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October 08, 2015

かつてのラグビー日本代表には、NZ代表として日本を破った選手までいた

ラグビー日本代表の話題となるとどうしても出て来るのが、外国出身選手がいること。
私自身は、全く気にならないし、ラグビーとはそういうものだと思っているが、納得いかない人もいるみたいだ。
過去に日本代表には、これだけの外国出身の選手がいた。

●ラグビーW杯日本代表 海外出身選手数
1987年2名
1991年2名
1995年4名
1999年6名
2003年4名
2007年9名
2011年10名
そして2015年大会は10名。
加えて松島幸太朗は南アフリカ出身、父親はジンバブエ人で母親が日本人だ。
確かに少し多いかな。

ただ、主将のリーチマイケルのほか、トンプソンルーク、アイブスジャスティン、ホラニ龍コリニアシ、ツイヘンドリックは日本国籍保持者である。
見分け方としては、苗字前の間に「・」がある選手は外国籍。ない選手は日本国籍保持者となる。

長く五輪種目ではなかったので、国籍を重く見ないのがラグビーだ。
資格のルールも「代表強化に外国人を補強」という発想を前提としていない。

現在の規定では
・当該国で出生していること
・両親、祖父母のひとり以上が当該国で出生していること
・直前の3年間、当該国に居住していること
のいずれかを満たせばいいことになっている。
ただ「ひとり生涯に一カ国(協会)のみ」*という条件が付く。

かつては「ひとり生涯に一カ国(協会)のみ」と言う条件はなかった。
ということは、他の国(協会)の代表としてW杯に出場した選手が、ほかの国の代表としてW杯に出場することが可能だったのだ。

1995年のW杯は南アフリカで開催され、同国が地元優勝し大いに盛り上がった。
この大会でニュージーランドに挑んだ日本が、17-145という記録的大敗をしたことは、知っている人も多いかもしれない。
驚くべきことは、このときニュージーランド代表にいたグレアム・バショップとジェミー・ジョセフが、4年後の1999年大会では、日本代表としてW杯に参加したこと。
彼らは日本の社会人チームサニックスに所属し、3年以上日本に居住という条件を満たしていた。
ただし、あまりに都合がいいということで「ひとり生涯に一カ国(協会)のみ」が、その後付け加えられた。

もう一つ
余り知られていないが、日本代表のHCエディー・ジョーンズは、日本人の血を引いている。
エディー・ジョーンズは、1960年、軍人の父テッドさんと日系人の通訳、母ネリーさんの間に豪州タスマニアで生まれている。
選手としては、ニューサウスウェールズ州代表になるも、念願の豪州代表=ワラビーズには届かなかった。
なんと、奥さんは日本人で1995年に来日。
翌年は東海大でコーチ就任。
2001年から豪州代表監督。2003年W杯では、最強の呼び声が高かったニュージーランドを準決勝で破っている。

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