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November 17, 2009

男子ショートトラック・リレー 五輪出場権獲れず

2010 Vancouver

若い人は知らないかもしれないが、かつて冬季五輪は、夏季五輪と同一の年に開催されてきた。
また会期も夏季五輪に比べれば短く、実施される種目も現在よりも随分少なかった。

初めて夏冬五輪の分離開催になったのは、1994年のリレハンメル五輪だ。
夏冬を異なる年に実施する方が、テレビ放映権を高く売ることが出来る、分離開催の理由は商業的なものだ。
よりテレビ放映権を高く売るために、冬季五輪はその種目を大幅に増やすこととなり、1992年のアルベールビル五輪から、スピードスケートのショートトラック、フリースタイルスキーの男女モーグル、バイアスロン女子が正式種目となった。

アルベールビル五輪の日本勢は、ノルディック複合で札幌五輪ジャンプの笠谷さん以来20年ぶりの金メダルを獲得、ほかにも女子フィギュアで伊藤みどりが銀メダルなど、計7個(金1、銀2、銅4)を獲得した。
過去の冬季五輪で得たメダルの総数と並ぶ健闘を見せた。

新種目のショートトラックでは、男子のリレーで銅メダルを獲った。
そのメンバーは、赤坂雄一、河合季信、川崎努、石原辰義の4人。
河合は1985年・87年、石原は86年の世界選手権総合優勝者、という実力者が揃っていた。
とはいうものの、リレーは韓国が絶対的な強さを誇り、実力者のカナダも主力を決勝まで温存し、日本より明らかに実力は上。
日本はNZとの3位争いに的を絞り、2人の世界王者の、絶妙の滑りで銅メダルを獲得。
この年から始まった五輪メダル報奨金制度により、それぞれが100万円を手にした。

その後、五輪のショートトラックリレーで、日本チームがメダルを獲ったことはない。
地元開催だった長野五輪でも5位止まり。
2006年のトリノ五輪では、失格も味わった。

ところが、2009年の世界選手権で日本チーム(坂下里士、高御堂雄三、藤本貴大、角張文彦)は2000年以来の銅メダルを獲得、バンクーバー五輪でのメダル奪回に向けて順調かと思われた。

が、五輪シーズンになって思わぬ展開になる。
五輪のリレーは、開催国のカナダを除いて7カ国に出場権が与えられる。
その選考方法はW杯第3戦、4戦の合計成績で決まる。
日本男子は第3戦で10位に終わり、がけっぷちで臨んだ4戦でも準決勝敗退の11位に終わり、初めて五輪出場権を落とすことになった。


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