東京2020

April 20, 2019

前代未聞! 東京五輪のバスケット決勝は午前中試合開始

2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は4月16日、オリンピックの競技スケジュールを発表した。
バスケットボールでは、5人制が7月26日から8月9日にかけてさいたまスーパーアリーナで開催。
決勝は男子が8日、女子が9日にいずれも11時30分から行われる。

 

五輪運営の鍵を握っているのは、米国のテレビ放映権料だ。
NBCテレビは開催地の決まっていない2032年までの五輪放映権を獲得しており、一大会あたり約1400億円。
そして、日本人のように夜通しで生中継のテレビかじりついて五輪を観るなんてことを米国人はしない。
就寝前にベッドで五輪を見る。これがベストだと思っている。
独占放映権を持つテレビ局は、米国時間の夜まで競技結果を放映せず、夜に録画を流す。
ネットのある生活をしていて、競技結果を夜まで知らないでいられようがない。
すると、テレビの録画放映は低視聴率にあえぐ。

 

これを打開する方法が、競技時間を米国に合わせることだ。
競泳は早々と午前中決勝が発表されていたが、バスケットボールの決勝、3位決定戦は米国時間に合わせることが公表された。
具体的にスケジュールを見てみよう。

 

2020年 東京五輪
男子決勝戦  2020年8月8日(土)11:30~13:30
男子3位決定戦2020年8月8日(土)20:00~22:30
女子決勝戦  2020年8月9日(日)11:30~14:00
女子3位決定戦2020年8月8日(土)16:00~18:00

 

男女の決勝、3位決定戦の4試合のうち、男女の決勝がいずれも午前11時30分開始。
しかも、男子決勝⇒女子3位決定戦⇒男子3位決定戦⇒翌日、女子決勝の順で行われる。
男子決勝が、午前中試合開始。そのあとに男女の3位決定戦をやるとは前代未聞だ。

 

バスケットボールは、東京五輪で行われるプログラムの中で、開会式、閉会式、陸上、競泳に次いで入場料が高価だ。
(1)開会式12000~30万円
(2)閉会式12000~22万円
(3)陸上3000~13万円
(4)競泳5800~10.8万円
(5)バスケット3000~10.8万円

 

それだけメディア(放送する側からしても)価値が高いということ。

 

では、過去にアジアで行われた五輪のバスケットボールは、どういった扱いを受けたか。

 

●1988年 ソウル五輪(試合開始時間)
男子決勝戦  1988年9月30日 12時00分
男子3位決定戦1988年9月29日 21時30分
女子決勝戦  1988年9月29日 12時00分
女子3位決定戦1988年9月28日 21時30分
*男女とも決勝は正午開始。3位決定戦は夜試合開始。

 

●2008年 北京五輪(試合開始時間)
男子決勝戦  2008年8月24日 14時00分
男子3位決定戦2008年8月24日 12時00分
女子決勝戦  2008年8月23日 22時00分
女子3位決定戦2008年9月23日 19時30分
*男子は3位決定戦、決勝共に昼間開催。女子は夜開催。これは中国女子が強豪であり、4強に残る可能性が高かったためと推測される。結果4位で終了している。

 

ちなみに申し上げるが、バスケットボールにNBAのスター、ドリームチームが参加するようになったのは1992年のバルセロナ五輪からだ。
ソウル五輪は、米国代表も大学生主体のチームで、準決勝でソビエトに敗れている。
米国代表はこの敗戦を契機にプロ選手で構成されたドリームチーム結成を決定しているのだが、このときのソ連代表には、アルヴィーダス・サボニスがいた。

 

サボニスは、ソ連崩壊後はリトアニア代表として1992年 バルセロナ、1996 アトランタの両五輪で銅メダルを獲得し、1995年に31歳でNBAのトレイルブレイザーズに入団している。
このとき息子のドマンタス・サボニスが生まれている。
ゴンザガ大でプレイしていたが、八村塁とも1季だけチームメートだったのではないか。

 

アジアで開催される五輪は、しばし米国のテレビの犠牲になる。
昨年年行われた平昌五輪では、フィギュアスケートは全種目が午前10時開始、遅くとも午後2時半ごろまでに終了するスケジュールが組まれていた。
そういえば羽生結弦の演技は会社で見たなあと言う人も多いだろう。
これは時差は14時間の米国東海岸のテレビ視聴者に合わせたもの。
米国人はベッドでフィギュア観戦をし、午前0時半に競技終了とともに寝ていたのだ。

 

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April 02, 2019

44年ぶり東京五輪出場が決まったバスケットボール男子代表 48年ぶりの勝利なるか

2020年東京五輪で、男女とも開催国としての出場権が得ることになった日本バスケットボール代表。
女子はリオ五輪でも8位入賞を果たすなど実績を残しているが、男子代表は1976年のモントリオール五輪以来、44年ぶりの出場となる。

男子は、これまでの五輪に6回出場しているが、順位と勝利した相手国をまとめてみた。
すると、44年前のモントリオール五輪は、日本チームはひとつも勝利を挙げていないが、出場12か国中11位になっている。
果たして何があったのか。 

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この当時、アパルトヘイトと呼ばれる人種差別政策が南アフリカで行われてきた。
南アフリカでは、1948年、オランダ移民の子孫が政権を握り、白人とその他を明確に区別する人種差別政策を完成させた。
これに抗議して、各国はスポーツ、文化、教育交流などを禁じる手段を採った。

1964年の東京五輪にも南アフリカは参加していない。
1970年になってIOCは、南アフリカを除名し、文化・スポーツだけでなく経済面からも孤立していた。

ところが、

1976年 ラグビーのニュージーランド代表チーム(オールブラックス)が南アフリカ遠征を強行。
これに抗議したアフリカの22カ国が、モントリオール五輪をボイコットすることになった。

バスケットボールは、この大会から女子が正式種目となり、4年前のミュンヘン五輪の16か国から12か国に参加国は減った。
アジア代表が日本で予選A組、アフリカ代表がエジプトで予選B組に入った。
日本の試合結果は以下のようになる。

予選A組 日本の結果のみ
7月18日 カナダ 104–76 日本
7月19日 メキシコ 108–90 日本
7月21日 日本 56–97 キューバ
7月23日 日本 63–129 ソビエト連邦
7月24日 オーストラリア 117–79 日本

予選B組のエジプトは、7月18日にチェコスロバキアを相手に 64–103 で敗れると、他のアフリカ諸国に同調し大会をボイコット、2試合目以降を棄権することになった。

9-12位決定戦予備戦
7月25日 プエルトリコ 111–91 日本
11-12位決定戦
7月27日 エジプト 不戦勝 日本

予選A組を5戦全敗で終えた日本は、プエルトリコに敗れ、11-12位決定戦でエジプトに不戦勝となったが、実戦での勝利はないまま11位で大会を終えた。

実は、この前年の1975年 タイ・バンコクで、モントリオール五輪予選を兼ねたアジアバスケットボール選手権が開催されている。
中華人民共和国成立以来、初めて参加してきた中国が優勝。
日本は2位に終わっていたが、当時中国はIOCに復帰以前であり、2位の日本が五輪出場権を獲得している。

 

別表のように、1936年のベルリン五輪で、日本は中国(当時は台湾に逃げる前の中華民国)に勝っているが、戦後は、A代表同士の対戦では中国にほとんど勝っていない。

 

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February 13, 2019

ファイトだ 池江!19歳で白血病を発症、27歳で五輪競泳金メダリストになった男のはなし

マーテン・ファンデルバイデンは、2008年のオランダのスポーツマンオブザイヤーに選ばれた。
それは、2008年に開催された北京五輪のOWS(オープンウォータースイミング)で金メダルを獲得した最初の選手になっただけでなく、急性白血病に打ち勝ったひとりの人間であったからだ。

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▲表彰台の真ん中にいるのが白血病発症発症から8年目のマーテン・ファンデルバイデン

2mを超える長身。大男ぞろいのオランダでもなかなか2mの競泳選手ははいない。
この時期、世界の自由形の短距離の中心にいたピーター・ファン・デン・ホーヘンバンドが193㎝。
3歳年下のファンデルバイデンの方が、10㎝近く高かった。

アテネ五輪の3年前、19歳の時にファンデルバイデンは複視と息切れを訴えた。
ただならぬ症状に病院に行くと急性白血病と診断された、2001年のことだ。

闘病は2年間に及んだ。その間に4回の化学療法と1回の幹細胞移植が施された。

発病する前、既に自由形の長距離と、OWSで名の知れた選手であったファンデルバイデンは、徐々にレースに復帰していく。
最初は筋肉の落ちた体の回復から始めたが、2005年にはいくつかの国際大会で勝てるようになり、2008年北京五輪のOWSオランダ代表に選ばれた。

先述のように、当時のオランダには男子にはピーター・ファン・デン・ホーヘンバンド、女子にはインヘ・デブルーインという競泳界の大スターがいた。
闘病するファンデルバイデンにとって、母国のスターの2004年のアテネ五輪での活躍は大いに刺激になっていたのだろう。

特に30歳のピーター・ファン・デン・ホーヘンバンドは、シドニー、アテネと100m自由形を制し、北京五輪での競泳同一種目3連覇が掛かっていた。
女子には下記の2人の選手が3連覇を達成していたが、男子にはいなかったのだ。
 1956-1964ドーン・フレーザー(豪洲) 競泳100m自由形
 1988-1996 クリスティーナ・エゲルセギ(ハンガリー) 競泳100m背泳ぎ

北京五輪では個人種目は100mの一種目に絞っていたピーター・ファン・デン・ホーヘンバンド。
8月14日の100m自由形決勝、47.75秒のピーターは5位に終わり、3連覇の夢は絶たれた。
が、この47.75秒の記録は、彼のシドニー、アテネ両五輪の同種目の金メダルタイムを超える快記録でもあった。

OWSは競泳の最終日に行われる。
この日まで、オランダ水泳チームは、女子の4継リレーで金メダルを獲ってはいたが、男子はゼロ。
ファンデルバイデンに金メダルの期待が大きくのしかかっていた。
8月21日 北京郊外の順義オリンピック水上公園、カヌーやボートの競技会場だった施設だがこの日はOWSが行われる。
選手としての引退を決めていたピーター・ファン・デン・ホーヘンバンドはオランダのテレビ局にゲストとして呼ばれていた。

OWSはいわば、外海を10㎞泳いで勝者を決める過酷な競技。
強靭な肉体とタフな精神が求められる。
出場したのは選りすぐりの25名。
どうぞ下記の動画をご覧ください。

金メダルはマーテン・ファンデルバイデン。
オランダの競泳ファンは、彼の勝利だけでなく、レースの終盤、コメンテーターから一人のファンになったピーター・ファン・デン・ホーヘンバンドのことも今も忘れていない。


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January 15, 2019

2億3000万円どころじゃない 東京五輪招致費用は100億円 

今日の竹田恒和JOC会長の会見、「私は潔白だ」「適切な対価だった」と何の証拠も示さずにこれまでの主張を繰り返しただけで、記者の質問もいっさい受けず、わずか7分で一方的に打ち切った。
竹田恒和会長がブラックタイディングス社へ支払った額は約2億3000万円。
だが、東京五輪招致にはざっと100億円ものカネが動いていた。

東京五輪の招致活動のうち、税金を使った支出については情報公開請求の対象となる。
招致費用の89億円の内、都税が35億円、その他が65億円。
都税の35億円は当然情報公開請求の対象となる。

しかし、その他の65億円の内訳は、スポンサー企業の協賛金が7億円、スポーツ振興くじの助成金9億円、さらには寄付金等が49億円。
こちらの金額は残念ながら使途開示義務がない。

きっこさんの指摘する竹田恒和JOC会長がは、石原慎太郎都知事時代の2011年から猪瀬直樹都知事時代の2013年にかけて「2020東京五輪招致」の名目で計7回、総額27億円もの予算を東京都に請求したものが、65億円の方から出ていれば使途開示義務はなくなってしまう。

招致活動に必須のロビー活動の費用は、65億円を使ったと見られる。
JOCの元専務理事の市原則之氏は、かつてこんなことを言っている。

「投票を依頼する国際オリンピック委員会(IOC)の委員との関係もあり、すべてを透明にするわけにはいかない」(朝日新聞2012年10月21日)

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January 03, 2019

金栗四三 大河ドラマ「いだてん」主人公 日本初のオリンピック選手

今年の箱根駅伝は東海大が優勝し、最優秀選手の小松陽平(3年)に金栗四三杯が贈呈された。
金栗四三は、NHK大河ドラマいだてんの主人公のひとりで、日本初の五輪選手として知られているが、箱根駅伝の誕生に尽力し、2004年から最優秀選手に金栗の名を冠した賞が贈られている。
 
近代五輪の第1回が行われたのが1896年。
日本が初めて五輪に参加したのは、その16年後の1912年、第5回ストックホルム五輪である。
最初の日本選手団はたったの4名だった。
柔道の創始者として知られる嘉納治五郎・大日本体育協会(日本体協の前身)会長、大森兵蔵同総務理事を役員に、選手は陸上短距離の三島弥彦(東大)とマラソンの金栗四三(東京高師=現筑波大)の2人だけだった。
ストックホルムと言えばスウェーデンの首都。
仮に今年ストックホルムで五輪開催となれば、日本選手団はチャーター便でひとっ飛び…となるところだが、1912年当時、彼ら選手団はどうやって移動したのだろうか。
ちなみに、ライト兄弟の世界初の動力飛行成功が1903年のことである。
そのわずか9年後となれば、当然、日本からヨーロッパへの移動に飛行機が浸透しているわけもなく、鉄道か船を利用するしかなかった。

三島・金栗の両選手は、自腹でストックホルムに向かっている。
まず5月16日に新橋駅を出発し、敦賀から船でウラジオストクへ向かう。そしてシベリア鉄道でサンクトペテルブルクまで行き、さらに船に乗ってようやくストックホルムに到着。かかった時間、実に18日間。
短距離選手の三島はまず100m予選に出場し、最下位で落選。
続く200m予選も敗退した。
3種目目の400m予選では、3人が棄権したため、2位で準決勝に進出を果たしたが、疲労のため結局棄権した。

一方、マラソン代表の金栗は、当時のマラソン世界記録保持者だったが、32キロ地点で日射病のために倒れ、民家で一晩介抱された。
当時は極東から来た選手が行方不明になったと話題になり、時の人にもなっている。

ちなみに金栗には、後日こんなエピソードがある。五輪開催から55年後の1967年、ストックホルム市は五輪開催55周年記念祭を開き、「消えた日本人」こと金栗老人を招待した。
76歳になっていた金栗は、かつてのゴール地点に案内されて10m手前から走ってゴールする。
そこに場内放送が流れた。
「第5回ストックホルム五輪マラソン競技は完全に終了しました」
タイムは、54年と8ヶ月6日5時間37分20秒3
その後の会見で、金栗老人はこんな素晴らしいスピーチを披露した。

「長い道中でした。途中で孫が5人もできました。」

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▲旗手は三島弥彦。金栗四三は「NIPPON」と書かれたプラカードを持つが、日章旗に隠れてしまっている。

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November 02, 2018

東京オリンピックの男子体操は4‐3‐3の厳しい争いになる

現在、カタール‣ドーハで世界体操選手権が開催されているが、男子の世界選手権の予選の競技方法は、5-4-3(チーム構成5名、各種目4名が演技し、チームの得点は演技した上位3名の得点の合計)、これが決勝では5-3-3(チーム構成5名、各種目は3名が演技し、そのすべてがチーム得点となる)の方法が採られている。

この場合、5名のチームにオールラウンドの選手とスペシャリストの選手を混ぜて編成ができる。
そして、オールラウンドの選手も決勝で、6種目すべてに出場するのではなく、個人総合や種目別を鑑みながら、種目を減らすこともできる。
これまで、五輪や世界選手権で常に6種目を演じてきた内村航平が、今大会は怪我により、4種目に留まった。
では、今回のドーハ世界選手権で、団体決勝に出場した8か国40人の選手のうち、6種目に出場した選手は何人いるか?
答えは米国のサム・ミクラクSam Mikulakただ一人しかいない。

では、五輪の体操はどのように行われているか。
五輪でもロンドン、リオデジャネイロとこの5-3-3が採用された。
ロンドン、リオデジャネイロ五輪は、世界体操と同じ予選5-4-3、決勝5-3-3だったが、2020年の東京五輪は、4-3-3で行われる。

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つまり、各国ともにチームは4人。そのうち各種目3人ずつが演技をし、そのすべてが得点になる。
日本や中国、ロシアのような選手層の厚い国は、4名の代表を絞り込むのが難しくなるだろう。
また本番では失敗が許されないため、かかるプレッシャーは相当なものになると思われる。
そして、4名で、6種目×3の18種目の演技をするため、オールラウンド型の選手を中心に選考され、1種目のみのスペシャリストが代表に入るのは難しくなるだろう。

2004年のアテネ五輪の男子体操は、日本が28年ぶりに金メダルを獲った大会だが、6-3-3で行われた決勝で、水鳥寿思、中野大輔は1種目ずつしか演技をしなかった。
また、決勝に出場した6か国36名の選手のうち6種目すべてに出場した選手はひとりもいなかった。
東京では、この逆のケースになりそうだ。

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October 31, 2018

東京オリンピックの開会式の日に行われていた日本シリーズ

1964 Tokyo

2020年の東京五輪は、7月24日から8月9日まで開催される。
その間、プロ野球の公式戦は行われない。
しかも横浜スタジアムは五輪正式種目に復帰する野球の競技場になっているほか、神宮球場は組織委員会が70日間に渡って借り上げることが決まっている。

これだけ大規模なペナントレースの中断は初めてと言われている。

では、1964年の東京五輪の際に、プロ野球はどうしたのか。

1964年、五輪開催に合わせてプロ野球のシーズンは日程が繰り上げられた。
つまり通常のシーズンよりも早く終了したわけだ。

当初、9月29日に日本シリーズが開幕する予定だったが、阪神が優勝目前にもたもたし、9月30日に優勝が決まり、2日遅れて10月1日に日本シリーズ開幕となった。
さらに、7戦までもつれたシリーズの6戦目の予定されていた10月8日が雨天中止となり、第7戦はなんと東京五輪開会式の当日 10月10日に行われている。

パリーグの覇者は南海ホークス。
福岡ソフトバンクホークスの前身であり、大阪難波にあった大阪球場を本拠地にしていた。

1・2・6・7戦が甲子園、3・4・5戦が大阪球場での試合となったが、東京五輪を考えての編成だろうか、全試合ナイターで行われた。

10月10日の夜、興奮冷めやらぬNHKを始めとするテレビ各局は、昼間の東京五輪開会式の再放送をし、日本シリーズの中継は関西ローカルの読売テレビでしか行われていない。

日本一が決まる甲子園の試合であるにも関わらず有料入場者は15,172人。
結局4勝3敗で南海が日本一になった。

最優秀選手は南海の投手だったスタンカ(3勝1敗)。
一方の阪神のエースだった村山実氏は0勝3敗。
南海の4番は野村克也氏。
南海の選手の中には大沢啓二氏の名前も見える。

この年のペナントレースでは、巨人の王貞治氏が55本のシーズン最多ホームランを打っているが、巨人は早々に優勝争いから脱落した。
王さんは、長嶋茂雄氏と報知新聞の「ON五輪を行く」という取材で、様々な競技会場に取材に出かけた。

長嶋氏の亡くなった亜希子夫人は、東京五輪のコンパニオンを務めており、この取材がなければ二人は出会わなかったことになる。

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October 18, 2018

世界バレー赤字見込みの記事に対して

14日の朝日新聞朝刊にこんな記事が載った。
世界バレー、TBSが億単位の赤字見込み CM収入低迷

連日バレーボールの中継を楽しみにしている人にすれば、ショッキングな内容だろう。
赤字は事実としても、少し補足をしてみた。

世界バレーボール選手権を開催できる国は限られる。
競技力、アリーナの数、経済力等を考えて、日本のほかは、ブラジル、イタリア、ポーランドと中国くらいしかない。
朝日記事にタイも関心があるとされている。
タイ女子の近年の人気と実力の向上(ジャカルタアジア大会は中国に次いで2位)は著しいと思うが、他国同士の対戦の集客力が未知数だ。

男子はともかく、女子の世界バレーはまず24か国の出場国が多すぎ。
女子は16カ国で良いのではないか。(1998年大会まで16か国参加)。
ちなみに、バスケットボールのW杯(旧世界選手権)は、男子24か国(但し19年大会から32か国)、女子16か国で行われている。

世界バレー男子の2002年大会を開催したアルゼンチンは、不入りで大会中に組織委員会が破綻し、JVA(日本バレーボール協会)が補填したという経緯がある。
この大会以降、世界バレーの日本開催が多くなった。
女子98、06、10、18年
男子98、06年
W杯バレーの日本開催を続けている都合上、これ以前は、世界バレーの日本開催は遠慮していた気がする。

今年の世界バレーで、使用した会場は6会場。
2006年大会で、主会場だった代々木競技場第一体育館、東京体育館が再来年の東京五輪のため会場整備の影響で使えず、横浜アリーナが代替した。
横浜アリーナは、東京五輪のバレーボールのメイン会場に決まりかけたが、横浜はサブコート2面を用意できないため断念。370億円かけて新設の有明アリーナを作ることになった因縁のアリーナだ。

2006年世界バレーの会場
 代々木競技場第一体育館 収容13,291人
 東京体育館 収容10,000人
 浜松アリーナ 収容8,000人
 松本市総合体育館 収容7,000人
 大阪市中央体育館 収容10,000人
 日本ガイシホール 収容10,000人

2018年世界バレーの会場
 北海きたえーる(北海道立総合体育センター) 収容8,000人
 横浜アリーナ 収容12,000人
 グリーンアリーナ神戸収容 6,000人
 丸善インテックアリーナ大阪(大阪市中央体育館) 収容8,200人
 日本ガイシホール 収容10,000人
 浜松アリーナ 収容8,000人


収用人数の大きいホール使いすぎが赤字の原因という説もあったが、2006年大会とほぼ同じ。
今大会は9月30日に、台風の直撃に遭い、鉄道が9時で止まってしまうというアクシデントがあったが、
その日を除き、入場者数が大きく落ちたということはない。
今大会の大きな相違点は、運営助成金としてFIVB(国際バレーボール連盟)から JVA に支払らわれていた2億円がなくなったこと。
さらに、これまでJVAの負担が50%だった外国チームの日本滞在の宿泊費、移動費が、全額JVAの負担になった。

恐らくJVAの赤字はこれだろう。
ただ、大会開催が決まった2014年から判っていたことだ。

TBSの負担は、2006年の放映権等が、男女合わせて23億円だったのが、今大会は女子のみで20億円になっている。
つまり、テレビで放送した試合数は半減したが、放映権はあまり変わらない。
そして、2006年の男子大会は、日本代表が8位に入る健闘を見せて盛り上がったため、関連収入が良かったというおまけも付いた。
2010年大会は女子のみの開催だったが、何と言っても日本が3位に入り盛り上がった。

世界バレーの視聴率は、サッカーW杯と箱根駅伝を除けば、今年最も高く、平昌五輪の一部の競技よりも高いはず。
それなのにスポンサー収入が集まらないというのは、それ以外の問題。
恐らくは日本のテレビ業界が時代についていけないのか、もしくは、企業の業績よくても国内消費は全く伸びてないので、CM打っても意味ない、テレビのCM効果に疑問が出ているということ。

FIVBの公式スポンサー
 Mikasa(ボール・日本)、
 Senoh(体育施設機器器具メーカーでミズノの子会社・日本)、
 Gerflor(床材メーカー・フランス)、
 DBシェンカー(物流会社・ドイツ)
 アシックス(スポーツウエア・日本)の5社だったが、この世界バレーの大会期間中に中国のGantenが加わった。
Gantenは清涼飲料水(ミネラルウォーター)の会社らしい。
今後バレー界において、中国の存在感が増すのは間違いない。

今年の世界バレーの男子大会にいいヒントがあると思う。
男子大会は、史上初めてイタリアとブルガリアの共催で行われた。
イタリアは、開幕戦を除くすべての試合を21:15開始、
ブルガリアは、全試合が20:40開始で、これは今回の日本女子と全く同じ開催国特権を行使。
ブルガリアは、アジア最強のイランに敗れるなどし11位。
イタリアは、第3ラウンドでセルビアに0-3で敗れるも、優勝したポーランドに3-2で執念の勝利を見せる。が、勝ち点の差で準決勝の4か国に入れず5位にて終了。
ちょうど今大会の日本女子と同じ状況だ。

イタリアは、ブラジル、ポーランドと並んでバレーボールの国内リーグの盛んな国。
目の肥えたファンが多いのだろう。
イタリアの出た試合は、何れも1万人前後の観客が詰めかけ、準決勝、3位決定戦、決勝の決勝トーナメントは、イタリアが出なかったにもかかわらず、12,000人の観客で埋まった。
とは言え、強豪でない国の対戦などでは、観客が1,000人に満たない試合もあった。

観客動員については、ほぼ、日本での今大会と同じようなものだ。

どの競技も男子に比べて女子の人気は低い中、1万人の人を集めるのはなかなかできない。
先日、スペインで開催された女子バスケットのW杯は、世界バレーの1/3程度の集客だ。
2022年の世界バレーは中国でやればいいと思うが、日本がどうしてもというなら日中で共催すればいい。
単独開催に比べて負担は半減、集客は2倍になる。

2019年に日本でW杯バレーが開催されるが、従来のような五輪出場権をかけた大会ではなくなる。
東京五輪のバレーボール出場12か国(男女とも)は、
 1.開催国日本
 2.2019年に行われる世界予選(ランキング上位24チームを6組×4で各組優勝国が五輪)
 3.2020年1月に行われる各大陸予選(優勝国が五輪)
で決まる。
五輪開催年の春に日本で開催されてきたOQT(五輪最終予選)は、2020年にはない。
東京五輪がバレーボールの日本偏重を正す、きっかけになれば良いと思う。

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October 11, 2018

大迫潔のマラソン日本記録は今季世界14位

10月7日、シカゴ・マラソンが行われ、大迫傑が日本新記録となる2時間5分50秒で3位に入った。
従来の記録は2月の東京マラソンで設楽悠太がマークした2時間6分11秒。

大迫傑が日本新、初の5分台を出して賞金の1億円を手にしたのは周知だろうが、このシカゴマラソンで世界を驚かせたのは、モハメド・ファラーの優勝だろう。

1983年3月生まれのファラーは今年35歳。
2012年のロンドン五輪と2016年のリオデジャネイロ五輪の5000mと1万mで金メダル4冠を獲得。
世界陸上の5000mと1万mでも金メダルだけで6個を獲得したウサイン・ボルトと並ぶ陸上界の超人。
昨年のロンドン世界陸上でトラック競技を引退、マラソンへの挑戦を表明すると、周囲の多くは反対した。
積み上げた名声を一気に失う可能性と当時34歳という年齢のためだ。

周囲の心配をよそに、今年4月22日のロンドンマラソンに挑戦すると2時間6分21秒で3位に入った。
初のフルマラソンだったが、1985年にスティーブ・ジョーンスが持っていた英国マラソン記録(2時間7分13秒)を33年ぶりに更新した。

このロンドンマラソンを2時間4分17秒で制したのが、エリウド・キプチョゲ(34歳ケニア)で、言うまでもなくリオ五輪の金メダリスト。

このキプチョゲが9月16日のベルリンマラソンで、2時間1分39秒の世界新記録を樹立。
デニス・キメット(ケニア)が2014年の同じベルリンマラソンで出した従来の世界記録、2時間2分57秒を大幅に更新。史上初めて2時間1分台に突入した。

●男子マラソン今季世界ランキング
Marason

今年1月に行われたドバイマラソン。
日本ではほとんど報道されていないが、M.ゲレミュー(2時間4分00秒)を筆頭にエチオピア勢7人が2時間4分台で走ったという驚異的なレースだったのだが、このゲレミューが先のシカゴマラソンにも出場、2時間5分24で2位、大迫のひとつ前にゴールした。

大迫傑の記録が今季、何位になるかというと14位。
が、現在の男子マラソンは、エチオピアとケニア勢に席巻されている。

上位20選手の内、エチオピアとケニア以外の選手は、モハメド・ファラー(英国)、大迫傑、設楽悠太(日本)、
ゲーレン・ラップ(米国16年五輪マラソン銅、12年五輪1万銀)の4選手しかいない。
五輪のナショナルエントリーのように1カ国3選手に絞ると、大迫は9位まで上がってくるのだ。

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July 24, 2018

東京五輪がいかに過酷な大会になるか、世界陸上の男子マラソンを例に見る

東京五輪がいかに過酷な大会になるか、世界陸上の男子マラソンを例にデータを見せよう。
世界陸上は1983年に始まり、2017年のロンドン大会まで16回が行われている。
その男子マラソンの優勝タイムを比較すると明白なのだ。
16回のうち、日本開催が2回。
1991年の東京(旧国立競技場)と2007年の大阪(長居スタジアム)だが、大阪大会の2時間15分59秒は全大会を通じてワースト、東京大会の2時間14分57秒が下から2番目だ。

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1991年東京世界陸上
1991年9月1日午前6時スタート
開始時の気温は26度 湿度が73%
出場60選手 完走36選手、完走率60%
この当時、日本陸連科学部は真夏のマラソンは命にかかわるとし、札幌での分離開催も検討していた。

2007年大阪世界陸上
2007年8月25日午前7時スタート
開始時の気温は28°C湿度は72%。レース終了時は気温30℃。
出場87選手 完走57選手 完走率66%

東京世界陸上は既に30年近く前、大阪も10年以上前のこと。
現在の気象条件はさらに厳しくなっているのはもちろんのことだ。

ちなみに2019年ドーハ世界陸上のマラソンは午前0時から、東京五輪は午前7時スタートとのことだが、深夜スタートが懸命ではなかろうか?

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