾男アルベルト・トンバを抜き、歴代2位の優勝回数となった。

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