近未来日記 令和2年7月24日 天気晴れ 気温37度 ときどきゲリラ豪雨
令和2年(西暦2020年)7月24日朝8時。
大門駅から都営大江戸線に乗り換える。
三田駅にもあったが、当然この駅の改札にも顔認証システムがあった。
顔認証システムの目的はテロ対策だ。
鉄道の改札、競技場の入り口だけでなく、競技中も観客の顔をシステムはグルグル回っているはずだ。
自分は過去に問題をおこしたことはないつもりだが、もしも自分の顔がどこかのテログループの人間と瓜二つなんてことがないかひやひやする。
僕の前を行くアメリカ人らしい4人の親子は、黒いサングラスを揃ってしている。
認証システムに気付いているかどうか。
パナソニックに勤めている友人によると、サングラス程度では、顔認証システムを破ることは難しいそうだ。
一卵性双生児ですら95%の確率で見分けることができるそうだし、大学入学の際に、学生証用に提出した写真ともマッチングさせているという噂もある。
1964年の東京五輪の開会式は午後2時からだったという。
このとき開会式が行われたのは、かつて体育の日と呼ばれた10月10日。
最高気温も20度と絶好のコンディションだった。
前日の雨が上がり、抜けるような青空の秋晴れになったという話は、2回目の東京五輪の開催が決まってから、テレビでいやというほど聞かされた。
1964年当時は、プロ選手に門戸を開いていなかった五輪も、50年以上の時を経てほぼオープン化された。
欧州のサッカーリーグ、NBA、テニスの全米オープンに差し障りのないように夏季五輪は、8月31日までに閉幕するという決まりになった。
それにしても暑い。
アテネとか、気温だけなら東京よりも暑い五輪はあったが、日本特有の湿度がやはりつらい。
海外の選手は体調管理は大丈夫なのだろうか。
昨日の最高気温は35度。
今朝の最低気温も28度を超えた。
今日の予想最高気温は37度だ。
朝からテレビは、五輪観戦では熱中症に気を付けるよう再三訴えている。
IOCのスポンサーであるコカコーラ社の製品を、どのテレビ番組でも勧めている。
こうしたスポンサー優待放送に、最初は違和感があったが、もうすっかり洗脳されたようだ。
コンビニに行っても、ポ●リス▼ェットではなくアクエリアスを買ってしまう。
元々開会式は7月24日午後8時からを予定していた。
招致活動をしていた際に作った「立候補ファイル」の中にもそのように書かれている。
が、2年ほど前に急遽午前10時30分に始まると告げられた。
午前中の方が少しでも涼しいとの判断ではない。
巨額のテレビ放映権を払った米NBCテレビの意向らしい。
ニューヨークなど米国東海岸の木曜日の夜9時半に、開会式が始まるということだ。
米国人が、木曜日の夕食を済ませて一服していると五輪が始まる。
米国人の友人に聞くと、彼らは五輪を見るために夜更かしをするなんてことはしないという。
オンタイムで中継されている競技を見るか、録画放送を見ているらしい。
そうこうしているうちに、国立競技場駅に付いた。
地下鉄の改札口から直接競技場に入れるようになっているが、敢えて外へ出てみた。
人工地盤上に広場が作られ、大競技場がそびえている。
でかい。
人工地盤は照り返しが強く、朝のこの時間でも目玉焼きができそうだ。
首都高4号線側は旧国立競技場とほぼ同じ位置だ。
だが、高さが全然違う。この威圧感は圧倒的だ。
外苑西通りは、人工地盤に覆われるように、埋もれてしまっている。
タクシーの運転手さんにも好まれていた、あの有名なラーメン屋はまだあるのだろうか。
日本青年館も明治公園も、以前の場所にはもうなかった。
新国立競技場の収容人数は8万人。
開会式の日本国内向けに販売されたチケットは、4万5000枚。
2019年の7月から3回に分けて販売され、平均競争率は100倍を超えたと言う。
最も高価な席は15万円だったが、僕は最も安価な席を買った。
バックストレッチのかなり上の方だ。
入場ゲートで、JOCの五輪パートナーの銀行が発行しているオリンピックパスを出す。
これをかざすだけで入場はOKだ。
今日の開会式に限らず、前もって購入したすべての入場券がこのパスに記録されている。
会場内での支払いも、直接銀行口座から引き落とされるし、会場内での怪我や、盗難、破損などの保険もこのパス一枚で足りてしまう。
するとどうだろう。
係のひとに
「既にチェックインされていますからどうぞ」
と、いわれてしまった。
地下鉄の改札で、オリンピックパスをかざした際にチェックインがなされ、
顔認証ステムによって、チケットを購入した本人であることが確認されていたのだ。
スタンドの上の方の観客向けにエレベーターがあった。
高速で、一度に50人まで昇れるという。
最上階で降りて、スタンドに入ると、ポケットに入れたオリンピックパスに反応しているのだろう。
自分の座るべき席の一部が、蛍光色に光って知らせている。
これならトイレに立って、急いで戻ってきても自分の席がすぐに判る。
10時になった。
開会式まであと30分。
既に興奮した観客が、ウェーブをしている。
パナソニックの大きなモニターが、スタジアムに集った顔を映し出す。
自分の顔が映し出されると、座っている周辺がワアーッと湧く。
あと10分。
パナソニックのモニターは、過去の五輪名場面を流している。
あっ、ちょっと曇ってきた。
2000年代の後半頃からだろうか。
東京でも熱帯のスコールのような大雨が、突然降り出すようになった。
予測することが困難なため、ゲリラ豪雨と呼ばれているが、ここ数年は特に多い。
あっという間にすごい勢いで雨が降ってきた。
僕はしぶしぶ持ってきたリュックから、カッパを取り出して着ることにした。
思わず、声を出して呟いてしまった。
やっぱり、フルに屋根のない競技場はだめだな。