イリーナ・スルツカヤが引退
ロシアのフィギュアスケート選手イリーナ・スルツカヤが引退を表明した。
トリノ五輪で銅メダル、昨季のグランプリファイナルでは浅田真央に敗れて2位になった選手といえばわかり易いかもしれない。
五輪の金メダルにはとうとう縁がなかったが、まさに女王と呼ばれるに相応しい実績を持つ選手だ。
欧州選手権では最多の7回、グランプリファイナルで4回、世界選手権でも2回の優勝がある。
ビールマンスピン、レイバックスピンは世界一だろう。
今後はテレビのトークショーの司会を希望しているといわれるが、お疲れ様といいたい。
どうしても2002年のソルトレークシティ五輪の金メダル争いが記憶に残る。
当時は、ショートプログラムの順位点とフリー演技の順位点によって総合順位を決める方式だった。
サラ・ヒューズがショートプログラムで4位から逆転優勝。
暫定1位だったミッシェル・クワンが3位に後退し、フリー2位のスルツカヤは銀メダルに終わった。
ロシア選手団はこの銀メダルに抗議し、選手団を引き上げようとまでした。
この採点の不可解さがその後の採点システムの変更を招くことになる。
そして2003年、実母が重度の腎臓病になった。
意識不明の重体に陥るが、一命だけは取り留めた。しかし、長期の治療が必要で、スルツカヤに衝撃を与えた。看病に明け暮れる中、自身も自己免疫疾患(アレルギー性肉芽腫性血管炎)という難病にかかり、気管支炎を併発。
一時期は歩行も困難になり、トイレに這って行ったというはなしもあった。
それでも、1年間の病気療養の末、2004年の世界選手権では9位に終わるも奇跡的な競技復帰を果たした。
そして、優勝候補の筆頭と目されていたトリノ五輪。
実は薬を服用しながらの参加だった。
実況を担当したNHKの刈屋アナの言葉を紹介したい。
スルツカヤは難病にかかっています全身がむくれ、触られただけで痛い。
それを抑える薬を飲むのですが、副作用で強烈な眩暈に襲われます。
でも彼女は練習も試合も止めません。何故?とたずねられても
病気や怪我を理由にしたくない。そう答え決して言い訳をせず挑みます。
だから、彼女のことをみな心から尊敬し、女王と称えるのです。
女王という響きは、なにか圧倒的な強さをイメージさせるかもしれません
しかし彼女は苦しみながらも決してあきらめない強さを持った女王なのです。
●スルツカヤの欧州選手権と世界選手権の結果
欧州 世界 世界選手権優勝者
2005-06 優勝 不出場 キミー・マイズナー (usa)
2004-05 優勝 優勝
2003-04 棄権 9位 荒川静香 (jpn)
2002-03 優勝 棄権 ミッシェル・クワン (usa)
2001-02 2位 優勝
2000-01 優勝 2位 ミッシェル・クワン (usa)
1999-00 優勝 2位 ミッシェル・クワン (usa)
1998-99 棄権 9位 マリヤ・ブッテルスカヤ (rus)
1997-98 2位 2位 ミッシェル・クワン(usa)
1996-97 優勝 4位 タラ・リピンスキー(usa)
1995-96 優勝 3位 ミッシェル・クワン (usa)
1994-95 5位 7位 陳露(chn)








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