IOC理事会は何故レスリングを除外したか② 英国のレスリング選手は一人しかいなかった
ひとつ問題を出そう。
昨年ロンドン五輪を開催した英国は金メダル29個を含む65個という史上最大のメダルを獲得した。では、英国がレスリングで獲得したメダルはいくつだったでしょう?
この問題に答えられる人はいないのではないか。
ロンドン五輪のレスリングは、男子フリースタイル7階級、同グレコローマン7階級、女子フリースタイル4階級が行われた。
英国からレスリングに出場した選手は実はたった一人。
ウクライナから英国に移住した女子選手が55キロ以下級に出場、11位に入ったのみだ。
英国は他の西欧スポーツ先進国と構造が少し異なる、特殊な事情だ、と言われる方もいるかもしれない。
では他の西欧諸国、特に五輪開催国から何人の選手がレスリングに出場したか。
これは驚くべき数字である。
スウェーデンやフランスはともかく、スペインやギリシアといった比較的最近の五輪開催国ですら、ほとんど五輪に選手が出ていない。
西欧から、レスリングで五輪に出ようなんて若者はいないのだ。
同じようにシドニー五輪を開催したオーストラリア、次期五輪開催国のブラジルもそうだ。
これは、五輪に出場するハードルが随分と高くなっていることがまず挙げられる。
遡って見てみよう。
●1988年ソウル五輪
男子のみ
フリースタイル10階級、
グレコローマン10階級
ひとつの国から最大20人の選手が出場可能、合計446選手が出場した。
ところが、1991年にソビエトが崩壊し、世界最大のレスリング大国は15の国に分かれた。
一方で、この頃から五輪の肥大化を阻止しようという動きが強くなる。
●1992年のバルセロナ五輪
男子のみ
フリースタイル10階級、
グレコローマン10階級
五輪に出場した選手:合計360選手。
(*この大会に旧ソ連は合同チームEUNとして参加している。)
●2000年のシドニー五輪
フリースタイル8階級
グレコローマン8階級
五輪に出場した選手:合計320選手。
●2004年アテネ五輪
女子フリースタイル4階級新設 各階級12~14名が出場し、その合計は50選手。
男子フリースタイル7階級
男子グレコローマン7階級
五輪に出場した選手:合計358選手。
●2012年ロンドン五輪
女子フリースタイル4階級
男子フリースタイル7階級
男子レコローマンとも7階級
各階級19名の選手が出場、その合計は399名。
出場できる選手の枠が狭くなれば、出場するための条件も厳しくなる。
ロンドン五輪で、 例えば男子の19名は、前年の世界選手権の上位6、各大陸予選が2×4、残りの5を2回に分けた世界最終予選で争った。
そのため、ロシア、アゼルバイジャン、ウクライナ、ブルガリア、トルコといったレスリング強国がひしめく欧州から五輪へ進むのは至難となっていく。
だが、この点はアジアも同様で、旧ソ連のカザフスタン、ウズベキやイラン、韓国、北朝鮮と競うことになる日本も五輪出場の道は非常に厳しいのが現実であり、好調な女子の一方、男子は24年間金メダルが獲れなかった。
レスリングの五輪除外が決まって、ツイッターやFACE BOOKでもレスリングを残すためのメッセージが拡散されている。
が、この動きの発信源はほとんどが米国発なのだ。
ご存じない方も人もいるかもしれないが、米国は非常にレスリングが盛んで、大抵の高校にはレスリング部がある。
『ビジョン・クエスト 青春の賭け』といったアマレスを描いた傑作映画もあった。
(筆者の友人は米国の高校時代レスリング部で、試合の前日には必ずこの映画を見ていた。)
その一方で、ヨーロッパからこうした発信はまず見られない。
現在のレスリングはアジアとアメリカ、旧ソ連で盛んな一方、IOCの幹部が揃う西欧においては「忘れられた競技」となっている。
そんな彼等にとっては、レスリングが五輪で除外されることは大きな問題ではない。
自分は常々言っているのだが、スポーツ貴族とも揶揄されるIOC委員の中には、アジア・アフリカの方で、全く冬季五輪に参加しない国の委員も冬季五輪開催地決定の投票をしている。
極端なことを言えば、彼らにとって、ウィンタースポーツをするためにベストな開催地を選ぶか選ばないかは、どうでもいいことだ。
今回のレスリングの除外にしても、西欧諸国のIOC委員にとっては、「どうでもいいこと」。
むしろ、五輪の規模適正化に貢献できたと、自負しているかもしれないのだ。
今後のことを考えてみた。
*スポーツ仲裁裁判所に提訴する
レスリング除外問題についてIOCを相手にCAS(スポーツ仲裁裁判所に提訴する)一つの手だろう。
ポイントとしては、なぜ、正式種目除外のような重大な事柄をIOC総会でなく、IOC理事会で決めるのか。
*競技普及のための草の根活動をする
先の表で見てもらったように、レスリングは地域による偏りが大きい。
ロンドン五輪が2005年に決まった際に、なぜ、国際レスリング連盟は英国における競技の普及を考えなかったのだろうか。
次期五輪開催国のブラジルですら、一人しかロンドン五輪に出場できなかった。
西欧・南米・オセアニア等に、米国・ロシア・トルコ・イラン等のレスリング強国による、指導者を派遣しての地道な普及活動が必要だ。
*韓国の陰謀?
レスリング除外に関して「また韓国にやられた」といった書き込みを良く見かける。
たしかにテコンドーの阻害阻止のために、彼等がロビー活動を重視したことは確かだろう。
が、韓国もまたレスリング強国のひとつであり1984年以降の五輪で10個の金メダルを獲っている。
彼等にとってもレスリングの除外は、好ましいことでは決してない。
The comments to this entry are closed.
Comments