ロンドン五輪への道

March 22, 2012

ロンドン五輪 JOCのメダル皮算用

JOCの2012年度の予算案が承認された。
ロンドン五輪イヤーとあって、総額84億5000万円事業費は前年度比5億5300万円増であるという。
ロンドン五輪でメダルを獲得した選手へ報奨金の予算は、1億4200万円。
これは金メダル15個を見込んでいる。

過去最高の金メダル16個を含む37個のメダルを獲得したアテネ五輪の実報奨金が1億5600万円だから、JOCはロンドンでもこれに準ずる位のメダルを獲るつもりでいるらしい。

JOCが報奨金を選手に贈るようになったのは、1992年のアルベールビル/バルセロナ五輪からだ。
今では、所属競技団体、所属企業などもJOC以上の報奨金を贈るようになった。
報奨金制度は全く問題なく受け入れられているように見えるが、とかくアマチュアリズムの強かった日本では、当時随分と問題視する人もいた。

JOCの報奨金の金額は、金メダル300万円、銀メダル200万円、銅メダル100万円で1992年から変わっていない。
複数メダルを獲った選手は、複数分の金額が贈られる。
例えば北京五輪の北島康介は
100m平泳ぎ金メダル 300万円 200m平泳ぎ金メダル 300万円 400mメドレーリレー銅メダル100万円
の合計700万円が贈られた。
リレーやチーム競技の場合、ちゃんと人数分贈られている。

ついでに。
報奨金制度が始まった頃は、一時所得として課税されており、バルセロナ五輪では中学生で金メダルを獲った岩崎恭子氏に対する課税が議論を呼んだ。
岩崎も9万円を納税したという。
しかし、ノーベル賞の賞金や文化功労者の年金が非課税になっているのに比べ、スポーツへの評価が低いなどとして議論を呼び、94年から非課税になった。

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March 05, 2012

法華津寛 71歳でロンドン五輪出場決める

馬術の法華津寛が、ロンドン五輪に出場することが確実となった。
2日に発表された世界ランキングで、法華津が五輪馬場馬術個人の出場枠を獲得。
日本連盟は法華津をロンドン五輪代表として近く発表する。

3月28日に71歳となる法華津は4年前の年北京五輪で日本選手史上最年長67歳で出場している。
このときは全参加選手中でも最年長であり、ロンドンでも日本人選手最年長は当然としても、2度目の全参加選手中の最年長も恐らく間違いない。

そして凄いのは1964年の東京五輪にも参加していること。
東京五輪に日本選手団として参加し、今なお現役なのはおそらく唯一ではないか?

近年の夏季五輪の日本手団の最年長選手は下記のようになる。
射撃、馬術の選手が多いが、特筆すべきはロス五輪の蒲池猛夫。
当時48歳で孫もいたが、ラピッドファイアーピストルで金メダルを獲った。
世界の最高齢五輪出場は1920年アントワープ五輪射撃のオスカー・スバーン(スウェーデン)の72歳10カ月で、銀メダルも獲得している。スバーンは、1912年ストックホルム五輪では64歳258日で金メダルも獲っている。

●日本選手団の最年長選手
1984年 蒲池猛夫 (48歳135日)射撃・ラピッドファイアーピストル 金メダル
1988年 井上喜久子 (63歳296日)馬術
1992年 東良弘一 (45歳332日)馬術
1996年 伊東総一郎 (48歳280日)射撃
2000年 松下和幹 (47歳230日)アーチェリー
2004年 小畑隆一 (49歳197日)馬術
2008年 法華津寛 (67歳139日)馬術 大会最年長
2012年 法華津寛 (71歳 日)馬術 大会最年長?

●日本選手団の最年少選手
1984年 行森文美 (14歳218日)体操
1988年 西岡由恵 (14歳70日)競泳
1992年 稲田法子 (14歳2日)競泳
1996年 青山綾里 (14歳164日)競泳
2000年 竹中美穂 (15歳331日)体操
2004年 福原愛 (15歳287日)卓球
2008年 鶴見虹子 (15歳317日)体操
2012年 ?

一方の日本選手団最年少選手だが、1992年バルセロナ五輪では中学2年生の稲田法子が最も若かった。
このときの日本チームには金メダリストの岩崎恭子がいたが、稲田が1978年7月27日生まれで最年少、岩崎が1978年7月21日生まれで2番目に若かった。

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March 01, 2012

エリザベス女王2度目の五輪開会宣言へ

今年のロンドン五輪の開会宣言は。エリザベス女王が務めると発表された。
エリザベス女王の開会宣言は76年モントリオール五輪以来2回目。カナダは、英連邦を構成し、英国王を元首しているため、エリザベス女王が開会宣言を行った。

五輪開会式での開会宣言は、
「開催国の国家元首によっておこなわれる」
とオリンピック憲章に明文化されており、国王、大統領もしくは準じる立場の方が開会宣言を行っている。
2008年の北京五輪では胡錦涛国家主席が開会宣言をした。まだ覚えておられる方も多いだろう。

過去には、1936年のガルミッシュパルテンキルヘン冬季オリンピックとベルリンオリンピックでは、アドルフ・ヒトラーが開会宣言をした。
日本においては1964年の東京五輪及び1972年の札幌五輪には昭和天皇、1998年の長野五輪には今上天皇が、開会宣言をされた。

面白いのは、カナダだ。
1976年のモントリオール五輪
私自身も初めて見た五輪開会式だったのだが、このとき開会宣言をしたのは、英国のエリザベス女王だった。
カナダは、英連邦を構成し、英国王を元首しているため、エリザベス女王が開会宣言を行った。
というのが事の次第なのだが、五輪史を紐解くと面白いことが出てくる。

英国本国をのぞく、英連邦の中で最初に五輪を開催したのは1956年のメルボルン五輪。
このとき開会宣言を行ったのは、フィリップ・マウントバッテン氏。
英国女王エリザベス2世の夫(王配)のことで、通称エヂンバラ公、今年91歳になられるそうだ。
なぜ、エリザベス女王でなくエヂンバラ公だったか、今となっては詳しいことは判らない。

1988年カルガリー五輪
このときに開会宣言をしたのはジャンヌ・ソーベ総督(女性)。
カナダの国家元首、エリザベス英女王の名代のジャンヌ・ソーベ総督が務めた。
 
2000年のシドニー五輪
オーストラリアで2回目の五輪となったシドニー大会。
この大会で開会宣言をしたのは、ウィリアム・ディーン総督。
カルガリーのときと同様にエリザベス女王の名代であるウィリアム・ディーン総督が、最終的に行ったのだが、実はここに至るまでには紆余曲折があった。

オーストラリアが英国女王を元首とする立憲君主制から、大統領を新たに任命し共和制に移行しようとする動きが活発だったのだ。
当時のハワード首相は、共和制移行国民投票の結果次第では、自身が大統領になり、シドニー五輪の開会宣言を行うことが決め、IOCの承認も取っていた。
ところが、オーストラリアの国民投票で「立憲君主制維持」が過半数となり、ハワード首相の開会宣言は幻と消え、ウィリアム・ディーン総督に落ち着いた。

そして2010年、バンクーバー五輪で開会宣言したのは
ミカエル・ジャン総督。
女性であり、しかもハイチからの移民であるアフリカ系の方だった。
 
●過去の英連邦で開催された五輪の開会宣言
1908年 ロンドン五輪 エドワード7世
1948年 ロンドン五輪 ジョージ6世
1956年 メルボルン五輪 エヂンバラ公
1976年 モントリオール五輪 エリザベス女王
1988年 カルガリー五輪 ジャンヌ・ソーベ総督
2000年 シドニー五輪 ウィリアム・ディーン総督
2010年 バンクーバー五輪 ミカエル・ジャン総督
2012年 ロンドン五輪 エリザベス女王

●近年の夏季五輪の開会宣言
1964年 東京五輪 昭和天皇
1968年 メキシコ五輪 グスタボ・ディアス・オルダス
1972年 ミュンヘン五輪 グスタフ・ハイネマン西ドイツ連邦大統領
1976年 モントリオール五輪 エリザベス2世
1980年 モスクワ五輪 レオニード・ブレジネフソ連共産党書記長
1984年 ロサンゼルス五輪 ロナルド・レーガン大統領
1988年 ソウル五輪 盧泰愚大統領
1992年 バルセロナ五輪 スペイン国王フアン・カルロス1世
1996年 アトランタ五輪 ビル・クリントン大統領
2000年 シドニー五輪 ウィリアム・ディーン総督
2004年 アテネ五輪 ステファノプロス大統領
2008年 北京五輪 胡錦涛国家主席
2012年 ロンドン五輪 エリザベス女王

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February 13, 2012

ますます開く日韓スポーツ予算の差

韓国の聯合通信を見ていたら、興味深い記事があった。

ロンドン五輪が開催される今年は、昨年より2.7%多い8634億ウォン(約572億円)の予算が体育分野に投入される。

(中略)

代表選手の1日当たりの手当は3万ウォンから4万ウォンに、指導者の手当も月380万ウォンから430万ウォンに引き上げられる。また、2018年に開催される平昌冬季五輪に備え、冬季スポーツ施設の拡充や優秀選手の育成に135億ウォンを投入する。


韓国は、国家がスポーツに注力し、国威発揚をはかる国のひとつだ。
6個の金メダルを獲った2010年のバンクーバー五輪の年の、韓国のスポーツ関連予算は7500億ウォン。
このとき、円に換算して約555億円と日本では報道されている。
あれから2年が経ち、歴史的な円高となっているため、555億円が572億円と微増程度にしか見えないが、2年前の円相場で見てみると8634億ウォンは、約634億円となる。

一方の日本、12月24日に閣議決定された2012年度政府予算案の、スポーツ関係予算は前年度より4.4%増えて237億9300万円と過去最高になった。(これでも韓国の半分以下)
が、この内ロンドン五輪でメダル獲得が期待される競技を重点的に支援するマルチサポート事業は、前年度当初比約5億円増の27億4600万円、前年度と同額となったJOCへの補助金25億8800万円。
この合計の約53億円が、五輪等の強化費にほぼ近いと見られる。

韓国では8634億ウォンの50%が選手強化に当てられている。
日本の人口は1億2800万人で韓国4800万人の2.5倍、日本のGDPは4兆3095億ドルで韓国1兆3423億ドルの3.3倍規模があるにも関わらず、どうしてこうなるのだろうか。
ちなみに先のスポーツ関連予算を国の予算費で見ると、日本は約0.025%。
韓国は約0.26%。
桁が一桁違う訳だ。

韓国式の選手強化が正しいとは思わない。
韓国は一握りのエリートを重点的に育てる少数精鋭主義。
アーチェリー、ショートトラックスケート、テコンドー等強い競技は圧倒的に強い。
逆に地元開催でありながら、昨年のテグの世界陸上では一人の入賞者も出せなかったように、この国のスポーツ環境が歪(いびつ)なのは歴然としている。

が、かといって日本のスポーツ環境は余りに貧弱だ。
日本は、2008年にナショナルトレーニングセンター(NTC)を作ったが、その総面積は6万6000㎡。
使用にあたっては国は費用の3分の2しか負担していない。

韓国のNTCである泰陵の総面積は31万㎡、強化指定選手、コーチはもちろん無料で使用できるどころか、選手には聨合の記事にあるように日当が4万ウォン支払われる。
ここにインドアのロングトラックのスケート場が完成し、バンクーバーのスピードスケートだけで3個の金メダルを獲ったことは記憶に新しい。
そして、今年の6月にはソウルの南110キロに総面積104万㎡の第2NTCがオープンする予定もある。

韓国では五輪メダリストには、毎月最高100万ウォンの年金が生涯支給されているのだが、最高額を受け取っている(元)選手だけで1000人を超している。
一方の日本は、当然ながら五輪金メダリストにも特別な年金はない。
1992年以降のメダリストに対し、JOCからの報奨金が金メダル300万円、銀メダル200万円、銅メダル100万円与えられるに過ぎない。

参考のために申し上げるが、1988年ソウル五輪以降の11回の夏冬五輪の金メダル争いで、日本が韓国を上回ったのは1998年の長野五輪と2004年のアテネ五輪の2回しかない。

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January 24, 2012

今日からロンドン五輪水球アジア予選

1月24日から男女の水球の五輪予選が始まる。
男子の水球が出場した最後の五輪は、1984年のロサンゼルス五輪。
本当は、世界予選で11位(参加12カ国)だったが、ソ連、ハンガリー、キューバが不参加となり繰り上げ出場となった。
結果はブラジルに勝っただけの11位。
一方、これまでの五輪出場は7回。
1932年の4位という高順位があるが、参加5か国中4位。
日本は全敗していたのだが、ブラジルが失格となって4位に入っている。。

今回、28年ぶりの五輪出場が現実味を帯びているのは、
昨年の世界水泳でアジア最高の11位に入ったからだ。
このときはブラジルだけでなく、ルーマニアにも勝利した。
①イタリア②セルビア③クロアチア・・・11.日本 13.カザフスタン 15.中国(参加16カ国)

●アジア水球選手権
会場:千葉県国際総合水泳場 男女共にロンドンへの切符は1枚
男子:25日 日本対クウェート 26日 日本対カザフスタン 27日 日本対中国
女子:25日 日本対カザフスタン 26日 日本対中国

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December 27, 2011

2012年度のスポーツ関連予算決まる

12月24日に閣議決定された2012年度政府予算案の、スポーツ関係予算は今年度より4.4%増えて237億9300万円と過去最高になった。
今年6月にスポーツ基本法が成立し、国家戦略としてスポーツ立国を目指す体制が整ったことが追い風となった。
ロンドン五輪でメダル獲得が期待される競技を重点的に支援するマルチサポート事業は、今年度当初比約5億円増の27億4600万円となり、今年度と同額となったJOCへの補助金25億8800万円を初めて上回った。

とはいうものの、同じ文部科学省の扱いである文化庁の平成23年度の予算は1031億円、スポーツ予算のなんと4倍もの規模があるのだ。

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そして隣国のライバル、韓国はと比べてもとっても充分が額とはいえない。
韓国の2010年度スポーツ関連予算約7500億ウォン(約555億円=当時のレート)は、国の全体の予算の0.256%にあたる。
そしてこのうち2割が、韓国では極々少数のエリートスポーツ選手に配分されている。
一方、日本の同年度のスポーツ関連予算は約227億円で、日本の全予算の0.025%。
韓国とは桁が一つ違っている。

2005年にロンドン五輪招致に成功すると英国政府は、毎年1億ポンド(約136億円=当時のレート)の選手強化費を補助金として支出することを決めた。
その結果、約2億3500万ポンド(約320億円=当時)を使った北京五輪では、「ロンドン五輪でメダル獲得総数4位以内」という、「ミッション」を4年前倒しで達成してしまった。
特に2215万ポンド(約30億円)を投入した自転車では、北京の高温多湿が再現できる室内施設で練習し、金8個と圧勝している。

日本でも、JOCは2001年、国のスポーツ振興基本計画を受けて国際競技力向上を推進する「JOCゴールドプラン」を策定した。
1996年のアトランタ五輪で1.7%まで落ち込んだメダル獲得率(総メダル数に占める日本の獲得数の割合)を、2008年北京五輪で3.5%まで引き上げるというメダル倍増計画で、ジュニア世代からトップアスリートまでの一貫指導システム、競技団体間の連携、医・科学、情報・分析面からの支援体制の確立を図ることが主な内容だった。

結果、3・5%は北京の4年前のアテネ五輪(3・98%)でクリアしたのだが、北京では2・71%と再び下がっている。
北京五輪の年にできたナショナルトレーニングセンターも4年が経った。
ロンドン五輪では真価が問われる。

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メダル獲得率 
夏季大会 最高=東京5.8% 最低=アトランタ 1.7% 
冬季大会 最高=長野4.9% 最低=76年インスブルックなど0

*追記
来年度のスポーツ関連予算に、東京都が招致を目指す2020年夏季五輪での利用を視野に入れた国立霞ケ丘競技場改築調査費が、概算要求通り1億円が盛り込まれた。

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December 06, 2011

男子バレー植田辰哉監督続投を考える

男子バレーがW杯で2勝しかできなかった。
史上最低の10位(12か国中)で、さらにその前のアジア選手権でも5位と惨敗していても、監督の植田辰哉氏が解任されることはないという。

植田氏は北京五輪で全敗しても、16年ぶりに全日本を五輪に導いたことを評価され、北京後も続投となった。
女子の真鍋政義氏も同様で、2人は4年間の契約を結ぶ、ロンドン五輪終了までがその任期だ。
ただ、丸々4年間を任せるのではなく、2010年の世界選手権で「その契約を見直す」とあった。

世界選手権で女子は32年ぶりのメダルを獲得し、真鍋氏は文句なく続投。
植田氏率いる男子は、昨年のイタリア世界選手権の1次ラウンドでイタリアとイランに敗れエジプトに勝って辛うじて2次ラウンドに進出したものの、アルゼンチンとフランスに完敗して2次ラウンド敗退、24か国中13位タイという成績を残した。

世界選手権で勝った国、負けた国に注目して欲しい。
今回のW杯でも、フランス(出場していない)を除いて対戦し、その勝ち負けは全く変わっていないのだ。
190センチ前後の日本が、2m以上が普通の外国勢とまともに打ち合って勝てるわけがない。
なのに工夫が全くない。
ジャンプサーブもレシーブも肝心なところで必ずミス、植田氏から適切な指示が出ないのは、全く世界選手権もW杯も同じだ。
では、何故植田氏は続投となったか?
世界選手権に続いて行われた広州アジア大会で、日本が思いがけなく優勝したからだ。

アジア大会の日本は、2次ラウンドでインドに2-3、韓国に1-3に敗れ、F組4か国中3位で決勝トーナメントに辛うじて進出した。
ところが、準々決勝では中国に3-0、準決勝で韓国に3-2、決勝でイランに3-1で勝ち、金メダルを獲ってしまった。
そこが評価されて植田氏続投になったと思われる。
だが、ここでもよく見て欲しい。
アジア大会の2次ラウンドで負けたインド、韓国には今年のアジア選手権でも同じような形で敗れているのだ。
素人目に見ても、2年続けて世界の強豪どころか、同じアジアのライバル国にも負ける植田ジャパンに、来年6月の世界最終予選までに成長する余地があるとは思えない。

今回のW杯で2位になって五輪出場権を手にしたのはポーランド。
ポーランドは2010年の世界選手権では、日本と同じ13位タイに甘んじたチームだ。
ところが、今年2月からポーランド代表を率いた監督はイタリア人のアンドレア・アナスタージ氏。
アナスタージ氏は、北京五輪の最終予選でイタリア代表を率いた人物といえば思い出す人もあるかもしれない。
そのアナスタージ監督の下ポーランド代表は、今年欧州選手権3位、ワールドリーグ3位、そしてW杯では2位に入った。
ポーランドは1976年のモントリオール五輪の金メダル国。
が、その後の世界の趨勢からは乗り遅れ、五輪には出たり出なかったりを繰り返していた。
いわば日本と似たところがある。
監督を変えたことによって再生できたよい例とはならないだろうか。
ポーランドは2014年の世界選手権開催が決まっており、ロンドン五輪でも古豪復活となりそうだ。

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November 14, 2011

ロンドン五輪メーンスタジアムで世界陸上

ロンドン五輪のメーンスタジアムがウェンブリーであると思われている方がいるようだが、今回のロンドン五輪のメーンスタジアムは新設のスタジアムが使われる。
開・閉会式と陸上競技の会場となるが、五輪終了後は陸上競技のトラックを撤去、サッカー専用競技場とする案もある。ところが、11日に2017年世界陸上のメーン競技場に決定した。
少なくとも17年までは陸上競技場として残ることになった。
収容人数80000人総工費4億9600万ポンド=約615億円。
ロンドンにはほかにもサッカーの聖地ウェンブリースタジアム収容90000人(五輪ではサッカー決勝を予定)、ラグビーの聖地トゥイッケナム・スタジアム収容82000人があり、五輪スタジアムは3番目の規模となる。

●世界陸上メーン競技場
2017 ロンドン オリンピックスタジアム
2015 北京 国家体育場「鳥の巣」北京五輪メーンスタジアム
2013 モスクワ ルジニキ・スタジアム(旧称レーニン・スタジアム=モスクワ五輪メーンスタジアム)
2011 大邱 大邱スタジアム
2009 ベルリン オリンピアシュタディオン(ベルリン五輪メーンスタジアム)
2007 大阪 長居スタジアム
2005 ヘルシンキ ヘルシンキ・オリンピックスタジアム
2003 パリ フランス競技場(サンドニ 98W杯メーンスタジアム)
以下略

2012london


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October 19, 2011

ハンドボール女子 ロンドン五輪への道

▼初めての五輪正式種目 1976年

ハンドボールは、1936年のベルリン五輪で男子のみ正式種目に採用されたが、戦後は長い間五輪では行われず、1972年に復帰となる。そして、その4年後1976年モントリオール五輪で、女子も正式種目となった。
このとき女子のハンドボールに出場した国は僅かに6カ国、日本はアジア代表として参加するも5位に終わった。
実は、この大会以降本大会出場がない。

このモントリオール五輪のアジア予選は、日本で開催された。 しかも対戦相手がイスラエルであったため、複雑な中東情勢によるテロを配慮して、試合は会場も公表されない「無観客試合」で行われた。

この話はときどきメディアに顔を出す。
30年以上昔の話であり、多くの記録が残っていない試合であるためか、誤って伝えられている。
実際には、五輪予選ではなく、1975年に旧ソ連で行われた世界戦手権のアジア予選だった。
西アジア代表がイスラエル、東アジア代表が日本で、その内の1カ国が世界選手権へ、ということだったようだが、イスラエルはアラブ諸国から対戦を拒否され、何もしないで西アジア代表になった。
一方の日本も、今でこそハンドボール強国の韓国も当時はあまりに弱く、予選に参加することはなかった。
中国は未だIOCに復帰しておらず、ほかに東アジアで予選に出てくる国はなく、日本とイスラエルが出場権を争ったのだという。

2試合行われた日本対イスラエルの試合は、19-4、22-8で日本がともに勝利し、世界選手権の切符を手にした。
世界選手権では、上位4カ国 東ドイツ、ソビエト、ハンガリー、ルーマニアが五輪出場権を手にし、10位に終わった日本は、米国・ミルウォーキーで行われた世界最終予選にコマを進むことになる。
世界最終予選は、アメリカ(米大陸)、チュニジア(アフリカ)、日本(アジア)の3カ国から1カ国のみが五輪出場権を得るというシステムで、地力に勝る日本が、アメリカ、チュニジアを下し、最後の五輪出場権を手にした。

モントリオールの五輪本番で日本は、開催国のカナダに15-14と1点差で辛勝し5位、最下位を免れた。
ちなみにこの大会の日本女子の球技は、女子バレーが金メダル(8カ国参加)、女子バスケットが5位(6カ国参加)。
さらにいうならば、カナダ女子はバレー8位、ハンドボール6位、バスケット6位と実施された3種目のいずれも最下位というおまけが付いた。

▼中東の笛に振り回される 2008年

『中東の笛』を覚えているだろうか。
ハンドボールの国際試合で、審判が露骨なまでに中東諸国有利に笛を吹き、思うがままに勝敗を決めていた事象とをいう。
2007年8月にアルマトイで行われた北京五輪アジア予選は、①カザフスタン②韓国③日本の順になり、カザフスタンが五輪出場権を得た。
ところが、この後『中東の笛』が問題になり、国際ハンドボール連盟は再試合を決定、2008年1月に東京で日韓が争い、34-21で韓国が勝利し、五輪出場権を手にしたかに見えた。
が、スポーツ仲裁裁判所はこの試合を無効と認定、五輪出場権は、カザフスタンの手に戻ってしまった。

2008年3月に行われた最終予選は、12カ国が参加、4カ国ずつ3組に分かれ、各組上位2カ国が五輪出場権を得る。
日本はルーマニアに負け、ポーランドに勝ち、ハンガリーに負け32年ぶりの五輪出場はならなかった。
一方、同じく最終予選に回っていた韓国はコンゴに勝ち、フランスに引き分け、アイボリーコーストに勝ち7大会連続の五輪出場を果たした。

▼ロンドン五輪予選

ロンドン五輪の予選は、日韓が21日に全勝対決する公算が高い。
ハンドボール女子の五輪での実績は韓国が圧倒的にリードしている。
日本は韓国に対し、通算対戦成績では6勝40敗2分と大幅に負け越しているが、韓国人の黄慶泳監督(オムロン監督)就任以降は、2勝3敗1分。
中でも、広州アジア大会の準決勝では29-28で日本が勝利した。

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October 18, 2011

2011年第43回世界体操競技選手権大会 結果

20111
20112


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