« 選手も変わる・組織も変わる ロンドン五輪効果の英国がうらやましい | Main | 冬季五輪の記憶(3) カタリーナ・ビット »

October 20, 2009

冬季五輪の記憶(1) 5冠王エリック・ハイデン

 1972 Sapporo
 1976 Innsbruck

1980 LakePlacid
 1984 Sarajevo
 1988 Calgary
 1992 Albertville

五輪は時として、とんでもない怪物を生む。
北京五輪競泳8冠のマイケル・フェルプス
生涯9個の金メダルを獲ったカール・ルイス
円盤投げ4連覇のアルフレッド・オーター

冬季五輪はその種目の少なさからか、夏季大会ほどのスーパースターは出ていない。
が、冬季五輪史上最高のスーパースターの一人がエリック・ハイデンであろう。
1980年、ソ連のアフガニスタン侵攻に対するモスクワ五輪のボイコット問題に揺れる中、レークプラシッド五輪が開幕した。

男子のスピードスケートは500m、1000m、1500m、5000m、そして10000mの5種目が行われている。
近年の五輪では、ソルトレークシティもトリノも屋内のスケートリンクが会場となっていたが、以前の五輪では屋外のリンクが当然であり、ウインタースポーツはスキーと同様にスケートも「自然との戦い」でもあった。

中西部の名門大学の医学生だったハイデンは、1977年、78年、79年と5種目の総合得点で争われる世界スピードスケート選手権で3連覇を果たし、レークプラシッドでは、「全ての種目に金メダルを狙う」と5種目全てにエントリーしてきた。
当時は現在ほど、スプリント専門、長距離専門と分かれておらず、オールラウンドに強い選手も多かった。
だが、5種目全てに金メダルなんて、誰もがそう思った。
 
最初の500mは辛勝だった。
この時代の500mは、1回のレースで全てが決まる。
当時の世界記録保持者クリコフ(旧ソ連)をわずか0秒32差で振り切った。
そして、翌日の5000mは中間タイムで5秒遅れたが、後半ピッチを上げ、逆転で金メダルを手にすると1000m、1500mと、金メダルを積み重ねていった。
ハイデンは、常に異彩を放つ金色ワンピーススーツを着ていた。
金色のハイデンが、常に同走者を置き去りにした。

Heiden_eric
ハイデン 当時21歳 184cm86kg それほど大きい訳ではない。

5種目制覇のかかった10000mでは、余裕たっぷりだった。
前日は、アイスホッケーの決勝。
「ミラクルオンアイス」と呼ばれたアイスホッケーの米ソの金メダルをかけた対決にも応援に駆けつけ、スケートの代表仲間と大騒ぎした。
そして、翌日のレースでは2位と8秒差、世界記録を6秒も更新するタイムで5つ目の金メダルを手にした。

「モスクワでの2週間のために選手は人生をかけてきた。カーター大統領は再考をすべきだ。」
5冠王に輝いた後、モスクワ五輪ボイコット問題に触れ、ハイデンは力説した。
米ソの冷戦華やかりし頃、五輪が政治の道具にされた。
ソ連の存在すら、良く思わないカーター大統領(当時)は、ソ連軍のアフガニスタン侵攻を理由に、1980年7月に開幕の予定されていたモスクワ五輪のボイコットを、西側の友好国に呼びかけていたのだ。
しかし、ハイデンの訴えに、米国や日本の決定が覆ることはなかった。
 

実は、最近までスピードスケートの全種目制覇は五輪史上ハイデンが唯一、と思っていたが、もう一人いた。
1964年のリディア・スコブリコーワ(旧ソ連)である。
この時代はの女子は5000mが未実施であったため、500m、1000m、1500m、3000mの4冠王ということになる。

スコブリコーワは、冬季五輪史上女子のスピードスケートが最初に採用された1960年のスコーバレー五輪の1500mと3000mで金メダルを獲った。
元々は中長距離が得意だったようだ。

1964年のインスブルック五輪の前年、1963年に軽井沢で開催された世界選手権で500m、1000m、1500m、3000mの4種目制覇をやってのけると、インスブルックでの4冠の期待が膨らみ始めた。
五輪初日に苦手な500mで同僚のエゴロワに0.4秒差で圧勝すると、4冠達成はいとも簡単に成し遂げられた。
スコーバレー五輪での2個の金メダルと合わせ、冬季五輪6個の金メダルは今も女子選手としては、最多タイとして記録に残っている。

このインスブルック五輪3000mでHan Pil-Hwa(韓弼花)という選手が銀メダルを獲っている。
この選手は北朝鮮の選手で、五輪のスピードスケート史上アジアで最初にメダルを獲った選手でもある。

●1980年 レークプラシッド五輪男子スピードスケート結果
500m
1.E・ハイデン(米国) 38,03
2.Y・クリコフ (ソ連) 38,37
3.L・ボエル (オランダ) 38,48

1000m
1.E・ハイデン (米国) 1.15,18
2.G・ブシェ (カナダ) 1.16,68
3.F・ロディン (ノルウェー) 1.16,91
3.V・ロバノフ (ソ連)1.16,91

1500m
1.E・ハイデン (米国)1.55,44
2.Stenshjemmet (ノルウェー)1.56,81
3.T・アンデルセン(ノルウェー)1.56,92

5000m
1.E・ハイデン (米国) 7.02,29
2.Stenshjemmet (ノルウェー) 7.03,28
3.T・オクスホルム (ノルウェー) 7.05,59

10000m
1.E・ハイデン (米国) 14.28,13
2.P・クレーネ(オランダ) 14.36,02
3.T・オクスホルム (ノルウェー) 14.36,60

1980gold


●オリンピックプラスの電子書籍 346円で発売中
冬季オリンピック 栄光と挫折の物語
Pyousi_2

        

|

« 選手も変わる・組織も変わる ロンドン五輪効果の英国がうらやましい | Main | 冬季五輪の記憶(3) カタリーナ・ビット »

Comments

The comments to this entry are closed.