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January 12, 2008

松下電器のスポーツ戦略2

松下電器産業は、社名を「パナソニック」に10月1日付で変更し、ブランド名も2009年度中をめどに一本化すると正式発表した。

松下電器はかなり以前からブランドの一本化を考えていたようだ。
1989年に松下幸之助翁が亡くなったときに「これでいつでもPanasonicに統一できる」と関係者が漏らしていたが、実際にNationalと松下の名前を消す決断をするのに20年かかったことになる。

現在松下電器には野球部、バレー部、バスケットボール部がある。
バレー部は2006年チーム名から「松下電器」を外し、「パナソニックパンサーズ」とした。
バスケット部も2006年「パナソニックスーパーカンガルーズ」に、そして2007年「パナソニックトライアンズ」と本社よりも先に名称を変更した。

かつては女子サッカー部(パナソニックバンビーナ)と女子卓球部もあったが、2000年前後に相次ぎ廃部された。

釜本邦茂氏が初代監督を務めたガンバ大阪は前身が松下電器サッカー部であり、当初は松下電器が100%株式を保有する子会社であったが、1997年に地域密着度を高めるために関西電力、大阪ガス、JR西日本が株主に参加(それぞれ10%)した。

ほかにもグループ内には3日のライスボールで3季ぶりに優勝した松下電工インパルス、女子長距離(駅伝)のパナソニックモバイル等がある。

オリンピックパートナー
年が明けて以降の松下電器のテレビCM、広告には五輪マークが踊っている。
松下が「TOPスポンサー」と呼ばれる契約を国際オリンピック委員会(IOC)と結んだのは1988年のソウル、カルガリー両五輪からだ。
TOPスポンサーは、協賛金を支払い、商品を提供する代わりに、五輪の公式称号を全世界で使用できる権利を持つ。
放送や音響機器の分野を担当する松下は、アテネ五輪でも「パナソニック」ブランドの巨大スクリーン14基、大型プロジェクター11基を各競技施設に設置し、33会場に音響機器を取り付けた。ほかにテレビカメラ200台、モニター2100台、テレビ15000台などを提供した。
松下の協賛金は4年間で5~60億円という巨額なものだ。

●参考記事
松下電器のオリンピック戦略

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