November 19, 2009

実は強い NIPPON男子バレー

バレーボールの、ワールドグランドチャンピオンズカップ男子大会が始まった。
一応国際バレーボール連盟主催の公式戦ということになるのだが、6カ国しか参加しておらず、注目度もW杯や世界選手権と比べて低い。
開催年も五輪の翌年であり、若手を試すといった意味合いも強い大会だ。

とはいうものの、日本は欧州の強豪、ポーランドに3-2で粘り勝った。
昨年の北京五輪のメンバーから斉藤信治(205㎝)、荻野正二(197㎝)、山本隆弘(201㎝)らが抜け、さらには最長身だった山村宏太(205cm)、越川優(190cm)もケガで離脱。
新たに全日本入りした選手は190㎝前後の、この世界ではもう「小型」とされる選手ばかり。

バレーボールの競技人口が、どんどん減少する中、最早、日本に長身選手はいないのか?との思いで見ていた。

対するポーランドはバレーボール界の古豪だ。
1970年代にトマシュ・ヴォイトビッチという大エースが出て、76年のモントリール五輪では金メダルを獲った。
72年に金メダルを獲った日本と準決勝で対戦、当時の日本のエース田中幹保と、ヴォイトビッチの壮絶な打ち合いはバレー史に残る。
一時低迷していたが、現在は完全復活、16カ国が参加した今年の欧州選手権では、1試合も落とすことなく優勝した。
欧州のバレーボールはレベルが高く、2位にフランス、ロシアが4位、セルビア5位、オランダ7位、イタリア10位という最終順位を見ても、壮絶な星の潰しあいがあったことが想像できる。

日本は、今年のアジア選手権で優勝。
昨年の北京五輪予選も突破しているし、ここ3大会のアジア選手権でも1位、2位、1位と確実に上位にいる。

ポーランドは、欧州を制したときとはメンバーが、若干異なるようだが、アジア1位の日本が欧州1位のポーランドに勝ったことは、大きな意味を持つだろう。
また、北京五輪前から全日本に入っている福沢達哉には正直、疑心暗鬼だった。
何と言ってもこの時代に189㎝という身長に?を付けていたのだ。
が、昨日の試合でのその高い運動能力に驚いた。

バレーボールを語りだすと、問題点は多々出てくる。
・国際大会の日本開催偏重
・行き過ぎたタレントの応援
・メディアと連盟の癒着
・疑似生放送を装う録画放送等

この大会、ジャニーズの歌と踊りはないようだし、無駄なVTRによる選手紹介も少ない。
純粋に競技を見るには良いのではないか。
これで上位に入れれば、それをきっかけに競技人口が増えればいいと思う。

参考までに、3大室内球技の最近のアジア選手権における、日本の順位を紹介しよう。
バレーボールが圧倒的に強いことが判る。

Asia


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July 15, 2009

女子バレー全日本ユース 新型インフルエンザに感染

日本バレーボール協会は14日、世界ユース女子選手権(3〜12日・タイ)に出場し、13日に帰国した選手団19人のうち5人(スタッフを含む)が新型インフルエンザに感染したと発表した。
日本協会によると、選手団には医師が同行し、うがいや手洗いの励行や移動時のマスク着用などを徹底ていた。

バレーボールの世界では、年齢の制限のない全日本と、全日本ジュニアと全日本ユースとがある。

今年のジュニアは、1990年1月1日以降に生まれた選手。
また、ユースは1992年1月1日以降に生まれた選手、といった制限がある。
ジュニアもユースも2年ごとに世界選手権を開催し、今年はその開催年にあたる。
ジュニアは、メキシコのメヒカリとティファナで、ユースはタイのナコンラチャシマで、この7月に大会が行われた。

日本女子は、ジュニア、ユースともにアジア予選を勝ち抜き、本大会の出場を決めていたが、ジュニアは、開催地が新型インフルエンザの発祥の国メキシコ開催であることから、出場を辞退していた。

一方、ユースについては感染するリスクはあるが、そう高くはないと判断し参加、結果5位という成績を残していた。

ところが、そのユースが新型インフルエンザに感染したというのだ。
幸い症状は軽かったという。

この件は余り話題になっていないようだが、折りしも夏休み直前、世界中どこに行っても、新型インフルに感染するというリスクがあるということを如実に証明している。

今後も各競技の海外遠征が続くが、特に10代選手の多い競技は大変だ。

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September 28, 2008

女子バレー全日本ジュニア 18年ぶりにアジアを制す

女子バレーの全日本ジュニアチームが、アジアで1番になった。
バレーボール界では、年齢制限のないシニアのほか、ジュニア(男子U21、女子U20)、ユース(男子U19、女子U18)のカテゴリーがあり、アジア選手権、世界選手権が開催されている。
アジアジュニア選手権は、1980年に第1回が開かれ、2年おきに開かれている。

全日本ジュニアは、北京五輪代表に最年少で選ばれていた河合由貴がセッターを務めており、日本の優勝は1990年以来18年ぶりとなる。

6連覇をしていた中国は、王座を失ったどころか、台湾に準決勝で敗れてしまった。
3位決定戦で韓国に勝ち、来年の世界ジュニア選手権の出場権を手にはしたが、中国女子バレーの凋落の第一歩になるのだろうか。

中国と台湾、北京五輪では、野球で台湾が中国に敗れるという波乱が起きたが、今回の中国の敗戦は、同じくらいの番狂わせといえそうだ。

9月28日
決勝
日本3(25-18 25-17 25-23)0台湾
3位決定戦
韓国0(23:25,22:25,13:25)3中国

9月27日
準決勝
日本3(25:21,25:17,25:15)0韓国
台湾3(25:23,23:25,18:25,25:17,15:11)2中国

最終順位
①日本②台湾③中国④韓国⑤タイ⑥インドネシア⑦カザフスタン⑧ニュージーランド

●全日本ジュニアメンバー
河合由貴 168 セッター JTマーヴェラス=北京五輪代表
井上琴絵 161 リベロ JTマーヴェラス
小平花織 169 ウイングスパイカー 東海大学付属第三高校
峯村沙紀 176 ウイングスパイカー 九州文化学園高校
岩坂名奈 187 ミドルブロッカー 東九州龍谷高校
松浦寛子 180 ウイングスパイカー 東九州龍谷高校
川原愛璃 169 ウイングスパイカー 東九州龍谷高校
卜部里菜 170 ミドルブロッカー 大阪国際滝井高校
芥川愛加 178 ミドルブロッカー 東九州龍谷高校
栄絵里香 167 セッター 東九州龍谷高校
長岡望悠 177 ウイングスパイカー 東九州龍谷高校
田村紗有里 172 ウイングスパイカー 東九州龍谷高校
平均身長172.8
▲ それにしても小さい
監督 相原 昇 東九州龍谷高等学校


●これまでのアジアジュニアバレーの結果

優勝

2

3

1980

韓国

日本

インド

1984

日本

中国

韓国

1986

日本

中国

韓国

1988

日本

中国

韓国

1990

日本

韓国

中国

1992

中国

韓国

台湾

1994

中国

日本

韓国

1996

中国

日本

韓国

1998

中国

韓国

日本

2000

中国

日本

韓国

2002

中国

タイ

台湾

2004

中国

日本

韓国

2008

中国

日本

台湾

2008

日本

台湾

中国

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August 19, 2008

ひどすぎ男子バレー 0勝5敗得セット僅かに4

18日の北京五輪バレーボール男子1次リーグ最終戦で、A組の日本は米国に完敗。第1セットや第3セットで一時は競った展開にもなったが、相手の強力なブロックとレシーブからの素早い攻撃に屈し、結局は1セットも奪えなかった。これで5戦全敗。日本の男女を通じ初めて、五輪で1勝も挙げられずに敗退するという屈辱を味わった。

過去の五輪で、バレーボールのアジア代表がどういった戦績だったか、まとめてみた。
ソウル、アトランタ、シドニーで1勝のみ。しかも勝った相手はアフリカ代表のチュニジアが2回。
アテネ五輪のオーストラリアに次いで、北京五輪の日本は1勝もできなかった。
これからすると、北京五輪の日本の0勝は特に驚くほどでもない。

とはいうものの、中国戦の競い負け、格下のはずだったベネズエラ戦の完敗はひどすぎ。
越川優はケガ、石島雄介はどうしたのか?

やはり、アウェーで戦う経験が不足すぎだろう。
(ミュンヘンの時代のことをいうのもなんだが)、当時全日本は、ソ連遠征にシベリア鉄道を使ったこともあるそうだ。長い道中、選手たちはミーティングを重ねたそうだ。

●男子バレー アジア代表国の戦績
1988年 日本 1勝5敗 チュニジアに勝利 ▽9-12位決定予備戦で韓国に勝利 10位 開催国韓国は11位
1992年 日本 2勝3敗 アメリカ、カナダに勝利 5-8決定戦予備戦でEUNに勝利6位入賞
1996年 韓国 1勝5敗 チュニジアに勝利 9位
2000年 韓国 1勝5敗 米国に勝利 9位タイ 開催国オーストラリアは8位
2004年 オーストラリア 0勝5敗 11位タイ(最下位)
2008年 日本 0勝5敗 11位タイ(最下位)

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July 23, 2008

男子バレーブラジル遠征 悪いのは誰だ?

日本バレーボール協会は22日、ワールドリーグ決勝ラウンド(2327日・ブラジル)の遠征メンバー9人を発表。日本は主催者推薦での出場となったが、北京五輪に向けた国内での最終調整を重視。五輪代表のうち、植田辰哉監督と選手の大半は長時間移動を強いられる今回の遠征を見送った。大会規定に添う形で、五輪代表の中から5人が選手登録されているが、実際にブラジルへ行くのは清水邦広(東海大)と福沢達哉(中大)の大学生2人だけ。決勝ラウンドの監督は、萩原秀雄・協会強化事業本部長が務める。(読売新聞7.22

  今回のブラジル遠征は、日本のワールドリーグの成績(D組3位)からすると、日本が出る試合ではない。 にも拘らず、国際バレーボール連盟のアコスタ会長は、日本のテレビ放映を期待して日本チームを主催者推薦に選んだ。 ところが、当のフジテレビからは「(放送の)枠が空いてない」と断られた。 であるのに、日本バレーボール協会は、この申し出を受けてしまったのだ。

北京まであと20日、ブラジル短期往復の強硬スケジュール、不十分な新ボールへの対応、これらを考慮し、植田辰哉監督はバレー協会に反旗を翻し、日本国内での合宿を選択した。
日本に残る主力選手の中にも今回の協会の決定には不満を持つ選手も多く、越川優は自身のブログで、協会を批判している。

恐らく、上記読売記事に名前の出ている人物が元凶ではないだろうか。
ワールドリーグは送金総額21億円、たとえ日本が決勝ラウンドで最下位でも、日本協会には億単位の賞金が入るのだろう。

JVA(日本バレーボール協会)のサイトを見ていただきたい。
その中に役員の一覧がある。
現協会専務理事以下、現男子強化委員長、現女子強化委員長は日本体育大学の出身だ。
その他バレー協会の実質的要職は、この大学の出身者で固められている(19名中11名)。
学閥主義の、先輩後輩の関係の組織に、建設的な意見が生まれるのかはなはだ疑問だ。

植田監督(大商大卒)、大竹コーチ(法大卒)を始め現場のスタッフが全くブラジル遠征に参加せず、記事にもあるようにブラジルで指揮を執るのは萩原秀雄協会強化事業本部長(日体大卒)である。
この強化事業本部長氏が中心となり、植田監督の知らないところでブラジル遠征を決め、植田氏にボイコットされ、自ら監督をせざるを得なくなったというところだろう。
この人は埼玉県の公立高校で、定年まで体育の教師をしていた人物である。

現在、松平康隆氏(慶大卒)はバレー協会名誉会長で、未だ影響力は多大だが、この件には口は出していないのではないか。
また、大古氏始めミュンヘン組も協会幹部には皆無で、今では影響力はない、

と思ったら

日体大教授で、ミュンヘン五輪金メダリストのひとり森田淳悟氏(日体大卒)が6月に理事に復帰している。
JVAのサイトにはまだ出ていないが、率いる日体大バレー部の不祥事が開けて、再度表に出てきたのだろう。

全日本の不動のセンター 山村宏太が若い頃、山村を始め筑波大の現役・OBの選手はほとんど全日本に選ばれなかったことがある。
筑波大が日体大のライバルであり、筑波大出身者が協会幹部にいなかったからだというのが、その理由であると言われている。

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Oly3_4

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June 19, 2008

バレーボールは1チーム14名に

国際バレーボール連盟は17日、アラブ首長国連邦のドバイで総会を開き、主催大会の登録選手を現行ルールの1チーム12人から14人に増やすことを決めた。来年1月から採用する。守備専門のリベロも1人から2人に増えるが、2人同時にコートに立つことはできない。(共同通信)

これが適用されるのは2009年1月1日からだから、北京五輪に影響はない。
仮に2012年のロンドン五輪でも適用されるとすると、男女12カ国出場で2名プラスだから合計24名の選手が、従来より多く五輪に参加することになる。

IOCは、肥大化する五輪の参加選手数を10,000人以下に押さえたい思惑がある。
シドニー五輪の際に、女子バレーの1チームの人数を1人減らして11人にしようとしたことがある。
ただでさえリベロ導入後は、攻撃選手の駒が少なくなっているのに11人では不可能だ、と見送られた。
この背景にあるのは、ビーチバレーの正式種目化だ。
1996年からビーチバレーが五輪正式種目となり、五輪に参加する人数が増えたため、同じ競技のバレーボールから減らしてくれ、ということだった。

では、なぜ今回14名でよくなったか?
ご存知のようにロンドン五輪から野球とソフトボールが外され、人数の余裕ができたから、と推測できる。

*競技としてのバレーボールの中に種目としてインドア、とアウトドア(ビーチ)がある。

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June 09, 2008

1992年バルセロナ五輪男子バレーの結果

バルセロナ五輪(1992年)の男子バレーの結果を検索される方が多いので、簡単だがまとめた。
当然、この時代はサイドアウト制の15点マッチだ。
また、日本対アメリカの試合には、こういったこともあった。

●グループリーグ
日本3(8-15, 15-11, 15-10, 17-16)1アメリカ
フランス3(15-8, 9-15, 15-11, 10-15, 15-9)2日本
イタリア3(15-13, 15-7, 17-15)0日本
日本3(11-15, 15-17, 15-11, 15-13, 15-10)2カナダ
日本2(8-15, 15-5, 17-15, 7-15, 13-15)3スペイン

●A組順位
1.イタリア
2.アメリカ
3.スペイン
4.日本
5.カナダ
6.フランス

●準々決勝 日本はB組1位のブラジルと対戦
ブラジル3(15-12, 15-6, 15-12)0日本
5-8決定戦予備戦
日本3(15-8, 9-15, 15-13, 12-15, 17-16)2EUN
5・6位決定戦
イタリア3(15-2, 15-7, 15-13)0日本

●最終順位
1.ブラジル
2.オランダ
3.アメリカ
4.キューバ
5.イタリア
6.日本
7.EUN
8.スペイン
9.韓国
10.カナダ
11.フランス
12.アルジェリア

全日本男子 所属・身長・体重は当時のもの 
出身都道府県まで書かれているのは、五輪ならではのものだ。

監督 大古誠司(サントリー)
コーチ 辻合真一郎(新日鉄)
選手 
松田明彦 京都府出身 日新製鋼 1m80 72kg 26歳 
成田貴志 北海道出身 富士フイルム 1m85 75kg 22歳 
植田辰哉 香川県出身 新日鉄 1m94 92kg 27歳 →現監督
南克幸 宮崎県出身 法政大4年 2m 84kg 21歳 
大竹秀之 東京都出身 日本電気 2m8 86kg 24歳 →現コーチ
荻野正二 福井県出身 サントリー 1m97 93kg 22歳 →現主将
泉川正幸 東京都出身 日体大4年 1m96 85kg 21歳 
中垣内祐一 福井県出身 新日鉄 1m93 90kg 24歳 
大浦正文 長崎県出身 サントリー 1m87 83kg 22歳 
青山繁 愛知県出身 富士フイルム 1m87 71kg 23歳 
河野克巳 大分県出身 サントリー 1m88 78kg 26歳 
栗生沢淳一 岩手県出身 JT 1m90 75kg 27歳 
 
ついでに女子 5位入賞
監督 米田一典(協会)
コーチ 達川実(ユニチカ)
選手 
佐藤伊知子 宮城県出身 日本電気 1m69 66kg 27歳 
中田久美 東京都出身 日立 1m75 62kg 26歳 
大林素子 東京都出身 日立 1m82 67kg 24歳 
石掛美知代 兵庫県出身 イトーヨーカドー 1m77 67kg 26歳 
中西千枝子 福岡県出身 ユニチカ 1m63 53kg 25歳 
高橋有紀子 神奈川県出身 小田急 1m67 56kg 24歳 
山内美加 秋田県出身 ダイエー 1m81 69kg 22歳 
吉原知子 北海道出身 日立 1m79 65kg 22歳 
福田記代子 埼玉県出身 日立 1m78 68kg 21歳 
中村和美 石川県出身 ユニチカ 1m70 69kg 21歳 
多治見麻子 東京都出身 日立 1m80 69kg 19歳 →現役全日本
苗村郁代 兵庫県出身 イトーヨーカドー 1m66 60kg 22歳 

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June 07, 2008

北京五輪出場が決定し、植田辰哉監督が真っ先に抱きついた相手は誰でしょう。

答え 大古誠司元全日本監督

ミュンヘン五輪金メダリストで、バロセロナ五輪の監督だった大古氏だ。

北京五輪バレーボール世界男子最終予選兼アジア大陸予選第6日、日本はアルゼンチンを3−2で破り、4大会16年ぶり8度目の五輪出場を決めた。
さて、男女全日本のこれまでの五輪の順位と監督をまとめてみた。

●バレーボール全日本女子 監督と五輪順位
1964年 東京 大松博文 1位
1968年 メキシコ 山田重雄 2位
1972年 ミュンヘン 小島孝治 2位
1976年 モントリオール 山田重雄 1位
1980年 モスクワ 小島孝治 -
1984年 ロサンゼルス 米田一典 3位
1988年 ソウル 山田重雄 4位
1992年 バルセロナ 米田一典 5位
1996年 アトランタ 吉田国昭 9位
2000年 シドニー(葛和伸元) ×
2004年 アテネ 柳本晶一 5位
2008年 北京 柳本晶一 ?

●バレーボール全日本男子 監督と五輪順位
1964年 東京 坂上 3位
1968年 メキシコ 松平康隆 2位
1972年 ミュンヘン 松平康隆 1位
1976年 モントリオール 小山勉 4位
1980年 モスクワ (中村祐造)×
1984年 ロサンゼルス 中野尚弘 7位
1988年 ソウル 小山勉 10位
1992年 バルセロナ 大古誠司 6位
1996年 アトランタ(辻合真一郎) ×
2000年 シドニー(寺廻太) ×
2004年 アテネ (田中幹保) ×
2008年 北京 植田辰哉 ?

×は出場権を獲得できず。 -は不参加

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エース中垣内を擁しながらアルゼンチンに完敗した シドニー五輪最終予選

男子バレー16年ぶりの五輪出場を決める今日の試合の相手はアルゼンチン。
8年前のシドニー五輪最終予選で完敗した因縁の相手だ。

1999年12月、上海でシドニー五輪アジア予選が開かれ、韓国が優勝。日本は中国、台湾に勝つも韓国に2敗れ、アジア代表の座を譲った。
それから7ヵ月後の2000年7月 ポルトガルでシドニー五輪最終予選が行われた。
日本、アルゼンチン、ベネズエラ、ポルトガルの4カ国が参加し、優勝国のみがシドニーへの切符を手にする。
寺廻監督がこの大会のために取った秘策は、中垣内祐一の復帰だった。
中垣内は1989年のW杯で全日本に抜擢され、92年のバルセロナ五輪時のエース。
96年のアトランタ五輪は予選敗退、98年の世界選手権を最後に全日本を退いていた。
アトランタ五輪予選時は、アジア随一の実力がありながら、慢心から韓国に出場権を浚われていた。
中垣内が復帰を決めたのも、このときの無念を晴らしたい思いがあったからと思われる。
このとき中垣内32歳である。

日本0-3アルゼンチン
日本3-0ポルトガル
日本3-0ベネズエラ

シドニー五輪出場権はアルゼンチンへ。

結果は、アルゼンチンのエース 202センチのミリンコビックの前に歯が立たず完敗。
ベネズエラ戦、ポルトガル戦は完璧な試合ができたが、日本と世界との差は大きく開いたことが証明された。
中垣内はアルゼンチン戦17本、ポルトガル戦26本、ベネズエラ戦16本のスパイクを決め、この数はチームで一番だった。

その後アルゼンチンには世界選手権や、W杯で勝ったが、五輪出場をかけた試合で勝たない限り、借りを返したことにならない。

この2000年の最終予選に参加した選手が、現全日本に一人だけいる。
ノブコフ205こと 斎藤信治だ。

(蛇足)
シドニー五輪に出場したアルゼンチンは、金ユーゴスラビア、銀ロシア、銅イタリアに次ぐ4位入賞を果たした。
もうひとつ、
Hey! Say! JUMPの知念侑李の父親は、バルセロナ五輪体操団体銅メダルのメンバーで主将だった知念孝だ。
 

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June 06, 2008

男子バレー16年ぶり五輪に王手 でも他の競技はもっと凄い

男子バレーボールの北京五輪最終予選、日本対オーストラリアは3-0で日本が勝ち、16年ぶりの五輪出場に王手をかけた。

ひとくちに16年というが、間に3回の五輪が入る長さだ。
球技の日本代表、特に男子はなかなか五輪出場が果たせない。企業スポーツが崩壊したり、アジア諸国に追い越されたり、少子化の影響だったり、様々な要因が入り交じる中、16年ぶりに五輪出場が果たせれば快挙であるのは間違いない。では、他の競技はどうだろうか。

●ブランクを埋めた競技

女子バレー 4年ぶり
2000年シドニー五輪の出場権を失うも、2004年アテネ五輪出場。

男子バレー 16年ぶり
1992年バルセロナ五輪出場以降、96、00、04年予選敗退。
これ以前には、1980年モスクワ五輪出場権を穫れなかったが、1984年ロス五輪出場。

女子バスケット 20年ぶり
1976年モントリオール五輪出場後、80年、84年、88年、92年と予選敗退が続いたが、1996年アトランタ五輪出場。
2000年シドニー五輪は出場権を穫れなかったが、アテネ五輪出場。
北京五輪は9日から最終予選。

サッカー男子 28年ぶり
1968年メキシコ五輪後、72、76、80、84、88、92年と予選敗退が続いたが、1996年アトランタ五輪に出場。以降3大会連続出場中。

女子ホッケー 
1980年モスクワ五輪で正式種目になるも、長い間出場はなかったが04年24年目に初出場し、08年と連続出場。

●ブランクが続く競技

男子ハンドボール 20年連続
1988年ソウル五輪以降出場なし

男子水球 24年連続
1984年ロス五輪以降出場なし

男子バスケット 32年連続
1976年モントリオール五輪以降出場なし

女子ハンドボール 32年連続
1976年モントリオール五輪以降出場なし

男子ホッケー 40年連続
1968年メキシコ五輪以降出場なし

女子水球 出場なし
2000年シドニー五輪に正式種目になって以降出場なし。

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