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August 09, 2018

アジア大会の記憶③ 中国から帰化した小山ちれ 鄧亜萍を下し初のアジア女王に

1994年10月13日夜、広島アジア大会卓球女子シングルスの決勝が行われた。
中国から帰化した小山ちれ(中国名:何智麗30歳)が日本代表として出場、中国のエース・鄧亜萍(21歳)とで対戦した 。
鄧亜萍は、この2年前のバルセロナ五輪、この2年後アトランタ五輪の女子シングル、ダブルスのいずれも金メダルを獲った実力NO.1。
小山もかつて、中国籍時代の1987年、ニューデリー世界選手権での優勝の経験があるとはいえ、既に峠を越えた選手と見られていた。
そのため、広島の多くの観客は、鄧亜萍の勝利を疑わなかった。
試合が始まると、鄧亜萍は圧倒的な勢いで第1セットを先取。

しかし、このときの小山は、技術面だけではなく、メンタル面でもずば抜けていた。
落ち着いて応戦し、2セット目を取り返し、続いて、勢いに乗ると2セットを連取し、セットカウント3-1で鄧亜萍を下し、金メダルを手にした。
ただし、残念なことに鄧亜萍の金メダルを確信していたNHKは生中継をしていなかったのが惜しまれる。

実は、中国籍時代の1986年、ソウルアジア大会に出場した経験を持つが、シングル、ダブルス、団体といずれも銀メダルに終わっており、初のアジア大会金メダルだった。

前述のように中国籍時代の小山は、1987年世界選手権でシングルの優勝経験があったが、不透明な選考があり、ソウル五輪の中国代表から漏れた経緯がある。
もしも、そのまま中国代表でソウル五輪に出場していたら、来日、日本への帰化はなかったかもしれない。

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