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July 06, 2008

ライバルは泳法規則 日本人スイマーの軌跡

2004年アテネ五輪の平泳ぎ男子100mで、優勝した北島康介に対し、「ターン時に、ドルフィンキックが入った」と指摘が出された。米国チームからの公式抗議はなかったにもかかわらず、新聞等には大きく取り上げられた。
このときは、またか、と思った。
日本人が水泳やスキーで活躍すると、ルール改正で対抗されるのが常だからだ。
結局2005年になって国際水泳連盟(FINA)は、平泳ぎのスタートとターン時に、ドルフィンキックを1回のみ容認する競泳規則の改訂を決め、北島の件は事なきを得た。

▼古川勝 メルボルン五輪で200平泳ぎ金
1956年メルボルン五輪男子200m平泳ぎの決勝。
古川勝と吉村昌弘が出場した。当時、平泳ぎは「潜水泳法」が主流で、決勝を泳いだ8人中7人が潜水だった。古川は一番長く潜り、43mで顔を上げた。
150mまでは、2位だったが、ターンで勝り、残り20mでソ連の選手に勝った。吉村昌弘も2位に入った。
古川は、もともとは普通の平泳ぎをしていたが、7000ccの肺活量を生かし潜水に転向、「潜水の王者」と呼ばれた。だが、潜水泳法はメルボルン五輪を持って禁止となった。

▼田口信教 ミュンヘン五輪男子100m平泳ぎ金
1968年17歳で迎えたメキシコ五輪。田口信教は100m準決勝で1分7秒1を出すも、ターンの時にドルフィンキックになった、という泳法審判員の指摘で失格となった。金メダルのマッケンジー(米)のタイムは1分7秒7。決勝に出ていれば田口が優勝したかもしれない。
左ひざの関節炎を持ち、やむなくしての俗にいう田口キックだったが、記録を更新する日本人に対するねたみもあってか、厳しい指摘だった。
田口は4年間かけてキックを直し、外国の関係者に写真まで送りつけてアピールした。
1972年ミュンヘン五輪100m平泳ぎ 準決勝では1分5秒1の世界新記録、決勝では50mを7位で折り返すも、60mを過ぎたあたりから、ピッチ泳法でトップに出た。
泳法違反はなし。史上初めて1分5秒の壁を破る1分4秒9の世界新記録での金メダルだった。

▼モスクワの星 高橋繁浩
モスクワ五輪を1年後に控え、日本の競泳会は平泳ぎの新星に沸いた。
高校3年生の高橋繁浩が100、200m平泳ぎの日本新記録を出し、モスクワ五輪の星といわれた。
ひとかきで他の選手よりグンと前へ進むフォームは、「芸術品」と言われた。が、水をかく間、頭が水中に沈む泳法違反で失格をとられた。
高橋は、頭を浮かすことに神経をすり減らし、泳ぎが小さくなった。
モスクワ五輪の幻の日本代表にも選ばれることはなかった。
5年余のブランクを経て、1984年のロサンゼルス五輪に挑戦するも、100m10位、200mは12位に終わり、現役引退を表明した。
ところが、母校で指導者をしていた1986年、競泳規則が改正され、平泳ぎの頭部水没が違反でなくなった。
27歳にして4年ぶりに現役復帰。
ソウル五輪平泳ぎ200m、予選のタイムは2分17秒69。決勝進出はならなかったが、17歳のときの自身が持つ日本記録を10年ぶりに更新した。
取材陣からは「金メダルに匹敵する泳ぎ」と称賛された。

▼鈴木大地 1988年ソウル五輪100m背泳ぎ金
この当時の背泳ぎは、潜水して両手を頭の先に伸ばしたまま進むバサロスタートが主流だった。
が、呼吸しないため体力の消耗が激しい。鈴木大地は通常21回のキックで25mまで潜っていた。
予選では、35m近くまで潜ったアメリカのバーコフが54秒51の世界記録を出した。
鈴木大地は、55秒90の3位。金メダルを獲るにはバサロの距離を伸ばすしかない。
決勝が始まった。5コースのポリャンスキー(ソ連)が25m過ぎで水面に出る。続いて3コースの鈴木大地が30mで、その5m先で4コースのバーコフが顔を出した。
50mのラップはバーコフ25秒47、鈴木大地25秒97、ポリャンスキー26秒06。
3人は残り5mで横一線。鈴木は右手で絶妙なタッチを決め、金メダルを掴む。
世界記録はならなかったものの、自らの日本記録を0秒27縮める55秒05だった。
ソウル五輪後、ルールが変更され、制限の無かった背泳ぎのスタートとターン直後の潜水は10m以内とされ、1991年からは逆に5m延ばされ15m以内となった。

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Comments

こんにちは。

メキシコ五輪での田口の失格は、単に「ドルフィンキック」のため、という風にしか聞いていなかったです。ターンの時にドルフィンキックになったというのでは、なおさら言いかがりのように聞こえてしまいますね。私はいわゆるいわゆる「田口キック」そのものが失格になったのだと思っていました。

その前年の東京ユニバーシアードで、日本水泳陣は、東京オリンピックに続いて苦戦、最後に金メダルを期待された200メートル平泳ぎでも、鶴峯治、石川健二が銀・銅に終わっています。

メキシコも苦しそうだと思っていたら、大会前に予想以上に伸びてきたのが田口信教でした。泳法違反で失格というのは、本当に悔しく、インチキじゃないかと小学生の私は思ったものです。森岡栄治のボクシングと同じくらいインチキだと思いましたね(笑)。

その後、田口はおっしゃるとおり、ミュンヘン大会前に国際水連に映像を送って、お墨付きを得て金メダルを獲ったわけで、良かったのですが・・ 

日本人が好成績を残すと、必ず難癖をつけられるのは困ったものです。
今後そのようなことがないように祈るばかりです。

Posted by: でいのしん | July 21, 2008 at 08:51 AM

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