ウインタースポーツ

February 25, 2017

平昌オリンピックをめざす韓国のアイスホッケー

札幌市と帯広市で開催されている冬季アジア大会、男子のアイスホッケーの日韓戦は4-1で韓国が勝利した。
冬季アジア大会が1986年に始まって以来8回目の歴史の中で、アイスホッケー日本男子代表が韓国に負けたのはこれが初めてだ。

●冬季アジア大会における男子アイスホッケー日韓戦の結果
2017年札幌大会
日本1-4韓国

2011年アスタナ/アルマトイ大会
日本6-1韓国

2007長春大会
日本3-0韓国

2003青森大会
日本11-2韓国

1999江原道大会
日本13-1韓国

1996ハルビン大会
日本6 –1韓国

1993年札幌大会
日本11 –7韓国

1986年札幌大会
日本20 –1韓国

元々韓国でアイスホッケーは盛んではなく、五輪開催国でありながら出場出来ない可能性もあった。
アジア大会でも日本にとっては、好敵手というには程遠い存在だった。
ところが、特に男子は急速に実力を付け、男女ともに開催国枠での韓国の出場が決まった。

短期間にアイスホッケーの強化を図るにはどうしたら良いか。
彼等がモデルとするのはもちろん日本である。

1960年から6大会連続五輪出場を果たしてきた日本代表も、1980年を最後に五輪の舞台に立てなくなり、1991年に長野五輪開催が決定した当時、その競争力は落ちていた。
地元の五輪で恥ずかしくない成績を求める声に、日系カナダ人を呼び、帰化してもらい、代表チームを強化することを実践した。

ライアン•藤田、ダスティ妹尾、マシュー•樺山、ライアン•桑原、スティーブ辻占、クリス•ユールといった日本にルーツを持つカナダ人が日本代表に加わり、日本は長野五輪で1勝(オーストリア戦)を挙げ、14か国中13位となった。

韓国でも代表チームの強化のために、外国人選手の帰化を進めることを決めた。
韓国では最近、特別帰化制度とよばれる制度が始まっている。

◆特別帰化=特定分野で優秀な能力を保持しており韓国の国益に寄与するものと認められる場合、特に国籍を付与する制度。一般帰化とは違い、既存の国籍を放棄しなくても良い。

この制度により5人のカナダ人と1人の米国人のアイスホッケー選手が韓国籍を取得した。
元々の国籍を放棄することなく二重国籍。
以下の6名である。

エリック・リーガン(カナダ)
マイケル・スイフト(カナダ)
マット・ダルトン(カナダ)
ブライアン・ヤング(カナダ)
ブロック・ラダンスキー(カナダ)
マイク・テストウィード(米国)

現在開催中の札幌冬季アジア大会には、ブロック・ラダンスキーを除く5名が韓国代表に名を連ねている。

しかし、アイスホッケーは代表チーム同士の実力差があまりにも大きく、先述の長野五輪の日本以外にも、2006年トリノ五輪を開催したイタリアは、11人も帰化選手を獲得した。
1992年のアルベールビル五輪にもフランス系カナダ人がメンバーにいたはずだ。

平昌五輪を控える韓国代表が、少し違うのは、韓国系カナダ人ではない、「白人」のカナダ人をメンバーに入れていること。
来年、平昌五輪本番で初めてアイスホッケーを見る韓国人は、違和感を感じないだろうか。

欧米のメディアも「青い目の韓国代表」には興味があるらしく、ニューヨークタイムスはマイク・テストウィードにインタビューしている。

「今はまだ私は正しい選択をしたのか疑問を感じる時があるが、韓国選手としてプレーすることは、大きな責任感が続くことであり、巨大なプレッシャーを感じている。韓国人たちは、平昌で、私たちが戦う相手を知らない。彼らは、帰化選手を連れて来たので、カナダとも対等に戦えると思っている。」と話している。

ニューヨークタイムスの記事は、韓国の帰化選手たちはアイデンティティの混乱に加えてアイスホッケーへの無関心、またそれとは正反対の過度な期待と戦っていると付け加えている。


●参考記事
平昌の真実Ⅳ 韓国のアイスホッケーは地元開催のオリンピックに出場できるか?

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February 14, 2017

小平奈緒 五輪本番のリンクで500m平地世界最高記録

先日、スピードスケート世界距離別選手権が開催された江陵オーバルは、来年の平昌五輪のスピードスケート競技の会場だ。
8000人が収容でき、その建設費は1260億ウォン(117億円)に上る。

女子500mで日本人女子として同選手権初の優勝となった小平奈緒。
優勝タイムの37秒13は、自身の日本記録を0秒16縮める日本新記録だった。

今でこそ、スピードスケートは室内リンクで行うのが当たり前の競技になったが、五輪で室内リンクが初めて使われたのは1988年のカルガリー五輪だ。
それまで、天候に泣かされてきたスピードスケートにとって革命的なリンクであった。
好記録が出やすい点と、天候によるスケジュール変更があり得ない点が、テレビ放映に歓迎された。

先の小平奈緒の日本新記録は、世界歴代9位タイの好記録だ。
歴代10傑の中に小平の記録を含めてソルトレイクシティで出された記録が8つ。
カルガリーで出された記録が1つ。

Joshi500

陸上競技と同様に、スピードスケートも、高地であれば空気抵抗が少なく好記録が出やすい。
ソルトレークシティのリンクは標高1425m、カルガリーのリンクは1034m。
この30年近くの間、世界記録はほぼこのどちらかのリンクで生まれてきた。

では、江陵オーバルの標高は何mか?
41mしかない。

ちなみに長野五輪の会場だったMウェーブは標高342m、
ソチ五輪の室内リンクは標高5mでしかなかった。

が、江陵オーバルは、リンクに沿って風が舞い、常に追い風にあるという。
コーナーでもスピードが落ちずに選手にも好評であると聞く。

言うなれば、今回の小平の日本新記録は平地での世界最高記録である。
五輪3連覇を狙う李相花にも今季は一度も負けていない。

平昌五輪からは男女のマススタートも正式種目になった。
高木姉妹も調子が良さそうで、一年後が楽しみである。


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January 06, 2017

アルペンワールドカップで韓国のチョン・ドンヒョンが14位

平昌冬季五輪まで1年。
韓国のアルペンスキーの選手が、FISワールドカップで初めてポイントを獲った。

選手の名前はチョン・ドンヒョン29歳。
1月6日未明 クロアチアのザグレブで行われた男子回転で14位に入った。
回転競技は2本滑り、その合計で順位が付く。
ザグレブでは、75人が出場、チョン・ドンヒョンは1本目に17位に入り、上位30選手で争われる2本目に進み、合計タイムは14位の2分02秒62。
優勝したマンフレッド・モデルエルグとは2秒59の差だった。

韓国と言えば、ショートトラックそしてスピードスケート(ロングトラック)であり、金妍兒の引退後はフィギュアスケートにも有望な選手はいない。

が、ポテンシャルの高い人材を発掘し、少数精鋭で鍛え上げるのは得意とするところで、ボブスレー、リュージュ、スケルトンといったソリ系種目でも有望な選手が出ており、五輪本番では上位に入る可能性がある。

その一方で、スキー系、特にアルペンを強化することは簡単ではなく、一朝一夕でメダル争いをするような選手を排出することは不可能だ。

このチョン・ドンヒョンもポットと現れた訳ではなく、2010年のバンクーバー五輪から出場しており、平昌が3回目の五輪出場になる。
ただし、過去2回の五輪では、ソチ五輪の大回転で41位が最高だ。

韓国における世界的なアルペン選手は、事実上この選手一人。
一人の選手を、韓国人の監督とコーチ、オーストリア人のコーチ、ワックスマン、さらには理学療法士の5人によるチームが支えている。

このザグレブの回転には、日本から河野恭介と湯浅直樹も出場した。
河野は1本目にコースアウト、湯浅は18位だった。

2006年のトリノ五輪には男子5、女子3の8選手が参加した日本アルペン陣だが、バンクーバー五輪では佐々木明と皆川賢太郎、ソチ五輪では佐々木明と湯浅直樹の2名ずつしか参加していない。
今季の回転で10位、8位、18位と好調の湯浅だが、既に33歳。

有望な若手選手はなかなか出て来ない。

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December 26, 2016

22歳になった高木美帆

スピードスケートは五輪で男子、女子ともに5種目ずつ実施されている。
男子は1976年に1000mが追加され、女子は1988年に5000mが追加されて5種目になっている。
もっとも女子のスピードスケートは1960年から始まり、1924年から正式種目である男子よりも歴史は短い。

近年、種目の専門化が進み、短距離と長距離の両方こなす選手はいなくなった。
1980年、レークプラッシド五輪で500mから10000mまですべて金メダルを獲ったのはエリック・ハイデン。
実は、最近まで全種目制覇は五輪史上ハイデンが唯一、と思っていたが、もう一人いた。
1964年のリディア・スコブリコーワ(旧ソ連)である。
この時代はの女子は5000mが未実施であったため、4冠王ということになる。

▼4冠王スコブリコーワ 
スコブリコーワは、冬季五輪史上女子のスピードスケートが最初に採用された1960年のスコーバレー五輪の1500mと3000mで金メダルを獲った。
元々は中長距離が得意だったようだ。

1964年のインスブルック五輪の前年、1963年に軽井沢で開催された世界選手権で500m、1000m、1500m、3000mの4種目制覇をやってのけると、インスブルック五輪での4冠の期待が膨らみ始めた。
五輪初日に苦手な500mで同僚のエゴロワに0.4秒差で圧勝すると、4冠達成はいとも簡単に成し遂げられた。
スコーバレー五輪での2個の金メダルと合わせ、冬季五輪6個の金メダルは今も最多タイとして記録に残る。
このインスブルック五輪3000mでHan Pil-Hwa(韓弼花)という選手が銀メダルを獲っている。
この選手は北朝鮮の選手で、五輪のスピードスケート史上アジアで最初にメダルを獲った選手である。

▼22歳になった高木美帆
2010年のバンクーバー五輪に15歳で日本代表に選ばれたのが高木美帆。
1000mが35位(最下位)、1500mが23位と振るわなかったが、当時は中学3年生、史上最年少の日本代表選手と騒がれた。

順調に成長するかと思われたが、19歳で迎えた2014年のソチ五輪は代表落選。
が、日体大4年になった現在は、オールラウンダーとしてスケート界の中心にいる。

先に行われた全日本選手権で全4種目で優勝の完全優勝で、田畑真紀以来14年ぶり史上7人目の快挙を達成した。
全日本選手権女子は500m、3000m、1500m、5000mの4種目で、五輪で行われる3000mは実施しない。

●全日本選手権で全4種目で優勝の完全優勝を達成した選手
江島八重子
渡辺公子
高見澤初枝
鷹野靖子
橋本聖子
田畑真紀
高木美帆

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November 16, 2016

今季も中心は44歳葛西紀明

ウィンタースポーツの季節になった。
男子のスキー・ジャンプは、今年も葛西紀明が中心である。

葛西紀明は1972年6月6日生まれの44歳。
1972年というのは、札幌五輪の開催された年だから、如何に長くこの競技を続けているかが判る。
1994年のリレハンメル五輪ジャンプ団体の銀メダリストの一人であるが、そこから20年経った昨年のソチ五輪の個人LHで銀、団体で銅メダルを獲った。

W杯に初めて参戦したのは、東海大四高校(現東海大札幌)1年時の1988/89シーズン、札幌大会に16歳6ヶ月の史上最年少(当時)で出場した。
それから27年、世界の第一線で飛び続けている。
この葛西の例は、ジャンプ以外のあらゆる競技を含めても異例であり、国内外からレジェンドと尊敬を集め称されている。

跳び続けたW杯の502戦は、もちろんギネス世界記録。
2位はフィンランドのヤンネ・アホネンの399戦、3位はスイスのシモン・アマンの357戦だが、100戦以上の差がある。

●ジャンプW杯出場試合数
①葛西紀明 502戦 17勝
②ヤンネ・アホネン 399戦 36勝
③シモン・アマン 358戦 23勝
④ウルフギャング・ロイツル 356戦 4勝
⑤ロアル・ヨケルソイ 350戦 11勝

 マルティン・シュミット 292戦 28勝
 マッチ・ハウタマキ 289戦 16勝
 アンドレアス・ゴルドベルガ― 288戦 20勝
 トーマス・モルゲンシュテルン 245戦 23勝
 アダム・マリシュ 261戦 39勝
 グレゴア・シュリーレンツァウアー 215戦 53勝
 伊東大貴 241戦 4勝
 船木和貴 238戦 15勝
 原田雅彦 211戦 9勝
 岡部孝信 215戦 5勝
 宮平秀治 181戦 1勝
 イェンス・バイスフロク 191戦 33勝
 マッチ・ニッカネン 143戦 46勝

葛西は、2014年11月には通算17勝目を挙げ、W杯最年長勝利を42歳5か月に更新した。
2015年3月の昨季第25戦では3位に入り、最年長表彰台記録をも43歳8カ月に塗り替えた。
ほかにも通算勝利17勝は15位。
通算表彰台61回は9位。
10位以内に入った試合数は205回の2位など数々の記録を持っている。

恐らくは桁外れのプロ意識の持ち主なのだろうが、日本人選手で葛西に次ぐのが伊東大貴の241戦 4勝であり、その伊東も30歳を超えた。
葛西を超える選手が出て来ないことも長く活躍している要因のひとつだろう。

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February 08, 2016

スキーのW杯 日本人最多勝利は高梨沙羅の41勝 続くのは荻原健司の19勝

W杯を冠したスキーの競技会は多く存在する。
アルペンスキーが最も古く、1966年~67年のシーズンに始まった。
他種目に比べても随分と古い。

当時アルペンスキー界は4年に一度の冬季五輪、2年に一度の世界選手権、そして3大クラシックといわれるアールベルク・カンダハー、ラウバーホルン、ハーネンカムの競技会があった。
この3大クラシックを含めて、アルペンスキーのシーズンの王者を決めようとW杯が始まった。
そのモデルとなったのは自転車のツールドフランスだったといわれている。

その後、他種目でも生まれたウィンタースポーツのW杯は、いずれもシーズンを通してチャンピオンを決めようとするもので、ジャンプが1980年から、クロスカントリーが1982年から、ノルディック複合が1983年のシーズンから始まった。

日本勢のW杯初勝利は1980年1月、札幌・大倉山で開かれたジャンプ90m級(LH)の八木弘和氏で、ひと月後のレークプラシッド五輪70m級(NH)で銀メダルに輝いた。

競技別にみると、ジャンプの103勝がトップ。複合が29勝、モーグルが12勝。
世界の壁が立ちはだかるクロスカントリーとアルペンは未勝利。(スノーボードも10勝以上勝っているが詳細不明。)

日本人選手の最多勝はジャンプ女子の高梨沙羅の41勝。(2016年2月6日現在)
続いて複合の荻原健司が92~96年の4シーズンで挙げた19勝。
43歳のジャンプの葛西紀明が17勝、長野五輪金メダリスト船木和喜が15勝と続く。

モーグルでは五輪で金、銅メダルを獲った里谷多英が2勝であるのに対し、五輪では4位が最高順位の上村愛子が10勝を挙げている。

ちなみにジャンプの最多勝はグレゴア・シュリーレンツァウアー(オーストリア)の52勝、不倒の勝利数と言われたマッチ・ニッカネン(フィンランド)は46勝。
高梨がこの調子で行くと、今季中にニッカネンを超える可能性がある。
 
ノルディック複合では、ハンヌ・マンニネン(フィンランド)が48勝、かつて最多勝利だった19勝の荻原健司は9位まで落ちている。

ちなみにアルペン界での最多勝はインゲマル・ステンマルク(スウェーデン)の86勝。
これを超える選手は出てこないだろうと思っていたが、リンゼイ・ボン(米国)が76勝で背中が見えて来た。

●スキーW杯日本人勝利数
Fiswc


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November 17, 2015

ロシア選手がスピードスケートで世界新もドーピングの影がつきまとう

11月15日にカナダ・カルガリーで行われたスピードスケートのW杯男子500mで、パベル・クリズニコフ(ロシア21歳)が34.00の世界新記録を出した。
これまでの記録は、カナダのジェレミー・ウォザースプーンが2007年に出した34.03。
この記録をを8年ぶりに更新した。

ロシア、世界新と聞くといやな気分になる人も多いだろう。
陸上競技でドーピング疑惑に揺れるロシア。
陸上以外の競技の選手も当然白い目で見られている。

加えてパベル・クリズニコフは、2012年に帯広で行われた世界ジュニア選手権で、1000mに優勝、500mも3位に入ったが、レース後にメチルヘキサナミンに陽性となり、2年間の資格停止処分となった。
この2年の間には、地元開催のソチ五輪があったことは言うまでもない。

クリズニコフが陽性となったメチルヘキサナミンは、鼻づまり治療のための鼻孔充血抑制薬として用いられていた薬だが、興奮剤としてWADAによって禁止薬物に加えられた。
クリズニコフは、陽性発覚後、風邪のための鼻スプレーの薬物として用いたと主張した。が、当然通らなかった。

ドーピングによる資格停止が解けて、今年2月、オランダ・ヘーレンフェインで行われた世界距離別選手権に出場したパベル・クリズニコフは、①34.38、②34.54の驚異的な記録をそろえて初制覇をしており、現役最強のスプリンターであることは誰しもが認めること。

ご存知のように、ソチ五輪の男子のスピードスケートはオランダが圧勝し、日本もロシアも惨敗だった。
クリズニコフもどこかで唇をかみしめていたのかもしれない。

とはいうものの、今回のロシアのように大掛かりなドーピングが発覚すると、その国の他競技にまで影響が及ぼされるいい例だ。

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July 30, 2015

北京かアルマトイか 2022年冬季オリンピック開催地明日決定

7月31日に2022年の冬季五輪開催都市が決定される。
立候補しているのは北京とアルマトイの2都市のみ。

元々は2018年の開催地を平昌と争ったミュンヘン(ドイツ)のほかサンモリッツ(スイス)、クラクフ(ポーランド)、リビウ(ウクライナ)、オスロ(ノルウェー)、ストックホルム(スウェーデン)の8都市が名乗りを上げていた。

この内、ミュンヘンとサンモリッツは地元市民の反対で立候補を取り下げ、ストックホルム、クラクフ、リビウも立候補を断念。

IOCの第1次選考を通過後に、オスロが国内の賛成が得られないことを理由に立候補を辞退した。
オスロは、1952年に冬季五輪を開催した大本命のはずだったが、ノルウェー国民への世論調査でも60%が五輪開催に反対を表明し、政府が辞退を決めた。
ノルウェーは、史上最高の冬季五輪と言われるリレハンメル五輪(1994年)の実績もあったが、今回は世論が盛り上がらなかった。

その理由のひとつに昨年のソチ五輪がある。
ロシア政府は、ソチ五輪のために5兆円とも7.5兆円とも言われる投資をし、それを目の当たりにした欧州各国の立候補都市は尻込みしてしまった。

北京はご存知のように2008年の夏季五輪の開催地。
北京市内でスケート競技を、河北省張家口で雪上競技を行う広域開催になる。
北京から張家口まで距離にして150キロある。
東京から150キロというと南アルプスの長野側~諏訪湖の手前あたりになる。
言わば東京五輪で、長野五輪の施設を使うみたいなものだ。

大国の中国政府が付いているから、開催に問題はなさそうだが、2018年に平昌冬季五輪、2020年に東京五輪と続いた後、にアジアで三たび五輪を開催することにIOCとしても抵抗があるのは間違いない。


現在スピードスケートと言うと、屋内のスケート場を思い浮かべるだろう。
だが、最初にスピードスケートを屋内で実施したのはカルガリー五輪(1988年)。
現在のスピードスケートの世界記録はここか、リレハンメルのハーマルでほとんどが出されている。

カルガリー五輪以前にも「世界記録製造リンク」と呼ばれるスケート場があった。
その名はメデオ
標高1691mの高地、リンクを林が覆い風が遮られた。
昔からスピードスケートをよく見ている方なら、メデオの名前を聞いただけで涙が出るのではないか。
メデオは旧ソ連の科学の英知を結集させたようなイメージの施設だったが、実はアルマトイの郊外にある。
五輪開催が決まれば、屋外リンクに屋根を付ける。

アルマトイは天山山脈の北側に位置し、市内近郊にスキーリゾートがある。
12月になれば良質の天然雪が積もり、環境に優しい。

ソチ、平昌と人工雪の五輪が続き、さらに北京で人工雪の中のスキーは見たくない。
恐らく世界中のスキー関係者がそう思っているだろう。
が、IOC委員のすべてがウィンタースポーツに詳しいわけではない。
アフリカや、東南アジア、中南米の出身の委員も多くいる。
彼らはスキーが人工雪で行われようが、天然雪で行われようがあまり気にしていないのではないだろうか。

とするとやはり北京が有利。
でも北京から張家口まで150キロは遠すぎる。


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April 01, 2015

羽生結弦の今季の賞金は68,000ドル フェルナンデスに及ばず

先に行われていたフィギュアスケートの世界選手権には以下の11の企業が公式スポンサーとして名を連ねている。
その内日本企業が8社を占めた。

 アコム (日本)
 全日空 (日本)
 キャノン (日本)
 セリエ・デ・ドーファン (フランス)⇒(フランスワイン)
 シチズン (日本)
 ギノー (フランス)⇒(化粧品)
 木下グループ (日本)
 コーセー (日本 )
 マルハン (日本)
 マリコール (フランス)⇒(エステティック・ブランド)
 リンナイ (日本)

時計メーカーのシチズンは、1982年からISUのスポンサーを務めており、最も古いスポンサーだそうだ。
今年目についたのはリンナイ。
世界フィギュアの開催地が上海だったため、漢字によるロゴもあったがなんと「林内」。
もっとも林兼吉氏と内藤秀次郎氏の二人の創業者から一文字ずつ取った企業名で、中華圏においては林内が正式名称だそうだ。

この世界フィギュアをもって、今季のフィギュアスケートのシーズンは終了したが、主な選手の獲得した賞金を計算してみた。

Isu
金額はすべて米ドル

世界選手権と欧州選手権の両方を制したフェルナンデスが、賞金総額でも羽生を圧倒した。
アジアや米国勢にとって、欧州選手権に該当する大会として、四大陸選手権があるが、各国共にトップに準ずる選手を派遣する傾向にあるため、今季は特に差が大きくなった。


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March 25, 2015

葛西紀明今季の賞金は1527万円

Fisski


東京では桜の咲き始める3月の下旬は、スキー競技の終了する季節でもある。
FIS(国際スキー連盟)主催のW杯に参戦していた日本人選手の戦績も出揃った。
当然のことながらFISのW杯には賞金が出るのだが、日本ではあまり獲得した金額について詳細に語られることはない。

今季も最も高額の賞金を稼いだのはやはりジャンプの葛西紀明。
今季も1勝を挙げ、W杯最年長優勝の記録も塗り替えた葛西の賞金は、総合6位で約1527万円。
先にも伝えたように今季は6勝に留まり、通算勝利数を30に伸ばしたものの、高梨沙羅は3季連続の総合優勝には及ばず2位で348万円を獲得。
世界ノルディックで2位になった伊藤有希は、W杯は未勝利で163万円を獲得。
ノルディック複合の渡部暁斗は、今季終盤に2勝を挙げ総合2位に入った。
ただし、団体の賞金が欧州勢に劣り、獲得賞金589万円は4位になる。

前回のポストではスピードスケートの小平奈緒が、日本勢としては24年ぶりにW杯500mの種目別優勝し、他と合わせて今季の賞金が295万円という記事を書いた。
3月23日の新聞各紙は、小平優勝がかなり大きな記事になっている。
が、その脇に、女子ゴルフのTポイントレディスに飯島茜が優勝、の記事があるのだが、飯島の優勝賞金が1260万円。

小平が半年がかり、いやオランダに留学して1年がかりで獲得した295万円の4倍も1回のツアーで獲ってしまうとは…ゴルフってやっぱり凄い。
でも、来年のリオデジャネイロ五輪からは、そのゴルフも正式種目になる。


Kodairaasahi



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