« バンクーバー五輪を支えるテレビ放映権料 日本はいくら払ったか? | Main | バンクーバーオリンピッククイズ(1) »

January 25, 2010

スピードスケートもフィギュア同様に年齢制限がある

スピードスケートのバンクーバー五輪代表の高木美帆は、1994年5月22日生まれの15歳。
中学校3年生でのスピードスケート代表は、史上最年少となる。

4年前、当時15才の浅田真央が、GPファイナルで優勝いていたにも関わらず、五輪出場条件を満たせなかったことは記憶に新しい。

少し意外な話だが、スピード、フィギュアともISU国際スケート連盟が統括する競技であり、同じ年齢制限の対象となる。

ISUは、1996年6月の総会で、五輪出場資格をそれ以よりも1歳引き上げ「五輪前年の6月30日までに15歳」と定めた。
これによるとバンクーバー五輪は、2009年6月30日までに15歳に達していれば問題はなく、高木美帆は1994年5月22日生まれで条件をクリアしている。

一方、4年前トリノ五輪の際は、「2005年6月30日までに15歳に達している」ことが条件となり、1990年9月25日生まれの浅田は条件に87日足らず、五輪デビューが4年遅くなった。

ISUは「医学的見地から決めた」としているが、五輪競技の中で年齢制限を設けているのは女子体操の16歳以上などごく小数しかない。

往年のフィギュアスケーターで、アルベールビル五輪銀メダリストの伊藤みどり(1969年8月13日生まれ)は、浅田と同じ名古屋市出身である。
当時、不世出の天才少女といわれた伊藤も年齢制限に引っ掛かったことがあった。
当時は現在よりも1年緩く、五輪は15歳以上とされていたのだ。

伊藤みどりは1984年のサラエボ五輪をめざしていた。
というよりも、伊藤の今後のことを考え、五輪を経験させてやりたいというのが関係者の本音だった。
サラエボ五輪を14歳で迎える伊藤には、本来五輪出場資格はなかった。
ところが、五輪の年の世界ジュニア選手権で3位以内に入れば五輪出場資格を認めるという特例があった。

日本スケート連盟は伊藤のために1983年の世界ジュニア選手権を札幌市に招致。
伊藤は、首尾よく3位に入り、五輪出場権を手にしたかに見えた。
ところが、当時シニアの世界では不振を極めていた日本フィギュア。
女子の五輪出場枠は僅かに一人しかなかった。
全日本選手権で優勝することが五輪出場の条件とされた伊藤は、ショートプログラムで得意のダブルアクセルで転倒し5位、フリーで1位と追い上げだが、加藤雅子に次ぐ2位に終わった。
サラエボ五輪代表は加藤雅子が手にした(19位)。

伊藤みどりはその後18歳で出場したカルガリー五輪で5位、22歳で出場したアルベールビル五輪で銀メダルを獲得するのだが、アルベールビルのSPではトリプルアクセルで緊張のあまり転倒。
フリーでは、再度挑み成功。五輪の舞台で初めてトリプルアクセルを決めた女子選手となった。
とはいえ、SPの転倒がなければクリスティ・ヤマグチに勝てた、と今でも思う。

●年少フィギュア代表
稲田悦子 12歳 1936年ガルミッシュパルテンキルヘン五輪10位
八木沼純子 14歳 1988年カルガリー五輪14位
福原美和 15歳 1960年スコーバレー五輪21位 (1964年5位)
井上怜奈 15歳 1992年アルベールビル五輪ペア14位 (1994年シングル19位 2006年米国代表ペア7位)

●オリンピックプラスの電子書籍 346円で発売中
冬季オリンピック 栄光と挫折の物語
Pyousi_2

|

« バンクーバー五輪を支えるテレビ放映権料 日本はいくら払ったか? | Main | バンクーバーオリンピッククイズ(1) »

Comments

The comments to this entry are closed.