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May 08, 2008

4大会連続五輪出場をめざした塚原直也

北京五輪の代表選考が佳境を迎えている。
4大会連続五輪代表をめざしてきた選手達がいたが、その内の半分は代表になれなかった。
ひとくちに4大会連続というけれど、12年である。この長きに渡って日本のトップにいるとは恵まれた素質もさることながら、たゆまない努力と向上心と、さらには周りの支えがあった事だろう。

●4大会連続五輪出場決定
ボート 武田大作
馬術 杉谷泰造

●4大会連続五輪出場ならず
柔道60㎏級 野村忠宏
競泳バタフライ 山本貴司
体操 塚原直也

陸上短距離 朝原宣治は決定はしていないが、100mのA標準を突破しており、ほぼ間違いなく代表選出される。

体操の塚原直也が北京五輪代表から漏れた。
父は、体操ニッポンを支えたひとり塚原光男氏。
常に金メダリスト塚原の息子として見られるプレッシャーは想像に難くない、が、父は朝日生命体操クラブを主宰し、10代の頃にはニコライ・アンドリアノフがコーチに付いた環境は、恵まれすぎたかもしれない。
スポーツの世界に二世選手は多くいるが、そのほとんどが親を越せずに、消えていく。
その中で日本初の親子金メダリストになった塚原には素直さがあった。それは演技にもよく出ていたと思う。

塚原が19歳のときのこんなインタビュー記事がある。

実は、父が五輪でいくつ銀メダル、銅メダルを取ったか知らない。はっきりと胸に刻んでいるのは「金メダルを5個」。それを上回ると決意しているから、2004年アテネ五輪までは第一線でやるつもりだ。


金メダルは1個に終わったが、2008年まで第一線でできた。

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