チェルノブイリ原発事故とオクサナ・バイウル
4月26日はチェルノブイリの原発事故から25年目にあたる。
1986年のことだから当然ソ連時代だ。
現在のウクライナ、ベラルーシ、ロシアにまたがる地域にチェルノブイリ原発はあった。
未だに半径30キロ以内は居住不可地域になっており、処理義務はウクライナ政府にある。
ロシアのマリア・シャラポワの両親が当時この近郊に住んでおり、移住後マリアが生まれた話はわりと知られている。
直接事故に遭遇した選手もいる。
アンドリュー・シェフチェンコ(ウクライナ)。
ACミランやウクライナ代表でも活躍したシェフチェンコは、6歳でディナモ・キエフのサッカースクールに入団したが、9歳の頃チェルノブイリ事故に遭った。
その後黒海沿岸に疎開するが、キエフに戻りに1992年にディナモ・キエフのユースチームにデビューした。
シェフチェンコという名前はこの土地に多いようで、チェルノブイリを扱ったドキュメンタリー映画を撮った監督は、現場での取材中のヒバクが原因で事故の翌年に亡くなるのだが、ウラジミール・シェフチェンコという名前だった。
1994年のリレハンメル五輪の女子フィギュアに優勝したオクサナ・バイウル(ウクライナ)は、当時16歳。
天涯孤独の少女とこの当時紹介されているが、幼少時に両親が離婚、母親はチェルノブイリ事故でヒバク、後にガン死した中、才能を見出され金メダルを獲った。
福島第一原発の収拾に苦労しているわが日本政府官邸HPでは、チェルノブイリ事故では事故後3週間以内に28名が亡くなり、その後現在までに亡くなった方は19名としている。
バイウルの母親は当然入っていないのだろう。
確かにガン死と放射線ヒバクとの因果を証明するのは難しいが、この数字は当時の旧ソ連政府発表そのままではないのか?
国連の試算によると将来分も含めて死者4000名となっている。
▲バイウルといえばエキジビションの白鳥。
彼女は今もチェルノブイリのチャリティに参加している。
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