イアン・ソープ欠場 英連邦競技大会
水泳のイアン・ソープ(オーストラリア)は7日、気管支炎と肺感染症を理由に、来週メルボルンで開幕する英連邦競技大会(コモンウェルス・ゲームズ)を欠場すると発表した。
ソープはオーストラリアで生中継された記者会見で、「とても悔しいし残念だが、このように決断するしかなかった」と、無念の想いを語った。
ソープは1カ月前から気管支炎を患っているが、特効薬とされる処方薬に禁止薬物が含まれているため、服用できなかった。ただ、仮に出場しても好成績を挙げたとは限らないとしている。
ひどい感染症にソープが罹っているという話は聞いていた。
記者会見に出てきたソープの表情を見ても、若くして競泳界の第一人者に登りつめたかつての面影はない。2008年の北京五輪で一線を退くといっていたソープだが、その日はもっと近いかもしれない。
▼そもそも英連邦とは
イギリス連邦、または英連邦(The Commonwealth of Nationsまたは単にThe Commonwealth)は、かつての大英帝国を前身とするもの。戦後、イギリスとその植民地であった独立した主権国家からなる、緩やかな連合体である。
▼英連邦競技大会(コモンウェルス大会)とは
この英連邦競技大会は1930年にカナダのハミルトンで第1回大会が開催された、というからサッカーW杯と同じだけの歴史を持つ。
加盟国にとっては五輪に匹敵するスポーツの祭典である。
日本人にとってはアジア競技大会のような競技会である。
先のイアン・ソープのプロフィールを英字で調べると、必ず五輪の成績とともに英連邦大会での成績が併記されている。
例えばソープは2000年シドニー五輪で金メダル3個、2004年アテネ五輪で2個、1998年のクアラルンプールの英連邦大会で金メダル4個、2002年のマンチェスター大会で金メダル6個、のようにだ。
それだけ英連邦の人々が、この大会を重視し、誇りに思っていることが判ろう。
だからこそ、辞退しなければならないソープの苦渋も判る。
1年前にはこんな記事が配信されている。
第18回コモンウェルス大会を1年後に控え、3月14日、2006年の大会開会式へつなぐバトン・リレーの火蓋が落とされた。バッキンガム宮殿の前に訪れた1,000人以上の観客が見守る中、エリザベス女王2世は、ハンドル・リレーの第1走者に選ばれたオーストラリアを代表する2人、スーパーモデルのエル・マクファーソンと2000年のシドニー五輪、陸上400メートルの金メダリスト、キャシー・フリーマンにバトンを渡した。このバトンはビデオ・カメラが内蔵しており、同大会参加予定の71の英連邦諸国を通り、メルボルンのメルボルン・クリケット・グランドでの開会式までの様子を、インターネットを通して発信する。
▼メルボルン・クリケット・グランド
開会式の行われるメルボルン・クリケット・グランドとは、1997年サッカーW杯のイランとのプレーオフに使われた競技場だ。
10万人収容の巨大クリケット場。
オーストラリア代表は1戦目のテヘラン(1-1)、2戦目のメルボルン(2-2)とも引き分け、W杯出場はならなかった。
そういえば、オーストラリアの誇るもう一人の競泳界のスター グラント・ハケットも2004年2月の五輪直前に肺炎になり、抗生物質使いながら喘息や胸の感染症と戦っていたはずだが、偶然だろうか。
▼英連邦競技大会開催地
1930 ハミルトン (CAN)
1934 ロンドン (ENG)
1938 シドニー (AUS)
1950 オークランド (NZL)
1954 バンクーバー (CAN)
1958 カーディフ (WAL)
1962 パース (AUS)
1966 キングストン (JAM)
1970 エヂンバラ (SCO)
1974 クライストチャーチ (NZL)
1978 エドモントン (CAN)
1982 ブリスベーン (AUS)
1986 エヂンバラ (SCO),
1990 オークランド (NZL),
1994 ビクトリア (CAN)
1998 クアラルンプール (MAS)
2002 マンチェスター (ENG)
2006 メルボルン (AUS)
2010 ニューデリー (IND)
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