スポーツビジネス

June 25, 2017

アメリカにおいて進む?オリンピック離れ

IOCの最高位スポンサー契約は「TOPプログラム」と呼ばれる。協賛金額は1社年間約100億円以上といわれている。
商業化路線が推進された111984年ロサンゼルス大会以降、五輪マークの独占的使用権など制度が整備された。協賛金は各国・地域の国内オリンピック委員会や五輪組織委員会に分配される。
日本ではパナソニックが1988年から務めていたが、長い間1社のみが続いていた。
ところが、2013年9月に東京五輪の開催が決まってから、ブリヂストン、トヨタが参入、特にトヨタは20224年までの総額1000億円にも上る大型契約と言われている。
これまでの長いTOPプログラムの歴史の中で、自動車会社の契約は初めて。
BMWや日産なども検討していたが、契約に至らなかったほど負担が大きい。
これだけでもIOCにしてみれば「東京を選んで良かった」になる。

一方、コカ・コーラと並んで、長い間五輪を支えてきたマクドナルドが、契約を3年残して撤退した。
民間企業だから、その理由は様々あるのだろうが、米国のメディアによるとリオ五輪、米国での視聴者は、4年前のロンドン五輪よりもかなり視聴者を減らしたのが大きいという。

世界地図を見て頂くと判るが、米国とブラジルは経度がかなり重複している。
リオデジャネイロは、米国東部と時差が2時間(サマータイム時を除く)。
昼夜逆転していたロンドンや北京五輪と比べて、条件はかなり良かったはずだが、ロンドン五輪の米国内(NBCテレビ)の平均視聴率は17.5%、平均視聴者数3110万人だったが、リオ五輪の平均視聴率は14.4%、平均視聴者数2540万人は、ロンドンと比べてそれぞれ11%と8%下落した。

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●夏季五輪開会式と閉会式/米国内での視聴者数 単位:100万人
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米国において、あるいは世界中どこでも、五輪離れが進んでいるという話がある。
東京五輪では、5競技が追加されて実施される。
野球・ソフトボールや空手はともかく、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィンを実施するのは、これまで五輪を見なかった層にアピールするための追加だ。
さらに、東京五輪で新たに16実施される新種目の中にある3×3バスケットボールは、見事にテレビを意識した新種目だ。

マクドナルドのTOP撤退よりもひょっとしたら衝撃的ではないかという話がある。
USOCという組織がある。
JOCと同格の米国五輪委員会のことだが、USOCがこれまで契約していた以下のような多くの米国内向けスポンサーが、この一年で一斉に契約を終了させているのだ。

AT&T(通信)
Budweiser(ビール)
Hilton(ホテル)
Citi(金融)
TD Ameritrade(証券)


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April 26, 2017

陸上100mのはなし① ボブ・ヘイズとジム・ハインズ

昨年のリオデジャネイロ五輪 陸上男子400mリレーの銀メダリストで、1走を務めた山縣亮太が、右足首周辺に痛みが出たことから今月29日に出場を予定していた織田幹雄記念国際大会を欠場するという。
広島出身の山縣にとって、織田記念は思い入れがあるだろうから残念な気もするが、次回に期待したい。

山縣といえばセイコーホールディングスの所属で、プロ契約ではない一般社員だ。

日本の時計メーカー・セイコーは、東京、札幌、長野の日本で開催された3回の五輪でいずれも公式計時を担った。
特に1964年の東京五輪での功績は高い。
日本政府は当時、国産技術による「科学の五輪」というスローガンを掲げた。
セイコーの技術者たちは各競技のルールを学ぶところから始め、高精度のストップウオッチや、スターターピストルと連動した写真判定装置などを開発した。
東京五輪でボブ・ヘイズ(米国)が、陸上男子100mで金メダルを獲った際の写真判定は目にした方も多いのではないか。
検索してみれば、すぐに出てくるだろう。

ところが、2020年の東京五輪で公式計時を担うのはスイスのオメガ社だ。
IOCにはTOPと呼ばれる公式スポンサー制度があり、1つの分野には1社としか契約することができない。
時計はスイスのオメガ社との契約が継続されている。
現在のIOCとオメガ社との契約は2009年に結ばれたもので、2014、16、18、20年までの4回の五輪に製品を提供するというもの。
その総額は8000万ドルという巨額のものだ。

若い人は知らないかもしれないが、陸上競技のタイムの計測には、現在行われている電気計時のほかに手動計時があった。
手動計時とは、簡単に言えば、10分の1秒までしか計測できないストップウオッチで記録を計るものだ。

オメガは1932年のロサンゼルス五輪で、10分の1秒まで計れるストップウオッチを開発し、30個を組織委員会に提供した。
以後、五輪と深くかかわっていく。
1952年のヘルシンキ五輪では、100分の1秒まで計測できるストップウオッチも導入されているが、正式記録は10分の1秒までの手動計時による記録という時代が長く続いた。

東京五輪の陸上競技の記録測定については、諸説ある。
①手動計時による記録が正式なものだが、試験的に使った写真判定装置の電気計時が100分の1秒まで正確に計れることを実証したため、東京以後の五輪では電気計時が正式タイムとなった。
②写真判定装置の電気計時が初めて導入され100分の1秒まで計測された。が、正式記録は10分の1秒までとされた。電気計時の故障に備え、3人の手動計時の記録員がこれまでの五輪同様準備されていた。

東京五輪の100mに優勝したボブ・ヘイズは、『黒い弾丸』という異名をとり、第1レーンを滑走する姿は日本人に強烈な印象を残した。
このときの記録は世界タイの10秒0。
100分の1秒まで計測できる電気計時では10秒06。

この当時、1970年まで陸上競技の全自動電気計時のタイムは、スターターのピストル発射後0.05秒で時計が始動する取り決めがあり、10秒06から0秒05を引き10秒01。
競技規則の換算表によって10秒0と発表された。

3人の記録員の手動で計ったタイムは9秒8、9秒9、9秒9。
限りなく9秒9に近い10秒0であったといえる。
上記の2説の内、①が正しいのであればヘイズの公式記録は9秒9=世界新とされたはずだ。
だが、10秒0となっていることから②が正しいと推測される。

  金 ボブ・ヘイズ 米国 10秒0 (10.06)
  銀 エンリク・フィゲロラ キューバ 10秒2 (10.25)
  銅 ハリー・ジェローム カナダ 10秒2 (10.27)

ちなみにヘイズは1次予選から決勝まで4回100mを走っているが
  1次予選 10秒4 (10.41)
  2次予選 10秒3 (10.37)
  準決勝 9秒9 (9.91) (追い風5.8m参考記録)
  決勝  10秒0 (10.06) (世界タイ記録)

という記録が残っている。

100mで初めて10秒の壁を破ったのは、メキシコ五輪の100mを制するジム・ハインズ。
メキシコ五輪開催の年1968年の6月開催された全米選手権の準決勝だった。
記録は手動計時である。

  準決勝第1組 ①ジム・ハインズ 9秒9 ②ロニー・スミス 9秒9 
  準決勝第2組 ①チャーリー・グリーン 9秒9 

この日ハインズ、スミス、グリーンの3人が手動計時で9秒9の世界新記録を出したとされている。
その年の10月に開催されたメキシコ五輪でもハインズは優勝している。

  金 ジム•ハインズ 米国 9秒9 (9.95)
  銀 レノックス•ミラー ジャマイカ 10秒0 (10.04)
  銅 チャーリー•グリーン 米国 10秒0 (10.07)

1970年になり、全自動電気計時をスタートのピストル発射から0.05秒遅れて始動させる調整は廃止される。
そして1975年1月1日以降、400m以下のレースの世界記録は電気計時と手動計時の2本立てで公認されることになった。このときにジム・ハインズの9秒95が世界記録として公認された。
さらに、1976年8月からは、400m以下の記録は100分の1秒単位の電気計時しか公認されないことになっている。

話をボブ・ヘイズに戻そう。
東京五輪陸上男子100mで金メダルを獲ったボブ・ヘイズは、日本人に強烈な印象を残した。
が、その後の人生は日本ではあまり知られていない。
五輪後ヘイズはNFLのダラス・カウボーイズに入団し、俊足のワイドレシーバーとして活躍した。
東京五輪から7年後1971年28歳の時には、スーパーボウル優勝も経験している。
長い五輪史の中で、金メダルとSB・リングを獲得したのはボブ・ヘイズひとりしかいない。

*1984年ロサンゼルス五輪砲丸投げで銀メダルを獲ったマイケル•カーターは、同じ年SFフォーティナイナーズに入団。なんとその年のスーパーボウルで優勝した。
ボブ・ヘイズには及ばないが、五輪メダルとスーパーボウル優勝を同一年に成し遂げた唯一の選手である。
なおNFLのドラフトはロス五輪の直前にあった。

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November 28, 2016

競技日程に圧力をかけるアメリカ 平昌オリンピックのフィギュアスケートは昼間行われる

1.ソウル五輪の陸上

べン・ジョンソンの名前は知っている人も多いだろう。
ソウル五輪の陸上男子100mで、一度は世界新記録と金メダルを手にしながらドーピングが発覚し、追われるようにソウルを後にした男だ。
ベン・ジョンソンは前年の世界陸上でも金メダルを手にしており、ロス五輪の覇者カール・ルイスとの対決は大会の最大の注目とされていた。

この日、日本では、昼食を急いだ人が多かったと言う。
はやく昼食を終えてテレビのあるところに行こうとしていた。
家電量販店では、今もIOCのスポンサーを務めるPanasonic(当時は松下電器)の大型テレビの前に人が集まりかけていた。
その雰囲気は力道山を見るために集まった街頭テレビのそれにも似ていた。

そう。
ソウル五輪最大のハイライトと言われたカール・ルイスとベン・ジョンソンとの対決は、日本時間の午後12時半の少し前に始まったのだ。

男子100mの決勝はこんな昼間に行われるものなのか?
3か月前のリオデジャネイロ五輪の陸上男子100mは、8月14日22時25分に始まった。
リオと日本との時差は12時間だから、日本人は午前10時25分に決勝レースを見た。

では、その4年前はどうだったのだろう。
ロンドン五輪の陸上男子100mは、8月5日21時50分に始まっている。
英国と日本との時差は9時間、日本の方が先に進んでいるのだから朝の6時50分にレースは始まった。

近年の五輪でも世界陸上でも、男子100mは日曜日の最終種目に行われている。
五輪の後半は陸上が目玉。
陸上競技が盛り上がるかどうか、男子100mの結果次第でもある。
リオでもロンドンでもウサインボルトが圧勝、盛り上がりは大会後半に続いた。

ではなぜ、ソウル五輪の100m決勝は昼間に行われたのか。

莫大な放映権料を払うテレビ局がスポーツの開始時間にも介入しているのだ。

五輪運営の鍵を握っているのは、米国のテレビ放映権料だ。
日本人のように夜通しで生中継のテレビかじりついて五輪を観るなんてことを米国人はしない。
就寝前にベッドで五輪を見る。これがベストだ。
独占放映権を持つテレビ局は米国時間の夜まで競技結果を放映せず、夜に録画を流す。
インターネットの普及した今日、競技結果を夜まで知らないでいられようがない。
そのためテレビの録画放映は低視聴率にあえぐ。
これを打開する方法が、競技時間を米国に合わせることだ。

アメリカ東部地区の人が、就寝前に五輪中継を楽しむためにソウル五輪では陸上の選手が犠牲になった。
がNBCテレビはこれによって高視聴率を獲り、放映権料を回収した。

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2.北京五輪の競泳と体操

アジアで五輪が開催されると、同様のことが繰り返される。
2008年北京の五輪では、競泳決勝のすべてと体操の団体総合、個人総合の決勝が午前中に行われた。

2004年アテネ五輪で金メダルを獲った北島康介の200m平泳ぎを例に取る。
予選、準決勝、決勝と金メダルまで3回泳いだ北島のスケジュールは下記のようだった。
8月17日 予選 午前
8月17日 準決勝 夜
8月18日 決勝 夜
(時間はアテネ時間)

これが北京五輪では、
8月12日 予選 午後
8月13日 準決勝 午前
8月14日 決勝 午前
のように従来の2日間から3日間になった。
ほとんどの選手が複数の種目、あるいはリレーに出場する中で、ひとつの種目に3日かけることの負担は大きい。
水泳大国の豪州や欧州各国はこの案に反対だったが、IOCに押し切られてしまった。

3.リオ五輪の競泳

リオデジャネイロは、米国東部と時差が2時間(サマータイム時を除く)。
リオ五輪の競泳は、現地の午前中に予選、午後10時から準決勝、決勝が行われた。
午後10時からと言うのは、北京五輪の午前決勝にも負けないくらいのひどさだ。
競泳の最終種目は午後11時以降。
8月8日の最終種目男子400mリレー決勝はなんと午後11時52分に開始、11日の女子800mリレー決勝は午後11時55分に開始されたが、レースが終わったのは翌日になっていた。

4.平昌五輪のフィギュア

再来年の平昌五輪では、フィギュアスケートがテレビの犠牲になりそうだ。
平昌冬季五輪組織委員会が示した競技日程案によると、フィギュアスケートは全種目が午前10時開始、遅くとも午後2時半ごろまでに終了するスケジュールが組まれている。
これは時差は14時間の米国東海岸のテレビ視聴者に合わせたもの。
米国人はベッドでフィギュア観戦をし、午前0時半に競技終了とともに寝るのだ。

5.長野五輪の開会式

日本は過去に3回の五輪を開催しているが、米国のテレビ局の意向で時間が決められたことはないのだろうか。

ある。

1998年の長野五輪の開会式は、日本時間の午前11時に開始された。
冬季五輪も夏季五輪と同様に開会式は、夕方から夜にかけて行われてきた。
が、長野の午前11時は異例の時刻だ。

1995年2月25日付けの信濃毎日新聞に次のような記事がある。

NAOCは「開会式はすべての競技の前に行うのが望ましい」と、7日午後4時に始まるアイスホッケー予選より早い時間に開会式を設定した。開会式の始まる午前11時は、米国時間の午後6時から9時に当たる。高い視聴率が望めるため、放映権を獲得した米CBSテレビも午前中の実施をNAOCに求めていた。

NAOCとは長野五輪組織委員会のことで、長野五輪の開幕の3年前にCBSテレビが強引に求めてきていたことが判る。

現在、東京五輪の競技会場が開幕4年前にして、いまだに完全に決まっていない状況だが、このあと来年頃からNBC放送が競技スケジュールに圧力を掛けて来るだろう。
競泳、体操、陸上等は米国で人気が高く、筆者は東京五輪でも午前中実施になる可能性が大きいと見ている。


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January 25, 2016

ドーピングスキャンダルでアディダスに逃げられた国際陸連

BBCの伝えるところによると、ここ数ヶ月のIAAF(国際陸連)のドーピングスキャンダルを受けて、アディダスがIAAFのメインスポンサーを契約よりも4年早く終了するという。
 

IAAFのサイトを見に行くと公式スポンサーの中にadidasのロゴがまだある。
アディダスとしては正式に契約終了を公表した訳ではないようだが、撤回するとも思えない。
昨年まではこのスポンサーの一覧には

 アディダス 
 セイコー 
 TDK 
 トヨタ自動車 
 キヤノン 
 VTB 
 SINOPEC 

さらにはオフィシャル放送局としてTBSのロゴが並んでいた。
が、現在はVTBとSINOPECがなくなり、さらにアディダスがなくなると、日本企業のみになってしまう。
VTBはロシアの銀行グループ、SINOPECは中国の石油化学グループで、どちらも地元開催であった2013年の世界陸上モスクワ大会、2015年の同北京大会に合わせて協賛していた企業だ。
当初から契約には、2015年をもって終了とあり、早期に終了させたわけではない。
ただ、VTBというと今回のスキャンダルの渦中の国、ロシアの企業であるだけに、必要以上に何かあるのではと誰しもが思うだろう。

さて、アディダスだが、現在のIAAFとのスポンサー契約は2008年に結ばれたもので、2009年から2019年までの11年間の長期契約、1年あたり300万ドル、11年間で3300、万ドルと言われていた。
が、BBCの報道によるとアディダスから現金だけでなく製品の提供を含めて、1年あたり800万ドル相当が支払われている。
もし、報道通り4年早く契約が終了するとIAAFは3000万ドルの損失になると言う。

IAAFの2014年の収入は約5900万ドル。
五輪競技の中では華やかで、数多くのドラマを生んできた陸上競技であるが、その収入規模は中規模企業程度。
ドーピングとそれに伴う汚職が表沙汰なっては、新たなスポンサー探しは難航するのではないか。
今後の世界陸上は、2017年がロンドン、19年はカタール・ドーハ、21年はユージーン(米国)が決まっている。
やっぱりねらいはカタール航空とナイキだろうか。

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セイコー、TDK、TBSの契約は2019年まで。
トヨタは2017年まで。
電通はスポンサーではないが、代理店として2029年まで契約している。

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October 19, 2015

ラグビーW杯 4強はアシックス2、アディダス、ナイキ

ニュージーランドに、カンタベリーというブランドのアパレルメーカーがある。
ラグビーのジャージのブランドとして、世界的に有名だ。
かつて、ニュージーランドに旅行に行った日本人は、カンタベリー社製のオールブラックスのレプリカジャージをお土産に買ったものだ。

ところが2009年、アディダス社がオールブラックスの公式サプライヤーになると突然発表された。
10年間で総額7000万ドル以上という大型契約である。
2011年に地元ニュージーランド開催のW杯、2015年のイングランド大会、さらに2019年の日本大会までアディダスを使うということ。
これをきっかけにラグビージャージ=カンタベリー社 という図式が崩れていった。

きょう未明、イングランド大会のベスト4が決まった。
組み合わせと着ているジャージのブランドは以下のようになる。

 10月25日 南アフリカ(アシックス) VS ニュージーランド(アディダス)
 10月26日 アルゼンチン(ナイキ) VS オーストラリア(アシックス)

W杯史上4強に北半球の国(協会)が残れなかったのは初、ついでにカンタベリー社ジャージのチームが4強に残れなかったのも初めてとなる。
アシックスが2か国のサプライヤーになれたのも快挙だが、そのどちらも勝ち残っているのは快挙だ。
アシックスがオーストラリアと交わした契約額は、ニュージーランドがアディダスと、イングランドがカンタベリーと交わした契約額に次ぐ巨額なものらしい。
南アフリカのラグビーファンは、元々アシックスのジャージに替えたことに不満だった。
それに加えて、アシックスの本社のある国に、初戦で歴史的敗北をするとは思ってもみなかっただろう。

●ラグビーW杯 公式ジャージブランド
(BLK) サモア、トンガ、フィジー、米国、ルーマニア
(カンタベリー) イングランド、アイルランド、日本、ナミビア
(アディダス) ニュージーランド、フランス、イタリア
(アンダーアーマー) ウェールズ、ジョージア、カナダ
(アシックス) オーストラリア、南アフリカ
(マカロン) スコットランド
(KooGa) ウルグアイ
(ナイキ) アルゼンチン

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August 19, 2015

胸と背中に輝くTDK 世界陸上

今週末から北京で世界陸上が始まる。
舞台は「鳥の巣」2008年の北京五輪のメイン会場だった北京国家体育場だ。

現在ではスポーツの大会に出場する選手のゼッケンに企業ロゴが入ることは当たり前のことだ。
ロゴの企業はつまりはスポンサー企業。
スポンサーからの協賛金が、主催者に支払われている。
世界陸上では、第1回のヘルシンキ大会からこの制度が取られれている。
スポーツとビジネスとが蜜月になっていく分岐点が1984年のロサンゼルス五輪といわれるが、その1年前のことになる。

そのゼッケンスポンサーに名乗りを挙げたのはTDK。
当時からカセットテープ、ビデオテープの日本におけるトップ企業だったが、世界的知名度は、現在と比較すると低く、ヨーロッパで人気の高い陸上競技に目を付けた。
以後、世界陸上は今年の北京大会で15回目となるが、男子選手の胸と背中にはTDKのロゴが必ずある。

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▲三田工業がスポンサー時代の世界陸上の様子

一方、女子は第1回大会こそTDKだったが2回目以降は様々な企業が、(といっても日本企業がほとんどなのだが、)務めてきた。
中でも異色なのは87年・97年・99年にゼッケンスポンサーを務めた三田工業。
業務用の複写機、印刷機の製造販売を手掛け、日本国内よりも海外で高いシェアを誇っていた企業だが、粉飾決算事件の影響で1998年に会社更生法を申請し倒産した。

IAAFとの契約は別法人の海外子会社を通じて結んでおり、倒産後は債権者への配慮もあり、打ち切る方針を一度は決めた。
が、契約を途中で打ち切っても残金の支払い義務があることや、社員の士気を高める効果などを考慮し、99年大会までゼッケンスポンサーを続けたという経緯がある。
三田工業は2000年に京セラグループ入りし、現在は、京セラミタと社名を変更している。

また、余談だが『僕って何』で芥川賞を受賞した三田誠広氏は旧三田工業の経営陣の親戚にあたる。

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November 14, 2014

錦織圭の今季の賞金が5億円を超える

米経済誌フォーブスは毎年スポーツ選手の発表した年収ランキングを発表している。
今年発表されたものは、2013年6月1日から2014年5月31日までの1年間の収入で、いわば賞金(年棒)+スポンサー契約料の合計だ。

これによると1位はプロボクシングで46戦無敗、スーパーウエルター級など5階級で世界制覇したフロイド・メイウェザー。
2位にサッカーポルトガル代表のクリスティアーノ•ロナウド、3位にNBAクリーブランド・キャバリアーズのレブロン・ジェームズが入った。
ランキング上位10傑とテニスプレーヤー、アジアの選手、さらにはウサイン・ボルトを含めて表にしてみた。
テニス界からは、7位フェデラー、9位ナダル、17位ジョコビッチ、34位シャラポワ、41位李娜、55位セリーナ•ウィリアムズ がランクインしている。

テニスプレーヤーのトップ、フェデラーの収入の内訳に注目してほしい。
 収入総額5620万ドル 
 テニスの賞金420万ドル 
 スポンサー料等5200万ドル 
莫大な年収の内、テニスの賞金は420万ドルに過ぎない。

同様にマリア・シャラポワ
 収入総額2440万ドル 
 テニスの賞金240万ドル 
 スポンサー料等2200万ドル 
女子テニス界の顔であるシャラポワもテニスの賞金はちょうど10%。

フェデラーもシャラポワの少し甚だしいが、実力NO.1であるセリーナ•ウィリアムズの場合も、
 収入総額2200万 
 テニスの賞金1100万 
 スポンサー料等1100万 
テニスによる賞金は、半分に過ぎない。
これがテニス特有の収入構造のようだ。

錦織の今季の賞金は、ATPツアーファイナルが始まる前までは$3,974,218だった。
ファイナルで2勝し$4,431,363になった。
円安が進んでいるので、日本円に直すと約5億0960万円
ユニクロ、日清食品、タグホイヤー、JACCS等契約している企業からのスポンサー費用を合計すると15~20億円になるかもしれない。
ヤンキースの田中将大の年棒が22億円というから、近い将来これを超えて来るだろう。

それにしてもウサイン・ボルトの収入は2320万ドル。しかも競技による賞金は20万ドル。
ボルトは陸上界最大のスターであり、現在は賞金レースも頻繁に行われているが、この程度の収入でしかないのだ。

一方、インドクリケット界の大スター マヘンドラシンドーニ
日本円に直すと30億円を超える収入がある。
プロ野球最高年棒の阿部慎之助の5倍に相当する。
インド恐るべし。

●フォーブス誌によるスポーツ選手の収入ランキング
Atp

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August 13, 2014

マンチェスターシティとエティハド航空の世界戦略

8月5日の朝日新聞によると、MLBのニューヨークヤンキースの本拠地であるヤンキースタジアムで来季から米リーグサッカーMLSの試合が行われるという。
ヤンキースタジアムを本拠にするクラブは、新たにMLSに参入するニューヨークシティ(NYC)。
元スペイン代表FWビリャやイングランド代表MFランパードが入団するという。
NYCは、ヤンキースとイングランドプレミアリーグ昨年の覇者、マンチェスターシティー(マンC)が合弁で作ったチームだ。
昨シーズンのプレミアリーグを制したマンCは、世界戦略を進め、豪州では2009年に創設されたAリーグのメルボルン・シティFCの株式80%を取得、傘下に収めた。

そして2014年Jリーグの横浜Fマリノスの株式19.95%を取得、グループの一員に迎えた。
株式会社横浜Fマリノスの資本金が3100万円だから、マンCが出資した額は約620万円になる。
一方、マリノスの筆頭株主であり、親会社である日産自動車は、マンCのスポンサーになることを決定。
5年間で2000万ポンド(約34.4億円)の出資を決めている。

日産自動車は英国サンダーランドに従業員数は6000人規模の工場を持ち、2012年の年間生産台数は50万台を記録している。
過去10数年に渡り英国最大の自動車工場であり、作られた自動車は欧州各地に輸出されているのだ。

このブログでかつて
マンチェスターシティ(英プレミア)を買ったタイ元首相
という記事を書いたことがある。

タイの首相だったタクシン氏が、マンCを買収したという内容の記事だ。
これが2007年のこと、クラブは、翌年にはタクシン氏からUAEの投資グループの手に渡った。
現在、マンチェスターシティを傘下に持つ「CFGシティ・フットボール・グループ」の実態はAbu Dhabi United GroupというUAEの投資会社のことだ。

日産がマンCのスポンサーになって、ユニホームの胸にNISSANの文字が大きく踊ると思われる方も多いかもしれない。
が、マンCの胸のスポンサーはUAE、アブダビの航空会社エティハド航空が2009年から押さえている。
その額は10年でなんと6億4200万ドルだ。

マンCの海外戦略にエティハド航空はともに歩む。
メルボルン・シティFCのホームスタジアムのネーミングライツ(命名権)を取得し、NYCの所属するMLSの公式スポンサーの座も手に入れた。
近い将来Jリーグのスポンサーに名乗りを上げるかもしれない!?

今日、サッカー界で中東の航空会社の存在感は圧倒的だ。
エミレーツ航空はSONYやHYUNDAIなどとともに世界に6社しかないFIFAの公式パートナーだ。
チャンピオンズリーグの覇者リアルマドリードのほかアーセナル、ACミラン、パリ・サンジェルマン、ハンブルガーSVと欧州主要リーグの強豪とスポンサー契約を結んでいる。

一方、レアルのライバル、バルセロナの胸にはカタール航空のロゴがある。
なんと100年以上の歴史を持つこのクラブ史上初めて営利企業の名前が飾られているのだ。

英国の調査会社によると、世界の航空会社からスポーツ界への投資額は5億1500万ドル。
そのうちエミレーツとエティハドの2社で半分近くを占め、エミレーツだけでも1億8200万ドルに上る。
ドバイやアブダビは、世界の航空ハブにしなりたいと考えている。
地理的にも欧米とアジアとをつなぐ。欧米やアジアの潜在的な顧客を掘り起こすイメージ戦略だと思われる。

かつて、日本企業が欧州強豪クラブのスポンサーを務めていた時代があった。
マンチェスターユナイテッド SHARP
ASローマ MAZDA
アーセナル JVC
ユベントス SONY
アヤックス TDK
レッドスター TOYOTA
などいくつもあったが、今では随分少なくなった。

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▲サッカー仕様のヤンキースタジアム 朝日新聞より


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May 22, 2012

UCL優勝でチェルシーが手にした賞金は€900万

サッカーの欧州チャンピオンズリーグUCLは、チェルシーがバイエルン・ミュンヘンを下して優勝したが、この試合に限っての賞金は€900万(約9億円)だそうだ。

UCLに出場したクラブには分配金が支払われる。
昨季の例を見ると、優勝したバルセロナは、5102万5000ユーロ(約56億2000万円=当時)を手にした。
これはグループステージの成績に基づくボーナスが3070万ユーロと、テレビ放映権料の分配金2030万ユーロの合計。
準優勝したマンチェスターユナイテッドが手にした額は5319万7000ユーロ(約58億6000万円=当時)。
成績に基づくボーナス2700万ユーロに加え、テレビ放映権料の分配金2590万ユーロが加算され、驚いたことに優勝したバルセロナを上回るという逆転現象が起きている。

恐ろしいまでに高額な賞金が舞う欧州のサッカー界だが、6月9日にウクライナ・ポーランドの共催で開幕する欧州選手権の賞金総額は1億9600万ユーロと発表されている。
参加16チームには各800万ユーロが支払われ、優勝チームは1550万ユーロ以上を獲得する。

2010年の南アフリカW杯で優勝したスペインが手にした賞金は3100万USドル(約27億6000万円)、16強だった日本が支度金の100万USドルを合わせて1000万USドルを得ているが、この金額は2011年女子W杯で優勝したなでしこジャパンの100万USドルの10倍である。
サッカー界の男女格差はまだかなりある。

以下、日本のサッカー界の主な優勝賞金

●Jリーグ 2億円

●天皇杯 1億円

●ナビスコ杯 1億円

●スーパーカップ 3000万円

●ACL 50万USドル

●なでしこリーグ 500万円

●ついでにKリーグ 5億ウォン(約3400万円)
昨季よりも2億ウォン増えている。

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January 20, 2012

コダック経営破たん かつてはIOCと蜜月

かつて世界でフィルムを作っている会社は4社しかなかった。

アメリカのコダック
日本の富士フィルムと小西六(サクラ・現コニカミノルタ)
ドイツのAGFA

中でもコダックのシェアは圧倒的で、富士フィルムはその牙城を切り崩すため、スポーツ分野に目を付けた。
IOCと蜜月だったコダックに対し、富士が近づいたのはFIFAだ。
富士フィルムは、1982年W杯スペイン大会から2006年ドイツ大会まで公式スポンサーだった。

ところが、1984年のロサンゼルス五輪の際に富士、は地元のコダックを差し置いて公式スポンサーに就いた。(このときは男子バレーの全日本に、多くの富士フィルム所属の選手が在籍していたことも多少関係する。)
ロス五輪での失態を取り返そうとコダックは、TOPといわれるIOCのスポンサーを、制度が始まった1988年から北京五輪の2008年まで務めた。
近年、そのスポンサー料は一大会5500万ドルともいわれていた。
その一方で世の中は、フィルムからデジタルへ一気に変わっていく。
デジタルカメラを最初に開発した企業でもあったコダックだったが、日本企業の技術力について行けなかったのは周知の通りだ。

富士フィルムといえば、日本の正月のテレビに欠かせないCMを作ってきたが、近年化粧品分野のCMが目立っている。
今年は樹木希林に中島みゆきと松田聖子が絡むCMをよく見ただろう。
3年前の時点で、同社の売り上げの内フィルム関連は既に5%を割っているという。

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