陸上競技

August 08, 2018

アジア大会の記憶② 室伏広治 アジア大会、五輪を続けて制す

ハンマー投げの1964年東京五輪以降のアジア大会とその2年後の五輪の優勝者を並べてみた。
アジア大会におけるハンマー投げは、室伏重信、広治さん親子が合計7回優勝している。
重信氏は66年大会では菅原武男氏(メキシコ五輪4位)に次いで2位に入っており、6回出場して5回連続金メダルという前人未到の記録を持つ。
4連覇したニューデリー大会ではOCAから特別表彰もされた
広治氏は1994年の広島アジア大会では、中国の畢忠に及ばず2位だったものの1998年、2002年と2連覇、さらに2004年のアテネ五輪でも金メダルを獲った。

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前回のエントリーで、高橋尚子氏が、1998年のバンコクアジア大会、2000年シドニー五輪の両方を制したことを紹介したが、体格で劣るアジアの選手が、投擲競技でアジア大会と2年後の五輪の両方に金メダルを獲るとはまさに快挙であった。
ところが、2006年広州アジア大会から同種目に3連覇していたナザロフ(タジキスタン)が仁川アジア大会とリオデジャネイロ五輪の両大会を制した。
リオでのナザロフの記録は78.68mと32年ぶりに80mに届かなかったが、室伏広治氏に続く快挙だ。
ドーピング検査が厳しくなり、疑惑の選手が出場できなくなったことも快挙の理由にあると見られている。
現在36歳のナザロフは現役で、ジャカルタアジア大会では同種目4連覇に挑むことになる。


陸上競技でアジア大会を制し、2年後に五輪金メダリストになった選手たちが少しずつ出ている。
世界に比べてアジアのレベルが高くないと陸上競技ではされていたが、ソ連崩壊後、中央アジアの選手がアジアから参加していること、中国の台頭などが背景にある。

●1998年バンコクアジア大会-2000年シドニー五輪
*高橋尚子(日本)女子マラソン
アジア大会2:21:47、五輪2:23:14
*オルガ・シシギナ(カザフスタン)100m障害
アジア大会12秒63、五輪12秒65

●2002年釜山アジア大会-2004年アテネ五輪
*劉翔(中国)110m障害
アジア大会13秒27、五輪12秒91
*室伏広治(日本)ハンマー投げ
アジア大会78m72、五輪82m91

●2010年広州アジア大会-2012年ロンドン五輪
*オリガ・リパコワ(カザフスタン)女子三段跳び
アジア大会14.53m、五輪14.98m

●2014年仁川アジア大会-2016年リオデジャネイロ五輪
*王鎮(中国) 男子20㎞競歩
*劉虹(中国) 女子20㎞競歩
*ジルショド・ナザロフ(タジキスタン) ハンマー投げ
アジア大会78m55、五輪78.68m

上記以外に、男子マラソンの黄永祚(韓国)が、1992年バルセロナ五輪-94年広島アジア大会ともに金メダルという逆のケースもある。

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August 01, 2018

アジア大会の記憶① 1998年高橋尚子世界デビュー

1998年は、スポーツの大きなイベントが目白押しだった。
2月には長野五輪、6月にはフランスW杯、そして12月にはバンコクでアジア大会が開かれた。

アジア大会の女子のマラソンは、開会式の行われた12月6日の朝6時30分にスタートした。
12月とは言え、バンコクは暑い。
スタート時の気温は25.5℃ 湿度は75%以上
元々エントリーしていたのは僅かに12名だったがゴールまでたどり着いたのは10名だった。
誰もが優勝候補と目していたのは、この年今年3月の名古屋女子マラソンで2時間25分48秒の日本最高を出した高橋尚子(当時26歳)
8月から約3カ月間、米コロラド州ボルダーで高地練習をこなし準備は万全。が、11月29日に積水化学のメンバーとして全日本実業団女子駅伝を走ったばかりで、1週間しか間隔がないことと、日本の真夏にも匹敵する暑さが気がかりだった。

スタート時の天気は曇りで、幾分楽だったが、時間とともに天候は回復する。
レース後半の気温は30度を超え、湿度は90%。これはキツイ。
アジア大会ならではの過酷な条件だった。

当時の女子マラソンの世界記録はテグラ・ロルーペ(ケニヤ)の持つ2時間20分47。
1998年4月19日に出された記録であり、灼熱のバンコクとは比べ物にならない条件下だ。
もちろん、バンコクにペースメーカーなどいない。
が、高橋は35㎞過ぎまでロルーペの世界記録を上回っていた。
気温がどんどん上がり、体力の消耗が見て取れる中ゴール。

それでも、当時世界歴代5位に相当する2時間21分47秒の日本最高記録だった。
2位のキムに13分以上の差を付ける圧勝だった。

12月20日に行われた男子マラソンで4位に入った京大工学部出身の佐々勤の記録は2時間20分15秒。
高橋とあまり変わらない。

この2年後の2000年9月24日。
シドニー五輪女子マラソンの優勝者はもちろん高橋尚子。
記録は2時間23分14秒。(当時の五輪新記録)

●1998年バンコクアジア大会女子マラソン
①高橋直子(日本)2:21:47
②キム・チャンオク( 北朝鮮)2:34:55
③甲斐智子(日本)2:35:01

なお、高橋尚子以降、アジア大会の女子マラソンに日本人選手は優勝していない。
また、高橋アジア大会の大会記録は、未だに破られていない。

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June 27, 2018

8月のアジア大会男子陸上100mで日本人選手は果たして勝てるのか?

リオデジャネイロ五輪の陸上400リレーで銀メダルを獲った4人の内、アジア大会で金メダルを獲ったことがあるのは誰でしょう。

①山縣亮太
②飯塚翔太
③桐生祥秀
④ケンブリッジ飛鳥

全日本陸上選手権に先駆けてマドリードで開催された競技会の男子100mで、中国の蘇炳添が何と9.91の中国新記録をたたき出した。
この記録は、ナイジェリア国籍からカタール国籍に変更したフェミ・オグノデの持つアジア記録とタイ記録である。
この結果、桐生祥秀の9.98の日本記録は、アジア歴代8位となった。 

4年前のアジア大会は、韓国の仁川で開かれた。
この2年後のリオ五輪の400mリレーで銀メダルを獲る4人のうち、桐生とケンブリッジは出場を辞退。
アジア大会初出場だった山縣亮太は
100mは6位
400mリレーは2位。

同じく初出場だった飯塚翔太は
200mは4位
4100mリレーは2位
1600mリレーは金メダルを獲った。

答え:飯塚翔太


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2014年仁川アジア大会100m決勝 優勝オグノデ 3位高瀬(右) 6位山縣(左)

日本は、アジアの中では短距離王国であり、五輪や世界陸上でも活躍している。
確かにその通りだが、400mリレーで戦後初めて決勝に残ったのは、五輪では1992年のバルセロナ大会、世界陸上は1995年のイエテボリ大会だ。
それ以前は、健闘こそしても準決勝が精一杯だった。
もちろん100mで戦後、決勝に出た選手はない。
1932年のロサンゼルス五輪で吉岡隆徳さんが決勝に進出、6位になったのが今をもって最高記録だ。

アジア大会においても思いのほか100mの金メダルは獲っていない。
それでも、最も印象深いのは、伊東浩司さんが優勝した1998年バンコク大会だ。
準決勝では、今なお日本歴代2位の記録として残る10.00を出し、決勝では10.05で優勝した。
伊東さんはこの大会で100m、200m、400mリレーと3冠に輝くのだが、伊東さん以前にアジア大会の100mを制したのは、1970年大会の神野正英さんまで遡らなければならない。
神野さんのあとはなかなかタイ勢に勝てなかった。
カタールのタラル・マンスールのように1986年~94年まで3連覇した超人もいた。

北京五輪銀メダル(今年正式に繰り上がった)の4人に中でも塚原直貴氏が2006年大会で銀。
朝原宣治氏も2002年大会で銀に終わっている。
但し、200mで末続伸吾が2002年、2006年と2大会連続金メダルを獲っている。


下記のように男子は1998年以来20年間金メダルから遠ざかっている。
東京五輪を2年後に控え、日本人選手は金メダルに届くだろうか。

●アジア大会における100m優勝者と、日本人選手の最高順位
1966年 バンコク大会
男子)
①マニカヴァサガラン・ジェガセサン(MAS)10.49
②神野正英(日本)10.52
 
1970年 バンコク大会
男子)
①神野正英(日本)10.5
 
1974年 テヘラン大会
①アナト・ラタナポール (THA)10.42A
②神野正英 (JPN)10.55A

1978年 バンコク大会
①スチャート (THA)10.44

1982年 ニューデリー大会
①ラブアン・ピット (MAS)10.68

1986年 ソウル大会
①タラル・マンスール (QAT)10.30

1990年 北京大会
①タラル・マンスール (QAT)10.30

1994年 広島大会
①タラル・マンスール (QAT)10.18

1998年 バンコク大会
①伊東浩司 (日本)10.05

2002年 釜山大会
①ジャマル・アル=サファル(KSA) 10.24
②朝原宣治 (JPN)10.29

2006年 ドーハ大会
①ヤヒヤ・ハッサン・ハビーブ (KSA)10.32
②塚原直貴(JPN) 10.34

2010年 広州大会
①労義(CHN)10.24

2014年 仁川大会
①フェミ・オグノデ(QAT)9.93

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May 25, 2018

陸上男子4×100mリレー 日本歴代15傑とアジア大会結果

5月20日に、大阪市のヤンマースタジアム長居で行われたセイコーゴールデングランプリ陸上2018大阪、オープン種目として行われた男子400mリレーでは、リオデジャネイロ五輪で銀メダルを獲得した4選手(山県亮太、飯塚翔太、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥)が日本Aとして出場。日本記録37秒60に0秒25差に迫る37秒85の日本歴代3位の大会新で優勝した。

日本歴代1・2位はいずれもリオ五輪の予選、決勝で出した記録。
20日の記録は、北京五輪銅メダル、ロンドン世界陸上(17年)銅メダルなどの記録をも超える快記録だった。

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アジア大会は、今年8月ジャカルタで開催される。
日本チームは、伊東浩司さんが活躍した1998年バンコク大会以来優勝していない。

これまでの日本チーム メンバーは以下の通り
2014年 山縣亮太 飯塚 翔太 髙平 慎士 髙瀬慧
2010年 江里口匡史 髙平慎士 安孫子充裕 藤光 謙司
 この時の日本チームは痛恨のバトンミスをし47.14。13か国中10位で予選敗退した。
2006年 塚原直貴 末續慎吾 大前祐介 高平慎士
2002年 宮崎久 末續慎吾 土江寛裕 朝原宣治
1998年 大槻康勝 久保田信 土江寛裕 伊東浩司
1994年 中村哲也 伊藤喜剛 井上悟 伊東浩司

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September 15, 2017

東京オリンピックは本当に開催されるのか?

東京に続く2024年、28年の二つの夏季五輪開催地が、パリとロサンゼルスに決定した。

カネのかかりすぎる五輪開催に意欲的な都市が激減したことを踏まえ、IOCが2大会の開催地を一度に決めたのだ。

ところが、IOCの中心的メンバーだった人物が、リオデジャネイロ、東京の招致運動の前後に、高額の時計や宝石を購入していたという調査結果が出ており、買収目的の資金が渡った可能性があるとの結論を出したことが分かった。英紙ガーディアンが14日報じた。

前国際陸連IAAF会長のラミーヌ・ディアク(セネガル)は、急死したプリモ・ネビオロ(イタリア)の後を受けてIAAFの会長に就き16年(1999年11月から2015年)に渡って務めた。

2020年夏季五輪の開催地が東京に決まったブエノスアイレスでIOC総会が行われた2013年、10人の陸上競技出身のIOC委員がいた。
ラミーヌ・ディアクにとって彼らを束ねることは多分難しくなかったのだろう。

東京五輪招致の裏金の問題のそもそもの発端は、女子マラソンのリリア・ショブホワ(ロシア)のドーピングが発覚した際に、彼女がロシア陸連に7000万円を払ったことに始まる。
その際に使われたのがシンガポールにあるBLACK TIDINGSの口座だった。

東京と2020年五輪の開催地を争ったのが、トルコのイスタンブール。
陸上競技は、サッカーを除けば、世界的にも最も人気の高い競技だ。
だが、IAAFの財政を支えているのは日本企業だ。
TBSがIAAFの各選手権の独占放送権を持っているほか、IAAF公式パートナー4社(トヨタ、TDK、セイコー、キアシックス)は、いずいれも日本企業だ。
ラミーヌ・ディアクが東京招致に協力するのは明らかかと思われていた。

これに対し、イスタンブールもIAAFに近づいていった。
トルコはそれまでIAAFの公式競技会を開催したことがなかったが、イスタンブールは2012年春に世界室内陸上選手権を開催した。
そして、同じ年に行われたロンドン五輪の陸上女子1500mでは、トルコのアスリ・カキルアルプテキンが金メダル、同じくガムゼ・ブルトが銀メダルを獲った。
トルコにとって陸上競技での金メダルは史上初の快挙だった。

ところが、ロンドン五輪の翌年、アスリ・カキルアルプテキンのドーピングが発覚し、やがて金メダルははく奪されることになる。
その時の経緯はこうだ

IAAFのラミン・ディアク前会長の息子でIAAFコンサルタントだったパパ・マッサタ・ディアクが、ロンドン五輪陸上女子1500mで優勝したアスリ・カキルアルプテキン(トルコ)のドーピング違反をもみ消す見返りに3万5000ユーロ(約450万円)の賄賂を受け取った。
カキルアルプテキンは違反が発覚して昨年(2015年)8月に8年間の資格停止処分と金メダル剥奪が確定した。(毎日新聞16年1月15日)

パパ・マッサタ・ディアクが、ロシア選手だけでなくトルコの選手をも餌にして私腹を肥やそうとしていたのだ。
IAAFは、毎年ダイヤモンドリーグという陸上競技のシリーズを開催している。
五輪や世界陸上とは別に、シーズン中に世界各地を転戦し年間総合王者を決めるというもの。
高額な賞金を売りものとし、スキーのW杯に似た形式だと思っていただければいい。

ダイヤモンドリーグは、その発足当初からスポンサーのサムスンの名を冠していたが、2011年の世界陸上大邱大会が終わると、サムスンは世界陸上とダイヤモンドリーグの両方のスポンサーを降りることになった。

IAAFのラミン・ディアクは、サムスンの後釜となるスポンサー企業を探した。
カネのにおいに敏感な彼は、五輪招致レースをしていたトルコと日本に、「IOC総会での票に繋がるから企業を紹介してほしい」と声を掛けた。

トルコからは世界室内陸上でも協賛した携帯会社のTURKCELL、バスケットボールの欧州チャンピオンズリーグの冠スポンサーであるTURKISH AIRLINESに打診したようだが契約には至らず、日本のキヤノンがIAAFのスポンサーに新たに加わった。

この時のことは英国の高級紙THE GUARDIANにも記事がある。
https://www.theguardian.com/sport/2016/jan/14/bidding-2020-tokyo-olympics-IAAF-scandal
(日本語訳)イスタンブールは、世界陸上か、ダイヤモンドリーグに400万ドル~500万ドルのスポンサーマネーを払わなかったため、トルコはラミン・ディアクのサポートを失った。トランスクリプトによると、日本はこれを支払った。

2012年11月15日 日本の新聞各紙にも以下のような記事が載っている。
キヤノンは14日、来年(2013年)から4年間、世界選手権など国際陸連が主催する15の大会に協賛することを発表した。カメラ、レンズのメンテナンスなどを通じて報道関係者を支援すると同時に、同社の印刷機器などが大会で使用される。

世界陸上はその最初に行われた1983年から、日本企業の協賛を得てきた。が、いずれも長期に渡っておりキヤノンの4年間、しかも2013年~16年の4年間という短期は例がない。
キヤノンが「IAAFの依頼を受けて協賛した」というのは海外メディアも書いている。

2013年6月 地中海競技大会がトルコのメルシンで開催された。
大会中、トルコの陸上選手団に30名の大量ドーピング疑惑が浮上し、トルコ陸連の会長は8月に入り責任をとって辞任に追い込まれていく。

トルコの陸上選手のドーピング騒動が、IAAFの協賛を断ったから明るみに出たのか、それとも表に出るのが必然だったのか、それは判らない。
五輪開催地が決まるIOC総会が9月9日に開かれることを鑑みれば、直前の立候補国のドーピング大量摘発は、招致決定に何らかの影響があっただろうことは想像に難くない。

敢えて書くならば、この時期東京側は、東京からわずか250キロしか離れていない福島第一原発事故由来の汚染水問題が連日テレビを賑わしていた。
その中で、招致を争う国の不祥事は東京側にとって有り難かったのは間違いない。

経緯を時系列にしてみた。

2012年3月
世界室内陸上選手権トルコ・イスタンブールで開催

2012年7月
ロンドン五輪開催
女子1500mで、アスリ・カキルアルプテキン(トルコ)が金メダル

2012年11月
キヤノンがIAAFの公式スポンサーに決定

2013年6月
地中海競技大会がトルコのメルシンで開催
トルコ陸上選手団は30名の大量ドーピング違反

2013年7月
東京 1回目のブラック・タイディングス社へ1億円の送金

2013年8月
地中海競技大会のドーピング違反の責任を取り、トルコ陸連会長が辞任

2013年8月
ロンドン五輪女子1500m金メダルのアスリ・カキルアルプテキンドーピング発覚

2013年9月
パパ・マッサタ・ディアクがパリで高級時計などを爆買い

2013年9月
ブエノスアイレスでIOC総会 五輪東京開催決定

2013年10月
東京 2回目のブラック・タイディングス社へ1.3億円送金
フランス当局の捜査にもとづいて、検察局は2013年9月8日に、ブラック・タイディングス社は、シンガポールのスタンダード・チャータード銀行の口座から8万5000ユーロをパリのある会社宛てに送金し、それがマッサタ・ディアクが宝石店で購入した高額商品の支払いに充てられたことを明らかにした。

2014年1月 
キヤノン会長御手洗冨士夫氏の東京五輪組織委員会名誉会長就任

2014年9月
IAAF 電通との代理店契約を2029年まで延長

2015年8月
ラミン・ディアクIAAF会長を退任

2015年11月
ラミン・ディアクIAAF前会長 ドーピング絡みの収賄発覚

2016年5月
フランス検察
「2020年東京五輪招致」の名目で、ブラック・タイディングス社の口座に2.3億円が支払われていたと公表。

2016年12月
キヤノンIAAFスポンサーを降板

2017年9月
ブラジル司法当局が、東京五輪招致の不正疑惑を巡り、招致委員会から当時IOC委員会で国際陸連会長を父に持つディアク氏に対し多額の金銭が渡った可能性があると結論付けた。

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September 11, 2017

桐生祥秀の9秒98はアジア歴代4位

9月9日に福井市で行われたインカレで、桐生祥秀が100mに9秒98の日本記録を出した。
この記録は世界歴代99位。
アジア歴代では4位になる。

●男子100mのアジアランキング
①9.91 フェミ・オグノデ (ナイジェリア→カタール)
②9.93 ケマーリー・ブラウン (ジャマイカ→バーレーン)
③9.94 アンドリュー・フィッシャー (ジャマイカ→バーレーン)
④9.98 桐生祥秀 (日本)
⑤9.99 サミュエル・フランシス (ナイジェリア→カタール)
⑤9.99 蘇炳添 (中国)

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2014年仁川アジア大会100m決勝 優勝オグノデ 3位高瀬(右) 6位山縣(左)


アジア国籍の選手で9秒台を出したことのある選手はこの6人しかいない。
が、バーレーンの2人は元ジャマイカ国籍で9秒台を出した時もジャマイカ国籍。
バーレーンに国籍を移してからは、9秒台は出ていない。

オグノデは仁川アジア大会の100m、200mを制した。
100mの優勝タイムはセカンドベストの9秒93。
この記録はかなり将来に渡って大会記録として残りそうだが、サミュエル・フランシスともども元はナイジェリア人。
モンゴロイドで9秒台を出したのは、桐生祥秀と蘇炳添の2人しかいない。

桐生祥秀の9秒98はモンゴロイドとしてのベスト記録。
コーカソイド(欧州系白人)の最高記録はポーランドのマリアン・ヴォロニンが1984年に出した10秒00が長い間破られなかった。
このときの記録は9秒992から切り上げられて10秒00と発表されているのだが、現在もこのような切り上げ方をしているかは不明だ。

現在のコーカソイドの最高記録保持者はフランスのクリストファー・ルメートル。
2010年20歳のときに9秒97、翌年21歳のときに9秒92を出すが、その後は9秒台は出ていない。
全盛期は過ぎたとの声もあるが、昨年のリオデジャネイロ五輪の200mで銅メダルを獲った。
ほかにロンドン五輪の4継リレーの銅メダルも持つ、フランスを代表する陸上界のスター。

コーカソイドのスプリンターというとトルコのラミル・グリエフが記憶に新しい。
先のロンドン世界陸上で200mに20秒09で優勝したあの選手・・・。

もともとはアゼルバイジャン国籍だったが現在はトルコ国籍。
100mの自己ベストは9秒97、この記録はトルコ歴代2位だが、トルコ記録はジャマイカから帰化したジャック・ハーベイの9秒92。(ハーベイはコーカソイドではない。)
200mの自己ベストは19秒88。


インカレで桐生に次いで2位だったのが多田修平。
大阪桐蔭高時代のベストが10秒50だったというが、関学3年のインカレで10秒07。
一方の桐生祥秀は、洛南高時代に既に10秒01の日本歴代2位で走っていた。
東洋大4年のインカレで9秒98。
3年間に0秒43縮めた多田、0秒03縮めた桐生。
多田はが、朝原宣治さんが同志社大時代の24年前に出した関西学生記録、10秒19を超えたのも今年だ。

年の近いライバルがいるのはいいことだ。
2028年のロサンゼルス五輪くらいまで競い合うのではないだろうか。

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August 23, 2017

アトランタ五輪の日本記録から21年、かつては世界に近かったマイルリレー

是非見て頂きたい動画がある。
2014年仁川アジア大会の陸上男子1600m(マイル)リレーだ。
日本チームは4大会ぶりの金メダルだったが、タイムは3分1秒88。

このときのメンバーが( 金丸祐三、藤光謙司、飯塚翔太、加藤修也)の4名。
先のロンドン世界陸上の4継銅メダルのメンバーのうち藤光、飯塚が入っているのだ。

200mのスペシャリストとして知られる飯塚は、この仁川のレースの40分前に4継の決勝も走った。
こちらは38秒49で、中国に次いで2位に入っている。

●2014年仁川アジア大会
マイルリレー
予選(金丸、藤光、高平、加藤)3分5秒53
決勝1位(金丸、藤光、飯塚、加藤)3分1秒88
4継リレー
予選(山県、飯塚、高平、原)39秒18
決勝2位(山県、飯塚、高平、高瀬)38秒49

このマイルリレーの3分1秒88だが、日本歴代9位の記録でしかない。
日本記録は21年前のアトランタ五輪5位入賞の際の3分00秒76。
歴代2位は、2004年アテネ五輪4位入賞の際の3分00秒99。
この時代は、4継よりもマイルの方が世界に近かったのだ。

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まだ記憶にも新しいロンドン世界陸上のマイルリレーは歴史的惨敗といってもいいだろう。
準決勝2組で3分07秒29。
1人平均46秒8
転倒したボツワナにも負けただけでなく、金丸祐三が持つ日本高校記録45秒47からも遠い。

アトランタ五輪のメンバーの本来の専門は
苅部俊二 400ハードル
伊東浩司 100、200m
小坂田淳 400m
大森盛一 400m
であり、400mが本職だったのは2名のみ。
ちなみに大森盛一さんというのは、サニブラウンの少年時代のコーチをされていた方だ。
サニブラウンも飯塚翔太も400mに向いていると思うのだが、マイルリレーも走って欲しい。

日本歴代3分01秒26は、1991年の東京世界陸上の予選で出したもの。
予選1組4位、全体でも9位で決勝には進めなかった。
この記録がマイルリレーの国内最高記録として現在も残っている。
破る可能性があるのは2020年の東京五輪だろうが、果たして誰がメンバーだろうか。

(追記)
もう随分昔の話だが、1984年のロサンゼルス五輪での日本チームのマイルリレーはこんなメンバーだった。

大森重宜、高野進、不破弘樹、吉田良一

本職の400mの選手は高野さんのみ。
大森、吉田は400ハードル、不破は100mの選手だ。

当時は予選、準決勝、決勝と3回走ったのだ。
それでも日本チームは準決勝までいった。が、3分10秒73という歴史に残る記録を作った。
不破弘樹は50秒かかって走り、「運動会みたいだ」といわれた。

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August 14, 2017

ドーピングだけじゃない 陸上界を惑わす国籍変更選手

世界陸上ロンドン大会が閉幕した。
終盤になって、日本チームは男子4継リレーや男子競歩が活躍したが、多くの選手は予選突破さえままならぬ状況で、世界のトップクラスとの差を痛感した大会でもあった。

次回は2年後、2019年カタールのドーハ、2006年のアジア大会のメイン競技場だったハリーファ国際スタジアムで、2019年9月28日から10月6日に開催される。

カタールのスポーツ界の顔と言えば、ムタズ・エサ・バルシム。
世界陸上ロンドン大会の走り高跳びでも金メダル(2m35)を獲った。

バるシムは、2010年の世界ジュニア選手権で2m30を跳び優勝し、その名を世界に轟かせた。
余談だが、この大会の200mの金メダリストが日本の飯塚翔太で、3位に入ったのがカナダのアーロン・ブラウン。
飯塚とブラウンはロンドン世界陸上の男子 200m予選7組で同走した。
ブラウンが、飯塚に先着していたが、コースオーバーのため失格となり、飯塚が繰り上がった。

ムタズ・エサ・バルシムは、長身痩躯の小顔という見るからに走り幅跳びの選手と言う風情。
度々、アフリカからの帰化選手と間違えられるが、父親もカタール人、ただ、母親がスーダン人で、やはりアフリカの血が流れている。

カタールと言えば、世界中から優秀なアスリートを招き、カタール代表に仕立てて活躍させるという国家戦略を持つ。
リオ五輪にも出場したハンドボールは顕著な例で、さながら世界選抜軍団、純粋なカタール人は一人しかいなかった。

このカタール型選手選抜方式は、ロンドン大会でも見られた。
男子400mで銅メダルを獲ったアブダレラ・ハルーンは、元々はスーダン人。
ほかにも男子400mハードルで7位に入ったA・サンバはモーリタニア人である。

ところが、カタール以上に海外選手を青田買いした国があった。
ペルシャ湾を挟んで北西に位置するバーレーンだ。

バーレーンは、女子マラソンでローズ・チェリモが金メダル、ユニス・ジェプキルイ・キルワが6位入賞したが、2人ともケニア出身。
日常生活もほぼケニアで行い、表彰などでしかバーレーンに行かないという。

女子3000mでロンドンでは5位だったが、リオデジャネイロ五輪金メダリストのルース・ジェベットもケニア出身。
この人のリオ五輪金メダルには、500万米ドルが支払われているとの報道もあった。

ほかにも男子100mで準決勝敗退したAndrew Fischerはジャマイカ出身。
男子1500m 19位の Benson Kiplagat Seurei
男子5000m 28位のAlbert Kibichii Rop
男子10000m 12位のAbraham Neibei Cheroben の3人はいずれもケニア出身。

女子400m 銀メダルのサルワ・エイド・ナセル
女子200m で準決勝まで行ったEdidiong Ofonime Odiongはいずれもナイジェリア出身といった具合だ。

この2カ国ほどではないが、陸上選手の国籍変更は様々な国で起こっている。
業を煮やした国際陸連は、今年2月の理事会で選手の国籍変更を一時凍結。
今後は新たなルールの下に行われることになりそうだが、現時点で国籍を変更している選手はそのままということになりそうだ。

ドーピングとともに悩ましい問題である。

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August 08, 2017

ドーピングで1年間出場停止だった呂会会 女子やり投げメダルに挑む

世界陸上ロンドン大会5日目。
今日注目の種目は女子のやり投げ決勝だ。
日本から参加した海老原有希、斉藤真理菜、宮下梨沙の3選手の予選突破はならなかったが、注目の選手が一人いる。

中国の呂会会(Huihui Lyu)28歳だ。
呂会会は、今大会の予選でアジア新記録となる67.59mを投げ、1位で通過した。
2015年の北京世界陸上2位(66.13m)、リオ五輪7位(64.04m)など実績も十分、確実にメダルに絡んでくると思われる。

この選手の年別のベスト記録を見てみよう。

2017年 28歳 67.59m 世界陸上予選アジア新記録
2016年 27歳 64.04m リオ五輪7位
2015年 26歳 66.13m 北京世界陸上2位
2014年 25歳 なし
2013年 24歳 64.48m 
2012年 23歳 64.95m ロンドン五輪は63.70mで5位
2011年 22歳 58.72m
2010年 21歳 55.35m

22歳まで平凡な記録の選手だったのが、23歳の2012年に自己ベストを6m以上伸ばしている。
一方、2014年には競技会に出場していない。
果たして何があったのか?

2013年4月27日に、ヒドロクロロチアジドに陽性であると認められ、2013年5月24日から2014年5月23日まで1年間の出場停止処分を受けていたのだ。

ヒドロクロロチアジドはそれ自体が性能向上薬ではないが、性能向上薬の使用を隠すために使用され、「特定物質」として世界アンチ・ドーピング機関に分類されている。

恐らくは呂会会の場合、何らかの禁止薬物を使用し、それを隠すためにヒドロクロロチアジドを服用していたということのようだ。

今、陸上界はドーピング違反者に厳しい目が向けられている。
先日、ウサイン・ボルトに勝ったジャスティン・ガトリンが過去にドーピング違反をし、出場停止となった経験があることから、優勝しても祝福されないと伝えられている。
セバスチャン・コーを生んだ国だからか?
英国の陸上ファンは、特にドーピングに厳しいという。

元10種競技日本王者の武井壮氏がこんなツイートをしている。

呂会会はこのケースに該当するではないか。

呂会会がメダルを獲った時、ロンドンの陸上ファンはどう反応するのだろうか。


追記
●2017年8月8日 呂会会は銅メダルだった。
1位 バルボラ・シュポタコバ(チェコ) 66.76m
2位 李玲蔚(中国) 66.25mPB
3位 呂会会(中国) 65.26m

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August 07, 2017

陸上女子100m世界歴代ランキング

陸上女子の100m世界歴代ランキングを作ってみた。

青字は、今朝の世界陸上ロンドン大会のメダリストの自己ベスト。
赤字は1980年代に出された記録。

London2017


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