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August 08, 2006

トリニダード・トバゴの英雄

カリブ海に浮かぶ人口130万人の小国トリニダード・トバゴ、なかなか馴染みのない国がオシムジャパンの初戦に選ばれ、明日対戦する。
ドワイト・ヨークが現れるまで、あるいはW杯に初出場を決めるまでこの国を知らなかった人も多いのではないだろうか。

私がこの国のことを知ったのは1976年だからずいぶん昔になる。
モントリオール五輪陸上男子100mで金メダルを獲った選手 ヘイズリー・クロフォードがこの国の選手だったのだ。
まだ幼かった私にこの言いにくい国名は随分とインパクトがあった。

クロフォードの金メダルタイムは10.06今の時代から見ると全く平凡な記録だが、当時は1968年メキシコ五輪でジム・ハインズが出した9.95が世界記録だった時代だ。
メキシコは標高2000mの高地であり、手動計時から電子計時に代わった時期でもあり、ハインズのこの記録は不滅ではないかという人もいた。

余談ながらメキシコ五輪準決勝で飯島秀雄が出した10.34は1980年代半ばまで日本最高記録であったにも関わらず、なぜか公認されなかった。
そして1984年日本陸連によって公認日本記録となるとしばらくして不破弘樹が10.34を出し並ばれ、やがて忘れられていった。

17歳で陸上を始めまたクロフォードは、1970年に国際デビューをする。
そして、英連邦大会100mで銅メダルを獲得、そのわずか2年後のミュンヘン五輪では決勝へと駒を進めるのだが、20mでリタイアする。

1975年からアメリカに留学し、ボブパークスのコーチを受けたクロフォードは翌年のモントリオール五輪100mに優勝。
タイムは前述のように10.06だったのだが、当時、電子計時は手動よりもタイムが0.24遅くなるという説があり、クロフォードの10.06は手動だったら9.8に相当するとNHKのアナウンサーも真顔で言っていたことを思い出す。

なお、クロフォードのこの金メダルは建国以来初の五輪メダルであった。
そして、驚いたことに8年後のロサンゼルス五輪にもクロフォードは100mの競技に現れた。
2次予選で敗退したのだが、このとき34歳だった。

同じトリニダード・トバゴのヒーロー、ドワイト・ヨークが母国をW杯に導いた2006年、彼もまた同じ34歳だった。

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Comments

はじめまして。いつも拝見しています。
緻密な情報は参考にさせていただいております。
陸上ファンの私にとって、トリニダード・トバゴといえばもう一人思い出されるのはアト・ボルドンです。残念ながらクロフォードのようにオリンピックで優勝はできませんでしたが、ヨークとともにトリニダード・トバゴの存在を知った忘れられない選手です。
小国ながら幾多のアスリートを生み出すこの国は、サッカーともども今後も楽しみですね。

Posted by: てつぞー | August 08, 2006 at 09:19 PM

てつぞー様

そうですね。ボルドンもいますね。

ブログ拝見しました。
ライバル現るですよ(笑)。

Posted by: 管理人 | August 09, 2006 at 10:10 AM

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