平昌2018

March 01, 2019

小林陵侑 スキージャンプ5大タイトルに挑む

現在、アーストリアで世界ノルディック選手権が開催されている。
注目はジャンプの小林陵侑。

 

スキージャンプの世界には5つのタイトルがある。
五輪
世界選手権
世界フライイング選手権
W杯総合優勝
ジャンプ週間(4Hills)

 

22歳の小林陵侑は、昨年末から今年年始にかけてのジャンプ週間に4戦4勝、史上3人目の快挙をやってのけた。
今季11勝を挙げているW杯の総合優勝もまず間違いない位置にいる。

 

●ジャンプW杯2018~19ランキング
①小林陵侑(日本)1620
②ストッフ(ポーランド)1145
③クラフト(アーストリア)1017
④ジワ(ポーランド)963
⑤クバツキ(ポーランド)834
⑥ヨハンソン(ノルウェー)707
⑦フォーファン(ノルウェー)673
⑧ザイツ(スロベニア)664
⑨アイゼンビヒラー(ドイツ)661
⑩ガイガー(ドイツ)634
世界ノルディック開幕前までの成績。小林陵侑が2位以下を圧倒しており、総合優勝は間違いない。

 

すると5大タイトルのうち今季狙うことができるのは世界選手権の金メダル。
既にLHは終了(小林は4位)、残すはNLになる。

 

長野五輪のLHと団体の金メダリスト船木和喜は、1998年長野五輪LH個人、団体で2つの金メダル獲得。
1999年ラムソーの世界選手権NH金メダル。97~98年ジャンプ週間総合優勝。1998年FISスキーフライング選手権大会(オーベルストドルフ)優勝。
ジャンプ界にある5大タイトルの内、4タイトルを若くして獲得した。
だが、W杯総合だけは、最高が2位(97~98年)止まり、このタイトルだけは手にできなかった。

 

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ハンナバルト、ストッフ、小林陵侑の3人がジャンプ週間4戦4勝を達成している。

 

では、歴代の大選手の中で5大タイトルすべてを獲った選手が何人いるのか。
一人は、先日55歳で亡くなったマッチ・ニッカネン
まだV字ジャンプになる以前の選手だが、
・五輪個人金メダル
1984年90m級 1988年70m級、90m級
・世界ノルディック金メダル
1982年オスロ大会90m級
・フライイング選手権金メダル
1985年プラニツァ大会
・W杯総合優勝
4回(1982/83、1984/85、1985/86、1987/88)
・ジャンプ週間
総合優勝2回(1982/83、1987/88)

 

ほかには、いないのではないか。
シュリーレンツァウアー(オーストリア)は、五輪金メダルが団体はあるが、個人がない。
シモン・アマン(スイス)はジャンプ週間の優勝がない。
アダム・マリシュ(ポーランド)は五輪とフライイングの優勝がない。
カミル・ストッフ(ポーランド)はフライイングの優勝がない。

 

ドイツが東西に分かれていた時代に、東ドイツにゲオルク・アッシェンバッハという選手がいた。
1976年のインスブルック五輪70m級金メダリストだが、1974年のファルンの世界選手権では70m級、90m級の両方を制し、1973-1974年のジャンプ週間では総合優勝もしている。
が、この時代にはまだW杯が行われておらず、4冠に終わっている。

 

この人、本職は医師で、東ドイツチームのドクターを務めていたが、1988年西ドイツへ遠征中に政治亡命を果たす。そして翌年、自らの現役時代にドーピングをしていたことを公表している。

 

 

 

 

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December 19, 2018

小平奈緒は25勝 高木美帆は9勝 スピードスケート W杯に挑む

W杯を冠したウィンタースポーツの競技会は多く存在する。
アルペンスキーが最も古く、1966年~67年のシーズンに始まった。
他種目に比べても随分と古い。
その後、他種目でも生まれたウィンタースポーツのW杯は、いずれもシーズンを通してチャンピオンを決めようとするもので、ジャンプが1980年から、クロスカントリーが1982年から、ノルディック複合が1983年のシーズンから始まった。
一方スケートは、スピードスケートが1985年と最も古く、ショートトラックは1997年と随分遅い。

スピードスケートのW杯の日本人初の優勝は、黒岩彰さん。
カルガリー五輪の銅メダリストだが、1986年12月6日、オランダ・アッセンで行われた500mに優勝している。
黒岩さんは1988年に引退したので、通算6勝。
日本勢で最も優勝回数が多いのは長野五輪金メダリストの清水宏保さんで通算35勝を挙げた。

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平昌五輪スピードスケート500m金メダルの小平奈緒は、今季も好調で、12月15日のW杯第4戦、オランダ・ヘーレンフェインで行われた女子500mに37秒17で優勝。
W杯は25勝目。
500mは、出場した国内外のレースで34連勝、W杯に限っても20連勝となった。

W杯は、2016年11月12日 中国のハルビンで行われた500mに優勝、それから平昌五輪も含めて丸2年以上負けていない。

2013年に引退した岡崎朋美は、5回の冬季五輪に出場した息の長い選手だったが、W杯は1996年から2005年にかけて10勝している。
ちなみに長野五輪で銅メダルを獲ったときは26歳、引退した時は42歳だった。
 1996年 500m4勝、1000m1勝
 1997年 500m1勝
 1999年 500m3勝
 2000年 500m2勝
 2005年 500m1勝

高木美帆はご存じのように中距離を得意としているが、1500mに7勝、3000mに1勝と日本人女子としては勝てないと言われていた種目で優勝している。
平昌五輪マススタート金メダリストの高木菜那は、今季マススタートで2勝を挙げている。


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March 28, 2018

スキーW杯 高梨沙羅は55勝 渡部暁斗は17勝

ジャンプ女子はドイツのオーベルストドルフで今季最終戦となる個人第15戦を行い、平昌五輪銅メダルの高梨沙羅が99m、102.5mの合計250.4点で2連勝。
自身のW杯男女歴代単独最多を更新する55勝目を挙げた。

W杯を冠したスキーの競技会は多く存在する。
アルペンスキーが最も古く、1966年~67年のシーズンに始まった。
他種目に比べても随分と古い。

当時アルペンスキー界は4年に一度の冬季五輪、2年に一度の世界選手権、そして3大クラシックといわれるアールベルク・カンダハー、ラウバーホルン、ハーネンカムの競技会があった。
この3大クラシックを含めて、アルペンスキーのシーズンの王者を決めようとW杯が始まった。
そのモデルとなったのは自転車のツールドフランスだったといわれている。

その後、他種目でも生まれたウィンタースポーツのW杯は、いずれもシーズンを通してチャンピオンを決めようとするもので、ジャンプが1980年から、クロスカントリーが1982年から、ノルディック複合が1983年のシーズンから始まった。

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日本勢のW杯初勝利は1980年1月、札幌・大倉山で開かれたジャンプ90m級(LH)の八木弘和氏で、このひと月後のレークプラシッド五輪70m級(NH)で銀メダルに輝いた。

ざっと足してみると日本人選手が合計で175勝している。
(ただし、筆者が得意でないスノーボードは除く)
一方、世界の壁が立ちはだかるクロスカントリーとアルペンは未勝利。 

55勝の高梨沙羅に続くのはノルディック複合の荻原健司が、92~96年の4シーズンで挙げた19勝。
今季8勝を挙げた渡部暁斗は通算17勝で、いよいよ健司超えが見えてきた。
45歳のジャンプの葛西紀明が17勝、長野五輪金メダリスト船木和喜が15勝と続く。

モーグルでは五輪で金、銅メダルを獲った里谷多英が2勝であるのに対し、五輪では4位が最高順位の上村愛子が10勝を挙げている。

男子のジャンプの最多勝はグレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)の53勝、不倒の勝利数と言われたマッチ・ニッカネン(フィンランド)は46勝。
ノルディック複合では、ハンヌ・マンニネン(フィンランド)が48勝、かつて最多勝利だった19勝の荻原健司は9位まで落ちている。

ちなみにアルペン界での最多勝はインゲマル・ステンマルク(スウェーデン)の86勝。
これを超える選手は出てこないだろうと思っていたが、リンゼイ・ボン(女子・米国)が82勝で背中が見えて来た。


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March 13, 2018

高木美帆優勝 世界スピードスケート選手権は90年前のオリンピックスタジアムで開催された

今週末にオランダ・アムステルダムで行われていた世界スピードスケート選手権。
高木美帆が日本人選手として初めて優勝した。
屋外のリンクでありながら、2万5000人の観衆を集めたと聞いてさすがにスケート王国のオランダは違うと思ったら、オリンピス・スタディオンが会場だったと聞き、さらに驚いた。
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オリンピス・スタディオンというのはその名の通りアムステルダム五輪のメイン会場だったスタジアムであり、当地で五輪が開催されたのはなんと1928年。
織田幹雄さんが三段跳びで金メダル、人見絹枝さんが800mで銀メダルを獲得したスタジアムであり、五輪開催はちょうど90年前ということになる。

90年前のスタジアムが現役であることにも驚くが、このスタジアムでスピードスケートを行うと言う発想は日本人には全く及ばない。

オリンピス・スタディオンを検索していくと、こんな画像が出てくる。
どうも、冬季はスケートリンクになって市民が自由に活用しているようだ

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February 28, 2018

二刀流!レデツカだけじゃない、もう一人いた同一五輪複数競技でのメダル

冬季五輪史上初めてアルペンスキーとスノーボードの両方に出場したエステル・レデツカ(チェコ)が、アルペンスキースーパー大回転と、スノーボードパラレル大回転の両方で金メダルを獲って、史上初の快挙と騒がれた。
だが、このレデツカの数日前にも五輪史上初の快挙を果たした選手がいた。

2月14日に行われスピードスケートの女子1000mは小平奈緒が銀メダル、高木美帆が銅メダルを獲った。この種目に金メダルを獲ったのがヨリン・テルモルス(オランダ)。

Img_9a157400e46da5dc59e73409d877a_2 ▲小平と高木の後ろにいるのがヨリン・テルモリス 181㎝とでかい

ヨリン・テルモルスは、珍しいショートトラックとロングトラックの両方やっている二刀流なのだ。
ロングトラックでは、1000m1種目にのみ出場し、金メダル。
ショートトラックでは、1500mと3000mリレーに出場した。

日程順に追ってみると次のようになる。
2月10日 ショートトラック3000mリレー予選、準決勝
2月14日 スピードスケートの女子1000m 金メダル
2月17日 ショートトラック1500m5位
2月20日 スピードスケート3000mリレーB決勝1位→銅メダル

オランダのリレーチームは、準決勝は2組で3位となり、4か国が進めるA決勝には進めず、B決勝に進むことになった。
これはB決勝であり、5-8位決定戦でないところがミソだ。

ショートトラックは、ペナルティを取られて失格することが非常に多い。
平昌五輪でも同リレーのA決勝で、韓国に次いで2位でゴールしたかに見えた中国とカナダが失格。
B決勝で最上位にいたオランダが銅メダルになった。
テルモルスは冬季五輪の異なるスポーツで2つのメダルを獲得する最初の女性アスリートになった。
レデツカが、スノーボード女子パラレル大回転で金メダルを獲ったのが24日だったから数日早かったことになる。

*エステル・レデツカ(チェコ22歳)
アルペンスキー女子スーパー大回転 2月17日 金メダル
スノーボード女子パラレル大回転 2月24日 金メダル

 

*まだまだいる二刀流

1988年カルガリー五輪のスピードスケートで500m銀、1000mで金メダルを獲ったC・ローテンブルガー(東独・当時)は、同じ1988年のソウル五輪 自転車女子スプリントで銀メダルを獲得した。
現在、夏季・冬季五輪は異なる年に開催されており、同年の冬夏両五輪でのメダル獲得はあり得ない

陸上男子には、100mと110mハードルの両方に金メダルを獲った選手が一人だけいる
ハリソン・ディラード(米国)だ。

元々はハードルの選手だったが、1948年のロンドン五輪選考会では110mハードルの出場を逃してしまう。
が、100mでは3位となり米国代表に滑り込んだ。
ロンドン五輪の100m決勝では、同じ米国のバーニー・ユーウェルと10秒3の同タイムでゴールするが、五輪史上初となる写真判定に持ち込まれ、1つめの金メダルを獲得した。
ロンドン五輪では4×100mリレーでも3走を走り、40秒6で2つ目の金メダルを獲得した。
4年後のヘルシンキ五輪、110mハードルのアメリカ代表の座を得たディラードは、13秒7のタイムで3つ目の金メダルを獲得。
さらに、4×100mリレーでは2走を走り4つめの金メダルを獲得した。
同一大会ではないが、100mと110mハードルに金メダルを獲った唯一の選手であり、今後も絶対に出ないだろう。

 

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February 27, 2018

平昌オリンピックは黒字?

韓国の中央日報に下記のような記事が出ている。
最終的な収支の発表にはもう少し時間がかかるだろうが、予想以上に良さそうだ。

平昌冬季オリンピック組織委員会によると、大会予想運営費は2兆8000億ウォン(約2800億円)。組織委は企業後援金(1兆1123億ウォン)、国際オリンピック委員会(IOC)後援金(4400億ウォン)、五輪パートナー企業(TOP)後援金(2400億ウォン)などで運営予算を確保した。このほか入場券・ライセンス・付帯施設(食堂)収益で不足分を埋めなければならなかったが、興行的に成功したことで黒字を見込んでいる。

平昌五輪の入場券は107万8564枚売れた。国内で86万6284枚(80.3%)、海外で21万2278枚(19.7%)だ。平昌組織委が目標としていた106万8630枚より9932枚多い。販売収益は1573億ウォン(国内1083億ウォン、国外490億ウォン)にのぼる。

日本国内のテレビ視聴率の上位ランクは以下の通り。(日刊スポーツより)
五輪は、同時刻に多の競技の放送をしているケースが多く、数字が割れて視聴率は低くなる傾向があるが、やはり時差のない国で行われた大会ということ、羽生結弦というスター選手がいて、五輪2連覇を果たしたことにより、他の競技にも相乗効果が表れ、視聴率もよかったのではないか。

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February 26, 2018

ソウル五輪と平昌五輪を比べてみた

昨日の平昌五輪の閉会式に30年前のソウル五輪のマスコット・ホドリが出て来た。
NHKの杉浦 友紀アナは「ホドリっていうらしいです」みたいなコメント。
30代の人だと記憶にないのか・・・。

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ざっとソウル五輪と平昌五輪を比べてみた。

当時の韓国のGDPが2023億米ドル、現在が1兆3779億ドル。
改めて30年て凄いなあ。

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February 22, 2018

高木美帆が女子初 一大会で金・銀・銅のメダルを獲った日本人選手

五輪一大会で金銀銅の3種類のメダルを獲った日本人選手は8人で延べ10回ある。
女子及び冬季では、高木美帆が初。

高木美帆 2018年平昌冬季(スピードスケート)
チームパシュート 金
1500m 銀
1000m 銅

萩野公介 2016年リオデジャネイロ(競泳)
400m個人メドレー 金
200m個人メドレー 銀
4×200mリレー 銅

森末慎二  1984年ロサンゼルス(体操)
鉄棒 金
跳馬 銀
団体 銅

塚原光男 1976年モントリオール(体操)
団体 金
鉄棒 金
跳馬 銀
個人総合 銅
吊り輪 銅

中山彰規 1972年ミュンヘン(体操)
団体 金
吊り輪 金
床 銀
個人総合 銅

笠松茂 1972年ミュンヘン(体操)
団体 金
平行棒 銀
床 銅
鉄棒 銅

監物栄三 1972年ミュンヘン(体操)
団体 金 
個人総合 銀 
平行棒 銅
あん馬 銅

とりあえずミュンヘンまで。
あとは、メキシコ五輪の中山彰規さん。
ローマ、メルボルン五輪の小野喬さん。

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February 19, 2018

小平奈緒 金メダルのタイムは今季8位

昨日のスピードスケート女子500mで金メダルを獲った小平奈緒の記録は、今季8位。
銀メダルの李相花、カロリナ・エルバノバの記録はそれぞれ24位、27位になる。

今でこそ、スピードスケートは室内リンクで行うのが当たり前の競技になったが、五輪で室内リンクが初めて使われたのは1988年のカルガリー五輪だ。
それまで、天候に泣かされてきたスピードスケートにとって革命的なリンクであった。
好記録が出やすい点と、天候によるスケジュール変更があり得ない点が、テレビ放映に歓迎された。

例えば、1984年のサラエボ五輪。
男子500mの当日、リンクには吹雪が舞い、何と競技開始時間が6時間も遅れている。
日本のエースでメダル候補だった黒岩彰は、その6時間中多くのマスコミを引き連れ、すっかり精神状態を乱し、10位と惨敗した。

1988年のカルガリー五輪以降、1992年を除いて、スピードスケートは、全て室内リンクで行われている。
が、ある要素によってタイムが大きく影響を受ける。

それは、標高。
高地にあるリンクの方が明らかに良い記録が出るのだ。

陸上競技と同様に、スピードスケートも、高地であれば空気抵抗が少なく好記録が出やすい。
ソルトレークシティのリンクは標高1425m、カルガリーのリンクは1034m。
この30年近くの間、世界記録はほぼこのどちらかのリンクで生まれてきた。

小平奈緒の500mの自己ベストは、ソルトレークシティで出された36秒50。
世界歴代3位の記録であり、今回の金メダルの記録36秒94よりも0.46秒も早い。

平昌五輪のスピードスケート会場の江陵オーバルは標高41m。
長野五輪の会場だったエムウェーブは標高342m。
4年前のソチ五輪の室内リンクは標高5mでしかなかった。

●1988年以降のスピードスケートが行われたリンクと標高
1988年 Olympic Oval 1034m
1992年 Stade de Patinage Olympique 331m(屋外リンク)
1994年 Stampesletta Idrettsplass 237m
1998年 エムウェーブ 342m
2002年 Utah Olympic Oval 1423m
2006年 Oval Lingotto 205m
2010年 Richmond Olympic Oval 4m
2014年 Adler Arena 5m
2018年 江陵オーバル 41m

今季のランキングを見ても、小平奈緒、李相花、カロリナ・エルバノバ、郷亜里砂の名前が目立つ。
昨日の500mは、有力選手が実力を出しきったレースだったいうことが言える。

●女子500m今季世界ランキング
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February 15, 2018

女子アイスホッケ-日本対統一コリア

昨日の女子アイスホッケ-日本対統一コリアは、4-1で日本の勝利。
日本は3回目の五輪出場にして初勝利。
統一コリアは初得点を挙げた。

日本と韓国とは、冬季アジア大会などで度々対戦してきた。
当初は圧倒的な力の差があったが、平昌五輪の開催が決定してからはその力の差が縮まってきている。

*冬季アジア大会
1999年江原道大会
日本25-0韓国
2003年青森大会
日本21-0韓国
2007年長春大会
日本29-0韓国
2011年アルマトイ大会
日本10-0韓国
2017年札幌大会
日本3-0韓国

*アジアチャレンジ杯
2011年日光大会
日本12-0韓国
2012年チチハル大会
日本6-1韓国

*平昌五輪
日本4-1統一コリア

なお両チ-ムは2月18日に5-8位決定戦の予備選(相手は未定)、ここでともに負けると20日の7-8位決定戦で再び対戦することになる。

平昌五輪の女子アイスホッケ-の統一チ-ムは、五輪開幕前の話題の中心だった。
こういった南北朝鮮の交流がこの五輪に限ったことであるならば、本来は開催国代表だった韓国の選手たちは政治ショ-に利用されただけになる。
国際社会はスポ-ツの力を信じて、南北の行方を見守る必要がある。

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