東京2020

January 30, 2017

日本人スイマーが出した世界新記録

早大2年の渡辺一平(19)が29日、東京辰巳国際水泳場で行われた東京都選手権の200m平泳ぎで、2分6秒67の世界新記録を樹立した。2012年に山口観弘(東洋大)が高校生当時に岐阜国体で出した2分7秒01を更新し、初めて2分6秒台をマークした。
渡辺はリオ五輪にも出場。200m平泳ぎ決勝は6位だったが、準決勝では2分7秒22の五輪記録を出していた。

さて、東京五輪の金メダル候補が彗星のように現れたが、日本人が競泳で世界新を出したことは何回あるか?

戦前は、水泳NIPPONの名前を欲しいままにしていたが、戦後は一時期低迷していた時期もある。
また、五輪金メダリストが実は世界記録からは縁遠かったり、世界記録を何度も出した選手が、五輪メダルには縁がなかったり、様々なドラマがある。
第二次大戦後に競泳で世界記録を出した選手を追ってみた。

●自由形

200m 
山中毅 2分00秒4 (1961.8.20) 4回更新
山中はこの種目世界記録を4回更新したが、この種目ではメダルを獲っていない。

400m 
古橋広之進 4分33秒3 (1949.8.18) 2回更新 未公認記録3回
ご存知フジヤマのトビウオこと古橋広之進氏。
日本が招待されなかった1948年のロンドン五輪に対抗して行われた全日本水上選手権で、ロンドン五輪の金メダルタイムを大幅に上回っていた。
古橋が、障害唯一出場したヘルシンキ五輪では、400mで8位に終わっている。
未公認記録3回とは、日本が国際水泳連盟(FINA)を脱退中に日本人選手の出した記録は、世界記録として公認されなかったという不運もある。

山中毅  4分16秒6 (1959.7.26)
メルボルン、ローマ五輪のこの種目の銀メダリスト。
両大会共に金メダルはマレー・ローズ(豪州)。

1500m 
橋爪四郎 18分35秒7 (1949.8.16) 
古橋氏のよきライバルだった選手。ヘルシンキ五輪では400mで銀メダルを獲得した。

古橋広之進 18分19秒0 (1949.8.16) 2回更新 未公認1回

●平泳ぎ

100m 
古川勝 1分08秒2 (1955.10.1)

田口信教 1分04秒94 (1972.8.30)

北島康介 58秒91 (2008.8.11) 2回更新
田口氏、北島の両選手は五輪決勝で世界新記録を出して金メダルを獲得するという快挙を演じた。

200m
田中守 2分35秒2 (1954.9.17)

古川勝 2分31秒0 (1955.10.1) 4回更新
古川氏はメルボルン五輪で2分34秒7を出し金メダルを獲得した。
なお、この時代100m平泳ぎは五輪で実施されていない。(1968年から)

北島康介 2分07秒51 (2008.6.8) 3回更新
さすがの北島も北京五輪決勝では世界新記録には届かず、五輪新に留まった。

山口観弘 2分07秒01 (2012.9.15)
高校3年で世界新を出すも、大学の4年間で更新できなかった。

●バタフライ

100m 
石本隆 1分00秒1 (1958.6.29)

200m 
石本隆 2分20秒8 (1955.10.1)
長沢二郎 2分19秒3 (1956.4.14)

100m 
青木まゆみ 1分03秒34 (1972.9.1) 2回更新
田口さんと同じくミュンヘン五輪決勝で世界新記録を出して金メダルを獲得した。
なお、ミュンヘン五輪はマークスピッツが7冠を達成したが、リレー種目を含め全て世界記録というおまけが付いている。

●背泳ぎ

200m 
田中聡子 2分18秒2 (1963.8.4) 11回更新
11回もの世界記録を更新した田中だが、当時200mは五輪種目ではなく、100m背泳ぎでローマ五輪銅メダル、東京五輪4位に入った。

他にも男子100×4リレーでは日本代表チームが1回、男子200×4リレーでは日本代表チームが3回、東京クラブが2回世界記録を出している。
また男子メドレーリレーでも日本代表として3回、日大、早大の単独チームがそれぞれ1度世界記録を出している。

なお、意外と思われるかもしれないが、バルセロナ五輪200m平泳ぎ金メダリストの岩崎恭子、ソウル五輪100m背泳ぎ金メダリストの鈴木大地、アテネ五輪800m自由形金メダリストの柴田亜衣の3選手は、一度も世界記録を出したことはない。


|

December 28, 2016

コンパクト五輪はどこへ 東京五輪は10競技で会場変更

二転三転していた2020年の東京五輪のバレーボール会場が、当初の予定通り有明アリーナに落ち着いた。
有明アリーナの収容人数は15000人(仮設席を含む)
延床面積は45,600m²
竣工は2019年12月
総工費は339億円となる。

前回の東京五輪と言えば、東洋の魔女の金メダルに全国が沸いたことよく知られている。
では会場はどこだったか?

駒沢オリンピック公園総合運動場体育館と横浜文化体育館である。

当時の駒沢の収容人数は3900人、横浜文化は3800人。
56年前と比較すると、有明アリーナの15000人は余りにも巨大だ。

「世界一コンパクトな五輪」。このアピールポイントはすっかり影を潜めた。

2020年の五輪招致レースに東京が勝利したのは、33競技場中28競技場を中央区晴海の選手村から半径8キロ圏内に集めるという公約が大きかった。

33の競技場のうち10カ所で変更するとは、公約違反と言われてもしょうがない。
競ったマドリードやイスタンブールに何と言い訳すればいいのだろうか。

2020t

が、過去に開催された五輪は、いずれも会場の変更などなかったのだろうか?

2012年に五輪を開催したロンドンには、メインスタジアムを始め、多くの競技場が集まるオリンピックパークと呼ばれていた地区がある。

ロンドンが2012年の五輪招致で、宿敵であるパリに勝って開催を決めたのは2005年7月6日、シンガポールで開かれた第117次IOC総会でのことだ。
このとき、オリンピックパークには4つのアリーナ(室内競技場)を作る計画があり、オリンピックパーク1から4として仮称が付けられ、下記のような競技の会場とされていた。

アリーナ1 バレーボール
アリーナ2 バスケットボール及び近代五種のフェンシング
アリーナ3  ハンドボール
アリーナ4 フェンシング・柔道 

ところが招致決定から1年後の2006年には、マスタープランが発表され、アリーナ1の建設は中止。
バレーボールは既存施設のアールズコート・エキシビジョン・センターで開催することが決まった
さらにアリーナ4の建設も中止となり、フェンシングと柔道は、エクセル展覧会センターで開催することになった。

アリーナ2は、仮設のバスケットボール・アリーナとして建設され、ノース・グリニッジ・アリーナ(通称O2アリーナ)とともにバスケットボールの会場になった。
アリーナ3は、恒久施設のカッパー・ボックスとしてハンドボールの会場になり、近代五種のフェンシングも行われた。なお、ハンドボールの準決勝以降はバスケットボール・アリーナが使われた。

さらに2009年11月には、バドミントン競技や新体操競技についても整備費削減のため、当初の仮設会場であるグリニッジ・アリーナから、既存施設のウェンブリー・アリーナに変更された。

もう一つ言うならば、ロンドンが招致段階で見積もっていた総コストは40億ポンド(現在のレートで約5800億円)。
実際のコストは89億ポンド(約1兆3000億円)かかった。

|

December 13, 2016

新国立競技場いよいよ着工 竣工は2019年11月

2020年の東京五輪の主会場となる新国立競技場の起工式が12月11日に行われた。
この日、千駄ヶ谷近くまで行ったので見てきた。
当初決定していたザハ案が白紙撤回され、新たに隈研吾氏が設計を統括したため、約1年2カ月遅れて本体工事が始まった。
2019年11月に完成予定となり、ラグビーW杯には間に合わない。

総工費は約1490億円
敷地面積11万3000㎡
建築面積7万2400㎡
高さ47.35m(地上5階、地下2階)
座席数6万8000(将来8万席に増設可能)

Newnatio

収容人数68,000人というのは五輪メインスタジアムとしては極めて少ない。
1964年の東京五輪の開会式の入場者数が7万9383人、閉会式が7万4534人であったことと比較してもその収容人数の低さが判る。

Mein

旧国立競技場時代には、東京体育館の付属陸上競技場をサブトラックにしていた。
このトラックは1周200mの5レーンの競技場で、日本陸連、IAAF両方の規格が満たせない。
新国立競技場は絵画館の向かいにサブトラックが作られるとしているが、この場所だと五輪後に撤去となる可能性がある。
すると、2020年以降に新国立では、世界陸上などのイベントが開けないことになり、サッカーを中心とした球技場となることもある。

Subg
▲東京体育館付属陸上競技場

東京体育館
1990年にこの地にあった東京都体育館を改築して造られた。
旧東京都体育館は、1964年の東京五輪では、メインアリーナが体操競技、室内プールが水球競技の会場として使用された。
2020年の東京五輪では卓球の会場となる。
卓球のチケットはプレミアチケットになりそうだ。

Tokyogym

|

November 17, 2016

ATPワールドツアー•ファイナルの会場はロンドン五輪のバスケット会場

ATPワールドツアー•ファイナルが始まり、日本から参加している錦織圭は、英国のアンディー・マレーに惜敗した。
この模様は、昨夜NHKBSなどで生中継されたほか、今朝の情報番組でもさんざん紹介されたため、ご覧になった方も多いだろう。
では、どこの会場で行われているか度存じだろうか。

答えは、ロンドンのO2アリーナ。

O2というのは英国の携帯電話会社のことで、ネーミングライツにより企業名が付いている。
4年前のロンドン五輪の際には、ノース・グリニッジ・アリーナと言う名称で、バスケットボールの会場だった。
ちなみにロンドン五輪のテニスは、ウィンブルドンで行われている。

O2アリーナは、同じ英国のマンチェスター・アリーナ、ニューヨークにあるマディソン・スクエア・ガーデンとともに、世界で最も稼働している多目的ホールとされている。
周辺施設を含めてその建設費は6億ポンドというから日本円にすると約1000億円にもなる。

Olymbas_2

2020年の東京五輪のバスケットボール会場は、江東区に新たに作る夢の島ユースプラザアリーナということになっていた。
バドミントン会場を夢の島ユースプラザアリーナA、バスケットボール会場の夢の島ユースプラザアリーナBとし、その建設費約364億円と計画。
建設予定地は東京メトロ有楽町線 新木場駅から徒歩15分とあった。

というのも、東京五輪招致委員会は、建設費の高騰などにより、競技会場の計画見直しを決め、バスケットボール会場は、さいたまスーパーアリーナに変更になった。

さいたまスーパーアリーナは、2006年の世界バスケットボール選手権の会場になったところだが、所在地は埼玉県さいたま市。
選手村から8キロ圏内にほとんどの競技施設を揃えるという、招致プランはとっくに崩れているのだ。


O2_1496984i
▲O2アリーナ テニス、バスケット、フィギュアスケート、コンサートなどが行われている。


|

October 26, 2016

辰巳国際水泳場で水球も競泳もシンクロも飛び込みもやろうというのか?

連日、東京五輪の会場変更がニュースになっている。
カヌー・ボートに続いて、水泳会場が問題になっている。

関係者の方には大変失礼ながら、多くの日本人にとってはカヌー・ボートよりも水泳、特に競泳の方が関心が遥かに高い。
東京五輪の400m個人メドレーでの、萩野公介、瀬戸大也の1・2フィニッシュはもちろん、池江璃花子や今井月にもメダルを獲って欲しいと誰もが思っているだろう。

短水路のW杯の東京開催に合わせて来日していた、国際水泳連盟FINAのマルクレスク事務局長が、小池都知事と会い、計画通りアクアティクスセンターを作れと要望したらしい。
FINAとしては当然だろう。

恐らく多くの人は水泳=競泳と言う認識なのだろうが、水泳は、競泳、シンクロ、飛び込み、水球、オープンウォータースイミング(OWS)の5競技に分かれ、全てFINAの管轄下にある。
FINAにとって、5つの競技が一気に行われる五輪も、世界水泳も会場選定は難題だ。

東京五輪ではその招致段階で、収容人数2万人の大型プール(アクアティクスセンター)を新設し、競泳/飛込/シンクロを実施しようと考えた。
子のプール、招致段階では321億円の施設整備費を見込んでいたが、683億円にも膨らんでしまった。

リオ五輪の水球には日本男子代表もアジア予選を突破し、32年ぶりに五輪出場を果たした。
が、5戦全敗でグループリーグ敗退に終わった。
五輪の男子水球に参加するチームは12か国。
一方、水球って男子だけだと思っている方も多いと思うが、2000年のシドニー五輪から女子も採用され、リオ五輪では8か国が参加した。
男女合わせて20か国が予選リーグを経てトーナメントをしてメダルを争う。
となるとかなりタイトな試合日程になる。

当初東京五輪では、ウォーターポロアリーナという名前の6500人収容の仮設プールを作り、水球のみを実施する計画だった。
が、費用の面からこれを中止、辰巳国際水泳場に変更になった。
これが2年前の2014年のことだ。

この頃、他の競技も相次いで会場が変更になり、8キロ圏内に競技会場が集約されるというコンパクトな東京五輪は、早くも計画倒れになった。

主な会場変更は以下の通りだ。
 ・セーリング 若洲オリンピックマリーナ⇒江の島(藤沢市)
 ・自転車 有明ベロドローム⇒ベロドローム(伊豆市)
 ・馬術 夢の島競技場(江東区)⇒馬事公苑(世田谷区)
 ・バドミントン 夢の島ユースプラザアリーナA(江東区)⇒武蔵野の森総合スポーツ施設(調布市)
 ・バスケットボール 夢の島ユースプラザアリーナB(江東区)⇒さいたまスーパーアリーナ(さいたま市)
 ・フェンシング、テコンドー、レスリング 東京ビッグサイト(江東区)⇒幕張メッセ(千葉市)

そして東京五輪開幕まで4年を切った今、カヌー、ボート競技の「海の森水上競技場」、水泳会場「オリンピックアクアティクスセンター」と、バレーボール会場「有明アリーナ」の3競技場が、建設費の増大などを問題視され、代替地での開催や、規模縮小が検討されている。

代替地の案を見て驚いた。
競泳、シンクロ、飛び込みのアクアティックセンターの建設を中止し、競泳、シンクロ、飛び込みのすべてを辰巳国際国際水泳場に移すそうというものらしい。

こんな代替案を考えているのは、よっぽどの素人だろう。
前述のように既に辰巳では男女の水球をやることが決まっている。
しかも17日間の五輪開催中14日の試合日を予定している。
その辰巳でさらに競泳やシンクロなどできるはずがない。

更に辰巳は固定席が3600しかない。
水球開催時には仮設席を加え、約4900席に増やすという計画だった。

近年の五輪の競泳会場の収容人数は2万人。
どんなに少なくとも15000人は必要だ。

辰巳は運河に面しており、収容人数を増やすことは非常に難しい。
さあ小池都知事よどうする?




|

August 23, 2016

オリンピックで国威発揚なんて36年ぶりに聞いたぞ

私が幼少の頃、国威発揚と言う言葉が五輪と並べてよく使われた。
時は1980年。
モスクワ五輪開催を前に、東西冷戦が五輪を政争の具にしようとしたのだ。

「ソ連政府は五輪を国威発揚の場として捉え、金メダル競争に勝つことで、社会主義体制の優位を世界に訴えようとしている。
1979年からのソ連軍によるアフガニスタンへの軍事介入は、ソ連国民には知らされていない。これを国際社会に訴えるべく米国はモスクワ五輪をボイコットする。」

1980年の米国大統領選を前に、ジミー・カーター大統領は自身の再選がおぼつかないと見るや、当時ソ連政府が最も注力していたモスクワ五輪の成功を妨害すべく、ボイコットを主張した。

この当時『国威発揚』なる言葉は、頻繁にメディアに登場した。

「1980年当時のソ連を巡る状況は、1936年ベルリン五輪当時のナチスドイツの状況に似ている。
ナチスドイツもベルリン五輪を『国威発揚』のために利用した」と。

五輪は『スポーツの祭典』である。
かつてナチスドイツや旧ソ連に国威発揚の場として利用されたことがあったが、ボイコットの応酬を経て、人類はそのような利用の仕方はもうしないと誓って運用を変えてきた。
ときの権力者が自らの権力基盤を誇示するような場ではない。

モスクワ五輪から36年、ベルリン五輪から80年が経ち、まさかまた五輪と国威発揚が並べて使われるとは思ってもみなかった。
しかも使ったのはNHK。
2020年に東京五輪を開催するメリットとして以下の5の項目を挙げたという。

①国威発揚
②国際的存在感
③経済効果
④都市開発
⑤スポーツ文化の定着

大笑いだ。
まるで冷戦下のソ連政府と同じ発想ではないか。
それどころか日中戦争の為に返上した1940年の東京五輪時の状況に似通っている。

京都新聞の8月15日社説は、1940年の東京五輪が返上に至った背景に続いてこのように書いている。

「人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会を奨励する」というオリンピック憲章の精神は、戦争や独裁政治、国威発揚とは相いれない。
天孫降臨伝説の高千穂で聖火ならぬ「神火」の採火を大真面目に検討するような当時の日本には五輪開催の資格などなかった。
 中略
(2020年の)待望の東京五輪は戦後75年の節目の年にあたる。憲章の理念に沿い、平和で幸せな大会にと願う。(京都新聞8月15日社説)

Kokuiha_2

画像は@kingo999さんのツイッターから

|

May 19, 2016

2020年オリンピック招致 東京もイスタンブールも国際陸連とディアク親子に振り回された

前IAAF国際陸連会長のラミーヌ・ディアクは、急死したプリモ・ネビオロの後を受けてIAAFの会長に就き16年に渡って務めた。
2020年夏季五輪の開催地が決まったブエノスアイレスでIOC総会が行われた2013年、10人の陸上競技出身のIOC委員がいた。
ラミーヌ・ディアクにとって彼らを束ねることは難しくなかったかもしれない。

東京五輪招致の裏金の問題のそもそもの発端は、女子マラソンのリリア・ショブホワ(ロシア)のドーピングが発覚した際に、彼女がロシア陸連に7000万円を払ったこと。その際に使われたのがシンガポールにあるBLACK TIDINGSの口座だった。

東京と2020年五輪の開催地を争ったのがトルコのイスタンブール。
陸上競技はサッカーを除けば、世界的にも最も人気の高い競技だ。
だが、IAAFの財政を支えているのは日本企業だ。
TBSがIAAFの各選手権の独占放送権を持っているほか、IAAF公式スポンサー7社の内4社(トヨタ、TDK、セイコー、キヤノン)が日本企業だ。
ラミーヌ・ディアクが東京招致に協力するのは明らかかと思われていた。

これに対し、イスタンブールもIAAFに近づいていた。
トルコはそれまでIAAFの公式競技会を開催したことがなかったが、イスタンブールは2012年春に世界室内選手権を開催した。
そして同じ年に行われたロンドン五輪の陸上女子1500mでは、トルコのアスリ・カキルアルプテキンが金メダル、同じくガムゼ・ブルトが銀メダルを獲った。
トルコにとって陸上競技での金メダルは史上初の快挙だった。
ところが、ロンドン五輪の翌年、アスリ・カキルアルプテキンのドーピングが発覚し、やがて金メダルははく奪されることになる。

その時の経緯はこうだ

IAAFのラミン・ディアク前会長の息子でIAAFコンサルタントだったパパマッサタ・ディアクが、ロンドン五輪陸上女子1500mで優勝したアスリ・カキルアルプテキン(トルコ)のドーピング違反をもみ消す見返りに3万5000ユーロ(約450万円)の賄賂を受け取った。
カキルアルプテキンは違反が発覚して昨年(2015年)8月に8年間の資格停止処分と金メダル剥奪が確定した。(毎日新聞16年1月15日)

パパマッサタ・ディアクが、ロシア選手だけでなくトルコの選手をも餌にして私腹を肥やそうとしていたのだ。

IAAFは毎年ダイヤモンドリーグという陸上競技のシリーズを開催している。
五輪や世界陸上とは別にシーズン中に世界各地を転戦し年間総合王者を決めるというもの。
高額な賞金を売りものとし、スキーのW杯に似た形式だと思っていただければいい。
ダイヤモンドリーグはその発足当初からスポンサーのサムスンの名を冠していたが、2011年の世界陸上大邱大会が終わり、サムスンは世界陸上とダイヤモンドリーグの両方のスポンサーを降りることになった。

IAAFのラミン・ディアクはサムスンの後釜となるスポンサー企業を探した。
五輪招致レースをしていたトルコと日本に、IOC総会での票に繋がるから企業を紹介しろと声を掛けた。

トルコからは世界室内陸上でも協賛した携帯会社のTURKCELL、バスケットボールの欧州チャンピオンズリーグの冠スポンサーであるTURKISH AIRLINESに打診したようだが契約には至らず、キヤノンがIAAFのスポンサーに加わった。

この時のことは英国の高級紙THE GUARDIANにも記事がある。
https://www.theguardian.com/sport/2016/jan/14/bidding-2020-tokyo-olympics-IAAF-scandal

イスタンブールは、世界陸上かのダイヤモンドリーグに400万ドル~500万ドルのスポンサーマネーを払わなかったため、トルコはラミン・ディアクのサポートを失った。トランスクリプトによると、日本はこれを支払った。

2012年11月15日 日本の新聞各紙にも以下のような記事が載っている。

キヤノンは14日、来年(2013年)から4年間、世界選手権など国際陸連が主催する15の大会に協賛することを発表した。カメラ、レンズのメンテナンスなどを通じて報道関係者を支援すると同時に、同社の印刷機器などが大会で使用される。

世界陸上はその最初に行われた1983年から日本企業の協賛を得てきた。が、いずれも長期に渡っておりキヤノンの4年間、しかも2013年~16年のみというのは中途半端な時期だ。
キヤノンがIAAFの依頼を受けて協賛したというのは海外メディアも書いている。

2013年6月 地中海競技大会がトルコのメルシンで開催された。
トルコの陸上選手団に30名の大量ドーピング疑惑が浮上し、トルコ陸連の会長は8月に入り責任をとって辞任に追い込まれていく。

トルコの陸上選手のドーピング騒動が、IAAFの協賛を断ったから明るみに出たのか、それとも表に出るのが必然だったのか、それは判らない。

五輪開催地が決まるIOC総会が9月9日。
直前の立候補国のドーピング大量摘発は、招致決定に何らかの影響があっただろうことは想像に難くない。
敢えて書くならば、この時期東京側は、東京からわずか250キロしか離れていない福島第一原発爆発事故由来の汚染水問題が連日テレビを賑わしていたが、招致を争う国の不祥事は東京側にとって有り難かったのは間違いない。

経緯を時系列にしてみた。

2012年3月
世界室内陸上選手権トルコ・イスタンブールで開催

2012年7月
ロンドン五輪開催
女子1500mで、アスリ・カキルアルプテキン(トルコ)金メダル

2012年11月
キヤノンIAAFの公式スポンサーに決定

2013年6月
地中海競技大会がトルコのメルシンで開催
トルコ陸上選手団は30名の大量ドーピング違反

2013年7月
東京 1回目のブラック・タイディングズ社へ1億円の送金

2013年8月
地中海競技大会のドーピング違反の責任を取り、トルコ陸連会長が辞任

2013年8月
ロンドン五輪女子1500m金メダルのアスリ・カキルアルプテキンドーピング発覚

2013年9月
ブラック・タイディングズ社がパリで高級時計などを爆買い

2013年9月
ブエノスアイレスでIOC総会 五輪東京開催決定

2013年10月
東京 2回目のブラック・タイディングズ社へ1.3億円送金

2014年1月 
キヤノン会長御手洗冨士夫氏の東京五輪組織委員会名誉会長就任

2014年9月
IAAF 電通との代理店契約を2029年まで延長

2015年8月
ラミン・ディアクIAAF会長を退任

2015年11月
ラミン・ディアクIAAF前会長 ドーピング絡みの収賄発覚

2016年5月
フランス検察
「2020年東京五輪招致」の名目で、BLACK TIDINGSの口座に2.3億円が支払われていたと公表。

|

April 01, 2016

東京五輪組織委員会会長森喜朗さん 2020年は83歳

ドミトリー・チェルニシェンコという人物をご存知だろうか。
1968年9月20日生まれの47歳の実業家。
実は、2年前のソチ五輪で組織委員長を務めた人物だ。
ソビエトが崩壊して25年、ロシアにはこんな若き実業家がたくさんいるとは言え、当時45歳の若さで五輪組織委員会のトップに立つとは驚きだ。

商業五輪の礎を作り、2億ドル以上の黒字を生んだロサンゼルス五輪の組織委員会会長だったのがピーター・ユべロス。
旅行会社経営から組織委員会に転じたユベロスのロサンゼルス五輪当時の年齢が46歳。
チェルニシェンコはそのユベロスよりも若かったのだ。

Soshikii

最近の五輪の組織委会長の年齢を調べてみると、40代後半から70代前半と幅広い。
ご存知のように2020年東京五輪の組織委会長には元首相の森喜朗氏が就いている。
東京五輪の開催時にはなんと83歳になる。
80代の組織委会長というのはちょっと聞いたことがない。
健康不安についても耳にするが果たして大丈夫か?

当然、開会式では全世界に向けて挨拶をすることになる。
『大事なときに必ず転ぶ』発言など、選手をリスペクトしていない人物が本当に務まるか、疑問が残る。

1964年の東京五輪の組織委会長を務めたのは安川第五郎氏。
九州電力会長や九州経済連合会の会長を務めた人物だ。
なぜこの人物が組織委会長になったか、詳しいいきさつは判らないが、実は2020年東京五輪の組織委員会の理事を務める人物の中に、現在の九州経済連合会会長がいる。

なぜ東京五輪にまたしても九州経済連合会会長がいるのか?
その人物の名前は、麻生 泰氏。

そう、元首相で現在は財務大臣を務める麻生太郎氏の実弟である。

Soshikii2


|

January 15, 2016

東京五輪招致が成功したのはある企業が支払った協賛金のおかげ

2020年の東京五輪は、IAAFのスキャンダルに巻き込まれている。
現在、国際陸連IAAFの会長を務めているのは英国人のセバスチャン・コー。
コーの前にIAAF会長を務めていたのが、セネガル人のラミン・ディアク。
ディアクは、陸上界に蔓延していたドーピングを隠蔽していた疑惑があった。
これに対し、世界反ドーピング機構(WADA)会長でIOC委員をも務めるディック・パウンドは、WADAに独立委員会を設置、IAAFの組織的なドーピング証拠隠滅を調査していた。

【ミュンヘン(ドイツ)時事】世界反ドーピング機関(WADA)の独立委員会が14日に公表した報告書で、2020年夏季五輪招致に絡み、開催権を獲得した東京が国際陸連(IAAF)か陸上ダイヤモンドリーグに対して400万ドル(約4億7200万円)から500万ドル(約5億9000万円)の協賛金を支払ったと指摘した。 報告書では、IAAFのラミン・ディアク前会長の息子とトルコ関係者による複数の会話として言及された。20年五輪招致にイスタンブールが立候補したトルコは協賛金を支払わなかったためディアク氏の支援を得られず、支払った東京が開催権を勝ち取ったとした。 WADA独立委は「われわれの任務ではないので、これ以上の調査はしなかった」と記した。

五輪で実施されている競技の中で、最も人気が高く、IOCから最も高額の分配金を受けているのが陸上競技である。
そのため、IAAF会長が五輪招致活動において、100人以上いるIOC委員に影響力を行使することは、ある程度可能だ。
東京がIAAFに協賛金を支払ったというのは、果たして本当だろうか。

この件でキーワードになる企業がある。キヤノンだ。
2012年11月15日 新聞各紙に以下のような記事が載った。

Canon

ご存知のように、IAAF公式パートナー(スポンサー)の過半数は日本企業だ。
 adidas(独)
 SEIKO(日)
 SINOPEC(中)
 TDK(日)
 TOYOTA(日)
 VTB(露)
にCanonが加わったということ。
さらに独占放送権はTBSが持ち、仲介している電通とIAAFの契約は少なくとも2029年まで続く。

IAAFの2014年の収入は約5900万ドル。
この90%はテレビ放映権料とスポンサーからの協賛金。先述のように公式スポンサー7社のうち4社が日本企業。
IAAFの懐を支えているのは日本企業だ。

東日本大震災、福島原発事故が起きたのが2011年3月11日。
当初は復興第一で、「東京五輪招致などおかしい」という世論が高かった。
加えて日本の都市が五輪招致をしても、支持が低いところが常に致命傷になってきた。
が、2012年のロンドン五輪を経て、急速に招致支持が高くなっていく。
スポーツでの日本人選手の活躍が、震災で打ちひしがれた人たちの心の傷を癒す効果があるというのだ。
銀座での50万人パレードもあり、当局は、東京招致に手ごたえを感じたのだろう。
次の手を打ってきた。

IAAFが求めるスポンサーにキヤノンが応じること。
2012年11月という時期、400万~500万ドルという金額もぴったりだ。

現在、東京五輪組織委員長に森喜朗元総理がついていることは知られている。
では、名誉委員長は誰か?
元経団連会長の御手洗冨士夫キヤノン会長である。

どうだ、これでつながっただろう。

Mitarai
2014年1月29日付 御手洗氏の名誉会長就任を伝える新聞

|

December 24, 2015

1964年の東京五輪は当初予算の250倍の経費がかかった

私は正直なところ、近代五輪はその役目を果たしたのではないかと思うことがある。

2018年平昌
2020年東京
2022年北京

と極東アジアが3回連続して五輪開催予定だ。
東京の次の2024年五輪もボストンとハンブルグが一度は手を挙げたが、早々と降りてしまった。
大本命はパリだが、今回のテロのダメージは余りに大きい。
カネとテロのリスクが大きすぎるのだ。
今後、ヨーロッパで、積極的に五輪を開催したいという都市は出てこないのではないか。
そこにこんなニュースが入ってきた。

5年後の東京五輪開催の運営費を組織委員会が試算したところ、立候補段階では3000億円程度と見込まれていた額のおよそ6倍の1兆8000億円に上り、組織委員会の財源だけでは大幅に不足することが分かったという。

これは凄い話だ。少し2013年の招致の頃を思い出してみよう。
連日福島原発事故の汚染水のニュースが流れる中、東京はそれでもマドリードや、イスタンブールよりも安心して開催が任せられるとして、2020年五輪の開催地に選ばれた。

では、日本がこれまでに開催した3回の五輪は、いずれも招致段階の予算通りに行われた素晴らしい大会だったのだろうか。

ヨーロッパには著名な五輪研究家がおり、様々なデータを公開している。
その中のひとつオランダのSportgeschiedenisのデータを紹介しよう。
日本で開催された3回の五輪の予算と最終的な経費である。
『日本で開催された五輪は、あまりに高価なジョークだ』と辛辣なタイトルが付けられている。

Op 9 april 1964 meldde de Telegraaf dat de totale kosten ruim 10 miljard gulden zouden bedragen, waar in april 1962 over veertig miljoen werd gesproken.

Op 21 februari 1967 begon de stad heel bescheiden met een begroting van 56 miljoen gulden.
Na afloop van het evenement lag er een slotbedrag van 2,3 miljard gulden – wederom door hoge uitgaves voor de infrastructuur.

Het Financieele Dagblad van 25 februari 1998 noemde een eindbedrag van 22,4 miljard gulden, wat toch net iets meer was dan de 1,7 miljard waarmee het in 1991 allemaal begon.


オランダ語を訳してみるとどうやらこういうことらしい。


●1964年東京五輪
当初予算4000万nlg⇒最終経費100億nlg 250倍

●1972年札幌五輪
当初予算5600万nlg⇒最終経費23億nlg 41倍

●1998年長野五輪
当初予算17億nlg⇒最終経費224億nlg 13倍
 
これに比べれば2020年東京五輪の6倍の費用なんてまだ大したことはない。

nlgというのは、かつてオランダで使われていた通貨単位のことで、一般にはギルダーと呼ばれていた。
2002年1月1日に現金通貨としてのユーロが発足し、ギルダーもマルクやフランなどと同じように姿を消した。
日本で開催された3回の五輪の際にはギルダーがまだ健在で、オランダ人の研究家がギルダーに換算して資料を作ったようだ。

どこまで信憑性があるか判らないが、それにしても何とも甘い予算だ。
小さな予算を出して、莫大な経費を使う。これは日本のお家芸だ。

しかも、長野五輪は帳簿が焼却されており、最終経費の224億ギルダーも推測でしかないとある。
(そうだったか?焼却された帳簿は招致の際のものだったような気がするが…。)

|

より以前の記事一覧