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July 07, 2011

平昌2018年オリンピック招致を決める

昨日行われたIOC総会で、2018年冬季五輪開催地が平昌に決定した。
平昌は3度目の立候補で招致を決めた。
関係者の皆さん、招致に汗をかいた方々にお祝い申し上げます。

これは、スポーツ界はもちろん、大統領から財界、90%を超える国民の支持などALL KOREAでの勝利だ。
とっても一枚岩になれない東京招致が学ぶ点も多いが、これは後々指摘していきたい。

雪が少ないという致命点も、この2月のIOCによるインスペクションの際には異例の大雪が降った。
一方、ミュンヘンを擁するバイエルン州は今年極端な雪不足で、ガルミッシュパルテンキルヘンで行われた世界アルペンも綱渡りの開催だった。
天も味方になるほど平昌の執念が強かったということだろう。

2018vote


さて3回冬季五輪に立候補した都市はいくつかある。

平昌(韓国)
2010年落選
2014年落選
2018年招致

以外にも 

札幌市(日本) 
1968年落選
1972年招致
1984年落選

エステルスンド(スウェーデン)
1994年落選
1998年落選
2002年落選

バンクーバー(カナダ)
1976年落選
1980年落選
2010年招致

ソルトレークシティ(米国)
1972年落選
1998年落選
2002年招致


などがそうだが、札幌、ソルトレークシティは五輪開催を果たし、バンクーバーは2010年に開催した。
エステルスンドだけは、3回連続立候補して全て落選し、もう挑戦はやめてしまった。
 
追記
でももっと凄いのがあった。
スペインのハカ。

1998年落選
2002年書類選考落選
2010年書類選考落選
2014年書類選考落選

2022年冬季五輪に向けてスペインでは2つの構想がある。
一つはのハカにサラゴサ、ウエスカを加えた3都市での開催を目指すもの。
もうひとつは1992年に夏季大会を開催したバルセロナが冬季も目指すというもの。
スキー系の競技はピレネー山脈を予定している。

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Comments

平昌には素晴らしい大会を開催してくれるよう願うばかりですね。

ところで管理人様はこれで2020年東京招致はどうなるとお考えですか?
私はJOCは立候補しないと考えています

それと質問なのですが、2015年のIOC総会開催地が来年ロンドン五輪の際のIOC総会で決まりますが、招致立候補はもう締め切られたのでしょうか?
今から日本の都市が招致に乗り出しても間に合わないのでしょうか?
回答頂ければ幸いです。

Posted by: かん | July 07, 2011 at 08:42 AM

JOCは立候補しますよ。
今月ロゲIOC会長が来日した際に立候補を表明します。

以下2020年招致のスケジュールですが、大まかにこんなです。
開催地が決まるIOC総会は2013年の総会でブエノスアイレスで開かれることが既に決まっています。

2011年9月1日 立候補締め切り締め切り
2012年5月 第一次選考発表
2013年1月 開催計画書手支出
2013年3月〜4月 IOC評価委員会立候補都市訪問
2013年8月 IOC評価報告書発表
2013年9月7日  IOC総会ブエノスアイレス

Posted by: 管理人 | July 07, 2011 at 10:26 AM


やはり平昌の勢いは強かったですね。
ただ、やはり心配なのが2020年を目指す東京。
ニュース記事を見ているとIOC委員の何名かが東京について
厳しくなるだろうとの見込みを話しています。

ただ、東京はそれでも立候補するべきだと私は思います。
良い例として、
96年アトランタ
98年長野
00年シドニー

冬がアジアの長野に決まったあと
2年後は日本と時差の変わらないオセアニアで
開催しています。
2000年大会には北京も確か立候補していたと思いますし、
ピョンチャンの2年後に東京でも私は可能性がゼロではないと思います。

Posted by: 石井 | July 07, 2011 at 10:31 AM

直近でも
2012年 ロンドン
2014年 ソチ
の例がありますから、それほど気にしなくてもいいと思います。

平昌が今回敗れていたら、釜山が2020年招致に乗り出していました。
またまた日韓で、さらにはドーハやドバイも含めて争うことよりは良かったと敢えて考えるべきでしょう。

Posted by: 管理人 | July 07, 2011 at 11:07 AM

管理人さま、

1940年に決まって辞退したshock札幌も一応は勘定に入るのではないかと思います。

最近、一番近接していたのは2004年アテネから2006年トリノだと思います。距離は1500キロairplane。平昌から東京の方がさらに近いけれど…

アヌシーの落選で、パリが早く2024年に手を挙げてくれるといいですね。そうすればローマは降りるかも…flair

Posted by: 趙秋瑾 | July 07, 2011 at 01:33 PM

当時は夏季五輪を招致した国に同年に開催される冬季五輪の優先開催権も与えられるという解釈でした。
ですから、1940年の札幌は立候補したのではなく、東京に決まってから、「日本側が札幌を選び、IOCに伺い立てた」になるのではないでしょうか。

ちなみに東京決定は
1936年7月31日のベルリンのIOC総会
札幌は
1937年の6月9日のワルシャワのIOC総会で正式に決まっています。

Posted by: 管理人 | July 07, 2011 at 02:12 PM

そうですね。1940年の札幌オリンピックsnowに関しては、おっしゃる通りの経緯ですので、そういう言い方が一番正確なのだろうと思います。私が「一応は」と書いたのも同様の趣旨です。

1936-7年当時のオリンピック憲章は見たことがないので、夏季大会開催国に冬季も与えるというのが、明記されていたのか、あるいは慣例として行われていたのかは私にはわかりませんが…。多分、今と比べると、まだ5回目ぐらいの冬季大会の比重はすごく軽かったのでしょうね。

Posted by: 趙秋瑾 | July 08, 2011 at 08:48 PM

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