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October 09, 2008

たまにはボクシングの話をしよう(1)

カシアス・クレイ(ローマ)
ジョセフ・フレージャー(東京)
ジョージ・フォアマン (メキシコ)
レイ・レナード、マイケル・スピンクス、レオン・スピンクス (モントリオール)
パーネル・ウィテカー (ロサンゼルス)
レイ・マーサー (ソウル)
オスカー・デラホーヤ (バルセロナ)
デビッド・リード(アトランタ)etc

いずれもボクシングの金メダリストから世界チャンピオンになったアメリカ人ボクサーだ。
五輪の金メダルを踏み台にして、プロのチャンピオンになる。
かつてのアメリカ人ボクサーにとってのアメリカンドリームを体現する方法だった。
ところが、1996年のデビッド・リードを最後に12年間、アメリカから金メダリストの世界チャンピオンが出ていない。

北京五輪のボクシングは、2人しか出場しなかった日本人選手が、早々に敗れてしまい、日本ではほとんどテレビ中継がなかった。
最終日に決勝をいくつか担当したNHKの刈屋富士雄アナウンサーの実況は、「ボクシングファンの皆様長らくお待たせしました」で始まったほどだ。

北京五輪と20年前のソウル五輪のボクシング競技のメダル獲得状況をまとめてみた。
何と言ってもボクシング大国アメリカの凋落振りが目立つ。
ソウルでは金メダル3個を含む8個の金メダルを獲ったが、北京ではなんと銅1個に留まった。
また、ホームアドバンテージを最大限に生かし、ソウルで金メダル2個を含む4個のメダルを獲った韓国が北京ではやはり銅メダル1つに終わった。

冷戦の終了とともにメダル地図は大きく変わった。
20年前にはアマチュアボクシングに長けていたソ連、東独、ポーランド、ブルガリア等の東欧諸国の内、北京で活躍したのはソ連のボクシングを引き継いだロシア、カザフスタン、ウクライナである。

4年後のロンドン五輪を控える英国、フランス、アイルランド、イタリアさらには、ボクシングと縁のないと見られていた中国やモンゴルが北京五輪では活躍した。
アマチュアボクシング最強のキューバは、北京では金メダルはゼロに終わったものの、計8個のメダルは第1位。ちなみにキューバはソウル五輪をボイコットしており、20年前との比較はできないから念の為。

北京五輪でのアメリカ唯一のメダリスト、ヘビー級で銅メダルのディオンテイ・ワイルダーが、ボクシングを始めたのは2005年の10月だとか。
なんと3年に満たない年月で銅メダルに届いたことになる。
そのワイルダーのプロデビューが11月15日に決まった。
果たして五輪銅メダリストは、プロでチャンピオンになれるだろうか。

●1988年ソウル五輪 ボクシングメダル獲得国(数、括弧内は金メダル)
アメリカ8(3)
韓国4(2)
ソ連4(1)
ポーランド4
東独3(2)
カナダ3(1)
ブルガリア2(1)
スウェーデン2
ケニア2(1)
(各1)
イタリア(金メダル)、ハンガリー、フィリピン、メキシコ、タイ、コロンビア、ルーマニア、モロッコ、モンゴル、豪州、西独、フランス、英国、パキスタン、ユーゴ、オランダ
計48

●2008年北京五輪 ボクシングメダル獲得国(数、括弧内は金メダル)
キューバ8(0)
中国4(2)
英国3(1)
アイルランド3
イタリア3(1)
ロシア3(2)
フランス3
モンゴル2(1)
タイ2(1)
カザフ2(1)
ウクライナ2(1)
(各1)
ドミニカ共和国(金メダル)、米国、モルドバ、モーリシャス、トルコ、アゼルバイジャン、アルメニア、韓国、インド
計44
*アマチュアボクシングでは、1階級に銅メダリストが2人出る。

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Comments

ソウル五輪は後にプロで世界王者になる逸材が大勢参加してました。
レノックス・ルイス、リディック・ボウ、レイ・マーサー、ローラン・ブードゥアニ、ヘンリー・マスケ、ケネディ・マッキーニなどなど。
審判買収事件の被害者のロイ・ジョーンズ・ジュニア(皮肉にも銀メダルだけど大会MVP)もプロではヘビー級も含め4階級を制覇してパウンド・フォー・パウンド最強とも称されてます。

またこの五輪でもうひとつの大事件になった「座り込み抗議事件」の張本人の辺丁一も辰吉の好敵手だったビクトル・ラバナレスに番狂わせで勝利してWBC世界バンタム級王座を獲得しました。
ちなみにこの時のラバナレスは韓国でビザ取得に手間取り更に私生活でも二人の奥さんのうちの若い方(なんと16歳!)に逃げられたので心身ともに調子が悪かったそうです。
ただ辺は薬師寺に地元判定で王座を手放した後、再戦に臨むがこの間に兵役に就いていたのですっかり調子を崩して5度もダウンをして完敗。
なんだかこの男はここぞという時に運に見放されてます。
ソウル五輪の時も辺はバッティングで2度の反則を取られたためあと1度反則を受けると失格になるので以後消極的な戦いになりこの大会で銀を獲るフリストフに敗退。
一方フリストフはホールディングを繰り返しながらも一度も反則を受けなかったのがその後の大暴動を誘発しました。
また辺のスタイルも韓国では極めて少ないサウスポーのボクサータイプなのでこの国の国民性に合わず評価が低かったのも不幸でした。
辺とはアマでの実績とスタイルも対照的で地元五輪のフライ級で優勝した金光善はプロでは世界王座に2度挑むも届きませんでした。
ただ金の場合は挑んだ王者がウンベルト・ゴンザレスとソウル五輪ライトフライ級の銀メダリストでもあるマイケル・カルバハルだったのがあまりにも不運でした。
特にゴンザレス戦は11ラウンドまで採点で上回ってましたが最終12ラウンドで逆転KO負け。
五輪から2年近くブランクを空けたのも痛かったと思います。
ちなみに辺と金はともに同じジムに所属し二人を担当したマッチメーカーがジョー小泉さんです。

この五輪で不振だったソ連の唯一の金メダリストがのちに”ペレストロイカ軍団”としてユーリやナザロフらとともに協栄からプロデビューしたスラフ・ヤノフスキーです。
ずば抜けた技巧で同時期に在籍してのちのWBC世界ライト級王座を10度防衛した東京三太ことミゲル・アンヘル・ゴンザレスをスパーで子ども扱いしましたが、やはり外国人だと興行上の問題があるせいか日本王座止まりだったのが残念でした。
本場米国では中量級は層が厚く人気があるので世界進出をしてもらいたかったです。
(亀田一家とは対応がエライ違い過ぎます)

そういえば北京五輪ではなぜかフィリピン選手団の旗手をしていたのがアジア初の4階級制覇を果たした英雄マニー・パッキャオ。
現在のパウンド・フォー・パウンド最強と称され本場米国で大成功してますが12月の次戦の相手がなんとオスカー・デラホーヤです。
ウェルター級の12回戦のノンタイトル戦です。
だけどこの両者は体格があまりにも違いすぎますが・・・

Posted by: 中東の太鼓 | October 13, 2008 at 12:05 PM

>パッキャオ

アマチュア時代に五輪出場の経験でもあるのかと思ったら、ないようですね。
8月の北京五輪の頃は、まだフィリピンの興奮が冷めやらない時期で、旗手になったんでしょうか?

Posted by: 管理人 | October 14, 2008 at 12:30 PM

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