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August 04, 2008

塚原の息子、リューキンの娘

1996年のアトランタ五輪、塚原直也が初めて五輪の舞台に登場したとき、アトランタにいた体操関係者の誰もが「ツカハラの息子が来ている」と話題にした。
ツカハラとは父親の光男氏のこと。
月面宙返りの塚原の息子がどんな演技を見せるか、体操関係者でなくてもわくわくしたものだ。

ソ連として最後の五輪になった1988年ソウル五輪。
ソ連男子体操チームは、「ビロゼルチェフ、遅咲きのリューキン」の2枚看板と言われた。
ビロゼルチェフは若干16歳にして、世界選手権の個人総合を獲ったソ連晩期の天才。
そのため、ビロゼルチェフと並び評されたリューキンは、22歳ながら遅咲きと言われたのだ。
そして、ソウルでは団体と鉄棒の2種目で金メダルを獲った。

ソ連が崩壊し、リューキンは妻と子供を連れてアメリカに渡った。
夫人のアンナも1987年の新体操世界選手権優勝の実績がある。
この2人の間に生まれたナスティア・リューキンが、体操アメリカ代表として北京五輪に乗り込んでくる。
まるで前述の塚原直也の五輪デビューと重なるが、ナスティア・リューキンは既に2005年の世界選手権で段違い平行棒優勝の実績もある。
果たしてリューキンの娘は、北京の恋人になれるだろうか。

かつて、五輪女子体操個人総合の覇者、もしくは順ずる成績の選手はスターになった。
そして必ずニックネームが付いた。
こんな風に。

ローマの恋人 池田敬子*
東京の恋人 ベラ・チャスラフスカ
ミュンヘンの恋人 オルガ・コルブト
白い妖精 ナディア・コマネチ
ゴムまり娘 メアリー・ルー・レットン

*池田のローマはローマ五輪(1960年)ではなくローマの世界体操(1954年)でのこと。

近年、女子の体操選手があまり騒がれないのは、体形的に女性スポーツ選手としての魅力に乏しいからだろう。
今の時代、新体操やシンクロはもちろん、今回ならオグシオのバドミントンや栗原・木村の女子バレー、競泳の伊藤華英等身体の綺麗な選手は沢山いるからだ。

筆者の著作発売中

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Comments

女子選手のニックネームというと私は「中国の百恵ちゃん」と呼ばれた中国の女子バレーの楊希が好きでしたね(笑)
1977年のW杯で活躍しましたが、中国はモスクワはボイコットしたので五輪で活躍する姿を見られなかったのが残念でした。
最近、テレビ局が無理やり名付けたニックネームは好きにはなれませんが・・・
(特に世界陸上を独占中継しているあのテレビ局のネーミングセンスは酷すぎます)

Posted by: 中東の太鼓 | August 05, 2008 at 08:15 AM

>「中国の百恵ちゃん」と呼ばれた中国の女子バレーの楊希

懐かしいですね。
この頃の中国選手は、戦後間もなくの日本人みたい雰囲気で、パーマが失敗したみたいなヘアスタイルの選手がよくいました。

楊希は81年のW杯にも出ていましたが、もうレギュラーではなかった。
それでもたまにコートに入ると歓声が挙がったのをよく覚えています。

Posted by: 管理人 | August 05, 2008 at 01:09 PM

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