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January 12, 2015

東京五輪検定④ ジョージ・フォアマン、モハメド・アリ、ジョー・フレーザーの3人の内、東京五輪で金メダルを獲ったのは誰か。

答え:ジョー・フレーザー 

最強のボクサーにして、最高のビッグマウス。
元世界ヘビー級王者モハメド・アリは、今なお世界最高のボクサーとして、世界中で高い評価を受けている。
1996年7月、アトランタ五輪開会式。聖火ランナー最終走者として姿を現したモハメド・アリは、パーキンソン氏病を患い、震える手を押さえながらで点火をし、世界中の感動を誘った。

モハメド・アリは生まれながらの名前ではない。
カシアス・クレイが生まれながらの名前であり、ローマ五輪で金メダルを獲った時の名前である。

18歳のクレイがローマから米国に帰国したとき、故郷で待ち構えていたのは賞賛や尊敬ではなく差別だった。
友人とレストランに入ったが金メダルを見せて名乗っても、「ここは白人専用、黒人の来るところではない」と追い出された。
その帰り道、彼は通りかかったオハイオ川に金メダルを投げ捨てたという。

プロ入りして19連勝、15KO勝ち。
1964年2月、22歳にしてトニー・リストンと対戦してヘビー級のタイトルを手にした。
黒人指導者マルコム・エックスが率いる急進的な黒人組織ネーション・オブ・イスラムの一員になり、白人が付けた奴隷の名前=カシアス・クレイを捨て、モハメッド・アリ=高貴な神になると宣言をした。

アリの行動はベトナム戦争、黒人解放運動といった1960年代のアメリカ社会の背景を抜きにしては理解できない。
クレイとしての金メダルから8年後、1968年メキシコ五輪でもこうしたことが起きた。

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ボブ・ビーモンが走り幅跳びで8m90の驚異的な世界記録を出すなど、米国の黒人選手が大活躍。
「ブラック・パワー」が吹き荒れたこの大会の男子200m、19秒83の世界記録で優勝したトミー・スミスと3位のジョン・カルロスが、メーンポールに揚がる米国国旗を無視、黒い手袋をはめたこぶしを突き上げた。
その年、黒人解放運動の指導者、キング牧師が暗殺されるなど米国における黒人差別への不満と不安が五輪の場で爆発したのだ。

一方、アリは露骨な黒人差別を温存するアメリカ社会に批判的な言動を繰り返し、ベトナム戦争への徴兵を拒否したことからチャンピオンベルトを剥奪される。
徴兵拒否で懲役5年罰金1万ドルの刑を受けたが、1970年最高裁で無罪となり、1971年、4年の空白を越えて復帰。
しかし、第一戦でジョー・フレージャーと対戦して初めての敗北を経験する。

そして1974年、ザイール(現コンゴ民主共和国)のキンシャサでジョージ・フォーマンと歴史的対戦を行った。
32歳のアリが高額なファイトマネーのために対戦し、誰もがフォアマンの勝利を信じていた中で奇跡の王座奪還を果たす。

この対戦は、祖国アフリカで行われるということで、世界的な注目が注がれた。
キンシャサの地での勝利はアリにとっても、生涯忘れられないものとなった。

1978年にはレオン・スピンクスとの対戦で三度目の王座を手にするがパーキンソン病となり1981年に引退。
プロ通算61戦、56勝、5敗、37KOという記録が残った。

しかしボクシング以外の行動を止めることはなかった。
ネーション・オブ・イスラムと決別、マーチンルーサーキングに協力して差別に挑む一方、1990年湾岸戦争では、サダムフセインを訪れて10人のアメリカ軍の捕虜をアメリカに送還することに成功。
1998年にはキューバを訪問、アメリカ政府に対して経済封鎖の緩和を訴える声明を発表。
9.11同時多発テロの時は救援コンサートでイスラム教徒を代表して平和を呼びかけている。

そして先述の1996年のアトランタ五輪では、IOCからローマ五輪金メダルのレプリカを再交付されている。

●アリ、フレーザーそしてフォアマンの金メダル
ライトヘビー級
1960年 ローマ大会
金メダル カシアス・クレイ(アメリカ)=のちのモハメド・アリ
ヘビー級
1964年 東京大会
金メダル ジョー・フレーザー(アメリカ)
1968年 メキシコ大会
金メダル ジョージ・フォアマン(アメリカ)



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