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April 24, 2008

オリンピック史上最高のヒール ベン・ジョンソンのその後

五輪史上最大のスキャンダルといえば何か、ベン・ジョンソン事件は3本の指に入る大スキャンダルだろう。
1988年ソウル五輪の陸上男子100m決勝。
スタートから飛び出したべン・ジョンソンは、一気に走り抜け、9秒79の驚異的な世界新記録で優勝した。
ところが、その3日後、IOCは、ジョンソンのドーピングテストで禁止薬物が検出されたため、金メダルをはく奪すると発表。五輪史上最大級のスキャンダルはこうして幕を開けた。
ジョンソンから検出されたのは、アナボリック・ステロイド(筋肉増強剤)の一種で、同年のカルガリー冬季五輪までは登場していなかった最新型だった。

ベン・ジョンソンは1976年にジャマイカからカナダに移民してきた。
ロサンゼルス五輪は10秒22で銅メダルを獲った。だが、あまり記憶にない。
1987年の陸上ワールドカップに10秒00で優勝、同年のローマの世界陸上で、9秒83という驚異的な世界新を出して優勝し、ソウル五輪の金メダルの本命に挙げられていた。

100m決勝から3日後、国際陸上競技連盟(IAAF)はベン・ジョンソンの2年間競技者資格停止と、9秒79の世界記録取り消しを決めた。
するとジョンソンは27日午前中の内に、ソウルの金浦国際空港から追われるようにニューヨークへ逃げていった。

当時、ベン・ジョンソンは日本でも有名選手で、共同石油(現ジャパンエナジー=JOMO)のCMにも出演していた。共同石油は27日、ベン・ジョンソンのCMを別のものに差しかえるよう各放送局に連絡、ジョンソンのCMはこの日を境にオンエアされていない。
ジョンソンは、ローマの世界陸上を機に、多額のスポンサーがつくようになっていた。
ディアドラ社のシューズの契約金は5年で2億円強、共同石油も億単位の契約金だったといわれている。

筋肉増強剤であるアナボリック・ステロイドは1981年秋から使用していたと証言しているから、ロサンゼルス五輪の銅メダルの時には、既にクスリに犯されていたことになる。が、メダル剥奪処分にはなっていない。

この後のベン・ジョンソンについてあまり知られていないが、2年間の競技者資格停止が解け、1991年陸上界に復帰。東京で行われたこの年の世界陸上にやって来た。
とはいうものの、100mの世界陸上B標準しか突破できていなかったジョンソンはカナダチームのリレー要員だった。3走を任されるも、コーナーが下手、カナダは何とか8位に入るのがやっとだった。

そして1992年バルセロナ五輪、ベン・ジョンソンは100mのカナダ代表として3度目の五輪出場を果たした。
スタジアムで名前が紹介されると、人気は意外にも高く、大きな拍手と歓声が沸いた。
1次予選は10秒55と、32人残った中で20番目。2次予選は4位で辛くも準決勝に進んだ。
準決勝1組に出場したジョンソンは、スタートと同時にこけて、10秒70。最下位で決勝に進めなかった。
「陸上の神様がこけさせた」世界中が思ったに違いない。

そして、1993年3月.ベン・ジョンソンの、同年1月に行われた尿検査でテストテロン(筋肉増強剤)を服用が判明。国際陸連(IAAF)は永久追放処分を発表、カナダ政府もこれを受けてスポーツ基金受給資格を取り消し、さらにすべてのスポーツ競技から、ジョンソンを永久に締め出すとした。

その後ベン・ジョンソンは馬などと慈善レースをしていたが、1999年にまた薬物陽性反応があったとされる。(詳細不明)
2007年になって、選手としては永久追放処分を受けているが、コーチとしてのチャンスは与えられるべきだとの関係者のコメントとともに、20歳のカナダ人選手のコーチを務めることになったとAFP通信が伝えている。

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Comments

私にとって五輪の最大のヒールはズバリ「ソ連」でした。
身内にシベリア抑留者はいませんが、領土問題を含めた過去の歴史的経緯や相容れない思想と国家体制。
そして我が国最大の仮想敵国。
またこの国は五輪の年になると他国に戦車を出す悪癖があります。
五輪でも実質プロのステートアマのくせして”国家公務員”を隠れ蓑にした身分偽装。
選手達も冷酷かつ無表情でまるで機械のようでした。
(これもドーピングの影響なのでしょうか・・・)
本当に最高の悪役でした。
映画「ロッキー4」のドラゴはまさに”悪の帝国”ソ連のイメージにぴったりです。
冷戦時代、真っ赤な国旗と「CCCP」の文字が書かれたユニフォームを見るたびに私は凄まじい敵意を持ちました。
1970年代以降の五輪(夏&冬も)は殆んどの大会でソ連が金メダル獲得数NO1になりますが、連邦が崩壊してからは夏はアメリカ、冬はドイツに首位の座を明け渡してます。
今思うとソ連のように強くて尚且つ全ての悪の要素がてんこ盛りのヒールが不在なのはやはり面白みに欠けるし、とても寂しいです。
不可能だけど私の密かな願いは五輪の時だけソ連を復活させて欲しいです。
(統一コリアやサッカーの英国4協会合同チームよりインパクトは抜群だと思うけど・・・)

Posted by: 中東の太鼓 | April 25, 2008 at 01:08 AM

ソ連は何でも強かったんだけど、体操、柔道、レスリング、バレーボール・・・70~88年頃まで日本の天敵はソ連でしたね。
ソ連晩期には、結構人間味あふれる選手も出て、好きな選手もいました。サルニコフは全盛期は泳ぐ精密機械とか言われたんだけど、ソウルで見せた金メダルへの執念は感動しましたよ。

タス通信だったか、アテネ五輪のときにCISの合計金メダルとか、CISの外に出た旧ソ連の選手の合計金メダルとかも出してアメリカに対抗して笑わせてもらいました。

Posted by: 管理人 | April 25, 2008 at 10:40 AM

私がソ連を五輪の最大のヒールにした理由はもうひとつあります。
それは参加した女性選手がブスばっかりだからです(笑)
ただし例外は体操とフィギュアスケートです。
中でもメキシコ五輪の体操の金メダリストのナタリア・クチンスカヤは五輪史上最高の美女選手だと私は勝手に思ってます。
クチンスカヤが”チェコの名花”ベラ・チャスラフスカと共に活躍した1960年代は現在のように体操選手が幼児体形化される前の時代でまさに大人の女性の美の競演でした。
ただ彼女が不運だったのはメキシコ五輪直前の「チェコ事件」の為、ヒールの扱いを受けた事です。
圧倒的なチャスラフスカ贔屓の観客から容赦ない罵声やブーイングを受けながらも笑顔を絶やさずに演技をしていた姿は美しくもあり悲しくも感じました。
ある意味彼女もこの事件の被害者だったと思います。

体制が崩壊した今では旧ソ連はテニスのシャラポアをはじめ美女選手の名産地になりました。
時代の流れを感じます。
ただ同じ美女でも北朝鮮の「美女軍団」はあまり好きじゃないけど・・・

Posted by: 中東の太鼓 | April 26, 2008 at 12:43 AM

ソ連の女子選手というとやはり体操が圧倒的に印象深いです。
ミュンヘンのオルガ・コルブト、モントリオールのネリー・キム、モスクワでコマネチに勝ったエレナ・ダビドワ、跳馬金のナタリア・シャポシニコワ、83年の世界王者ナタリア・ユルチェンコ・・・。

ネリー・キムは父親が朝鮮系で日本人にも親近感があった。ユルチェンコは神戸のユニバでも勝ちましたね。

ぎりぎりソ連でないけれど、女子バレーのエフゲーニャ・アルタモノワは美人でした。

Posted by: 管理人 | April 26, 2008 at 10:04 PM

私の父は、シベリア抑留者でしたが(笑)、ソ連に対してはそれほど敵意はなかったように思います。

それでも悔しかったのは、フルセットの末に敗れたミュンヘン・オリンピックの女子バレーボール決勝でしょうかね。あそこまで行って、勝てないかなあってね。

クチンスカヤは単に美形というだけでなく、愛嬌があったのが印象的ですね。メキシコ五輪で、得意の段違い平行棒で落下した時、にっこりほほえんだ彼女の姿に参った人は世界中にどれくらいいるでしょうか(笑)。

オルガ・コルブト、ネリー・キムも印象的ですね。ネリー・キムはもう一度動画を見たいです(笑)。

反対に、残念ながらお世辞にも美形とは言えない選手で印象的だったのは、東京五輪でのタマラ・プレス、イリナ・プレス姉妹でしょうか。子供ながらに、強烈な印象を植え付けられましたね。女子であんなの反則じゃないかってね(笑)。

スポーツ以外では、ロシアの女性の美しさには目を見張ることが多いですが。ただし、平均的には年齢が上がると、体重が増える方が多いように思いますが(笑)。

Posted by: でいのしん | April 27, 2008 at 01:13 AM

でいのしん様
コメントとても面白かったです。
クチンスカヤはたしか10数年前に指導者として数年間大阪に滞在してました。
その時はもう40代半ばでしたが相変わらず綺麗な方でした。

”ミュンヘンの恋人”オルガ・コルブトは美人というより可愛い感じの選手ですね。
彼女の登場がその後の体操選手の幼児体形化(もしくは中国雑技団化)の嚆矢なのではと私は思います。
NHKの衛星放送で放映されている「オリンピック栄光の歴史シリーズ」で最近の彼女のインタビューを見ました。
ちなみに印象は・・・
同窓会で初恋の女性と会ってガッカリした気分とそっくりでした(笑)
尚、この番組でモントリオール五輪の事も取り上げられてまして”白い妖精”ナディア・コマネチが10点満点の演技を連発した時コルブト、ネリー・キム、リュドミラ・ツリシチェワらソ連チームの選手団の表情が驚きと焦りでみるみる冷静さを失っているのが印象的でした。

体型がアンコ型のタマラ・プレスのあだ名は”女大鵬”でしたね。
東京五輪で妹のイリナと共に金メダルを獲得し次のメキシコでも期待されましたが2年後の欧州選手権の直前に突然の引退。
どうやらこの頃から性別検査が厳格化されたのが理由らしいです。
「プレス兄弟説」はやはり本当だったのかな(笑)

Posted by: 中東の太鼓 | April 27, 2008 at 02:43 PM

残念ながら私は、ナタリア・クチンスカヤもベラ・チャスラフスカも写真でしか知りません。
コルブトもモントリオールでの印象です。
タマラ・プレスも噂しか知りませんが、画像検索してなるほどと思いました。

コマネチはもちろん、キムもYOUTUBEに沢山動画がありますよ。

Posted by: 管理人 | April 28, 2008 at 12:45 PM

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