東大加藤投手 リーグデビュー
東京六大学野球(神宮球場)で、生まれつき左手が親指と小指だけで、左足も甲から先がなく義足の東大・加藤善之投手(2年、神奈川・栄光学園)が21日、立大2回戦でリーグ戦デビューを果たした。
加藤投手は右投げだが、左利き用のグラブを使う。球を投げ終えると、左手のグラブを外して左脇に挟み、素早く右手にはめ直して捕手からの返球を受ける。高校時代は軟式野球を経験し、03年夏はエースとして全国大会にも出場した。 (asahi.com)
加藤選手のことは高校生の頃から新聞等で知っている。
神宮で頑張って欲しいのはもちろんだが、マスコミの「身障者なのに凄い」的な論調は気になるところだ。
本人も特別視されて報道されることは、嬉しいとは思ってないのではないか?
MLBのエンジェルスなどで活躍した投手にジム・アボットがいた。
隻腕投手と呼ばれた。生まれつき右手首から先がなかったのだ。
右利き用のグラブを右手の手首の上に乗せ、左手での投球直後にそのグラブを左手にはめ直す「アボット・スイッチ」と呼ばれる投げ方をした。それでも平均以上のフィールディングをした。
ミシガン大在学時にソウル五輪の米国代表として金メダルを獲得(当時は公開競技)。
決勝戦の相手 日本のピッチャーは野茂英雄、キャッチャーは古田敦也、さらには野村謙二郎といった後の球界を代表する選手が参加していた。
ドラフト一巡目でエンジェルス入団。1991年には18勝、ヤンキース時代の1993年にはノーヒットノーランも記録した。
隻腕投手にとっては、バントが泣きどころだ。一試合で連続9人のバント攻撃を受けたこともあるが、アボットは8人までアウトにした。
障害の有無に関わらず、ゲーム中に遠慮はない。それをはね返すアボットも凄い。
アボットの不屈の精神を育てたのは両親と、コーチや選手の分け隔てしない友情、と米国のスポーツ環境だろう。
野茂英雄の同僚だったブリューワーズで引退。
MLB通算87勝108敗。
「僕の野球人生は終わりにきたと思う。やるべきことはやったし、満足はしている。僕のキャリアは偉大ではないけど、素晴らしかった」
と言い残している。
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