NHKスポーツ大陸 高田裕司・佐藤満そしてセバン・トルステナ
25日の夜 NHK BS1のドキュメンタリー 「スポーツ大陸 受け継がれた天才の技 外無双 ~レスリング 高田裕司から佐藤満へ~」
を途中から見た。
ちょっと補足させていただく。
高田裕司さんは、レスリングフリースタイル52kg級のモントリオール五輪の金メダリストで、80年モスクワ五輪でも金メダルを有力視されていた。
が、日本はソ連のアフガニスタン侵攻に抗議するアメリカに追従し、ボイコット。
無念の高田は一度はマットを去った。
ところが、高田は4年後のロサンゼルス五輪を前にして、突然の現役復帰を果たすも、ソ連を始めとする東側諸国がロサンゼルス五輪を報復ボイコットし、五輪の舞台はまたも片肺となった。
それでも、8年ぶりの金メダルを狙った高田だったが、セバン・トルステナ(ユーゴスラビア=当時)戦で一瞬のすきをにつかれ、銅メダルに終わった。
4年後のソウル五輪、高田は同階級のライバルだった佐藤満に自身の得意技・外無双を教え、佐藤は決勝でトルステナを圧倒、高田はコーチとして夢をかなえた。
というのがNHKの番組の概要だ。
ところが、放送にはなかったが、高田裕司、トルステナにはこの後のあまり知られていないエピソードがある。
高田裕司が2個目の金メダルを目指していたロサンゼルス五輪、金メダルを獲ったら、表彰式でメダルにキスをして客席に投げ込むつもりでいた。
五輪に翻弄された高田が、どうしてメダルを投げ込むつもりだったか、他人にはわからない部分もある。が、結局銅メダルに終わり、幻のパフォーマンスとなった。
ロス五輪をもって引退していた高田は、1990年東京で開催された世界レスリング選手権に合わせてまたも現役復帰を果たす。
5回目の世界王者をめざしたが、36歳という年齢と、勝負勘を取り戻せなかったのか、8位に終わった。
一方、ソウル五輪の金メダリスト佐藤満は1989・90年と競技から離れていたが、1991年に復帰、92年のバルセロナ五輪フリースタイル52㎏級6位をもって現役を退いた。
高田に勝って、佐藤に敗れたセバン・トルステナ(旧ユーゴスラビア)も少し変わった競技人生を歩む。
1991年の8月までは、旧ユーゴスラビア代表として競技会に参加していたが、この年の9月に彼の母国マケドニアが、旧ユーゴスラビアから独立を宣言する。
ところが国際社会はこの独立を認めず、マケドニアのスポーツ界は中釣り状態となった。そのため、セバン・トルステナはバルセロナ五輪には現われなかった。
そして1996年のアトランタ五輪、トルステナは国際社会から認知されたマケドニア代表として参加、57㎏級5位。
1997年の世界選手権には58㎏級に出場して17位という記録が残っている。
このとき32歳だった。
*バルセロナ五輪には個人参加という形で、マケドニアから参加した選手も一部いるが、所属区分は「IOP」(個人参加)とされ、書類上マケドニアの名前は一切出てこない。








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