平昌2018

February 25, 2017

平昌オリンピックをめざす韓国のアイスホッケー

札幌市と帯広市で開催されている冬季アジア大会、男子のアイスホッケーの日韓戦は4-1で韓国が勝利した。
冬季アジア大会が1986年に始まって以来8回目の歴史の中で、アイスホッケー日本男子代表が韓国に負けたのはこれが初めてだ。

●冬季アジア大会における男子アイスホッケー日韓戦の結果
2017年札幌大会
日本1-4韓国

2011年アスタナ/アルマトイ大会
日本6-1韓国

2007長春大会
日本3-0韓国

2003青森大会
日本11-2韓国

1999江原道大会
日本13-1韓国

1996ハルビン大会
日本6 –1韓国

1993年札幌大会
日本11 –7韓国

1986年札幌大会
日本20 –1韓国

元々韓国でアイスホッケーは盛んではなく、五輪開催国でありながら出場出来ない可能性もあった。
アジア大会でも日本にとっては、好敵手というには程遠い存在だった。
ところが、特に男子は急速に実力を付け、男女ともに開催国枠での韓国の出場が決まった。

短期間にアイスホッケーの強化を図るにはどうしたら良いか。
彼等がモデルとするのはもちろん日本である。

1960年から6大会連続五輪出場を果たしてきた日本代表も、1980年を最後に五輪の舞台に立てなくなり、1991年に長野五輪開催が決定した当時、その競争力は落ちていた。
地元の五輪で恥ずかしくない成績を求める声に、日系カナダ人を呼び、帰化してもらい、代表チームを強化することを実践した。

ライアン•藤田、ダスティ妹尾、マシュー•樺山、ライアン•桑原、スティーブ辻占、クリス•ユールといった日本にルーツを持つカナダ人が日本代表に加わり、日本は長野五輪で1勝(オーストリア戦)を挙げ、14か国中13位となった。

韓国でも代表チームの強化のために、外国人選手の帰化を進めることを決めた。
韓国では最近、特別帰化制度とよばれる制度が始まっている。

◆特別帰化=特定分野で優秀な能力を保持しており韓国の国益に寄与するものと認められる場合、特に国籍を付与する制度。一般帰化とは違い、既存の国籍を放棄しなくても良い。

この制度により5人のカナダ人と1人の米国人のアイスホッケー選手が韓国籍を取得した。
元々の国籍を放棄することなく二重国籍。
以下の6名である。

エリック・リーガン(カナダ)
マイケル・スイフト(カナダ)
マット・ダルトン(カナダ)
ブライアン・ヤング(カナダ)
ブロック・ラダンスキー(カナダ)
マイク・テストウィード(米国)

現在開催中の札幌冬季アジア大会には、ブロック・ラダンスキーを除く5名が韓国代表に名を連ねている。

しかし、アイスホッケーは代表チーム同士の実力差があまりにも大きく、先述の長野五輪の日本以外にも、2006年トリノ五輪を開催したイタリアは、11人も帰化選手を獲得した。
1992年のアルベールビル五輪にもフランス系カナダ人がメンバーにいたはずだ。

平昌五輪を控える韓国代表が、少し違うのは、韓国系カナダ人ではない、「白人」のカナダ人をメンバーに入れていること。
来年、平昌五輪本番で初めてアイスホッケーを見る韓国人は、違和感を感じないだろうか。

欧米のメディアも「青い目の韓国代表」には興味があるらしく、ニューヨークタイムスはマイク・テストウィードにインタビューしている。

「今はまだ私は正しい選択をしたのか疑問を感じる時があるが、韓国選手としてプレーすることは、大きな責任感が続くことであり、巨大なプレッシャーを感じている。韓国人たちは、平昌で、私たちが戦う相手を知らない。彼らは、帰化選手を連れて来たので、カナダとも対等に戦えると思っている。」と話している。

ニューヨークタイムスの記事は、韓国の帰化選手たちはアイデンティティの混乱に加えてアイスホッケーへの無関心、またそれとは正反対の過度な期待と戦っていると付け加えている。


●参考記事
平昌の真実Ⅳ 韓国のアイスホッケーは地元開催のオリンピックに出場できるか?

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February 14, 2017

小平奈緒 五輪本番のリンクで500m平地世界最高記録

先日、スピードスケート世界距離別選手権が開催された江陵オーバルは、来年の平昌五輪のスピードスケート競技の会場だ。
8000人が収容でき、その建設費は1260億ウォン(117億円)に上る。

女子500mで日本人女子として同選手権初の優勝となった小平奈緒。
優勝タイムの37秒13は、自身の日本記録を0秒16縮める日本新記録だった。

今でこそ、スピードスケートは室内リンクで行うのが当たり前の競技になったが、五輪で室内リンクが初めて使われたのは1988年のカルガリー五輪だ。
それまで、天候に泣かされてきたスピードスケートにとって革命的なリンクであった。
好記録が出やすい点と、天候によるスケジュール変更があり得ない点が、テレビ放映に歓迎された。

先の小平奈緒の日本新記録は、世界歴代9位タイの好記録だ。
歴代10傑の中に小平の記録を含めてソルトレイクシティで出された記録が8つ。
カルガリーで出された記録が1つ。

Joshi500

陸上競技と同様に、スピードスケートも、高地であれば空気抵抗が少なく好記録が出やすい。
ソルトレークシティのリンクは標高1425m、カルガリーのリンクは1034m。
この30年近くの間、世界記録はほぼこのどちらかのリンクで生まれてきた。

では、江陵オーバルの標高は何mか?
41mしかない。

ちなみに長野五輪の会場だったMウェーブは標高342m、
ソチ五輪の室内リンクは標高5mでしかなかった。

が、江陵オーバルは、リンクに沿って風が舞い、常に追い風にあるという。
コーナーでもスピードが落ちずに選手にも好評であると聞く。

言うなれば、今回の小平の日本新記録は平地での世界最高記録である。
五輪3連覇を狙う李相花にも今季は一度も負けていない。

平昌五輪からは男女のマススタートも正式種目になった。
高木姉妹も調子が良さそうで、一年後が楽しみである。


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January 06, 2017

アルペンワールドカップで韓国のチョン・ドンヒョンが14位

平昌冬季五輪まで1年。
韓国のアルペンスキーの選手が、FISワールドカップで初めてポイントを獲った。

選手の名前はチョン・ドンヒョン29歳。
1月6日未明 クロアチアのザグレブで行われた男子回転で14位に入った。
回転競技は2本滑り、その合計で順位が付く。
ザグレブでは、75人が出場、チョン・ドンヒョンは1本目に17位に入り、上位30選手で争われる2本目に進み、合計タイムは14位の2分02秒62。
優勝したマンフレッド・モデルエルグとは2秒59の差だった。

韓国と言えば、ショートトラックそしてスピードスケート(ロングトラック)であり、金妍兒の引退後はフィギュアスケートにも有望な選手はいない。

が、ポテンシャルの高い人材を発掘し、少数精鋭で鍛え上げるのは得意とするところで、ボブスレー、リュージュ、スケルトンといったソリ系種目でも有望な選手が出ており、五輪本番では上位に入る可能性がある。

その一方で、スキー系、特にアルペンを強化することは簡単ではなく、一朝一夕でメダル争いをするような選手を排出することは不可能だ。

このチョン・ドンヒョンもポットと現れた訳ではなく、2010年のバンクーバー五輪から出場しており、平昌が3回目の五輪出場になる。
ただし、過去2回の五輪では、ソチ五輪の大回転で41位が最高だ。

韓国における世界的なアルペン選手は、事実上この選手一人。
一人の選手を、韓国人の監督とコーチ、オーストリア人のコーチ、ワックスマン、さらには理学療法士の5人によるチームが支えている。

このザグレブの回転には、日本から河野恭介と湯浅直樹も出場した。
河野は1本目にコースアウト、湯浅は18位だった。

2006年のトリノ五輪には男子5、女子3の8選手が参加した日本アルペン陣だが、バンクーバー五輪では佐々木明と皆川賢太郎、ソチ五輪では佐々木明と湯浅直樹の2名ずつしか参加していない。
今季の回転で10位、8位、18位と好調の湯浅だが、既に33歳。

有望な若手選手はなかなか出て来ない。

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December 26, 2016

22歳になった高木美帆

スピードスケートは五輪で男子、女子ともに5種目ずつ実施されている。
男子は1976年に1000mが追加され、女子は1988年に5000mが追加されて5種目になっている。
もっとも女子のスピードスケートは1960年から始まり、1924年から正式種目である男子よりも歴史は短い。

近年、種目の専門化が進み、短距離と長距離の両方こなす選手はいなくなった。
1980年、レークプラッシド五輪で500mから10000mまですべて金メダルを獲ったのはエリック・ハイデン。
実は、最近まで全種目制覇は五輪史上ハイデンが唯一、と思っていたが、もう一人いた。
1964年のリディア・スコブリコーワ(旧ソ連)である。
この時代はの女子は5000mが未実施であったため、4冠王ということになる。

▼4冠王スコブリコーワ 
スコブリコーワは、冬季五輪史上女子のスピードスケートが最初に採用された1960年のスコーバレー五輪の1500mと3000mで金メダルを獲った。
元々は中長距離が得意だったようだ。

1964年のインスブルック五輪の前年、1963年に軽井沢で開催された世界選手権で500m、1000m、1500m、3000mの4種目制覇をやってのけると、インスブルック五輪での4冠の期待が膨らみ始めた。
五輪初日に苦手な500mで同僚のエゴロワに0.4秒差で圧勝すると、4冠達成はいとも簡単に成し遂げられた。
スコーバレー五輪での2個の金メダルと合わせ、冬季五輪6個の金メダルは今も最多タイとして記録に残る。
このインスブルック五輪3000mでHan Pil-Hwa(韓弼花)という選手が銀メダルを獲っている。
この選手は北朝鮮の選手で、五輪のスピードスケート史上アジアで最初にメダルを獲った選手である。

▼22歳になった高木美帆
2010年のバンクーバー五輪に15歳で日本代表に選ばれたのが高木美帆。
1000mが35位(最下位)、1500mが23位と振るわなかったが、当時は中学3年生、史上最年少の日本代表選手と騒がれた。

順調に成長するかと思われたが、19歳で迎えた2014年のソチ五輪は代表落選。
が、日体大4年になった現在は、オールラウンダーとしてスケート界の中心にいる。

先に行われた全日本選手権で全4種目で優勝の完全優勝で、田畑真紀以来14年ぶり史上7人目の快挙を達成した。
全日本選手権女子は500m、3000m、1500m、5000mの4種目で、五輪で行われる3000mは実施しない。

●全日本選手権で全4種目で優勝の完全優勝を達成した選手
江島八重子
渡辺公子
高見澤初枝
鷹野靖子
橋本聖子
田畑真紀
高木美帆

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November 28, 2016

競技日程に圧力をかけるアメリカ 平昌オリンピックのフィギュアスケートは昼間行われる

1.ソウル五輪の陸上

べン・ジョンソンの名前は知っている人も多いだろう。
ソウル五輪の陸上男子100mで、一度は世界新記録と金メダルを手にしながらドーピングが発覚し、追われるようにソウルを後にした男だ。
ベン・ジョンソンは前年の世界陸上でも金メダルを手にしており、ロス五輪の覇者カール・ルイスとの対決は大会の最大の注目とされていた。

この日、日本では、昼食を急いだ人が多かったと言う。
はやく昼食を終えてテレビのあるところに行こうとしていた。
家電量販店では、今もIOCのスポンサーを務めるPanasonic(当時は松下電器)の大型テレビの前に人が集まりかけていた。
その雰囲気は力道山を見るために集まった街頭テレビのそれにも似ていた。

そう。
ソウル五輪最大のハイライトと言われたカール・ルイスとベン・ジョンソンとの対決は、日本時間の午後12時半の少し前に始まったのだ。

男子100mの決勝はこんな昼間に行われるものなのか?
3か月前のリオデジャネイロ五輪の陸上男子100mは、8月14日22時25分に始まった。
リオと日本との時差は12時間だから、日本人は午前10時25分に決勝レースを見た。

では、その4年前はどうだったのだろう。
ロンドン五輪の陸上男子100mは、8月5日21時50分に始まっている。
英国と日本との時差は9時間、日本の方が先に進んでいるのだから朝の6時50分にレースは始まった。

近年の五輪でも世界陸上でも、男子100mは日曜日の最終種目に行われている。
五輪の後半は陸上が目玉。
陸上競技が盛り上がるかどうか、男子100mの結果次第でもある。
リオでもロンドンでもウサインボルトが圧勝、盛り上がりは大会後半に続いた。

ではなぜ、ソウル五輪の100m決勝は昼間に行われたのか。

莫大な放映権料を払うテレビ局がスポーツの開始時間にも介入しているのだ。

五輪運営の鍵を握っているのは、米国のテレビ放映権料だ。
日本人のように夜通しで生中継のテレビかじりついて五輪を観るなんてことを米国人はしない。
就寝前にベッドで五輪を見る。これがベストだ。
独占放映権を持つテレビ局は米国時間の夜まで競技結果を放映せず、夜に録画を流す。
インターネットの普及した今日、競技結果を夜まで知らないでいられようがない。
そのためテレビの録画放映は低視聴率にあえぐ。
これを打開する方法が、競技時間を米国に合わせることだ。

アメリカ東部地区の人が、就寝前に五輪中継を楽しむためにソウル五輪では陸上の選手が犠牲になった。
がNBCテレビはこれによって高視聴率を獲り、放映権料を回収した。

Asiaam

2.北京五輪の競泳と体操

アジアで五輪が開催されると、同様のことが繰り返される。
2008年北京の五輪では、競泳決勝のすべてと体操の団体総合、個人総合の決勝が午前中に行われた。

2004年アテネ五輪で金メダルを獲った北島康介の200m平泳ぎを例に取る。
予選、準決勝、決勝と金メダルまで3回泳いだ北島のスケジュールは下記のようだった。
8月17日 予選 午前
8月17日 準決勝 夜
8月18日 決勝 夜
(時間はアテネ時間)

これが北京五輪では、
8月12日 予選 午後
8月13日 準決勝 午前
8月14日 決勝 午前
のように従来の2日間から3日間になった。
ほとんどの選手が複数の種目、あるいはリレーに出場する中で、ひとつの種目に3日かけることの負担は大きい。
水泳大国の豪州や欧州各国はこの案に反対だったが、IOCに押し切られてしまった。

3.リオ五輪の競泳

リオデジャネイロは、米国東部と時差が2時間(サマータイム時を除く)。
リオ五輪の競泳は、現地の午前中に予選、午後10時から準決勝、決勝が行われた。
午後10時からと言うのは、北京五輪の午前決勝にも負けないくらいのひどさだ。
競泳の最終種目は午後11時以降。
8月8日の最終種目男子400mリレー決勝はなんと午後11時52分に開始、11日の女子800mリレー決勝は午後11時55分に開始されたが、レースが終わったのは翌日になっていた。

4.平昌五輪のフィギュア

再来年の平昌五輪では、フィギュアスケートがテレビの犠牲になりそうだ。
平昌冬季五輪組織委員会が示した競技日程案によると、フィギュアスケートは全種目が午前10時開始、遅くとも午後2時半ごろまでに終了するスケジュールが組まれている。
これは時差は14時間の米国東海岸のテレビ視聴者に合わせたもの。
米国人はベッドでフィギュア観戦をし、午前0時半に競技終了とともに寝るのだ。

5.長野五輪の開会式

日本は過去に3回の五輪を開催しているが、米国のテレビ局の意向で時間が決められたことはないのだろうか。

ある。

1998年の長野五輪の開会式は、日本時間の午前11時に開始された。
冬季五輪も夏季五輪と同様に開会式は、夕方から夜にかけて行われてきた。
が、長野の午前11時は異例の時刻だ。

1995年2月25日付けの信濃毎日新聞に次のような記事がある。

NAOCは「開会式はすべての競技の前に行うのが望ましい」と、7日午後4時に始まるアイスホッケー予選より早い時間に開会式を設定した。開会式の始まる午前11時は、米国時間の午後6時から9時に当たる。高い視聴率が望めるため、放映権を獲得した米CBSテレビも午前中の実施をNAOCに求めていた。

NAOCとは長野五輪組織委員会のことで、長野五輪の開幕の3年前にCBSテレビが強引に求めてきていたことが判る。

現在、東京五輪の競技会場が開幕4年前にして、いまだに完全に決まっていない状況だが、このあと来年頃からNBC放送が競技スケジュールに圧力を掛けて来るだろう。
競泳、体操、陸上等は米国で人気が高く、筆者は東京五輪でも午前中実施になる可能性が大きいと見ている。


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March 04, 2015

平昌の真実Ⅵ ジャンプ台はFIS公認取り消し 選手は長野五輪から変わらず

2018年に韓国・平昌で行われる冬季五輪のジャンプ会場がすごい。
この施設はアルペンシアリゾートというところに533億ウォンをかけて2008年に作られた。
ところが、難がある。
風の吹きさらしになっているのだ。

2月26日に行われるはずだった全国冬季体育大会スキージャンプは強風のため中止になった。
韓国の新聞にこんな記事が載った。
国際スキー連盟(FIS) 規定によれば風速が平均秒速3m未満の時だけ競技ができる。 しかし平昌の2月平均風速は秒速4m、最大風速は秒速9mに至る。 競技を取り消した 26日風速は 8.9mだった。 平昌競技場は跳躍台周辺に風を阻む地形が全然ない。 FISは去年2月平昌冬季オリンピック準備状況を点検しながらスキージャンプ場の地形と風速が規定に達していないと指摘し、8月には使用不可決断を出した。
遡ること2013年10月には競技場の選手輸送施設(リフト、ゴンドラ)と電光板など熱の種類施設を補いなさいと要求した。が、平昌オリンピック組織委員会(組織委)は対策をしなかった。

このジャンプ競技場は、2009年5月22日受けたFISの公認が去年12月31日に取り消されている。
ここでのジャンプ競技は無理だ。
五輪本番まで3年を切った、今からジャンプ場を作るにしても1000億ウォンかかると言われている。

ジャンプの韓国代表の選手たちも、2年間国内でトレーニングができず、もっぱら海外で行っていると言う。

韓国のジャンプ選手と言えば、1998年の長野五輪の際に14歳から16歳の少年たちが参加して来たのが、最初だ。
先にスウェーデンのファルンで世界ノルディック選手権行われた。
次回冬季五輪開催国の韓国も数人の選手が参加していたが、ジャンプ団体に出場した4人のうち、3人までが、
あの長野の当時少年だった選手である。
あれから17年も経つというのに全く競技人口が増えていないらしい。


崔興喆(33歳)、金鉉起(31歳)、崔鎔直(32歳)の3選手は、長野、ソルトレークシティ、トリノ、バンクーバー、ソチ五輪出場。
姜七求(30歳)は、長野を除く4大会出場。
なお、彼らの名誉のために言っておくが、2003年に青森で行われた冬季アジア大会のジャンプ団体では、この4人で日本を破って優勝した。
また、ユニバーシアードでも2003年、2009年には優勝している。

●2015年世界ノルディック選手権 ジャンプ団体 参加13か国
2015jumpteam



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December 17, 2014

大韓航空ナッツ・リターン事件と平昌オリンピック

1988年夏季五輪招致を名古屋市とソウルで争ったことについては、何度も書いてきたので是非そのページを見て頂きたいが以下のようなこともあった。

圧倒的有利と言われた名古屋市が、水面下で起こっていることに気付かずにクリーンに招致活動をしていたとき、ソウルはサンダーボール作戦と呼ばれる国を挙げての招致活動を展開していた。
ソウル側は、大韓航空が世界一周のファーストクラスのチケットを用意し、IOC委員に配ったとされている。
IOC委員は、このチケットを使おうが、換金しようが自らの意思に委ねられたのだ。

大韓航空は財閥である韓進グループに属し、韓進グループを率いていたのは趙重勲氏(2002年没)。
この人物が、ソウル五輪招致の際の財界側のトップにいた人物だ。

時は流れ、2018年冬季五輪を勝ち取った 平昌の招致委員長を務めていたのが趙亮鎬氏。
名前を見ても判るだろう。趙重勲氏の息子であり、現在の韓進グループ会長を務める人物だ。
父親がソウル五輪を、息子が平昌五輪を呼び込んだ。
今年の8月、急に辞職した前任者の代わりに平昌五輪組織委員長に就いた。
親子2代で2度の五輪を呼び込んだとはまるで映画のような親子である。

ところが12月になり、趙亮鎬氏の長女 趙顕娥氏の名前がいきなり世界を賑わせた。
そう、大韓航空前副社長が自社旅客機の機内サービスに激怒して、航空機を引き返させた「ナッツ・リターン事件」のその人だ。

元々大韓航空は国営航空会社だったが、朴正煕大統領が、趙重勲氏率いる韓進グループに売却し、1969年に民営化された経緯がある。
朴正煕大統領とはもちろん朴槿恵現韓国大統領の父親である。

12月12日 平昌五輪組織委員会は、競技を海外の会場を使用することなく、韓国内ですべての競技を行うと発表。
ひとます、平昌五輪の競技場の問題は収まった形だ。
が、明らかに朴槿恵大統領、平昌五輪組織委員会、韓進グループに揺さぶりを掛けようとしている人物がいる。

韓国の大統領の任期は5年。
再選はできない。
次の大統領選は2017年。
新大統領は2018年から任期となる。



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December 10, 2014

平昌の真実Ⅴ 平昌五輪の競技の一部を長野でやる話が水面下で進んでいるようだが

2018年の平昌五輪のそり系の競技を、長野五輪で使用したスパイラルでできないか、といった話が水面下で進んでいるらしい。

そり系の競技とはボブスレー、リュージュに長野五輪の4年後のソルトレークシティ五輪から正式種目になったスケルトンがある。
日本ではいずれも非常にマイナーな競技であり、例えばボブスレーの日本の競技人口は50人いないといわれている。
民主党政権時代に、政府の事業仕分けで、文字通り「マイナー競技」と指摘された経験がある。

長野五輪でボブスレーとリュージュの会場だったスパイラルは、当時101億円の費用をかけて建設された。
アジアでほかにそりの国際大会が開催できる競技場はない。

スパイラルは、長野市の管理施設であり、年間の維持費が1億8000万円かかる。
このうち1億3000万円を長野市が、5000万円を「長野オリンピック記念基金」が負担してきた。
が、長野五輪閉幕から10年以上経ち、「長野オリンピック記念基金」の底が尽き、現在は維持費のほぼすべてを長野市が負担している。

一方の平昌五輪。
そり系の競技場は、リゾート地のアルペンシアに、スライディングセンターという名前で、今年の3月に建設工事が始まった。
建設のための総費用は約1228億ウォン。米ドルに直して1.145億ドルをというから長野のスパイラルとほぼ同額だ。
これを韓国政府が921億ウォン、地方政府が307億ウォンを負担し、2016年末までに完成する予定だ。

韓国のボブスレーは、実は日本より強い。
平昌五輪が決まり、それまでスケートしかやっていなかった韓国がひそかに強化をしているのが、カーリング、モーグル、そしてボブスレーだ。
例えば今年のソチ五輪のボブスレー男子二人乗りでは、日本チームが26位(完走27組)だったのに対し、韓国はABの2チームが出場し、韓国Aが18位、韓国Bが25位と日本を上回っている。

韓国が強化をしているボブスレー、毎年長野市が2億円近く維持費の負担をしているスパイラル。
こうした事情があるのだから、長野市の維持費を韓国側が負担するのであれば、私は平昌五輪のそり系競技を長野でやることは構わないのではないかと思う。

ただ、問題がある。
そり系の競技は、試合の行われる会場でどれだけ滑り込むことができるかが、本番の順位に大きく影響するのだ。

日本は、ボブスレー男子2人乗り、4人乗りともに1972年以降毎回参加しているが、最も順位が良かったのは
当然地元開催の大会だ。

ボブスレー男子4人乗り 日本チームの最高順位と2番目の順位
 札幌大会12位、長野大会15位
ボブスレー男子2人乗り 日本チームの最高順位と2番目の順位
 札幌大会15位、長野大会17位

こうした事情を知っていれば、平昌に競技場を作る方が良い。

(補足)
韓国メディアによると、平昌五輪開幕まであと3年ほどしか残っていないにもかかわらず、会場の建設が始まった形跡がほとんどないという。
開催にかかる費用は、2011年の招致成功時には6993億ウォン韓元(約758億円)だったが、物価上昇などにより、8200億ウォン(約888億円)にまで膨れ上がっている。
2014年のソチ五輪の510億ドル(約6兆2000億円)に比べれば微々たる額ではあるが、自治体にとっては軽い負担ではない。




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February 24, 2014

平昌の真実Ⅳ 韓国のアイスホッケーは地元開催のオリンピックに出場できるか?

ソチ五輪の最終日に行われた男子アイスホッケーは、カナダがスウェーデンに3-0で圧勝、バンクーバー五輪に続き連覇を成し遂げた。

4年前のホッケー決勝は凄かった。
カナダの人口は約3400万人。
その内の80%、最大2650万人のカナダ人がアイスホッケー決勝をテレビで視聴、9つのネットワークが上の8つの言語で放送するという大騒ぎだった。

ソチ五輪でも、ロシア代表の活躍に期待するメディアは多かったが、準々決勝でフィンランドに1-3で完敗、早々と姿を消した。
旧ソ連時代、圧倒的な強さを誇った彼らはどこへ行ってしまったのだろうか。

ソチ五輪のアイスホッケーに出場した国は次のような基準で決まった。
夏季五輪の球技と異なり、ほとんどの国は予選を経ることなく推薦で決まっている。

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かつて冬季五輪の開催国は、アイスホッケーに自動的に出場することができた。
日本も開催国枠で出場権を獲得し、次のような結果を残している。

1972年 9位日本(11ヶ国参加)
1998年 男子13位(14カ国参加)、女子6位(6ヶ国参加)

女子のアイスホッケーは長野五輪から始まったが、開催国日本は0勝5敗 得点2、失点45と大敗した。
本来五輪は上位8カ国に入れば入賞となるが、事前の取り決めで6位の日本は入賞扱いにならなかった。

2006年にトリノ五輪を開催したイタリアは、日本同様アイスホッケーは強くなく、この大会を持って、開催国の無条件出場は終了することになった。
2010年バンクーバー、2014年ソチ両五輪は、カナダとロシアというアイスホッケー強国での開催であるので問題は起きなかったが、2018年平昌五輪では史上初めて開催国がアイスホッケーに出場しないかもしれない。

国際アイスホッケー連盟IIHFは、当初、平昌五輪の男子の出場国を世界ランキングの上位12カ国とすると発表した。
当時、韓国は世界ランキングで30位台であり、まず平昌五輪出場は難しいと思われた。
ところが、ネゴシエーションに長けている韓国は、IIHFと粘り強く強く交渉し、韓国がランキング18位内に入れば、開催国として平昌五輪に出場可能と取り付けた。
ソチ五輪を踏襲すると考えると、韓国が2016年のIIHFの世界ランキングで18位以内に入っていなければ、地元開催の五輪に出場することができない。

短期間にアイスホッケーの強化を図るにはどうしたら良いか。
彼等がモデルとするのはもちろん日本である。
1960年から6大会連続五輪出場を果たしてきた日本代表も、1980年を最後に五輪の舞台に立てなくなり、1991年に長野五輪開催が決定した当時、その競争力は落ちていた。
地元の五輪で恥ずかしくない成績を求める声に、日系カナダ人を呼び、帰化してもらい、代表チームを強化することを実践した。

ライアン•藤田、ダスティ妹尾、マシュー•樺山、ライアン•桑原、スティーブ辻占、クリス•ユール
といった日本にルーツを持つカナダ人が日本代表に加わり、日本は長野五輪で1勝(オーストリア戦)を挙げ、13位となった。

韓国でも代表チームの強化のために、外国人選手の帰化を進めることを決めた。
韓国には最近、特別帰化制度とよばれる制度が始まっている。

◆特別帰化=特定分野で優秀な能力を保持しており韓国の国益に寄与するものと認められる場合、特に国籍を付与する制度。一般帰化とは違い、既存の国籍を放棄しなくても良い。

この制度により3人の純カナダ人のアイスホッケー選手が韓国籍を取得した。(カナダ籍を放棄することなく二重国籍)。以下の3名である。

ブラック・ラダンスキー 30歳 カナダ・オンタリオ州出身
マイケル•スウィフト 26歳 カナダ・オンタリオ州出身
ブライアン•ヤング 27歳 カナダ・オンタリオ州出身

ブラック・ラダンスキーのインタビューがある。

現在の韓国は世界23位。
ちなみに同じアジアでは日本が22位、カザフスタンが17位。

平昌五輪までにあと5ランクアップできるだろうか。
Ranking

*長野五輪よりさらに昔 日本はカナダ出身の若林兄弟に大いに世話になった。
1944年12月23日カナダ・オンタリオ州に生まれたハービー・ワカバヤシは、アメリカ・ボストン大学ではアメリカ大学リーグで新人王、大学2年~4年までは3年連続で全米大学リーグベスト6に選ばれるなどスターFW選手として活躍した。
札幌五輪を前にアイスホッケーの強化のために来日し、アイスホッケー日本リーグの西武鉄道で活躍していた兄の若林仁氏(西武鉄道→国土計画)の誘いもあり69年8月、24歳で来日。
本場仕込みの若林兄弟のプレーは、日本アイスホッケー界に衝撃を与えた。
翌年70年からは西武鉄道の日本リーグ3連覇に貢献。
札幌五輪の前年71年9月に日本国籍を取得し(兄の仁氏はカナダ国籍を通した)、札幌五輪出場(9位)。
76年のインスブルック五輪(9位)、80年のレークプラシッド五輪(予選リーグ敗退)と3大会連続出場を果たした。
特に80年のレークプラシッド大会では開会式の旗手を務めている。


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December 05, 2012

(再)韓国が提出した平昌五輪の開催企画書に書かれた東海の文字、日本海の文字はどこにも見当たらない

この記事は平昌五輪開催が決まる直前に書かれた記事の再エントリーです。


平昌がIOCに提出した開催企画書「PyeongChang 2018 Replies to IOC Questionnaire」を見ていたらとんでもないのを見つけてしまった。

地図上で本来「日本海」を表す海を全て「東海 East Sea」としているのだ。
「日本海呼称問題」というのを知っているだろう。
日本海という呼称を快く思わない韓国が、できれば東海、少なくとも日本海・東海の併記に持っていこうとする政治運動のことだ。

現在世界では日本海の名称は、当該海域の国際的に確立した唯一の名称であるとなっている。
これに対し韓国政府は、
韓日両国が共通の名称で合意に達するまでは、両方の名称を併記して使用する事が最も望ましい。
としてきたはずだが、平昌招致にあたって東海の単独表記をしてくるとは思いもしなかった。
他の国の人間(特に日本人なんだが)が「東海」という文字を見て、進んで平昌に投票しようと思うだろうか?

私が韓国での国際競技会を快く思わないのは、他国に対するrespect、hospitality、modestyが感じられないからだ。
こうしたことが未だに判らないようだ。


Eastsea
▲PyeongChang2018Replies to IOC Questionnaireより 日本海と東海の併記どころか、東海としか記されていない。


●4年前平昌がソチに敗れたときはこんな記事を書いた
ソチが平昌敗る 2014年冬季五輪 聨合通信は相手に対する敬意がなさすぎでは?

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