November 04, 2009

過去に「平和五輪」を掲げて立候補した都市はどうなったか

東京が2016年夏季五輪招致に失敗してすぐ、広島市と長崎市による平和五輪構想が持ち上がった。
被爆都市である両市による五輪開催、崇高な理念ではあるが、果たして実現は可能だろうか。

「平和」を標榜した五輪構想は、何も広島・長崎に限ったことではない。
過去にどんな都市が平和五輪を掲げただろうか。

2008年 ベルリン五輪構想
東西冷戦時代、ドイツ同様に、その首都だったベルリンも東西に分割されていたことはご承知だろう。
東西を隔てていた壁は、1989年11月9日、東ドイツ政府により東西ベルリンの境界線が解放され、崩壊した。
1990年10月3日に東西ドイツが統一し、1991年にはベルリンが東西統一ドイツの首都と定められた。
ベルリンの統一を記念して、同市で1936年以来の五輪を平和裏に開催をしようという動きは当然の流れだったかもしれない。
ただ、欧州においてナチス政権下に行われたベルリン五輪の記憶は、60余年経っても生々しく、好ましく思われていなかったのはドイツにとっての誤算である。

そのため、ベルリン招致に向けて多額の資金が投入された。
主に税金を財源とし、8600万マルク(約63億円)が使われたとされている。
IOC委員を招いての連日のパーティーやゴルフツアー、人間ドックまでが接待に使われた。
この時代はIOCスキャンダルの発覚する前であり、同様のことはどの立候補都市でもやっていたことは事実であるが。
そして開催地を決める1993年モナコで開かれたIOC総会は、シドニーと北京が壮絶な争いを展開した一方、ベルリンはわずか9票しか得られず、見事に惨敗した。
IOC総会後、ベルリンの招致に際し広告宣伝費とされた額に、使途不明金が出るなどスキャンダルが続出した。
べルリン市議会は1995年になって使途不明金の調査に乗り出したが、接待内容を示す書類の大半はなくなっていた。
まるで、20億円を超す招致書類の帳簿が焼却された長野と同様の状況にあったのである。

2012年 ライプチヒ五輪構想
ドイツ国内で、1972年のミュンヘン五輪から40年目にあたる2012年の夏季五輪を招致しようという動きになった。
ドイツ五輪委員会(NOK)は、ドイツ国内で立候補を表明したデュッセルドルフ、フランクフルト、ハンブルク、ライプチヒ、シュトゥットガルトの5都市の中から、投票によっ立候補都市を選出した。
各都市に与えられた15分間のプレゼンテーションを聞き、NOKはもちろん、ドイツスポーツ連盟会長、各競技連盟会長、五輪メダリスト等を始めとしたスポーツ関連に携わる投票権を持った137名が投票し、決まった立候補都市はライプチヒであった。

ライプチヒは、旧東ドイツに位置し、東西ドイツが統一する契機となった市民デモが起きた街だ。
冷戦終結の生誕地である意義を盛り込んだ「平和五輪構想」を存分に計画に盛り込み、2012年夏季五輪に挑んだが、同じ欧州からロンドン、パリ、マドリード、モスクワといった各国の大首都も立候補した。
そのため、人口僅かに50万。ホテルが不足し、競技会場の後利用が懸念されたライプチヒは1次の書類選考で落選してしまった。

2010年 平昌冬季五輪構想
冬季五輪招致にも「平和五輪」構想を掲げて立候補したまちがある。
韓国の平昌だ。
2010年の冬季五輪を目指した平昌は、ウィンタースポーツの世界では、全く無名だった。
が、IOC総会でのプレゼンは抜群に質が高く、さらに南北分断問題に絡めて、
「平昌を擁する江原道は、朝鮮半島で唯一南北に断された道。南北の鉄条網を取り去るのが夢」
と息子と生き別れになった老母に焦点を当てた招致PRビデオは、IOC委員の感動を誘った。

そのため、15票程度と見られていた平昌の最初の投票で獲得した票は、最終的に開催地に決まったバンクーバー(40票)を上回る51票。
韓国の招致活動の旨さも然ることながら、PRビデオだけでIOC委員の10票は平昌に寝返ったと言われた。

平昌は続く2014年冬季五輪招致でもソチに惜敗。
2018年冬季五輪に向けて3度目の立候補をしている。

広島・長崎は理念は素晴らしいが、ホテルの絶対的不足、インフラ整備ができたとしても、五輪招致は生易しくない。
JOCの世界のスポーツ界での発言力・影響力を高くし、日本の顔となる人物(できればIOC関係者)が世界中を飛び回ることが出来なければ、勝ち目はない。
もちろん、高い市民の支持率はいうまでもない。

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October 29, 2009

ヌズマンの記事があったのでアップします

ヌズマンによると他都市の招致は古い時代の招致だそうです。
こういう言い方はなんですが、日本のIOC委員も新しい人に代わって頂いたほうが良いのでは?

Nuz


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October 28, 2009

冬季五輪の記憶(5) 戦後唯一 オリンピックを返上したまち

東京が、1964年に次ぐ2回目の五輪開催に至らなかったのは、まだ記憶にあたらしいところだが、アルプスのふもとインスブルック(オーストリア)は冬季五輪を二度開催したまちだ。
しかも、東京五輪の年の1964年と1976年の2回。
なぜ12年という短い間に2回開催することができたのか?

デンバーを擁するコロラド州は、アメリカ独立から100年目の1876年に誕生した州であり、Centenial Stateというニックネームを持っている。
コロラド州の100年祭に、同時に大きなイベントを開こうと考えていた州政府は、1976年の冬季五輪招致を思い立った。
1970年 アムステルダムで開催されたIOC総会で、シオン(スイス)、タンペレ(フィンランド)、バンクーバー(カナダ)を破り、デンバーが1976年冬季五輪開催地に決まった。
ところが、地元コロラド州の負担金は500万ドル(当時)と莫大、環境問題さらには冬の観光旅行に対する否定的な影響が懸念されるようになり、市民グループの大会中止を求める運動は盛んになっていった。
パレスチナゲリラによるテロのあった1972年ミュンへン五輪の影響も返上に追い討ちをかけた。

1972年11月、ニクソン再選の大統領選とともに五輪返上が住民投票にかけられた。
結果は52万票対35万票で返上派が勝利、開催を返上が決まった。
これに対し、IOCは1973年2月 1964年の冬季大会開催地のインスブルック(オーストリア)を代替開催地とした。
冬季五輪は、その競技施設の建設に莫大な費用がかかる。
そのため、競技施設の整っている近年の開催地から選ばれたのだ。

アメリカの恐ろしいところは、このとき、既に1980年の冬季五輪にレークプラシッドが立候補していたことだ。
1974年10月、レークプラシッドの対立候補だったバンクーバーが立候補を取り下げ、レークプラシッドは無投票で1980年冬季五輪開催地に決まった。

今でこそ、五輪は世界中で開催の希望があり、1大会に多くの都市が名乗りを挙げる。
ところが、商業主義確立されていなかった70年代は最もその開催が苦しかった時期である。
同じ1976年の夏季五輪を開催したモントリオールは、10億ドルの赤字を残し、モントリオール市民は、21世紀になるまでこの赤字を解消すべく税金を払い続けると揶揄された。
事実、モントリオール市民がタバコ税として赤字を埋め続け、返し終わったのは大会から30年後の2006年だった。

アメリカで五輪は本当によく開催される。ここ30年余を振り返っても
1976年冬季 デンバー→ただし返上 
1980年冬季 レークプラシッド
1984年夏季 ロサンゼルス
1996年夏季 アトランタ
2002年冬季 ソルトレークシティ
6回も開催権を獲得し、5回も開催した。
こんな国はほかにはない。


1960年以降のアメリカが招致に関わった五輪 

冬季五輪開催都市

夏季五輪開催都市

米国の立候補都市

日本の立候補都市

1960

スコーバレー

ローマ

冬)スコーバレー

夏)デトロイト

夏)東京

1964

インスブルック

東京

夏)デトロイト

夏)東京

1968

グルノーブル

メキシコシティ

夏)デトロイト

夏)札幌

1972

札幌

ミュンヘン

冬)ソルトレークシティ

冬)札幌

1976

デンバー→

インスブルック

モントリオール

冬)デンバー

夏)ロサンゼルス

1980

レークプラシッド

モスクワ

夏)ロサンゼルス

1984

サラエボ

ロサンゼルス

夏)ロサンゼルス

冬)札幌

1988

カルガリー

ソウル

夏)名古屋

1992

アルベールビル

バルセロナ

冬)アンカレッジ

1994

リレハンメル

アンカレッジ

1996

アトランタ

アトランタ

1998

長野

ソルトレークシティ

長野

2000

シドニー

2002

ソルトレークシティ

ソルトレークシティ

2004

アテネ

2006

トリノ

2008

北京

大阪

2010

バンクーバー

2012

ロンドン

ニューヨーク

2014

ソチ

2016

リオ

シカゴ

東京

1960年以前の五輪は、ひとつの国から複数の立候補都市が出ることも認められていたため省略)

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October 22, 2009

古い資料を見ていたら、興味深い調査結果が出てきたぞ

古い資料を見ていたら、興味深い数字が出てきた。
長野五輪当時(1998年)の電通の調査結果だ。

長野五輪開幕前
「五輪を楽しみにしている」
首都圏 17・5%
長野  45・0%

長野五輪閉会後
「面白かった」
首都圏 67・5%
長野  75・0%

Q.「競技をテレビで見たか」
A.「毎日何度も見た」+「毎日一度は見た」
首都圏 84・8%
長野  89・0%

「もらい泣きをした」
首都圏 40%以上
長野  40%以上

長野五輪開幕前は、盛り上がりに欠け、冷ややかに見ていた人が多かったが、いざ始まると、日本人選手の活躍で非常に盛り上がったという証左だ。

東京の2016年夏季五輪の招致レース中は、支持が低く悩まされた。
けれども、もし東京で開催されたなら大いに盛り上がっただろう。
良くも悪くも、これが現代の日本人の気質だ。

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October 19, 2009

選手も変わる・組織も変わる ロンドン五輪効果の英国がうらやましい

ロンドンで行われていた世界体操選手権が閉幕した。
男子の個人総合で内村航平が優勝、女子の個人総合で鶴見虹子が2位、さらに男女とも種目別で銀メダルが出た。

が、なんといっても驚いたことは男子の個人総合で、地元英国の選手が2位になったことだ。
日本では、優勝した内村航平の陰に隠れてしまっているが、ダニエル・キーティングという19歳の選手だ。
キーティングは、昨年の北京五輪にも出場しているが、芽が出たのは今年になってから。
今年の欧州選手権の個人総合でもファンビューへンに次いで2位に入っている。
これまでの英国の男子個人総合の最高順位は、1994年ブリスベーンの世界体操での16位だったというから、その快挙振りがわかるだろう。

英国の女子体操界にはエリザベス・トウェドルという世界的な選手がいる。
南アフリカのヨハネスブルグ生まれのトウェドルは、2006年の世界体操の段違い平行棒で優勝し、北京五輪でも同種目に4位に入った選手だ。

現在24歳のトウェドルは、「ロンドン五輪は現役かわからないけど、今年の世界体操まではがんばりたい」。と話していた。
トウェドルは段違い平行棒のスペシャリスト、ロンドン世界体操でも、段違い平行棒の金メダルを狙っていた。

ところが、

予選で自らの名前のついた「トウェドル」という技で落下してしまう。
種目別決勝に進める8人に残れなかった(18位)。
しかし、もう一つの得意種目床運動では4位で決勝に駒を進め、12000人のO2アリーナの観衆の興奮が最高潮に達する中、金メダルを手にした。

そうするとメディアからは、3年後のロンドン五輪にも期待する声が上がってきている。
2012年、27歳のトウェドルが、再びO2アリーナに現れるか、興味は尽きない。

こういった、これまで不毛と言っても良いくらいの競技でも、世界に通用する選手が出てくる。
これこそがロンドン五輪効果だ。
もちろん、金銭を掛けての強化も進んでいるのだろう。
でも、それ以上に大きな目標に向けて、英国のスポーツが活気付いているのだ。
選手の環境も変わる、競技団体の組織も体質も変わる、選手・役員の意識も変わる、五輪が来るとはこういうことなのだ。

●参考記事
ロンドン五輪効果か?英国女子選手 体操で史上初の金メダル

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October 14, 2009

五輪招致の記憶(7) 広島アジア大会の場合

1994年10月 広島アジア大会が始まった。
過去最大の42の国と地域から約7000人の選手、役員が集った。
特に1991年に崩壊した旧ソ連から独立した中央アジア5カ国 カザフスタン、キルギスタン、トルクメニスタン、タジキスタン、ウズベキスタンにとっては、初めての国際総合競技大会となった。

広島市のアジア大会招致は、大会の開催された15年前の1979年に遡る。
アジア大会開幕の4ヶ月前に亡くなった当時の荒木武市長は、
「被爆地から世界に平和を発信したい」
1990年の広島開催の意義を切々と訴えた。

ところが、1982年、北京が90年アジア大会に突如立候補を決める。
アジアのNOCを総括する組織・アジアオリンピック評議会(OCA)は、オイルマネーを背景にクウェートに本部を置いた組織だ。
実は日本も日本主導でも別の組織を作ろうとしたのだが、アラブ圏の結束と潤沢な資金に適わなかった経緯がある。
このとき既に、アジアの中においても日本の発言力は低下しており、OCA総会で決選投票になれば、北京が確実に勝つと見られた。

シェイク・ファハド会長らOCA調査団が1984年6月、広島を訪れた。
ヘリコプターで会場予定地を視察したファハド会長は、整備された道路と周囲の濃い緑に驚いたとされる。
広島平和記念資料館では展示品に言葉を失い、資料館に設置されたノートには、
「世界で最も悲惨な体験をした都市が美しく復興している姿に感銘を受けた」
と記した。

荒木市長はひそかにファハド氏が宿泊するホテルを訪ね、こう切り出した。
「90年大会を北京、94年大会を広島に同時に決定できませんか」。

1984年9月、ソウルでOCA総会が始まった。
メインは1990年のアジア大会開催地決定投票である。
ところが、
「1990年のアジア大会は北京、1994年は広島での開催を提案したい」。
ファハド会長の唐突な提案は、OCAの憲章違反ではないかともめた。
だが、ファハド氏は「最高の決定機関は総会」と押し切り、94年アジア大会の広島開催が決定した。

大会合計の投資額は会場など施設整備に2000億円、会場へのアクセスとなる新交通システム「アストラムライン」に1200億円、新空港に1200億円、山陽自動車道に6000億円など計1兆6000億円に上った。

広島空港は、日本の主要都市にある空港の中でも、指折りの立地の悪い空港と言われている

広島市の中心部から東へ約48.5㎞ 車で53分の丘陵地帯にある。
旧広島空港の3.4倍に当たる167ヘクタールの敷地、旧空港では1800mだった滑走路は3000mある。(開業当時は2500m)
当時「将来は、ロサンゼルス、シドニーとも結ばれる」と言われたものの、
現在の国際路線は、台北、ソウル、大連、上海などに留まっている。

なんといっても交通の便が悪いことがその理由だ。
利用者は広島県内の人に限られ、山口県や岡山県の人がこの空港を使うことはない。

1998年に冬季五輪を開催した長野市。
今から思うと、よく空港のない町に五輪が招致できたと思う。
直近の松本空港から長野駅まで77.3㎞ 車で1時間20分かかった。
海外選手は、関空から松本を経由して、バスで長野入りした。

この広島市が長崎市と組んで、2020年の五輪招致に名乗りを挙げた。
「広島に五輪が来るなら、もっと広島市街地に近いところに新空港を」
といった声も出るかも知れない。
でも、数千億の費用と、五輪後の後利用を考えたら、前原国土交通相が「YES」と言うわけがない。

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October 09, 2009

2016東京招致失敗の原因を考える(3) IOC選手委員選挙に見る日本の地位低下

東京の招致失敗でも見えるように、世界のスポーツ界において日本の地位・発言力は下落したままだ。
北京五輪を成功させ、年々その地位を挙げる中国と、巧みな選挙術で重要なポジションを固める韓国。
その狭間にあって年々その地位を下げているのが日本だ。

先のIOC総会では、招致に立候補している各都市に付けられる番号のくじ引ききがあった。
東京は「8」、リオは「7」になったのだが、このくじの際にムンと呼ばれる長身の東洋人が、アシスタントをしたのをご覧になった方もいるのではないだろうか。

この男の名前は文大成、韓国人であり、アテネ五輪テコンドー80㎏+級の金メダリストだ。
その文氏がなぜあの場にいたのか?
彼がIOC委員だからだ。

IOC委員というと、世の中の表裏を見尽くしてきたような老人を思い浮かべるかもしれないが、こんな若い人もいるのだ。
文大成は、正確にはIOC選手委員で、通常のIOC委員同様に立候補都市を決める投票にも参加できる。
通常のIOC委員と異なるのは、任期が8年と決まっていることだろうか。
IOC選手委員は、若くしてIOCの中枢に学び、将来は世界のスポーツ界のリーダーになる人材と言えるだろう。

IOC選手委員は、選手とIOCの橋渡し役として1981年に創設された。
同年のバーデンバーデンのIOC総会で、選手委員に選ばれた、あのセバスチャン・コーが、前年のモスクワ五輪ボイコットに対し、大演説をぶったのは有名なはなしだ。(日本では誰も知らないが)

1999年に発覚したIOCスキャンダル以降、選手の立場から強力に意見具申するために、IOC委員を兼ねるようになった。
夏季・冬季五輪開催中に、参加した選手の投票によって当選者が決められる。
が、新制度になってから日本人選手で当選した者はない。


●過去のIOC選手委員選挙結果 2008.08.22(北京五輪)
4人当選 任期8年
①文大成(韓国・テコンドー 3220票)
②アレックス・ポポフIOC委員(ロシア・水泳 1903票)再選
③クラウディア・ボケル(ドイツ・フェンシング女子 1836票)
④ユミルカ・ルイス(キューバ・女子バレー 1571票)
の4名が当選した。
日本から満を持して立候補したのは室伏広治だったが、
15位 室伏広治 (落選) 
立候補は29人

選手委員といっても、現役選手が当選するのはやはりきついものがある。
このとき、地元中国からは、劉翔が立候補したが、9位で敗れている。
韓国の文大成は、既に現役は引退していたが、テコンドーという(失礼ながら)超マイナー競技出身者で当選した。
今更ながら、韓国の選挙の上手さが判るだろう。

2006.02.23(トリノ五輪)
15人立候補 2人当選
①のベッキー・スコット(カナダ・スキー距離女子 449票)
②サク・コイブ(フィンランド・アイスホッケー 412票)
③落選 荻原健司(ノルディック複合 392票)

この4年前、ソルトレークシティ五輪の際にも荻原氏は立候補している。
このときはまだ現役選手で、力の入れ方がこのときとはまるで違った、はずだったが、
落選。
世界の荻原と呼ばれた人間が周到に準備をした積りでいても、選手委員になれないのが、日本のスポーツ界の実力だ。

ご存知のように、荻原氏のノルディック複合でもジャンプでも、度々日本に不利なルール改正が行われ、トリノ五輪での日本選手団の不振の一因になったことはいうまでもない。
日本の発言力を高めるために、そして2016年以降の夏季五輪招致の顔となるべく、荻原氏には期待したが、届かなかった。

ちなみに荻原氏の2002年の結果はこうだ。

●2002年IOC選手委員選挙結果
4人当選
①ペニッラ・ビーベリ(スウェーデン・アルペンスキー 640票)
②マヌエラ・ディチェンタ(イタリア・クロスカントリー 593票)(以上任期8年)
③ヤリ・クリ(フィンランド・アイスホッケー 579票)
④オドネ・センデロール(ノルウェー・スピードスケー 427票ト)(以上任期4年)
  中 略
⑦荻原健司(落選 360票) 
立候補は10人

2000年にはテニスの松岡修三氏も立候補したが、完敗している。

●2004年IOC選手委員選挙結果
4人当選
①フランク・フレデリクス(ナミビア・陸上男子短距離)
②ヤン・ゼレズニー(チェコ・やり投げ)
③ヒヒャム・エルゲルージ(モロッコ・陸上中距離)
④ラニア・エルワニ(エジプト競泳)
日本人の立候補なし

●2000年IOC選手委員選挙結果
8人当選
①セルゲイ・ブブカ(ウクライナ、陸上男子)
②アレクサンドル・ポポフ(ロシア、競泳男子)
③スーザン・オニール(豪、競泳女子)
④ロバート・ストブルトリック(米、バレーボール男子)
⑤ヤン・ゼレズニー(チェコ、陸上男子)
⑥シャーメーン・クルックス(カナダ、陸上女子)
⑦ロラント・バール(独、ボート男子)
⑧マヌエル・エスティアルテ(スペイン、水球男子)
23位 松岡修造(落選)

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October 07, 2009

日本の五輪招致2連敗は大したことない スペインは8連敗中、スウェーデンは7連敗中

2016年リオ五輪決定の翌日、新聞各紙には日本の「五輪招致3連敗」の文字が躍った。
1988年名古屋、2008年大阪、2016年東京で3連敗だというのだ。
実際には1998年の長野が、招致成功しているため、2連敗だと思うんだが…

今回同じくリオに敗れたマドリードは、ご存知のように2012年に続いての連敗となった。
が、これで驚いてはいけない。
スペインとして見ると

1998年冬季 ハカ
2002年冬季 ハカ*
2004年夏季 セビリア
2008年夏季 セビリア*
2010年冬季 ハカ*
2012年夏季 マドリード
2014年冬季 ハカ*
2016年夏季 マドリード
と、なんと8連敗中なのだ。

同様に凄いのがスウェーデン

1984年冬季 イエテボリ
1988年冬季 ファルン
1992年冬季 ファルン
1994年冬季 エステルスンド
1998年冬季 エステルスンド
2002年冬季 エステルスンド
2004年夏季 ストックホルム
7連敗中

フランスも凄い

1992年夏季 パリ
2004年夏季 リール*
2008年夏季 パリ
2012年夏季 パリ
4連敗中

ドイツ

1992年冬季 ベルヒテスガーデン
2000年夏季 ベルリン
2012年夏季 ライプチヒ*
3連敗中

そして招致には滅法強い印象のある、アメリカと韓国も

2016年夏季 シカゴ
2012年夏季 ニューヨーク

2010年冬季 平昌
2014年冬季 平昌
2連敗中なのだ。

日本の五輪招致は通算4勝6敗。
負け越しているけれども、決して負け続けている訳ではない。

*の都市は、1次の書類選考で落選し、最終立候補都市にはなれなかった都市。

3回目にして大願を果たしたリオの招致ロゴの変遷をご覧頂こう。


Rio2004l


Lg2012bj2


Lg2016rd

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October 06, 2009

2016東京招致失敗の原因を考える(2) もっと英語による情報発信が必要だ

東京の招致失敗を
 『日本のスポーツ外交の弱さを露呈』 
と、まとめてしまうことは一般紙に任せておくとして、当サイトでは、五輪招致専門サイトとの関わりを考えたい。

近年の五輪招致において顕著なこととして、コンサルタントの活用と、五輪招致専門サイトの影響力の二つが挙げられる。
後者、五輪招致専門サイトとして、大きな影響力を持つものに以下の二つがある。

AroundTheRings (ATR)
GamesBids

どちらも夏季・冬季五輪の招致レースの状況や、ユース五輪、パンナム大会の招致、一般的な五輪関連情報を扱ったいわゆる専門ニュースサイトである。

8月26日付け産経新聞 『【五輪招致】ネット戦略でIOC委員の心をつかめ』によると

有料で得られるATRのニュースは100余人のIOC委員の内、30数人が購読している
とある。
また、同記事には
「ニューヨーク・タイムズやCNN など大手に取り上げられることは必要だが、より重要なのはATRのようなメディアに載ること」。招致委広報・企画部門の松尾崇ディレクターはそう言い切る。
ともある。

元CNNのエド・フーラが社長を務めるATR は、アトランタに拠点を置くが、北京、ロンドン、バンクーバー、シドニーとドイツに通信員がおり、CNN、NPR、ロイター等に記事を配信している。
一方のGamesbidsは、ヘラルドトリビューン等に記事が引用されている。

また、ATR はPowerIndex  Gamesbids はBidIndex と呼ばれる,立候補都市ごとの招致成功指数を、定期的に発表している。
この数字はメディアに多く取り上げられ、大きな影響力を持っている。
下手をしたら、招致レースの流れを変えることさえある。
因みに、2016年五輪に関しては、どちらもリオデジャネイロが1位、東京は3位と的中させた。(但しシカゴの4位はどちらも大外しだったが)。

そして、Gamesbids の売りは、フォーラムが充実していることだ。
当サイトでもときどき、(前回のポストのように)紹介させてもらった。
このフォーラムは、各立候補都市に分かれ、Topics数 Replies数が判る。
書き込みをしているのは、各都市を支持(あるいは不支持)する市民、招致関係者、メディア関連と言われており、IOC委員にも少なからず影響している。
リオ五輪決定後の、10月3日のTopics数 Replies数は下記のような状況だった。(下記に続く)

Forum_1

Topicsの数はシカゴとリオがほぼ同数で、マドリードと東京が少ない。
書き込み数(Replies)は、シカゴ>リオ>マドリードと続き、大きく離されて東京が最下位にある。

英語のサイトであるため、シカゴに関する書き込みが非常に多いのは当然かもしれないが、ポルトガル語が公用語のリオ、スペイン語が公用語のマドリードのTopics にも、多くの書き込みがあることが判るだろう。
東京が極端に少ないのは

・(日本人である)東京の支持者・不支持者に、こうした英語のフォーラムに英語で書き込みのできる人が少ない。
・(世界的にも)東京五輪に関心のある人が少ない。

からだ。

今年の夏前くらいからだろうか、リオに関する書き込みが目に見えて増えていき、9月のIOC評価委員会報告書が出てからは、連日、最高潮のノリでリオの良さを伝えるコメントが踊っていた。
一方の東京は、終始低調のまま終わってしまった。

Googleでニュース検索をしたことのある人も多いだろう。
招致レース中 「Tokyo2016」と入れても DaylyYomiuriや共同の英語ニュースなど日本発の情報(ニュース)ばかりが引っかかる。
その一方、良くも悪くもシカゴに関する情報は山のように出てくる。

アメリカは情報操作を得意とする。
イラク戦争当時、ブッシュ政権は、彼らの言うところのイラン戦争の正当性を、メディアに書かせるという方法を採った。
情報操作とはこうした方法をという。
今回の招致レース中にも、特にシカゴがリードしているとされたその中盤頃は、情報操作の傾向が見えた。

IOCは英語と仏語が公用語であり、IOC委員は英語が堪能な人が多い。
インターネットで五輪招致情報を得ようとすると、どうしても英語の情報が多くなる。
すると、そこには東京にとって都合のいいことはほとんど出てこないのである。

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October 05, 2009

2020年 東京は再度立候補すべきか、海外はこう見ている

2016年五輪が、リオデジャネイロに決まって、海外の五輪専門サイトのフォーラムで、東京の2020年五輪再立候補への期待が高まっている。
これは、IOC総会での東京のプレゼンが、好感を持って受け取られたためだ。

東京が、2020年五輪に立候補するにあたって、2つのポイントがある。
ひとつは2018年冬季五輪に挑む平昌(韓国)の存在、平昌は2010年・2014年と失敗し、3回目の挑戦になる。
もうひとつは、最後の五輪未開催大陸になるアフリカの存在、南アフリカのケープタウンに招致の意欲があると言われている。

2020年に東京が立候補すべきと言う声を2つ紹介する。


ブラジルからの書き込み
IOCの首脳に南米カードがリオ招致で切られたからといって、再びケープタウンで同様の流れになる訳ではない。
今回のリオ決定は特別であって、2020年夏季五輪は、伝統的な都市=五輪運動に貢献してきた都市のための大会かもしれない。
リオには、強い大義名分、良い十分な開催計画、さらには偉大な指導者(ルラ大統領、ヌズマン招致委員会会長、アベランジェIOC委員)があった。
南アフリカに、同じような要素があるかどうか、わからない。
私は、マドリードと東京は立候補しなければならないと思う。
マドリードは、リオの支持層であるラテン票なしで、26~32票を得ている。
そして、2020年が東京に決まることは、はリオ決定の流れとは対照的なものだからだ。


アメリカからの書き込み
私は、東京の2020年五輪招致に賛成だ。
何故ならば東京は文化的にリオとは正反対のものであり、IOCもこれらに注意を払うだろう。
もちろん、2018年冬季五輪に平昌が勝つならば、東京の存在は忘れられるかもしれない。
しかし、平昌が負ける、そして、2018年がヨーロッパの都市に決まれば、2020年夏季五輪がヨーロッパ開催になる可能性は低くなる。
夏季五輪と冬季五輪の大陸持ち回りは全く関係がないと言う考えもあるし、特にアジアに関してはあり得るだろう。

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October 04, 2009

2016東京招致失敗の原因を考える(1)

東京の招致失敗を考えたとき、支持率の低さがまず挙げられる。

3月に筆者はこんな記事を書いた。
危機的支持率 東京五輪賛成は56%(IOC調査) 大阪に並ぶ低さ

以下抜粋である。

1月18日に、競泳金メダリストの北島康介等が東京五輪招致を応援するため、東京都内で街頭演説を行っている。
今から考えると、IOC調査が2月にあることを東京招致委は知っており、世論を盛り上げることを目的に1月にこのイベントを企画したのではないだろうか?

1回限りのイベントであったし、不自然な時期の実施に疑問を持ったのだが、こういった理由があったのだろう。
北島が街頭演説を1度した位で、五輪招致支持が上がる訳がない。
こういったものは地道な継続的な、選挙で言う「どぶ板」的な作業が必要だ。
余りにも付け焼刃的で、これで52年ぶりの東京五輪招致に致命傷になるなら余りにもったいない。

(引用終わり)

結局、この支持の低さが致命傷になってしまった。

読売新聞9月25日 「ロゲIOC会長インタビュー」でも会長はこんなことを言っている。

支持率は、五輪の開催都市決定直後に高く、その後、建設が進み不便が増すと低くなるなど変動するものだ。 ただ、歓迎されないパーティーには行きたくないのも人情。 2000年シドニー五輪のように、街を歩いていても歓迎ムードがあふれていると素晴らしい体験となる。

この段階で東京はふさわしくない、と言っていたのではないか。

東京がロンドン並みの67~70%程度の支持が示されていれば、サマランチの懇願があったマドリードよりも上に行ったかも知れない。

今回の招致レースの東京側の対応は、後手後手が目立った。

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October 02, 2009

もし、マドリードが勝つならば、89歳のサマランチ氏の最後の置き土産だ

89歳のサマランチ前IOC会長は、マドリードのプレゼンの最後に出てきて、こんなことを言った。

「私の人生は、今まさに最後にある。
2016年に私の国が、五輪とパラリンピックを開催することができれば光栄だ。」

現IOC委員は、必ずしもサマランチ時代に委員になった人ばかりではない。
が、よぼよぼになって、小さくなった前会長に懇願されたら、マドリードに入れちゃうかも知れない。


さて、残念ながら2次で敗退した東京のプレゼンメンバーは、以下の通り。
我ながら、河合純一さんの登場は見事に当てた。

東京五輪招致プレゼンテーション(登場順)

三科 怜咲 (15歳の体操少女)
猪谷千春 IOC副会長
鳩山由紀夫首相
石原慎太 郎 都知事
河野一郎 招致委員会事務総長
荒木田祐子 招致委員会理事・五輪金メダリスト
河合純一 パラリンピック金メダリスト
田口亜希  パラリンピック代表
小谷実可子 招致委員会理事・五輪銅メダリスト
室伏広治 五輪金メダリスト
竹田恒和 JOC会長
岡野俊一郎 IOC委員

鳩山首相のスピーチだが、後半部分がいただけない。

東京は安全性と環境の持続性の未来のモデルとなる役割を果たせる立場にある。
すべての人が東京で、人類が自然との調和を図りながら奮闘していることを目の当たりにするだろう。
これは新しい五輪精神ともいえ、人類と自然の原則で私たちを未来に導いてくれる考えだ。
東京は、大都市がいかにして環境を損なうことなく繁栄できるかを世界に示すことになるだろう。

これでは、世界環境博覧会の招致スピーチであって、五輪招致のスピーチではないよ。

●参考記事
東京のプレゼンにパラリンピック代表 河合純一さん登場か?
  

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September 30, 2009

アベランジェがやってしまった、リオデジャネイロが招致に失敗する理由

元FIFAの会長であるジョアン・アベランジェ氏は今年93歳のIOC委員。
サッカーではなく、競泳と水球のブラジル代表として、五輪出場経験を持つ。

2016年夏季五輪招致にリオデジャネイロが懸命になるのも、IOC幹部がリオに好意的?なのも、アベランジェ氏があまりに高齢だからだ。

ところが、このアベランジェ氏、2週間前に大きなポカをやってのけた。

『リオデジャネイロは既に20票を固めたよ』
ブラジルのTV局にこう言ってしまったのだ。

全てのIOC委員に、リオへの投票をお願いする書簡に

中国の何振梁委員 
香港の霍震霆委員 
チュニジアのモハメッド・ムザリ委員 
メキシコのオレガリオ・バスケス・ラナ委員

から「リオに投票する」という返事が来た、とまで言ってしまった。
五輪開催地決定投票は、無記名で行われる。
IOC委員は自分が、どの都市に投票したか、判ってしまうことを最も嫌うのだ。
上記の4人の委員が、アベランジェ氏に送った返事の通りに、リオに投票するとあなたは思うだろうか?

2012年のパリ、2004年のローマ、1994年のソフィア、直前の失言で最有力都市がこけた例は多くある。
果たして歴史は繰り返すのか。

●参考記事
2012年五輪がロンドンに決まったのは、シラク大統領の失言の所為だった
五輪招致の記憶(3) ローマ アテネに敗れる
五輪招致の記憶(2) ソフィア リレハンメルに敗れる

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東京のプレゼンにパラリンピック代表 河合純一さん登場か?

決戦のIOC総会を間近に控え、立候補4都市は順にリハーサルを行った。
東京はどうやら河合純一さんがプレゼンに立ちそうだ。

河合さんといえば、1992年のバルセロナから2008年の北京まで、5大会連続でパラリンピックに出場したスイマーだ。
早稲田大学卒業後は全国唯一の全盲教師(当時)として中学校の教壇にも立ち、現在は静岡県総合教育センターに勤務されている。

実は、今年4月にIOCの評価委員会が来日した際、東京の計画内容について石原都知事以下招致委員会の方々がプレゼンをした。
このとき、河合さんは点字の原稿を読みながら東京パラリンピックの計画、自身の経験を英語でスピーチをした。
評価委員会が滞在していた4日間で、様々なプレゼンがあったが、拍手喝采を受けたのは河合さんだけだった

元々、五輪とは別の組織委員会が運営していたパラリンピックも、2004年のアテネ大会以降同一の組織委員会によって運営されている。
が、これまでパラリンピックの選手のプレゼンはほとんど見たことはない。
パラリンピックが五輪に付随する大会と見られがちだからだ。

河合さんは教師としても、スイマーとしても健常者と何らかわらずやって
来られた。
「障害者」としてくくられることは恐らく嫌うだろう。
東京にスポーツの祭典を招くアスリートの一人としてのプレゼンに期待したい。


河合さんはローマで急逝した古橋広之進さんと同郷だ。
今年も浜松市内で3回会い、「頑張って」と声をかけられたと言う。

東京プレゼンメンバー(予想)
猪谷千春 IOC副会長
鳩山由紀夫 内閣総理大臣
石原慎太郎 都知事
竹田恒和 JOC会長
河野一郎 招致委員会事務総長
小谷実可子 招致委員会理事
室伏広治 (オリンピアン)
河合純一 (パラリンピアン)

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September 29, 2009

シカゴ市民に聞きました 大統領が行き、シカゴは勝てますか?

アメリカのオバマ大統領が、10月2日のIOC総会(コペンハーゲン)で之プレゼンに参加することに決まったが、シカゴ市民は、これについて覚めた見方をしているようだ。

シカゴの高級紙シカゴ・トリビューン紙は、「経済危機や医療保険改革の論議が大詰めの状況で行くべきではない」との社説を掲載した。
同紙のインターネット調査では、「大統領が行き、シカゴは勝つか」との問いに「YES」と「NO」が拮抗している。

シカゴ市民にとっては、一度はあきらめた2016年なのに、オバマ大統領の登場に困惑しているようだ。

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September 28, 2009

2012年五輪がロンドンに決まったのは、シラク大統領の失言の所為だった

失言が多いことで知られるベルルスコーニ・イタリア首相は27日、ミラノで開かれた与党自由国民の大会の演説で、黒人であるミシェル・オバマ米大統領夫人について「ミシェルも日焼けしている」と述べたという。

政治家が、ジョークのつもりで言ったひとことが、致命的な傷になることはよくある。
2012年五輪が、ロンドンに決まったのはブレア首相(=当時)のロビー活動もさることながら、シラク大統領(=当時)の失言だった、という話もあるのだ。

この年 2005年は、シンガポールのIOC総会のその日に英国でサミットが開幕した。
サミット前に、シラク仏大統領が、プーチン・ロシア大統領、シュレーダー・ドイツ首相(いずれも当時)と会談した際、フランス人らしいキツイジョークで英国を皮肉ったのだ。

シラク氏は、
「英国が欧州の農業にもたらしたのは、BSEだけだ
と述べると、さらにエスカレートし、
「我々は料理のまずい国の国民は信用できない、フィンランドに次いで、料理がまずいのが英国だ
と言い放ってしまった。

シラク大統領は、ブレア首相同様にサミットを控えていたため、IOC総会には出ず、事前のロビー活動を展開した。
しかし、「世界一料理がまずい」といわれたフィンランド2人のIOC委員が、ロンドンに投票したのはもちろん、他のIOC委員も、完璧な準備をしたはずのパリから心が離れていったのは、想像に難くない。

*BSEってこの当時はよく聞かれたけど、覚えてますか?

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September 27, 2009

史上初 五輪招致プレゼンテーションに現役総理大臣登場

FNNによれば鳩山首相が、2016年夏季五輪の東京招致実現のため、デンマーク・コペンハーゲンで開かれるIOC総会への出席を決めたことが明らかになった。

日本の五輪招致は、戦前から数えて10回目だが、史上初めて現職の総理大臣が、招致プレゼンテーションをするこことになった。
鳩山氏の知名度は、カルロス国王やルラ大統領には劣るかもしれないが、政権交代を成し遂げた事実は広く伝わっている。
そして、スタンフォード大学大学院修了という経歴もプラスになる。


鳩山首相は、高校は都立小石川高校に学んだ。
小石川ファミリーの中には、意外な人物がいる。
現役IOC委員であり、元日本サッカー協会会長の岡野俊一郎氏である。
両氏は小石川だけでなく、東大でも先輩となる。
鳩山首相は工学部卒業、岡野氏は理科二類に入学したが6年間在学し、文学部を卒業したという経歴を持つ。

さて、2012年五輪がロンドンに決まった際に、抜群の存在感を示したのが当時のブレア首相だ。
一部メディアは、ブレア氏がIOC総会のプレゼンにも参加したと書いているが、これは大きな間違い。
プレゼンにはビデオのみの登場。
サミットを控えていたため、投票時にはシンガポールを離れていた。
ただ、現地での総会前のロビー活動は活発だった。

ブレア氏は、シンガポールに赴く前に全てのIOC委員の一人一人に、「いつ、どこで会えるか」という電子メールを送り、20人を超えるIOC委員に会った。(40人・60人という説もある)
北朝鮮のIOC委員に張雄氏という人物がいる。
この張雄IOC委員の誕生日には、花束を持って会ったという。
当時、招致レースはパリが大本命。
ロンドンは逆にパリに4票の差をつけて番狂わせを演じた。
ブレア氏が10票上乗せしたと分析されている。

岡野俊一郎さん、後輩の鳩山首相をIOC委員にどんどん紹介してください。

●参考記事
2005年のロンドンのプレゼンを見てきた。

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September 23, 2009

バスケットスペイン代表欧州を制す ここから見えてくるもの

ポーランドで開かれていた2009年バスケットボール欧州選手権男子(兼2010世界バスケ欧州予選)は、21日スペインが85-63でセルビアを破り、初の欧州王者となった。

マドリードの市役所前には、バスケの優勝を祝うとともに、これを2016年夏季五輪招致成功の前祝いとする20000人の市民が集まった。

バスケットの欧州選手権のニュースは、日本ではまず流れることはないが、欧州は今やアメリカと並ぶバスケットボールの本場である。
そしてスペインは、欧州バスケの中心である。

1992年のバルセロナ五輪 アーチェリーで聖火を点灯させたパラリンピック選手のアントニオ・レボジョに、聖火を引き継いだのがフアン・アントニオ・サン・エピファニオ。
バルセロナ市民が今も当時を懐かしむエピファニオは当時33歳。
スペインバスケット界のスーパースターであり、ロサンゼルス五輪銀メダルのメンバーの一人でもあった。

自他共に認める欧州のバスケ強国とはいうものの、なかなかビッグタイトルが獲れなかったスペイン代表だが、日本開催だった2006年世界バスケットボール選手権で初優勝、今年の欧州選手権が2つ目のビッグタイトルとなった。

このスペイン代表の快挙を見守った一人に、国際バスケット連盟(FIBA)会長のパトリック・バウマン(42歳=スイス)がいた。
バウマンは現役のIOC委員のひとりであり、10月2日にコペンハーゲンで2016年夏季五輪開催地を決めるために1票を行使する一人でもある。

一方、今年の8月には中国・天津で、欧州と同様に男子バスケットボールのアジア選手権が開催された。
出場したのは16カ国。
イランが大会2連覇を達成し、中国・ヨルダンとともに2010年世界選手権(トルコ)の出場権を獲得した。
地元開催だった2006年に続いての世界バスケ出場を目指した日本代表は、なんと10位に終わった。
これは日本代表のアジア選手権における過去最低の成績でもある。

五輪においては、サッカーよりもバスケットが、最も世界中の関心を集める球技であるといって良いだろう。
(バスケもそうだが)球技全般の国際競争力が、五輪招致に影響することを忘れてはならない。

                                 
日本では、1964年の東京五輪をきっかけにして各競技団体が組織化され、多くの球技で日本リーグが誕生した。
ただそのチームは企業チーム、実業団であり、一端不景気になると、「企業の論理」で簡単に廃部されているのが現状だ。
筆者自身は、世界の流れからも、企業チームからクラブへの移行、そしてトップリーグのプロ化は日本のスポーツ界の健全な発展のために必要であると考えている。
その契機となるのは、2016年の東京五輪以外にはあり得ない。
違う言い方をするならば、五輪という大儀名分以外に、ドラスティックなスポーツ界の改革はできないのだ。

東京五輪招致に反対する、あるいは賛成しない人たちに、健全な日本のスポーツの発展のために五輪招致が必要であるという訴え方もあったのではないか。
環境に優しい五輪とか、成熟した都市の再構築といったコンセプトよりも、素直に心に響いたと思うのだがいかがだろうか。 

●参考記事
欧州籠球事情 バスケットユーロ

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September 18, 2009

ブラジル紙に見る4都市の評価

東京の記述が一番少ない!
東京はポルトガル語だとTOQUIOになる。

Batalhaolimpica_2016_infografico_60

IOC総会の開かれるコペンハーゲン入りするアスリートが発表になった。
金メダリスト6人の豪華な顔ぶれだ。

荒木田裕子 バレーボール:1976年モントリオール大会金メダリスト
新城幸也  2009年ツール・ド・フランス出場
河合純一  パラリンピック代表
小谷実可子 シンクロナイズドスイミング:1988年ソウル大会銅メダリスト
鈴木大地  水泳:1988年ソウル大会金メダリスト
高橋尚子  陸上・マラソン:2000年シドニー大会金メダリスト
田口亜希  パラリンピック代表
橋本聖子  スピードスケートおよび自転車:1992年冬季アルベールビル大会銅メダリスト
別府史之 自転車:2008年北京大会出場、2009年ツール・ド・フランス出場
松木安太郎 サッカー:元日本代表
室伏広治  陸上ハンマー投げ:2000年シドニー大会、2004年アテネ大会金メダリスト、2008年北京大会出場
森末慎二  体操:1984年ロサンゼルス大会金メダリスト
山下泰裕  柔道:1984年ロサンゼルス大会金メダリスト

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September 15, 2009

2001年 大阪五輪招致プレゼンテーション

今から8年前の2001年、大阪市は2008年五輪招致に挑み、北京に完敗した。
この大阪招致団からは、下記のような人たちがIOC総会(シンガポール)でのプレゼンに参加した。
既に故人になられた方もいる。
劣勢が伝えられていた大阪だったが、プレゼンの内容は電通に製作を委託、まずますの内容だったと伝えられている。

磯村隆文 大阪市長(当時)・招致委員会会長
八木佑四郎 JOC会長(当時)
遠山敦子 文部科学大臣(当時)
竹田恒和 JOC常務理事(現会長)
小谷実可子 OCA選手委員会委員長(当時)
梁美沙 大阪在住の中3バイオリニスト
小泉純一郎 (ビデオ)首相(当時)

中でも、梁美沙さんのスピーチは強いインパクトを与えたようだ。
こんな内容だった。

私は14歳、中学校に通っています。
オリンピックは大好きです。
オリンピックを見ていて、スポーツ選手と音楽家には多くの共通点があると思います。
ただ一度のパフォーマンスのために、長い時間、また何度も練習しなければいけません。
音楽とスポーツはその意味で似ていると思います。
私は、大阪生まれで大阪育ちの韓国人です。
シドニーで、南北朝鮮の選手団が一つのチームとしてスタジアムに入場行進しました。
とても感激しました。
スポーツの力を気づかせてくれました。
オリンピックは本当に平和の架け橋だと強く感じました。
2008年には、私は21歳です。
もし大阪にオリンピックが来たら、開会式でオリンピック賛歌を再び演奏することが、私の夢です。
大阪はフレンドリーなまち、「ココロ」です。
私は私のホームタウン、大阪が大好きです。
是非大阪でオリンピックを開催してください。
ありがとう。

スピーチの前に、梁美沙さんはバイオリンで一曲弾いた。
「オリンピック賛歌」だ。
中学生によるバイオリンの演奏が、高いインパクトをもたらすと同時に、在日韓国人の彼女の姿を通して、決して単一民族国家でない日本をも表現したのだ。

海外からも有名選手が、ビデオで協力。
モーリス・グリーン、スティシー・ドラギラ(ともにアメリカ・陸上)の両選手が登場し、大阪の競技会の運営能力の高さをアピールした。

もし仮に、今回の東京招致でも、外国人が日本の競技運営能力や日本の魅力を伝えるというなら、北京五輪マラソン金メダルのサムエル・ワンジル(ケニヤ)がいい。
仙台育英高校に留学していた日本人育ち。
流暢な日本語のスピーチはIOC委員を驚かせるに違いない。

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September 14, 2009

2005年のロンドンのプレゼンを見てきた。

今日の朝日新聞に『東京五輪招致、「顔」決まらず ライバル国は豪華布陣』と題された記事が掲載された。
東京五輪招致には、一歩引き気味な朝日新聞も、IOC総会での東京の顔不在に気をもんでいるのだ(?)。

先ほど改めて、ロンドンに招致の決まった2005年のIOC総会のビデオを見てきた。
IOCのサイトに行けば、50分弱のロンドンのプレゼンを丸々見ることができる。

実は、このときのシンガポールのIOC総会のロンドン招致団のプレゼンには、ベッカムもブレア首相(当時)も出てこない。
ベッカムは、シンガポールに来ていたがプレゼンには参加せず、サミットを控えていたブレア首相は、ロビー活動のみで、プレゼンにはビデオでの出演だった。
プレゼンに登場したのは下記の人物だ。

①アン王女(IOC委員)
②エリザベス女王(ビデオ)
③Craig Reedie(IOC委員)
セバスチャン・コー(陸上金メダリスト・招致委員会会長)
⑤Denise Lewis(陸上7種競技金・銀メダリスト)
⑥Ken Livingstone(ロンドン市長=当時)
⑦トニー・ブレア首相(=当時・ビデオ)
⑧ネルソン・マンデラ南ア大統領(=当時・ビデオ)
⑨Tessa Jowell文化長官(現五輪担当大臣)
セバスチャン・コー

45分のプレゼンのほとんどは、セバスチャン・コーが話している。
ボイコットの応酬で、ともに片肺に終わったモスクワ・ロサンゼルス両五輪の陸上1500mで金メダルを獲ったコーは、アイドルというよりも神様のような存在だ。
今尚、そのカリスマ性、存在感たるや代わる人物はいないだろう。

「私が今日ここに立っているのは、自分自身が、オリンピックムーブメントによって感激させられたからです。
メキシコ五輪当時、私が12歳の時、私は学校の集会所にクラスメートとともに行きました。
私たちは古い白黒テンビの前に座り、五輪の映像を見ました。
その日が、私を新しい世界に連れて行ってくれる窓となったのです。」

そしてコーは、14歳のロンドンの二ューハム地区に住むバスケットボール選手Amber Charlesを紹介した。
その風貌はいかにも移民といった様子だ。

「なぜ彼女がロンドン招放団の一員なのか、私たちの目的は、若者たちに活気を与えることです。
ロンドン東部に住む彼女らは、最も直接的に五輪に触れることが出来るでしょう。
ロンドンに住む人の出身国は、200カ国にも及び、彼女らの家族は各大陸出身者です。
ロンドンの文化の融和は、彼らの存在は、世界のお手本になるでしょう。
彼女らのスポーツを愛する心、そして私たちのロンドンに五輪を招くことは、心からの夢なのです。」

通常、各立候補都市の最後のプレゼンテーションでは、施設の充実をアピールに終始する。
が、ロンドン招致委委員会会長のセバスチャン・コーは、五輪選手出身者らしい締め方をした。

「スポーツに親しむ子供たちを増やし、ロンドンからイギリス、そして世界中に広めていく、次の世代にオリンピック遺産を引き継ごう」
という訴えが、招致成功の決め手になった。

これに対し、ジャック・ロゲIOC会長は
「ロンドンの五輪をきっかけに若者がスポーツをする環境を整える計画は、IOCの理念と一致するものだった。」
と感想を述べている。

さて、朝日新聞記事にもあるようにIOC総会のプレゼンテーションでは、とくに近年は国家元首や世界的に知名度の高い人物が登場し、国を挙げた熱意を演出するのが恒例となっている。

東京は、皇太子も新首相も不在となるかもしれないが、室伏広治選手の総会出席が有力視されている。
父親の重信氏の応援で行ったロス五輪、自身が選手として初めて行ったシドニー五輪、金メダリストのドーピングが発覚し、自身のメダルの色が変わったアテネ五輪の話などをしてくれるだろう。
きっとセバスチャン・コーにも劣らないスピーチになると思う。

●参考記事
2012年夏季五輪開催地決定

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September 13, 2009

東京の招致成功指数も3位に後退

五輪招致専門のニュースサイトGamesBids.comは、BidIndexと呼ばれる数理モデルを定期的に発表している。
この数字は2016年五輪開催候補都市に対し、過去の五輪招致成功都市との相関係数を示したものだ。
まあ、日本人的に言えば招致成功の偏差値のようなものか。

2009年3月の時点では4都市中トップだった東京が、9月10日付けでは3位にランクダウンしている。
トップはここでもリオデジャネイロ。
2位には、ミッシェル・オバマ氏のプレゼンテーション出席を発表したシカゴが付けている。

東京のIOC総会のプレゼンには、皇太子殿下はともかく、鳩山新首相ですら出席が未定だ。
民主党政権は、事前に予想できたことだ。
東京の後手後手ぶりにはいらいらが募る。

GamesBidsのBidIndex
2009年3月
東京 61.41
リオ 59.95
シカゴ 58.73
マドリード 58.37

2009年9月
リオ 61.61
シカゴ 60.01
東京 59.20
マドリッド 57.80

さて、このBidIndexがどのくらい信憑性があるかだが、GamesBidsは、北京に決まった2008年夏季五輪招致の結果が、BidIndexどおりに決まったと自慢している。

都市

BidIndex

投票①

投票②

北京

75.44

44

56

トロント

63.79

20

22

パリ

58.71

15

18

イスタンブール

53.94

17

9

大阪

53.81

6

-

とはいうものの、北京圧勝はだれでもが予想できたこと。
2012年も2014年もGamesBidsの予想は外れているのだ。
果たして2016年は如何に?

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September 09, 2009

政治の駆け引きに使われる五輪招致

フランス・ブラジル両国政府は7日、フランス製ラファール戦闘機36機を、ブラジルが購入するに合意したと発表した。
サルコジ仏大統領が現在ブラジルを訪れており、合意発表は両国首脳会談後に明らかにされた。

フランスは、同戦闘機の技術移転をブラジルに認め、同国がこの技術を応用した戦闘機開発、他国への売却も認めているという。
購入金額金額は推定で4億ドルから7億ドルの間と見られている。

五輪招致が、政治の駆け引きに使われる典型的な例だ。
昨日、ブラジル訪問中のサルコジ・フランス大統領は、ルラ・ブラジル大統領と会談し、2016年夏季五輪の開催地に立候補しているリオデジャネイロを全面支援すると表明したばかりだった。
ラファール戦闘機は、フランス・ダッソー社が開発し、総帥セルジュ・ダッソーはサルコジの盟友として知られている人物だ。

一方、2016年五輪招致を東京と争うブラジルとスペインの、2014年冬季・2016年夏季五輪テレビ放映権額が決まった。

ブラジルは2億1000万ドル
スペインは1億ドル

ブラジルが、2010年冬季・2012年夏季五輪に対し支払うテレビ放映権は、わずかに6000万ドル。
地元開催になることを見越してか、3.5倍に膨れ上がっている。

スペインは、2012年まではEBU(欧州放送連合)による一括契約のため、比較になる数字はない。

もちろん、日本も米国も、ブラジルやスペイン以上に毎回の五輪放映権は払っているが、交渉は10月2日の開催地決定後に予定されている。


Rights

●参考記事
2016年から変わるかも?五輪テレビ放送(上)
2016年から変わるかも?五輪テレビ放送(下)

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September 07, 2009

五輪招致の水面下で活躍するコンサルタント

スポーツコンサルタントと呼ばれる職種がある。
五輪や大きな競技大会の招致のための広報を請け負う企業や個人だ。
五輪招致であれば、I0Cとの人脈の仲介から開催計画の立案なで助言、指導する専門家を各立候補都市は雇っている。
1991年に招致が決まり、1998年に開催された長野冬季五輪の際にも、長野はスイスの業者と45万スイスフラン(約4500万円)のコンサルタント契約をしていたというから、この歴史は意外と古い。

現在、東京の広報戦略担当するジョン・ティプス氏(ジョン・ティブスアソシエーツ)は、2004年アテネ、2008年北京、2014年ソチ五輪の招致成功に導いた人物だ。
ソルトレークシティや長野五輪の招致を巡り、IOCスキャンダルが起きた。
この後、立候補都市とIOC委員とが接触しづらくなった現在の招致活動では、こうした立候補都市を渡り歩くコンサルタントを抜きに語れない。
立候補都市に代わって、IOCやIOC委員とコンタクトが取れるのがコンサルタント、ということになる。
もちろん、有能なコンサルタントは立候補都市で引き抜きもある。

東京以外の立候補都市は、次のような企業と契約している。(各都市とも複数契約しているようなのでほかにもあると思われる)

シカゴ HILL&KNOWLTON
実績 北京五輪のオフィシャルPRエージェンシー

マドリード pmpLEGACY
実績 2010デリー英連邦大会や世界バスケットボール選手権

リオデジャネイロ Caio Grynberg
実績 2007年リオデジャネイロ パンアメリカン大会

こうして見ると、東京のコンサルタントが最も実績があるようなのだが・・・。

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September 04, 2009

この道はいつか来た道 北京のときに似ているぞ

9月2日に発表されたIOCの評価報告書、意外だったのはリオデジャネイロの評価が極めて高かったことだ。これについてメディア各社はこう分析している。

「非常に質が高い」。リオが評価委から得た評価は他の候補地にないほどの表現が盛り込まれていた。東京五輪のある招致関係者は「事務方がまとめただけなら、ああはならない。その後に上層部から政治的な圧力が加わったのだろう」と語った。(産経新聞)

IOCのロゲ会長が南米初の五輪開催を実績にしたい、という風評もある。招致委幹部も「リオを選ばせようとする意図を感じる」と警戒する。(中日新聞)

南米初の五輪開催を「社会変革」と「インフラ整備」に結び付けるリオの理念が、予想以上に好意的に受け止められた。(共同通信)


2008年6月に立候補都市を7都市から4都市に絞ったときの各都市の評価はこうなる。
実は、このときとリオデジャネイロの計画内容は、ほぼ同内容だ。

東京8.3
マドリード8.1
シカゴ7.0
ドーハ6.9
リオデジャネイロ6.4
1次選考に落ちたドーハよりも、リオの評価は低かったのだ。

さらに、ドイツで発刊されている国際スポーツ情報誌「スポーツインターン」が、IOCに先立ち独自に発表した評価は、次のようになる。

東京 1・94
マドリード 2・32
シカゴ 2・53
リオデジャネイロ 2・87
(数字が少ない方が高評価となる6段階評価)
同誌は「事実と数字だけで決めるのであれば、候補は東京とマドリードに絞られる」と書いた。

客観的に見て、リオデジャネイロがトップになるのは不自然だ。

思い出すことがある。
北京に決まった2008年五輪の招致レースだ。

都市のインフラが充実し、競技施設の66%が既存という大阪に「改善の余地あり」という評価が付き、競技施設のほとんどが計画のみの北京に「エクセレント」と評価されるなど、始めに北京ありき という政治的な色彩の濃い招致レースだった。(五輪招致の記憶(4) 大阪 北京どころかイスタンブールにも及ばず

IOCの意図は、南米初の五輪開催を実現させることだろう。
台本は作られつつある。
この道はいつか来た道 北京のときに似ている。

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September 02, 2009

勝者なきIOC評価調査報告 でも東京一歩リードか?

今年の4~5月に2016年夏季五輪に立候補した4都市の評価報告書がIOCから出された。
その一部を紹介しよう。
これによると、本命は見えてこない。

CHICAGO
シカゴが評価された点は、コンパクトな計画だ。
選手にとっても、観客にとっても移動時間は最小にされている。市の中心から8kmの中にほとんどの競技施設がある。
しかし、五輪開催時に、この地区の通勤者が使う鉄道の利用率が2倍になる。
鉄道が、期間中の観客の輸送の2/3を扱うと予想される。
また、赤字が生じた場合、7億5000万ドルを上限とする補てんは保証されたが、IOCの求めている財政的補償を、招致委員会は完全に満たすことができない。

TOKYO
1964年に五輪を開催した東京は、コンパクトな計画、効率的な交通機関システムが整い、さらには4000億円の基金が既に用意されている。
しかし、都民による支持は4都市中最も低い。
そして、計画されている競技施設が本当に必要かどうか懸念がある一方、既存施設と記載されながら、実際には建設する必要がある多くの施設がある。

MADRID
2012年大会に引き続き立候補したマドリードは、4都市の中で最も高い市民の支持を得ている。
必要とされる33の競技施設のうち23が既にあるが、残りの施設の建設費用について懸念がある。
また、国内法が反ドーピング基準に適合していない可能性がある。

RIO DE JANEIRO
南米初の五輪開催をめざすリオデジャネイロ。
ホテルが不足し、観光船の使用で補おうとするが、セキュリティの面で不安を禁じ得ない。
五輪開催時の交通輸送システムの不足はは懐疑的とさえ言える。

*「東京に辛口」と伝えるメディアがあるが、やはり東京一歩リードではないだろうか。
東京のマイナス要素は、都民による支持の不足と、選手村、五輪スタジアム周辺の交通。
ただし支持の不足は"relatively low"「比較的低い」と表現され、致命的ではないと見られる。

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September 01, 2009

サマランチ・ジュニア マドリードは五輪史に残る大会を開催できる

8月28日 IOC委員のファン・アントニオ・サマランチJrは、マドリードがオリンピック史上で最も忘れられない大会を主催できると信じていると記者会見したという。

サマランチJrとは、前IOC会長の息子だ。
この前会長のアントニオ・サマランチ氏とは、五輪の肥大化、商業主義化、プロ化に大変功績があり、さらには五輪招致を巡るIOCスキャンダルの元凶であった人物だ。

サマランチ父が、IOC会長を辞めたのが2001年のモスクワIOC総会。
自らと交代するかのようにIOC委員に押し込んできたのが、サマランチJrだった。

先述のIOCスキャンダルが発覚したのが1999年、サマランチが息子をごり押ししたのは2001年、IOCスキャンダルのわずか2年後にはこんな勝手振る舞いが、まかり通っていた。

ジュニア氏の、このときの肩書きは国際近代五種連盟第一副会長だが、自身が特にスポーツをやってきたという実績は、父親同様にない。

ジュニア氏がなぜIOC委員になれたのか?父親の影響力以外にない。

息子をIOC委員にした際の記者会見で、サマランチは、過去に親子でIOC委員になった9例のすべて読み上げ、「特に問題はない」と胸を張ったという。


先の衆議院議員選挙では、マニフェストに世襲制限が盛り込まれた結果、初当選を果たした158人中、世襲は11人に減った。
とはいうものの、全体での世襲議員は90名に昇るそうだ。

▼長野五輪閉会式でのサマランチ氏 アリガトナガノ サヨナラニッポン

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August 27, 2009

東京に厳しい評価 ベルリンにて

ベルリンの世界陸上は、2016年夏季五輪立候補都市にとっては、最後のアピールする場だった。
4都市がそれぞれにベルリンオリンピックスタジアムの脇にブースを作り、IOC関係者や、ドイツの陸上ファンに資料を配るなどした。

東京のブースについて、感想を綴っているものを紹介しよう。(原文は英語)

●私にとって東京のブースは最も貧弱だった。
招致関連のものはほとんどない。
招致のコンセプトについて質問すると、そこにいた英語力の乏しい女性は、少し慌てて、上司に聞きに行き、舞台袖に行き、そして「あなただけに」と言ってパンフレットをよこした。
それは「どこに行けば、芸者と写真が撮れるか」等旅行者向けの資料だった。
なんてこった、ここは東京招致のプロモーションの場所じゃないのか?

●東京は印象的な展示だった。非常に技術的で、ホストも親切だ。
ただ、非常に地震の多いこの地区に、このような人工の島を建て、競技場を造るるだけの理由が判らない。

これらはGAMES BID.COMのフォーラムの中に書き込まれたものだ。
勘違いもありそうだが、東京の評判はよくない。
GAMES.BIDでは、ネットーユーザーによる開催地投票を行っているが、東京は断トツの最下位だ。
一般ネットユーザーとIOC委員の思考はもちろん異なるものの、余りの東京の投票数の少なさに悲しくなった。

2016b


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August 19, 2009

ベルリンのオリンピアシュタディオンは 8レーンしかない

IAAF(国際陸上競技連盟)は、2002年から五輪、世界選手権は、全てIAAFが認定した「クラス1」の競技場のみで開催と規定した。
であるから、近年の五輪・世界陸上を開催したのは全て9レーンを擁する競技場ということになる。

ちょっと待ってくれ。

開催中の世界陸上ベルリン大会 青いトラックの眩しい競技場は、8レーンしかない。
直走路(ホームストレッチ)は9レーンあるが、事実上使用していない。

世界陸上開催中のベルリンオリンピアシュタディオン(オリンピックスタジアム)は、1936年のベルリン五輪のメイン会場として造られたスタジアムだ。
今年で73年、古いスタジアムが多いヨーロッパでも指折りの古さになる。
なんといっても1936年の五輪、1974年の西ドイツW杯、2006年のドイツW杯と3回の巨大イベントの舞台になったスタジアムは、世界中でもベルリンと、メキシコシティのオリンピコの2つしかない。

オリンピアシュタディオンは、ドイツ2度目のW杯のために2億4200万ユーロかけて改修したという。
日本円にすると約320億円。
この金額は2002年のW杯のために新設された宮城スタジアムやエコパスタジアムよりも高額になる。

2016年夏季五輪の開催地に立候補している東京が、計画している10万人収容(仮設を含む)の新五輪スタジアムの建設費用は898億円。
人類史上最高額のスタジアムであり、海外では10億ドルのスタジアムと揶揄されている。

1964年の東京五輪のメイン競技場だった国立霞ヶ丘陸上競技場は、1958年に竣工、今年で51年目。
かなり老朽化しているが、オリンピアシュタディオンよりは若い。

1991年の世界陸上の舞台だった国立競技場だが、直走路も曲走路も8レーンしかない。
「2016年になぜここを改修して使わないのか」の問いには
「9レーン取るために拡げると敷地がはみ出る」との答えが来た。
もっともサブグラウンドもないという欠点もあるし、「首都にふさわしいナショナルスタジアムを」というのは、文部科学省の悲願でもあるらしい。

ところが、2000年以降の五輪・世界陸上のメイン競技場が何レーンだったか、下記のようになる。
長居と北京以外は実は曲走路9レーンを満たしていないのだ。

国立競技場も直走路が9レーン取れれば、改修もありかもしれない。
国立を生かしたほうが、五輪のレガシーの生きる街をアピールできるかもしれないぞ。

Iaaf_3

●参考記事
新オリンピックスタジアムの建設費用は898億円
石原慎太郎都知事 「国立競技場はダメだ」

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August 14, 2009

ソフトボール落選 これって密室会議じゃないの?

IOCは13日、ベルリンで理事会を開き、2016年夏季五輪の追加2競技にラグビー(7人制)とゴルフを絞り込んだ。
野球とソフトボールの復活はならなかった。

実際には10月の総会に諮る訳だが、ほぼ正式種目を決める会議をIOC理事会にした点に疑問がある。
IOCの理事会は、100人以上いるIOC委員の内の15名でしかない。
癒着や買収があったとは思わないが、この結果がIOCの総意であるとは思いにくい。

ロゲ会長を除く14人の出身地域は欧州6、アジアとアフリカが各3、米州2。
この14人による投票は、過半数を獲得する競技が出るまで最少票数の競技を振るい落とすという、五輪開催地決定と同じシステムを採り、どの理事がどの競技に投票したかは公表されていない。

1回目の投票結果は、ラグビー7票、空手3票、野球2票、ゴルフとソフトボールは各1票。
これが各理事の本音で、基礎票になる。
おそらくソフトボールの1票は猪谷さんだろうと思われる。

その猪谷氏は競技採用について、「プレゼンも含めて総会ですべき」と指摘していたとされるが、適わなかった。
これでは、まるでサマランチ時代を髣髴とさせる密室会議ではないか。


●IOC理事会メンバー 氏名と国籍及び競技歴

会長
Jacques Rogge (ジャック・ロゲ Belgium) ヨット

副会長
Lambis V. Nikolaou (Greece) なし
Chiharu Igaya (猪谷千春氏 Japan) アルペンスキー銀メダリスト
Thomas Bach (Germany) フェンシング
Zaiqing Yu (People`s Republic of China) なし

理事
Ser Miang Ng (Singapore) なし
Mario Pescante (Italy) 陸上五輪出場経験なし
Sam Ramsamy (South Africa) なし
Gerhard Heiberg (Norway) なし
Denis Oswald (Switzerland) ボート銅メダリスト
René Fasel (Switzerland) アイスホッケー五輪出場経験なし
Mario Vázquez Raña (Mexico) 射撃五輪出場経験なし
Frank Fredericks (Namibia) フレデリクス・陸上銀メダリスト
Nawal El Moutawakel (Morocco) ムータワキル・陸上金メダリスト
Richard L. Carrión (Puerto Rico) なし

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August 13, 2009

五輪招致の記憶(6) 世界バスケットの場合

2010年の世界選手権の出場権を懸けたバスケットボール男子のアジア選手権は12日、 中国の天津で2次リーグを行い、E組の日本は台湾に79-99で完敗し、同組5位となり準々決勝進出を逃した。
日本は今大会の上位3チームが獲得する世界選手権出場権を逃すとともに、9~12位決定予備戦に回り、北京五輪予選だった2007年徳島大会の8位を下回るアジア選手権の史上最低成績となることが確定した。

覚えているだろうか。
2006年にFIBAバスケットボール世界選手権(男子)が、開催されたのはさいたま市である。
日本代表は予選D組でパナマに勝っただけの1勝5敗、決勝トーナメント進出できず、24か国中20位に終わった。
斎藤―田中に沸いた甲子園の高校野球 駒大苫小牧対早稲田実業 が同時期に行われ、視聴率も芳しくなかった。

この世界バスケが、なぜ2006年開催だったのか、あまり知られていない。
元々、日本バスケットボール協会が男子の世界選手権を招致しようとしていたのは2002年大会。
1995年の福岡ユニバーシアード準優勝、1998年の世界バスケット出場など、90年代後半の男子日本代表の活躍はめざましかった。
折からのバスケットブームもあり、また、2000年3月だった、さいたまスーパーアリーナ竣工の日程もうまく合った。

2002年大会に立候補していたのはさいたま市とインディアナポリス。
開催地は1997年、FIBAの理事会で20名の理事による投票によって決められた。
このとき、日本はシドニー五輪に出場する気でいたし、今さらバスケットの盛んなアメリカで開催するよりも、アジアでの普及のために…という空気が流れていた。

ところが、結果は10対10。
同数の場合はFIBA会長の裁量で開催地が決定されることになっており、アメリカ人の会長(名前が思い出せない)はインディアナポリスを選んだ。
2002年女子の世界選手権が中国南京に決定していたこともあり、男女ともアジア開催にならないように、インディアナポリスを選んだということを会長は話した。

そして、次のように付け加えた。
「ただし、日本が、2006年大会に立候補するのなら、FIBAは優先的に日本開催を支持する」と。
これに対し日本協会は一端帰国し、即答は避けたもののFIBAの案を受け入れ、2006年世界バスケット日本開催が決まったのである。
2002年大会はユーゴスラビア(現セルビア)がアルゼンチンを下し優勝。
地元アメリカが弱く、見事ながらがらだったと記憶している。

日本は2002年招致に失敗したものの、FIBAは日本のプライドを立て、かつ、日本の経済規模の大きさを考慮したマーケット上の戦略があったことは間違いない。


2006年の世界バスケに話を戻すと、日本代表が敗退したものの、決勝トーナメントに入ると悪くとも8000人、アメリカが登場すると1万5000人を超える観客が詰め掛け、合計の観客動員は、見込んでいた入場料収支を上回ることになった。

日本人の特性として、こういったことが言えるのではないか。
①高度に発達したメディアの影響で競技を見る目が肥えている
②日本以外の国に対しても熱心に応援ができる

2002年のW杯のときも、イングランド代表チームは
「海外としては信じられない歓待を受けた」
クロアチア代表チームは
「様々なところに行って良くしてもらったが、(キャンプ地の)十日町以上のところはあり得ない」
など絶賛されている。

2016年夏季五輪東京招致に向けて、こうした日本人の特性を大きくアピールすることも、招致に向けてプラスになるのではないだろうか。
 

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August 02, 2009

フジヤマのトビウオ ローマで逝く

日本オリンピック委員会(JOC)元会長、日本水泳連盟元会長の古橋広之進さんが2日、世界水泳選手権が開かれているローマ市内のホテルで亡くなった。80歳だった。

アテネ五輪の競泳女子800mで柴田亜衣が金メダルを獲ったときに、メダルを授与したのが古橋広之進さんだった。
自由形の古橋さんが、自由形で日本人選手に金メダルを授与する、FINAも粋な計らいをした。

古橋さんは、戦後間もない時期の水泳界のスターであった。
1948年のロンドン五輪に戦争責任国として招待されなかった日本は、五輪の日程に合わせて競泳の競技会を開き、古橋さんの記録は五輪優勝タイムを上回った。
さらにその年の日本選手権、1949年のアメリカ遠征で400m自由形、800m自由形、1500m自由形で世界新記録を出し、日本復興のシンボル的存在だった。

合掌

ワンダースイマーは型破り 古橋さんの活躍を伝える1949年にシドニーで発行された新聞
Furuhashi_3


1948年 古橋さんの世界新記録を伝える新聞 “JAP”と書かれている 
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July 31, 2009

五輪招致の記憶(5)まさか! 名古屋 ソウルに敗れる

1980年代、五輪は嫌われ者だったといってもいいだろう。
ほとんど手を挙げる国はなく、開催すれば莫大な赤字が残った。

1976年以降1988年までの夏季五輪に立候補した都市はこれしかない。

1976年 ◎モントリオール モスクワ ロサンゼルス
1980年 ◎モスクワ ロサンゼルス
1984年 ◎ロサンゼルス
1988年 ◎ソウル 名古屋

1976年大会に立候補した3都市が、結局順番に84年まで開催している。

1984年大会に立候補した都市はロサンゼルスのみ。
莫大な赤字を背負ったモントリオールの記憶が新しく、他に立候補を表明する都市はなかった。
アメリカ連邦政府、カリフォルニア州政府はビタ一文税金を使わないのなら、開催してもいいよとロサンゼルス市に通告した上での立候補だった。
これが今日でも踏襲される商業五輪の原型となるのだが、1988年五輪開催地を決めるIOC総会は、ロサンゼルス五輪開催のまだ3年前、1981年9月30日 西ドイツ(当時)のバーデンバーデンで開かれた。

当時は東西冷戦の真っ最中。
この前年に開催されたモスクワ五輪は西側主要国のボイコットに遭った。
韓国は全斗煥政権時代。
1979年に朴正煕大統領が暗殺されると、全斗煥は、暗殺を実行した金載圭を逮捕・処刑するなど暗殺事件の捜査を指揮、12月12日に戒厳司令官鄭昇和大将を逮捕し、実権を掌握(粛軍クーデター)。1980年9月に自ら大統領に就任した。

そして、朴政権下で90年代初頭と立てていた五輪招致の目標を前倒し、1988年夏季五輪招致を決めた。

ソ連、東ドイツなど東側諸国は北朝鮮と友好関係にあり、当時、韓国とは一切の国交を持っていなかった。
そのため、ソウル五輪決定以前にソウルで開催された射撃などの世界選手権に東側諸国は不参加を続けていた。
こうした事情から、日本側はソウルが開催地に決まっても、東側の参加しない片肺五輪になるリスクが高く、浮世離れしたIOC委員も、ソウルには投票しないと予想、戦わずして名古屋勝利を誰もが信じていた。
日本のマスコミの中では、最も名古屋五輪に否定的だった朝日新聞ですら10月1日付けの「決定名古屋五輪」の別刷りを用意していた。

韓国には外交官出身の金雲龍IOC委員がおり、アディダス社のアディ・ダスラー社長と組み、前代未聞の買収=サンダーボール作戦を展開、票固めをした。
そして、「名古屋圧倒的優位」のはずが、9月30日の夜のニュースでは一転、「票読みは五分五分」に変わり、ふたを開けてみたら52-27と惨敗 ソウル五輪開催が決定した。

名古屋五輪招致を引っ張ってきた仲谷義明前愛知県知事は、これから7年経ったソウル五輪閉幕の2ヵ月後に自殺という悲劇も生んだ。

●年 表
1977年8月 仲谷義明愛知県知事が名古屋市の五輪招致を提案
1979年10月 JOC総会で名古屋市の五輪招致を決定
1980年11月21日 鈴木善幸内閣により閣議了承
1980年11月26日 IOC本部に正式の誘致申請書を提出
1981年5月12日 衆議院において招致決議案を全会一致で採択
1981年9月30日 IOC総会(西ドイツ=当時のバーデンバーデン) 名古屋27対52ソウル ソウル五輪開催決定
1983年2月 愛知県知事選に仲谷知事が不出馬
1988年9月17日 ソウルオリンピックが開幕
1988年11月18日 仲谷前知事が自殺

仲谷氏が自殺するひと月前の10月、愛知県知事、名古屋市長、中部の経済界代表が懇談し、21世紀初頭の万博誘致を推進することを決定した。
これが、2005年に愛知県で開催された「愛地球博」である。
付け加えるなら、1997年にモナコで開かれた博覧会国際事務局 (BIE)総会で愛知県は、対立候補のカナダのカルガリーを破り開催地に選ばれた。
カルガリーは、1988年の冬季五輪の開催地という奇縁で、その得票数は52-27とこれまたどこかで聞いた数字だった。

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July 30, 2009

ヘーシンクに助けてもらってはどうだろう

2016年夏季五輪の開催地の決定される10月2日のコペンハーゲンのIOC総会まで約2ヶ月となった。
追い込みである。

投票するIOC委員は100人以上いるが、中には1964年の東京五輪に選手として出場した経験を持つ委員が7人もいる。

男子バレーボールに出場したカルロス・ヌズマン氏は、リオデジャネイロ五輪招致委の会長を務める、東京に立ちはだかる一人だ。

イレーナ・シェビンスカ氏は、1964年東京から1980年モスクワまでの5大会に出場し、金メダル3個を含む7個のメダルを獲得した陸上史上5指に入るポーランドの女性アスリートだ。

そして、アントン・ヘーシンク氏。
東京から正式種目なった柔道・無差別級(現在は未実施)で神永昭夫さん(故人)を敗り、初代王者になった。
198センチ120キロの堂々たる体躯もさることながら、優勝の瞬間、喜びのあまり畳に駆け上がろうとしたオランダチームの仲間を、ヘーシンクは右手を掲げて制した。
柔道の祖国を抑え込んだのは、並外れた体格と力を持つ侵略者ではなく、柔道の精神を会得した世界の柔道家だったのだ。

女子バレーの東洋の魔女とともに、ヘーシンクの金メダルは、当時の日本人に多大なるインパクトを与えた。

東京の次の1968年メキシコ五輪では、柔道は実施されず、ヘーシンクの五輪出場はこの1回のみ。
それだけに、彼にとってもTOKYOへの思いは、生半可ではないだろう。

ヘーシンクも75歳、IOC委員としても引退が近づいている。
また、今年8月にはヘーシンクの母国オランダ・ロッテルダムで世界柔道選手権が開催されるのも何かの縁だ。(早い話、世界柔道は日本のテレビ局からの放映権料、日本企業のスポンサー料なしには成り立たないイベント
また、オランダはアムステルダム五輪から100年目の2024年の夏季五輪招致を目指している。
2016年がマドリードになってしまっては困る事情もある。
それならば、来るべきIOC総会では、ヘーシンクにひと肌脱いでもらってはいかがだろうか。

1964ioc

*日本が、長野五輪招致を進めていた1990年頃、IOC委員の現地訪問は1回とのルールが当時あったが、ヘーシンクは複数回長野を訪れ、厳重注意を受けたことがある。
逆に言うならば、長野招致の際にも大いに後押ししてくれたということだろう。

●参考記事
青い柔道着はヘーシンクの提案だった

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July 24, 2009

財政保証できないシカゴは脱落寸前?

五輪招致において使われるhost-city contractという言葉がある。
通常、IOC総会で開催都市が決まった際に、市長がIOCとの契約書にサインすることをいう。
ところが、2016年夏季五輪招致において、頻繁にこの言葉が出てくる。
対象になっているのはシカゴ、しかも10月2日のIOC委員による投票の前にシカゴ市長に「シカゴ市が赤字の際には全額補填する」とサインせよ、と迫っているのだ。

近年、五輪開催に際し、IOCは不測の事態に備えて、開催都市の国家による財政保証を求めている。
ロンドン、ソチいずれもそうであり、2016年をめざす東京、マドリード、リオデジャネイロも政府による財政保証を謳っている。

ところが、招致レースの先頭を行っていると思われたシカゴは違った。
アメリカは連邦政府が財政保証ができない。
これはアメリカ国内法によるためだ。
そのためシカゴ市及びイリノイ州がそれぞれ5億ドル、2億5千万ドルを保証することになり、シカゴ市議会も同意していた。

ところが、IOCが要求している保証額は20億ドルから25億ドル。
随分と開きがある。
シカゴ側の皮算用では、競技場や他設備建設を含めた五輪開催費用を48億ドルと見積り、黒字を5億ドルとしている。
保証の5億ドルの根拠はここから来ていた。

IOCが保証額にこだわるのは、テロへの危惧からだ。
アメリカは同時多発テロの当事国であるので、杞憂では済まされない。

また、予想外の経済状況の変化もあり得る。
実際問題、2012年夏季五輪開催地のロンドンは、招致レース中の見積りの49億ドルが、現在は135億ドルに膨らんでいる。

6月にスイスのローザンヌで開催された立候補4都市によるプレゼンテーションに際し、デイリー・シカゴ市長はIOCの要求通り、契約書にサインすると約束した。
これは、東京を始めとする3都市に条件で並ぶには、サインせざるを得ないとの判断からだ。
これに市議会が反発、市内50ヶ所での説明会とIOCと交わす全額保証契約の内容公開を求めている。

デーリー市長は次のように話す。
「シカゴには既に大型競技施設がそろっており、米国で開催された過去の五輪は成功を収めている。保険会社の保険の拡充も図り、市民が税金を払わされるリスクは低い」。

とはいうものの、ローザンヌのプレゼンテーション以降、アメリカのメディア、市民の五輪熱が急速になえているのは間違いない。

シカゴの反対運動グループ NO GAMES CHICAGOは過去の五輪の総費用が、招致段階と実際とどの位異なるか、次のように発表している。

2002年ソルトレークシティ冬季五輪
見積もり $800million
最終費用 $2billion
2.5倍

2004年 アテネ五輪
見積もり $6.3billion
最終費用 $15billion
2.4倍

2006年 トリノ冬季五輪
見積もり $2.1billion
最終費用 $3.6billion
1.7倍

2008年 北京五輪
見積もり 不明
最終費用 $40billion
?倍

2010年 バンクーバー冬季五輪
見積もり $600million
予想費用 $2.5billion
4.2倍

2012年 ロンドン五輪
見積もり $4.3billion
予想費用 $16.6billion
3.7倍

なんといっても凄いのは1976年のモントリオール五輪。
商業五輪の前の時代だが、モントリオール市民は、2006年まで30年間に渡り、この赤字を埋めるべく税金を払い続けた!
見積もり $124million
予想費用 $1.47billion
11.9倍

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July 22, 2009

五輪招致の記憶(4) 大阪 北京どころかイスタンブールにも及ばず

1993年9月モンテカルロで開かれたIOC総会、2000年の夏季五輪の開催地が決まろうとしていた。
立候補していたのはシドニー、北京、マンチェスター、ベルリン、イスタンブール。
北京が本命、シドニーが対抗と見られていたが、4回目の投票で45-43 シドニーが開催地に決まった。

北京の敗因は人権問題。1989年6月に起こった天安門事件が記憶に新しかった。
米国議会が人権問題批判から北京五輪反対決議を行い、さらにはEC(当時)の欧州議会もこれに続き、IOC総会に影響を及ぼしたことは否めなかった。

それでも、五輪運動を世界に広める意味でも、五輪ビジネスの上でも、13億の人口を抱える中国のスケールは大きく、近い将来の北京開催を唱えるIOC、マスコミ関係者は多かった。

この後1994年の広島アジア大会で、中国競泳陣大量のドーピング違反者を出し、中国は2004年夏季五輪には手を挙げることができず、次の立候補は2008年夏季五輪となった。

当初2008年大会の招致にはアメリカが意欲満々だった。
ニューヨーク、ワシントンDC、サンフランシスコ、シアトル、ボルティモア、ヒューストン、ニューオーリンズ、シンシナティの8都市が名乗りを挙げていたが、アメリカ五輪委員会(USOC)は国内候補地を決める前に、2008年大会招致はチャンスが少なく、招致に伴う4000万ドル近くの費用に見合わないと、早々に立候補を断念してしまった。

その一方、大阪市は、世界で最も早く立候補を表明、そして、サマランチ元IOC会長に背中を押された北京が立候補を表明した。

実は、このとき水面下でアメリカと中国が、接触を持っていたと言われている。
2000年時と異なり、中国がアメリカに対抗し得る大国になりつつあると感じていたアメリカは、中国を国際舞台に引きずり出したいと考えたのだ。
この時点で、北京五輪招致成功の台本は、ほぼ出来上がっていたと見てよい
大阪始め、トロント、パリ、イスタンブールは何も知らないで招致費用を無駄にしたことになる。

IOCは北京と大阪を次のように評価していた。

大阪 IOC評価=課題が残る
(長所)
47会場中、66%が既存施設。選手全員に個室を用意。日本で3度の五輪運営実績。海上五輪
(短所)
国際的知名度が低い 現地視察禁止がハンデとなる 交通渋滞の可能性がある

北京 IOC評価=エクセレント(最高)
(長所)
13億人の国での初の五輪開催 95%ほとんどのの市民が開催を支持。江沢民国家主席ら国家的招致活動と開催保証がある。
(短所)
世界から人権問題に批判がある 競技施設は新設が多く、青写真段階である

都市のインフラが充実し、競技施設の66%が既存という大阪に「改善の余地あり」という評価が付き、競技施設のほとんどが計画のみの北京に「エクセレント」と評価されるなど、始めに北京ありきという政治的な色彩の濃い招致レースだった。

その結果開催地は圧勝で北京に決まった。
大阪は、イスタンブールにも劣る6票しか獲れなかった。

2008osaka

当時の様子を毎日新聞は次のように酷評している。
Mainichi_2

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July 21, 2009

海外のフォーラムに見る東京支持

ネット上には、2016年夏季五輪招致に関するフォーラムがいくつかある。
10月2日のIOC総会で、立候補都市4都市の内、「最初に落ちるのが東京だ」という意見があった。

102日のIOC総会で、立候補都市4都市の内、「最初に落ちるのが東京だ」という意見があった。

最初に敗退するのは東京だろう…。

1.夏季五輪は北京から8年しか経っていないのに、また極東まで行く必要はない。

2.IOCには、2018年の冬季五輪に三回目の立候補をしている平昌への同情論があり、東京に決まってしまうと平昌はまたも落選する可能性が高くなる。

3.IOCは新しい都市(一度も五輪開催経験のない都市)に開催させたいと思っているかもしれない。

これに対し別の人物が異を唱えている。

しかし、東京はなかなかいいぞ、なぜなら

東京の計画は非常にコンパクトだ。

そして、東京には経験がある。

そして、次の順番で敗退するだろう。

1. リオデジャネイロ…ブラジルは豊かでない、もっと、重要なものにお金を使うべきだ。

2. マドリード…2012年がロンドンでの開催であり、ヨーロッパ以外での開催を希望するはずだ。

リオとマドリードは、同様の文化圏の都市であり、ラテン票は2つの都市の1つを支持するはずだ。

欧州票は、マドリードが勝つことを望まない、欧州には2020年夏季五輪に立候補を計画している都市がある。

リオも勝つべきではない、ブラジルは2014年のW杯開催を控えており、無駄に金を使うべきでないのだ。

そしてシカゴと東京が一騎打ちとなり、ソルトレイクシティー五輪から14年になる、シカゴが勝つ。

ネット上には、しばしこんな調子で、活発な書き込みがされている。
英語を使って、こうした書き込みをしようという日本人は少ないのだろう。
なかなか東京支持論は多くはない。

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July 16, 2009

五輪招致の記憶(3) ローマ アテネに敗れる

今年も8月15日から世界陸上が始まる。
大いなるマンネリで、以前ほど注目されないが、夏の夜の風物詩のひとつだろう。
この世界陸上の産みの親とでもいうべき人物が、国際陸連の会長だったプリモ・ネビオロ氏。
1999年に亡くなったイタリア人で、当時のサマランチIOC会長(スペイン)、当時のアベランジェFIFA会長(ブラジル)と並んで、世界のスポーツ界を牛耳るラテントライアングルと呼ばれた。

1981年にネビオロがIAAFの会長に就任すると、2年後には第1回世界選手権をヘルシンキで開催、現在は2年に1度の陸上界の最大のイベントとして定着した。
この間、93年大会から賞品として高級車を出すことを認め、97年からは賞金大会化に踏み切るといった豪腕振りを見せた。

2004年の夏季五輪は、ご承知のようにアテネで開催されたのだが、対立有力候補だったのがネビオロの地元ローマだった。

開催地の決まったIOC総会は、1997年9月スイス・ローザンヌで開かれた。
そのひと月前、アテネでは世界陸上が開かれていた。
陸上競技観戦歴30年という筆者だが、筆者がみて、ソウル五輪、大阪世界陸上と並ぶ歓客が不入りだったのが、アテネ世界陸上だ。
ヨーロッパは陸上が盛んで、ヨーロッパで開催された世界陸上はいずれも盛況だったが、アテネは違ったのだ。
男女100mの決勝は、大会序盤のハイライトとなる。が、それでも観客席はやっと七分の入り。
特に大会前半はガラガラ、興行的にも失敗の烙印がついた。

これに対し、陸上界のドン、ネビオロは
「ギリシアスポーツ界の怠慢、五輪開催などおぼつかない」
とこき下ろしたのだ。

ところが、このネビオロの一言で、ローマ優位だったはずの情勢が大きく変わっていった。

そもそも1996年の近代五輪100周年大会の開催を、アトランタに「横取り」された頃から、IOC委員にはアテネに対する同情論が広がっていた。

このときの失敗は、ギリシャ人のごう慢が災いしたと言われている。
五輪発祥の地を自認し、100周年大会が「アテネで開かれる」と自他共に認めていた節があった。
アテネがアトランタに敗れた1990年東京IOC総会の招致演説で、アテネには明らかに謙虚さと具体性に欠くプレゼンテーションを行ったのだ。

そして7年後の再チャレンジ。
ローザンヌのIOC総会のプレゼンテーションでは、制限時間のほとんどを、招致委の女性会長アンゲロプロス氏が一人でこなした。
「町、環境、都市基盤を、我々は改善しました。この招致は新たな町から生まれたのです」と、具体的な数字を挙げながら、謙虚に、そして誠実に訴えた。

このアテネの顔 アンゲロプロス氏。
夫は世界的な船舶王で、ギリシャでも有数の富豪。
自らも、元国会議員で弁護士。そんな彼女が、ギリシャ国内を訪れるIOC委員たちを、実に丁寧にもてなしたという。

五輪招致の最後は、IOC委員のセンチメントで決まる。
ヨーロッパでは、よく言われることだ。
近年の五輪招致で、最終候補に残る都市なら、どこにでも開催する能力はある。
巨額のテレビ放映権料があるので、財政的なハードルは低くなった。
だからこそ、最後にものをいうのは、その都市と中心になって活動してきた人物が、IOC委員からどれだけ好感を持たれているか、ということだ。

招致運動中のアテネ市民の支持は96.5%、最近の招致成功した都市の中では北京と争う位の高支持率だ。
では、2004年。アテネ五輪は大盛況の内に終わった・・・のか?

やはり会場はガラガラだった

2004年7月 ポルトガルで行われたサッカーの欧州選手権EURO2004 で、ギリシャは決勝で開催国ポルトガルを1-0で下し、優勝してしまったのだ。
ユーロの僅かひと月後に始まったアテネ五輪、ギリシャ国民が盛り上がるはずがない。

市民は既に満腹状態だったのだ。
ネビオロは、天国で思っただろう 「やっぱりローマが良かった」

2004

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July 13, 2009

米オリンピック委員会 NBCテレビにケンカを売る?

米ケーブルテレビ(CATV)最大手のコムキャストと米オリンピック委員会(USOC)は8日、CATVの新チャンネル「USオリンピック・ネットワーク(USON)」を創設する計画を明らかにした。

これはすごいニュースかもしれない。

日本と異なり、アメリカの五輪放映権は、ひとつのネットワークが独占する形で取得してきた。
1988年のソウル五輪以降、NBCが常に放映権を獲得し、五輪といえばNBCのイメージが出来ていた。
そして2008年から、NBCはユニバーサル・スポーツという名のチャンネルを開始し、オンデマンドもしくはインターネット上で過去の五輪の名場面を見ることができるというサービスを始めていた。

NBCは2010年冬季と、2012年夏季五輪の放映権として22億ドルもの巨額を支払っている。
また、余り知られていないだろうが、NBCの親会社はGE(ゼネラルエレクトリック)で、GEはIOCのパートナー企業TOPのひとつでもある。

これだけIOCに対して貢献している企業グループが米国内にあるにも関わらず、USOCはそのパートナーにコムキャストを選んだということだ。

実は、IOCとUSOCは五輪収入の分配を巡ってもめた経緯がある。

夏季五輪国際競技連盟連合(ASOIF)によると、2005-08年の4年間で、USOCへ五輪収入の分配金が約3億ドル(約294億円)が支払われている。

これは北京五輪で実施された28競技の国際連盟(IF)への分配金の総額に匹敵し、米国以外の各国国内五輪委員会(NOC)への分配金の合計とほぼ同額という高さだ。
また、五輪関連費用は分配比率に応じて各IF、NOCが負担しているはずが、ASOIFの試算でUSOCは約1400万ドル(約13億7200万円)を免除されていた。

これに対し、昨年12月、IOCは、USOCと、2021年以降の五輪収入の分配比率について13年から見直し交渉に入ることで合意、また、五輪関連費用をUSOCが負担することでも合意している。

この経緯からすると、USOCがIOCに反目し、IOCに近くない企業と新たなネットワークを作ったように見える。

実は、2014年冬季と2016年夏季五輪の米国内向け放映権の交渉は、シカゴが2016年の有力開催候補地であることから、10月2日の開催地決定以降に順延され、ジャパンコンソーシアムのようなUSOCを中心に幾つかのネットワークで放映権を獲得するという案も出ていた。

が、USOCに対抗しようというのだろう。
NBCは、14年ソチ冬季五輪、16年夏季五輪の放送権の交渉を単独で行う計画であると、12日になってAP通信が伝えている。


IOC委員にとって、このUSOCの一連の動きは好まざるものではない。
五輪招致をめざすシカゴにとって、大きなマイナス要因であることは間違いない。

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July 08, 2009

ナイジェリアで招致プレゼンテーション 2016年夏季五輪

ナイジェリアのアブジャで開かれたアフリカ・五輪委員会連合の総会で、東京始めとする2016年夏季五輪立候補4都市が、プレゼンテーションを行った。
アフリカからは、立候補している都市がなく、アフリカのIOC委員の票が、招致の行方を決めるとまで言われている。
東京からは河野一郎氏、竹田恒和JOC会長、荒木田裕子氏等がプレゼンテーションに出席した。

まずは、河野一郎東京五輪招致委員会事務総長が、東京は、アフリカのNOCとスポーツマンの利益のために、五輪の重要な部分として100年の国際的な遺産を産むため、いかに日本のダイナミックな首都で行われる五輪が相応しいか説明した。

「現在から2016年までの間、私たちは、東京で五輪のヒーロー達が、彼らのベストのパフォーマンスを達成するための必要な準備をするでしょう。
私たちはすべての選手が、最も優れた条件で選手が集中できるプランを提示します。
日本政府は経済的に健全であり、かつ日本の最高水準で保証された計画を提供します。
それは現在のような不況期における適切な計画です。
東京は、既に新しい競技施設のための土地を確保してあり、34の施設うちの23は既存です。」

JOCの竹田会長は、次のように話をした。

「東京は財政的にも物流的支援も提供します。各NOC代表団の方には五輪の前年に実際に東京に視察に着て頂きます。
また、事前キャンプ地を決める手伝いをし、環境を整える支援をします。
そして、選手・役員はもちろん、他の全ての関係者が、スムースに入国できるように、マルチ入国査証*の発行を保証します。
NOCハウスの場所の選定、デザイン、および建設におけるすべての可能な支援を提供するでしょう。」

また、アフリカの五輪およびパラリンピックファミリーのために最高の環境を提供する方法として次のように話した。

「アフリカのみなさんが大会のために東京に到着するとき、我々は都市生活の中心に、すべての行動の中心に、あなたのために、世界に通用する宿泊設備を用意します。」

*五輪の場合、選手・役員はNOビザ、それ以外の関係者はIOCの発行するIDカード所持者はNOビザによる入国が認められている。が、アメリカの同時多発テロ以降、五輪開催国の入国は厳しくなっているのが現実だ。2002年のソルトレークシティ五輪では、IOCIDカードを持たないロシアなどの関係者のビザが随分遅れたほか、競技会場での荷物検査に相当な労力と金銭が割かれている。また2004年のアテネ五輪でも特定の国・地域の関係者には、ビザが求められている。同時多発テロの当事国であるアメリカ・シカゴは、2016年五輪が決まるとテロのリスクとの戦いになる。東京の付け入る隙はここにもありそうだ。

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July 06, 2009

五輪招致の記憶(2) ソフィア リレハンメルに敗れる

1994年の冬季五輪の開催地を決めるに当たっては、日本も大きな関心を寄せていた。
というのも次回1998年の冬季大会に長野が立候補をしており、94年大会の招致に失敗した都市が、そのまま98年大会にも立候補すると見られていたからだ。

立候補していたのは ソフィア(ブルガリア)、リレハンメル(ノルウェー)、エステルスンド(スウェーデン)、アンカレジ(米)の4都市。いずれも92年大会にも立候補し再度の挑戦だった。

1992年まで、夏冬の五輪は同じ年に開催されてきたが、これ以降冬季大会は夏季大会の中間年に開催されることに決まっており、1994年がその最初にあたった。

当時の時代背景を見てみよう。
このときのIOC総会は、1988年ソウル五輪の開幕前に開かれた。
ご存知のように、1984年のロサンゼルス五輪にソビエトを中心とした東欧諸国はモスクワ五輪の報復ボイコットをしている。
そして、この当時の韓国は一切の東側との国交を持っていなかった。
そのため、ソビエト、東欧諸国は、ソウル五輪もボイコットするのではないかとも見られていた。

ところが、キューバ、北朝鮮などの不参加はあったものの、多くの社会主義国の選手団がソウルにやって来た。
実は、彼らのソウル五輪参加とソフィアの冬季五輪招致が密かに結びついていたのだ。

ソフィアは、半径20キロ以内にすべての施設がある利便性に加え、ユニバーシアード開催3度など数多くの国際大会を開いた実績があった。
東欧諸国連合と組んで有利に招致運動を展開し、最有力候補となっていた。

ところが、落とし穴があった。
ソフィア招致委はこういったことを高らかに言い出した。
「今回ソウルに、ソ連以下の参加が実現したのは、我々の働きかけによるものだ。その見返りに、東欧圏での冬季五輪、ソフィアに一票を…」と。
ところが、ときはまだ冷戦下、余りに生臭い政治キャンペーンは、反発を買ったのだ。
大本命だったソフィアは1回目の投票で17票しか獲れずに落選、開催の栄誉は、ノルウェーのリレハンメルに輝いた。

リレハンメルの売りは、コンパクトな開催。
招致活動でも各会議や競技大会に役員を派遣してアピールするなど、早くから熱心に取り組み、冬季競技関係者やIOC委員の心をしっかりとつかんでいた。
IOC総会には、女性首相であるブルントラント首相自らが乗り込んで、英語とフランス語でプレゼンテーションを行い、人口僅か2万2000人のまちに五輪を導いた。
今思えば、首相、大統領クラスの招致演説の走りだったのではないだろか。

この当時、筆者はたまたまアラスカ・アンカレジにいた。
アンカレジ空港は、ソウル五輪に向かう選手団であふれかえっていたのとは対照的に、町中は五輪招致失敗の重い空気に包まれ、ゴーストタウンのようだった。
そして Anchorage 1994 と書かれたポスターが手書きで Anchorage 1998に直されていたことを覚えている。
が、この後アンカレジは五輪招致に立候補していない。

1994年冬季五輪開催地投票結果

1回目

2回目

3回目

リレハンメル

25

30

45

エステルスンド

19

33

39

アンカレジ

23

22

ソフィア

17


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July 01, 2009

五輪招致の記憶(1)札幌 サラエボに敗れる

筆者自身が、始めて目の当たりにした五輪招致は1984年の冬季五輪だ。
このときは、1972年の冬季五輪を成功させた札幌市が、再度立候補していた。
投票が行われたのは1978年5月のアテネで行われたIOC総会。
札幌五輪から僅かに6年後のことだった。

1972年の札幌五輪では、恵庭岳の山頂から麓まで至る滑降コースが使われた。
が、自然破壊が叫ばれる中、五輪の1度に限ってのコースであり、五輪後は元に戻すという約束があった。
しかし、札幌市は1984年の冬季五輪の計画でも滑降は恵庭岳を使う、としたのだ。
これに対し、自然保護団体の反発は凄まじく、IOC総会の行われたアテネにまで多くが詰め掛けた。

札幌の一つ目の対立候補はスウェーデンのイエテボリ。
スウェーデンといえば、ウィンタースポーツの主役の国のひとつだが、飛行機による移動が必要なほどの広域開催を掲げ、すこぶる評判は悪い。
もう一つの対立候補はユーゴスラビア(当時)のサラエボ。
当時のユーゴスラビアは、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つの国といわれたほどの複雑な民族構成の国であった。
このときは、チトー大統領が健在で、チトーのそのカリスマによって各共和国・民族のバランスが取られ、ソビエトの支配下にない独自の社会主義体制を執っていた。

札幌優位で進んでいった招致レースだったが、IOC総会での、最初の投票でまずイエテボリが脱落、札幌とサラエボの一騎打ちとなり、3票差でサラエボ開催が決まった。

社会主義国での冬季五輪開催の懸念はあったが、あまりにも1972年から時間が経っていなかったことと、自然破壊を訴えた市民グループの反対が大きく、2度目の札幌は夢と消えた。
一方1984年の冬季五輪開催地に決まったサラエボだが、1980年にチトー大統領が死去、ユーゴスラビアは急速に民族間の対立が進んでいくのであった。

こととき、仮に2度目の札幌開催が決まっていたら、1988年夏季五輪の名古屋招致はなかったであろうし、1998年の長野五輪もなかった、2016年の東京五輪招致も違った形になっていたはずだ。

世界史を勉強した人はサラエボ事件をご存知だろう。
1914年6月にオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子がセルビア人の青年に暗殺された事件だ。この事件をきっかけとして第一次世界大戦が勃発したのだが、五輪開催の1984年はこの事件からちょうど70年目だった。


1984年冬季五輪 結果

サラエボ(ユーゴスラビア 現ボスニアヘルツェッゴビナ)
札幌(日本)
イエテボリ(スウェーデン)

31
33
10

39
36
-


ユーゴスラビアについてはここを見てください。
どうなるワールドカップ セルビア・モンテネグロ分裂か?

サラエボといえばカタリーナ・ビット、ビットについてはここを見てください。
カタリーナ・ビットの記憶

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June 30, 2009

石原東京都知事とシカゴ招致委がシンガポールでニアミスか?

どうやら石原東京都知事とシカゴ五輪招致委員会がシンガポールでニアミスすることになりそうだ。

石原知事のシンガポール訪問は、7月3日に行われるアジア・オリンピック評議会(OCA)の総会に出席するためで、OCA総会では「東京支持宣言」の採択が提案される見通しとなっている。

これは、ライバルであるマドリードが、5月の欧州オリンピック委員会の理事会で、マドリードの全面支持を打ち出していることへの対抗になる。

ところが、シカゴ招致委員会一行も、同じ頃にシンガポールにやって来るのだ。
昨日、6月29日から7月7日までシンガポールでは、第1回アジアユースゲームが開催さてい。
シンガポールでは2010年に第1回ユースオリンピックの開催が決まっており、今回のものは、そのプレ大会にあたる。
シカゴの一行は、アジアユースゲームでのロビー活動を目的としているのだ。

ユースオリンピックはもちろんIOCの始めた新しい総合競技会で、冬季は2012年に第1回が開催予定だ。(開催地は未定)。
プレ大会のアユースゲームは、OCA管轄のため、大会に合わせてOCAの総会が行われるということだ。
ちなみにOCAの会長はクウェートの王子 アハマド氏
もう忘れてしまったかもしれないが、「中東の笛」でアジアのハンドボール界を思い通りにしていたあの王子だ。

ところで、7月3日はこの日は東京都議選の告示日に当たるのだが、知事は留守をして果たして大丈夫なのだろうか?

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June 25, 2009

英国のアン王女と日本の皇太子

石原都知事は、皇太子夫妻のIOC総会参加について、ローザンヌのプレゼンテーションの前に麻生太郎首相に宮内庁への要請を求めたことを明らかにした上で、こう話した。

「スペインの王室は参加するし、アメリカは大統領が来る。こういうときのための、国民のための皇室なはずだ。」

この話を聞いてイギリス王室のアン王女を思い出した。
アン王女とは、エリザベス女王の長女で、チャールズ皇太子の妹にあたる。
1976年のモントリオール五輪に、馬術のイギリス代表で出場した経験を持つ。そして現役のIOC委員の一人でもある。
かつてこのブログでも書いたことがあるが、欧州の王室には五輪出場経験を持つ人物が少なからずいる。
そして引退後には、IOC委員を務めていることが多い。

イギリスは、マンチェスターが1996年、2000年の夏季五輪に立候補したが、いずれも落選、招致は失敗した。
マンチェスターの都市の規模、インフラ等を考えると五輪開催は高望みだったと思う。
そして、立候補国のIOC委員は、投票には加わらないことになっているため、アン王女も投票に参加しなかった。

すると、マンチェスターの招致失敗がイギリス国会で問題となり、アン王女までが野党から
「アン王女ら、我が国のIOC委員がなんの運動もしなかったから失敗した」
と非難されてしまった。
するとアン王女は、報道陣の質問にこう答えた。
「何より必要なのは、フェアプレー精神なのです。IOC委員はオリンピックの行商人ではありません。」


こんなアン王女だが、北京に決まった2008年夏季五輪招致レースでは、自らの意志をはっきりさせた。
イギリス王室は、昔からチベットを支援している。
チベットの独立を阻止し、チベット民族の人権を弾圧する中国政府は目の敵である。
アン王女は、IOC総会の投票前にも、北京五輪招致関係者とは一切会わなかった。
2008年夏季五輪は、始まる前から、「北京在りき」で進んだ招致レースだ。
それがIOCの総意であるかのように見られたが、アン王女は、どんな状況でも北京を支持しない、投票しないと表明までしたのだ。

日本の皇室は、特に五輪運動と接点はない。
イギリス王室や、スペイン王室とは五輪運動とのかかわりが、根本的に異なるのだ。
1972年のミュンヘン五輪の、ヨットのスペイン代表だったファン・カルロス国王が、IOC総会に来られるから、日本も皇太子に、とは単純にならない。

とは言うものの、コペンハーゲンのIOC総会で皇太子が出席されれば、インパクトが大きいのは間違いない。
筆者も出席を是非願う。

さて、アン王女だが、北京五輪の開会式には、夫君とともに「鳥の巣」にいたのは言うまでもない。

●参考記事
オリンピック選手続出 スペイン王室
チャールズ皇太子 北京五輪開会式をボイコット

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June 24, 2009

朝日新聞6月21日「私の視点」に対して

朝日新聞6月21日付「私の視点」に朱建栄東洋学園大学教授が、2016年五輪招致についての意見を書かれている。が、筆者からすればこれはピントの外れた理想論に過ぎない。
それはこんな内容だ。

Siten

朱教授の専門は中国の政治外交史だそうだが、スポーツ外交には強くないようだ。
欧米では2回、3回と五輪開催をしている都市があるかのように書いておられるが、実際のところ、夏季冬季を含めても2回五輪開催した都市は7都市あるものの、戦後2回開催した都市は、デンバーが返上し、急遽2回目が決まったインスブルック(冬季1964・76年)のみである。
ロンドンは戦後初の1948年大会を開催し、次回2012年年大会を開催して戦後2回目、通算3回目となる。
戦前に2回の開催経験のあるパリも、戦後は3回落選、ローマ(60年開催)もメルボルン(56年開催)もモスクワ(80年開催)も、再度立候補すれど、2回目の開催は成し遂げられていない。
だから2回目の招致を目指す東京も苦戦することは必至だ。

2016年大会に立候補しているマドリードは、様々な条件を満たした有力候補だ。
だが、本命になれないのは2012年夏季五輪がロンドン、2014年冬季五輪がソチとともに欧州で開催されるためだ。
同一大陸での連続五輪開催を禁止した文言が、五輪憲章にある訳ではない。が、戦後夏季五輪が同一大陸で続けて開催されたのは戦後直ぐの1948年・52年の1回しかない。
そのため、アジアでも欧州でも、将来の五輪招致を目指す国は隣国の立候補都市の動きに過敏になる。
例えば2018年冬季五輪には韓国・平昌が既に立候補を表明し、中国にも立候補の兆しがある。
夏季と冬季の違いはあるものの、2016年が東京に決まると、平昌もハルビン(?)も非常に厳しいだろう。
これは地域的にアジアが続くということと、アジア開催の五輪は、欧米からは大きな時差が生じ、テレビ視聴率の苦戦が予想され、テレビ放映権が押さえられる可能性があるからだ。
テレビ放映権が、IOCの屋台骨になっていることはいうまでもない。

そして、2020年夏季五輪にはアジアだけでも、釜山、ドーハ、デリー、クアラランプール、台北が招致に意欲的である。
こうした国々は東京開催に易々と賛成、協力するだろうか?

招致側とIOC委員の駆け引きは、互いの思惑に、ウラに表に絡み合う。
こうした五輪招致レースを「魑魅魍魎の世界」とはよく言ったものだ。

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June 21, 2009

2008年から2016年までの五輪立候補都市の開催支持率

2016年夏季五輪招致を東京などと争うリオデジャネイロの招致委員会は、IOCが独自に地元市民を対象に行った世論調査で開催支持率が85%だったと発表した。
これで立候補4都市の支持率が出揃ったことになる。(シカゴは招致委は公表していない。)

マドリード 85%
リオデジャネイロ 85%
シカゴ 67%
東京 56%

参考までに最近の五輪招致レースにおける支持率は、次のような数字になる。
☆印が開催の決まった都市だ。

2014年冬季
☆ソチ 79%
平昌 91% 
ザルツブルク 42%

2012年夏季
☆ロンドン 67%
パリ 72%
マドリード 85%
ニューヨーク 68%
モスクワ 76%

2010年冬季
☆バンクーバー 64%
平昌 94%
ザルツブルグ 75%

2008年夏季
☆北京 96%
トロント 67%
パリ 65%
イスタンブール 86%
大阪 51%

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June 18, 2009

麻生首相、ブラジル大統領、スペイン首相がビデオで登場 しかしオバマ氏は? ローザンヌから(3)

ローザンヌで行われた4都市のプレゼンテーションには、各国の元首クラスの人物がビデオで出演した。

日本は、自らも五輪選手だった麻生太郎首相。ブラジルはルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ大統領、スペインはホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ首相だ。
ところが、アメリカのオバマ大統領だけはビデオに登場しなかったのだ。
これに対し、シカゴ側は、IOCが都市にプレゼンテーションで「有名人と高官」を使わないよう依頼されたから、としている。
本当だろうか。

ご存知のように、立候補している4都市のうち、シカゴだけが連邦政府による財務保証がない。
これはアメリカの法律に拠ったものなのだが、シカゴの高級紙シカゴトリビューンは、これは五輪招致のためのアキレス腱であり、17日のプレゼンテーションでも質問はここに集中したようだ。
政府の財務保証のないシカゴが、わざわざオバマ大統領をビオで登場させないとは?
これでは、連邦政府は財政面での関与はない、と自ら言っているようにも見える。

リオデジャネイロは、ブラジル中央銀行の総裁が、財政保証のためのメッセージをわざわざ送って来た。
一方、東京は招致事務総長の河野一郎氏が、我々は40億ドルをすでに確保したと強調した。
「東京は五輪のために最もしっかりした財政的土台を提供します。間違いなく40億ドルは今日、銀行にあります」と。

とはいうものの、シカゴのプレゼンそのものは、アメリカのそれまで多く好まれたハリウッドスタイルではなく、抱えている直面した問題を説明する平易なプレゼンで、全体としての評判は悪くいない。

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この数字が何を意味するかわかりますか? ローザンヌより(2)

電通から東京招致委員会出向している槙英俊事務次長のプレゼンの中に、興味深い話があったので紹介しよう。


あなたは、この数字が何を意味するかわかりますか?
「2件」
これは、昨年、1日あたり東京で起こった強盗事件の数です。
1日にわずかに2件以下しか強盗事件の起こらない、世界で最も大きな都市が東京です。
 
「4件」
では、この数字は何でしょう?
これは、昨年、1年間に東京で起こった発砲事件の数です。

我々の、自分達と、お客様の安全を確保する秘訣は何でしょう?
我々日本人のメンタリティと哲学は、相互の尊敬に基づきます。
 
そして我々には、1のネットワークがあります。
交番と呼ばれる1200の警察組織があり、東京警視庁のひとつのネットワークで結ばれているのです。


(マドリードのことは良く知らないが)シカゴも、リオデジャネイロも治安が不安視されている。 
そこへ、年間発砲事件が4件とは、この数字はインパクトがあったのではないだろうか。

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June 17, 2009

石原都知事 熱く訴える ローザンヌから(1)

ローザンヌのオリンピックミュージアムで、2016年夏季五輪に立候補している4都市のプレゼンテーションが行われた。
シカゴ、東京、リオ、マドリードの順で、持ち時間は質疑応答を含め90分。

まずは、石原慎太郎東京都知事のスピーチだ。

なぜ、日本でオリンピックをやりたいか。
私は、オリンピックのムーブメントの価値が、Excellence、Friendship、Respect、Fair Playに基づいてよりよいものをなるのを助けることができると深く思っているからです。

1964年の東京オリンピックのとき、私はヨット競技の、ボランティアのリーダーとして、大会に参加しました。
そして、私はオリンピックに恋をしてしまった。

1964年の東京オリンピックは、日本を平和と経済発展の時代の幕開けに寄与しました。
日本における素晴しい50年のオリンピックのレガシーは、オリンピックムーブメントの賜物です。
事実、日本は戦後60年間、世界が平和であるための献身的なパートナーでした。

東京で再びオリンピックを開きたい。 
東京が、オリンピックとパラリンピックを主催するために、最高のステージを提供することができるということを知っているからです。

気候変動は、地球に住む我々全員が、団結して直面しなければならない本当の危険です。
東京は、すばやく対応し、グリーンテクノロジーを開発しました。
私の夢は、自然、都市、人々とスポーツを再結合させることです。
私の夢は、地球にあるすべての都市で、人々が可能な限りの最高の環境でスポーツをすることができる、ということです。
  
(以下省略)

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IOC会長の本音

明日17日に2016年夏季五輪に立候補している4都市のプレゼンテーションが、IOC博物館で行われる。

プレゼンを前に、IOCのロゲ会長は、インタビューでこういった内容のことを語っている。
このことばをそのまま受け留めるか、ウラを読むかは難しいところだが、まるで東京が相応しいと言っているように見える。


シカゴのセールスポイントである、スポンサーシップとマーケティングの可能性の影響を最小にすべきで、こうした経済的な要素が2016年五輪招致に影響を及ぼすべきではない。また、これまで南米は五輪を開催していないという、リオデジャネイロの主張には冷水を浴びせた。

地理的な要素も、財政的な要素も招致の際の大きなポイントにしたくないというのだ。

つまるところ、五輪は経済学ではない、開催都市に永久に継続し得る遺産を残すことだ。 我々が去るとき、(五輪を開催したということが)開催都市に、その地域に、その国にとってのボーナスであって欲しい。

会長自身は投票をしないのだが、ロゲ氏の開催地選びのポイントは、選手のための五輪であることで、ほかのどんな目的ではない。

                       ☆                  ☆

特に、開催都市に永久に継続し得る遺産を残すことだ、のところは今でも1964年の五輪とともにある東京を言っているかに思える。(ちょっと欲目かもしれないが)

●参考記事
東京五輪のレガシー(遺産)が生きる街

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June 16, 2009

夏季オリンピック招致投票結果

「1936-2016.pdf」をダウンロード

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June 12, 2009

まるでアメリカによる情報操作か? 米メディアはシカゴに決まったかのよう

この週末、東京、シカゴ、マドリード、リオデジャネイロの招致関係者が、続々とスイス・ローザンヌ入りする。
2016年の夏季五輪招致を目指す東京など立候補4都市が、開催都市決定の投票権を持つ委員に、計画を直接説明する「テクニカルミーティング」が17、18日にローザンヌで開かれるためだ。

開催都市が決まるIOC総会は、10月2日にあるのだが、今回はその3ヶ月前にIOC委員に直接アピールできるチャンスであり、今回から始まった試みである。

IOC評価委員会が訪問した順に、シカゴ、東京、リオ、マドリードの順で、プレゼンテーションと質疑応答が行われる。
日本からは石原慎太郎知事、竹田恒和JOC会長、猪谷千春IOC副会長、小谷実可子氏ら計7人が参加するらしいが、果たしてサプライズなスピーカーは登場するか?

この様子はメディアには公開されない。
が、AROND THE RINGS(ATR)あたりは、取材していてシカゴのプレゼンが一番良かった、などと書くのではないだろうか。

アメリカはイラク戦争当時、侵攻理由を、メディアを使って情報操作したといわれている。
ブッシュ政権の考えるイラン戦争の正当性を、メディアに書かせるという方法だ。
今回の招致レースにもその傾向が見える。

先にATRが、独自に立候補都市4都市の評価を公表したが、ただのニュースサイトの独自の評価であるにも関わらず、アメリカの主要メディアは「シカゴが招致レースをリードしている」「シカゴの招致レースは最終段階」等、開催都市がシカゴに決まったかのような記事を書いている。

ATRはCNNにいたプロデューサーが1992年に始めたニュースサイトで、ソチ冬季五輪決定の際にはプーチン大統領が、ロンドン五輪決定の際にはブレア首相がATR幹部と会談したとすら言われるほどの影響力を持つ。

ATRよりも、ATRを受けてアメリカの一流紙がこぞってシカゴを持ち上げるという、その影響力のほうが心配になる。
IOC委員は、英語、フランス語のどちらかが話せることという決まりがあるのだが、実際多くの委員が堪能なのは英語だ。
2016年招致でも鍵を握るアフリカ大陸のIOC委員もほぼ英語は出来ると見ていいだろう。
このネット時代、パソコンからアメリカの一流紙の記事は絶え間なく流れてくる。
IOC委員も、当然目にしているはずだ。
彼らはシカゴ優位と刷り込まれながら、ローザンヌにやってくる。

IOC評価委の調査は4~5月だったが、ATRはその評価をローザンヌの開会前にわざとぶつけた、と言えるのではないだろうか。

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June 09, 2009

東京に厳しい評価 2016年夏季五輪

五輪招致やマーケティングの専門のニュースサイトAROUND THE RINGSは、4~5月の2016年夏季五輪候補都市へのIOC評価委員会の視察を踏まえ、どの都市が優勢であるか、11の項目ごとにポイント化しランキングを発表した。

それによると、110点満点中シカゴが80点で1位、2位に78点のマドリード、東京はリオデジャネイロと並んで77点としている。

AROUND THE RINGSは、IOC評価委員会に同行し、評価委員会の反応、感想を取材している。
が、あくまでも1民間企業の評価である。

以下、東京の評価を中心にまとめてみた。

Atrrankings01


Accommodation(宿泊設備)
シカゴ、マドリードと東京が、品質、量ともにランキングの最上位。


Ambience(環境) 旅行者にとっての都市環境
最高点は、マドリード。空港から競技会場、ホテルまでの道はマドリードが4つの都市で最も洗練されている。


Bid Operation(招致活動・リーダーシップ・戦略と広報)
石原慎太郎東京知事の、IOC評価委員会の記者会見での日韓問題についてのコメントに、批判が集中した。
リオデジャネイロは、初の南米開催を訴え、感情的にすらなっている。


Games Cost and Finance(予算と財政)
リオは、五輪開催のために多くの費用を必要としている。インフラ整備のためにブラジル政府から300億ドルの支援がある。
東京の建設費10億ドルという壮大な五輪スタジアムの計画は、他の都市に例を見ない。
シカゴは政府による財政保証が得られず、立候補辞退すべきという意見もある。


Last Games in the Country(過去の五輪開催)
マドリードとシカゴは、過去に国内での五輪開催の経験があり、東京は、4都市中唯一自ら開催経験がある。
2012年夏季五輪はロンドンであり、1948年と52年を除いて同一大陸での夏季五輪開催はないため、マドリードには厳しくなる。


Legacy(遺産、五輪の影響)
リオデジャネイロは五輪で得られるものが、他の都市より多くなりそうだ。
絶望的な貧困層と乏しいインフラ、五輪を機に生まれ変わる。
シカゴは、若者とスポーツのために、五輪が影響を及ぼす方法に、最もはっきりした考えがある。

東京とマドリードは、若いスポーツマンのために、新しい競技場を造る。
しかし、五輪がどのように、この都市を変えるかは判らない。既に繁栄しており、知名度も高い。
同じことは、シカゴにも言えるだろう。


Marketing(マーケティング)
楽観的な数字だが、シカゴのマーケティング収益は25億ドルと見込まれている。リオデジャネイロはその半分。
東京とマドリードは16億ドルとしている。
東京の周囲には、成長を続けるアジア30億人という巨大市場があり、五輪史上において未だかつてない規模のテレビ放映権の可能性がある。


Government(政府及び国民の支持)
マドリードとリオデジャネイロは、IOCによって今年始め行われたたIOCの調査において85%の支持を得た。
東京は56%、シカゴは60%台。
東京は、最新の調査では72%の支持があると訴えている。
4都市とも政府によってよく支持されている、しかし、シカゴだけ中央政府から、正式な財政保証がない。


Security(保安・危険の認識)
東京は、セキュリティカテゴリー(実際には世界で最も安全なそして、最も礼儀正しい都市のうちの1つ)で、最高の評価だ。が、翻訳で道に迷うことは訪問客のために最も大きい危険であるかもしれない、また、地震と台風のような自然現象も起こり得る。


Transport(輸送)
マドリードと東京は、近代的で効率的な交通インフラがある。
東京の大きい欠点は、成田空港から都心までの距離と、都市が“無秩序に拡大するスプロール現象だ。
シカゴのオヘア空港は、世界で最も重要なハブ空港のうちの1つだ。


Venues and Overall Plan(会場と全体的な計画)
五輪村を中心にした5マイルの中の会場が最大で、東京はその計画が最もコンパクトである。
10億ドルの予算で建設されるスタジアムは、 4都市の計画の中でも最も高価な競技会場だ。
これらの会場とメインプレスセンター、国際放送センターは、東京の埋め立て地の東にある。


アラウンドザリングについて、過去にも紹介したことがあるが(下記参照)、その記事も東京に非常に厳しい内容だった。
そういったサイトだと思えば良いのだろうが、気になる点もある。
石原都知事の韓国に関する発言、これは2018年平昌冬季、2020年釜山夏季五輪招致をめざす韓国人が、ネット上で盛んに吹聴してまわっていること、と認識していたのだが、アメリカ人のコラムストもこの件を取り上げているのを見たことがある。
ことが大げさにならないようにした方がいい。
国民の支持56%には、わずか6点の評価しか得られていない。
10億ドルのメインスタジアムも、環境に配慮といった点は全く考慮されず、ただ金額のみが一人歩きしている状況のようだ。

東京招致のプレゼン評価は 4都市中4位


●参考記事
新オリンピックスタジアムの建設費用は898億円
危機的支持率 東京五輪賛成は56%(IOC調査) 大阪に並ぶ低さ

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June 06, 2009

IOC評価委受け入れ費用は9億5000万円

6月1日、都議会の五輪招致特別委員会が開かれ、4月に行われた、IOC評価委員会の現地調査受け入れ費用が当初予定より1億3100万円多い、計9億5000万円かかったことが明らかになった。
都によると、計約8億1900万円の予算を見込んでいたが、想定より多くのホテル控室を借り上げ、警備も強化したことなどから、経費が膨らんだという。

おそらく多くの人が勘違いしていると思うが、IOC評価委員会の滞在費や来日のための旅費はIOCが全額負担している。
ホテル代も、招致委の宿泊費ではなく控え室の費用、会議室使用代や通訳の人件費といった費用が東京側の負担だ。

かつて、五輪開催に立候補した都市のIOC委員の視察の費用は、立候補した都市側が全てを負担した。
そのため、2002年ソルトレークシティー冬季五輪招致で、開催地を決める投票権を持つIOC委員に金品を提供したスキャンダルが発覚し、続けて長野を始めそれ以前の招致争いでの腐敗振りが明らかになった。

例えば長野の場合、招致が決まるまでに長野市を訪問したIOC委員は62人。(内18人は東京のIOC総会に合わせて長野を視察。)委員1人当たりに下記のような金額が使われた。
IOC委員は当然、夫人を同伴。中には複数の家族を連れてきたり、IOC委員は来日せず、家族と称する人物だけが、来日したケースもあったという。

往復航空運賃 120万円
昼食は長野市内のレストランなどで 1万円
夕食は料亭で 1万5000円~2万5000円
宿泊代に長野及び東京のホテルに 4万~5万円

空からアルペンコースが見たい、と言われれば、1時間30万円のヘリコプターも用意した。
当時のサマランチIOC会長には、舞浜―長野―松本間の団体専用臨時列車が用意されており、総招致費用に約20億円が投じたといわれている。が、招致委の会計帳簿が廃棄、焼却されており、実際にはこれ以上の金額が動いたことは間違いない。

現在の東京五輪招致委は、実はNPO法人であり、会計書類の開示義務がある。
そのため東京都の招致本部によるものも含めて、税金を使った支出については情報公開請求ができる。

これでは、今後活発化するロビー費の内訳まで明らかにされてしまうではないか、と思われるかもしれない。
こうしたロビー活動の費用は公表の義務のない企業からの協賛金を使うのだそうだ。
 

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June 04, 2009

新オリンピックスタジアムの建設費用は898億円

東京が2016年夏季五輪招致に成功すると、メインのオリンピックスタジアムは、中央区晴海に造られることになる。
このスタジアムは、開閉会式、陸上競技、サッカー決勝、マラソンのゴール地点となる予定だ。
現在も都の所有地であり、公園や広場として使われている。
10万人収容(仮設を含む)、その建設費用は898億円と見積もられている。

ライバルの各都市のメインはこのくらいの建設費用が見積もられている。
シカゴ 計画中 397.6millionドル
マドリード 計画中 287.2 millionドル
リオデジャネイロ 2007年完成 192millionドル

収容人数に違いはあるものの、シカゴですら建設費は東京の半額以下、既存のリオデジャネイロは東京の1/4か1/5に過ぎない。
リオデジャネイロは、開閉会式やサッカーの決勝にはマラカナンスタジアムを予定しており、ここでいうメインスタジアムは2007年に完成したヨハン・アベランジェスタジアムのことだ。
アベランジェ氏とは、ブラッター氏の前のFIFAの会長だった人物で、現在91歳。
競泳と水球のブラジル五輪代表だった人物で、IOC委員でもある。
このアベランジェ氏の名を冠した競技場は、2007年にリオで開催されたパンアメリカン競技会で、陸上競技の会場となった。
青いトラックがまぶしい、綺麗な競技場で、リオ五輪でも陸上競技を予定している。
8lane

昨年の北京五輪では、中国の威信を掛けた競技場がいくつも造られたが、中でも印象的なのはメイン競技場だった「鳥の巣」だろう。
この建設費用は495.9 millionドル。
現在も、中国国内、海外から多くの見物客が押し寄せている、北京市内有数の観光名所となっているが、3~5年後にショッピングセンターになると発表されている。
維持費は毎年6000万元(約882万米ドル)掛かる上、北京五輪後にもほとんどスポーツイベントは行われていないのが現状だ。
3~5年後には13億の民も五輪熱が冷め、観光名所としての役割を終えるという見込みなのだろう。

北京以前の五輪メイン会場は、どうなっているのだろうか。

●1996年 アトランタ五輪 319.3 millionドル 
ターナーフィールドと名前を変えてMLBアトランタブレーブスの本拠地。

●2000年 シドニー五輪 854.5 millionドル 
2003年ラグビーW杯の決勝を開いたほか、ラグビーユニオン、オージーフットボール、サッカー、陸上競技で使用されている。
五輪当時は仮設を含め11万人収容の五輪史上最大のスタジアムだったが、現在は8万5000人収容。

●2004年 アテネ五輪 497.6 millionドル 
アテネのサッカークラブ2チームのホームにナルはずだったが・・・。

五輪のメイン会場の後利用は難しい問題だ。
東京の霞ヶ丘国立競技場は、陸上にサッカーに本当に良く活用されたと思う。

ところで東京五輪招致が成功すると、首都圏には2016年以降
国立競技場
味の素スタジアム
日産スタジアム
オリンピックスタジアム
と4つの巨大競技場(陸上競技兼用)が揃ってしまうのだが、どう使い分けるつもりなのだろうか?

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May 26, 2009

5月26日は 1964年東京五輪決定からちょうど50年目の日

今日5月26日は何の日か?
1964年の東京五輪開催が決定した日からちょうど50年目の日になる。

東京開催が決まったのは、1959年5月26日にミュンヘンで開催されたIOC総会。
デトロイト、ウィーン、ブリュッセルを敗っての決定だった。

1959年のミュンヘンIOC総会の様子。
現在とは異なり、のどかな様子が伺える。

Munich


東京開催決定の報を受けて内外の新聞は、次のように評している。

イギリス マンチェスターガーディアン紙
東京は1940年五輪の開催予定地だった経緯があり、64年度大会開催は喜ぶべきべきことである。
東京は大規模な国際大会の経験が乏しく、先のアジア大会では失敗もあったが、そのようなことは二度と繰り返されないだろう。
今回の決定は、スポーツの分野における日本およびアジア全体の役割が認識されたことを意味する。

西ドイツ(当時) フランクフルダー・アルゲマイネ紙
1940年の五輪は戦争のため開催が不可能となった経緯がある。
しかし、日本は戦後復興にも成功し東京は来年にも五輪開催をし得るといっても過言ではない。

パキスタン ドウン紙
心から喜ばしいい決定だ。
五輪はいまだかつてメルボルン大会を除いて欧米以外でおこなわれたことはなかった。
日本の進歩はめざましくアジアにおける最初の五輪開催国としての栄光が与えられるべきで、日本の喜びは、また我々パキスタンの喜びでもある。

朝日新聞
アジアにおける地位向上と、過去における日本のスポーツマンシップが認められた。
今後はスポーツレベルをいまよりも一段も二段も高くして、世界の強豪と相対する心構えがなによりも大切だと思う。

読売新聞
インフラの不備もさることながら、国際的な催しがあるたびに、いつも冷汗をわが国民の公衆道徳の不徹底だ。
全国民一致して奉仕の精神を高めること、また賭博的な募金はやめるべきだ。 (参考:草思社 東京オリンピックへの遙かな道)

ネットを探せば当時の新聞記事が結構出てくるものだ。

1959

19592

19593


●参考記事
嘉納治五郎の意思が呼び込んだ東京五輪
50年前の『東京 五輪をゲット』の新聞記事を見つけた 

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May 22, 2009

JOC歴代役員の人脈を生かせ

5月19日にJOCで東京五輪招致に向けての動きがあった。
JOCは、元会長の古橋広之進顧問、元副会長の松平康隆氏、笹原正三氏ら歴代の幹部を集めて東京都内で昼食会を開き、2016年夏季五輪の東京招致に向け、それぞれの人脈を生かした協力を要請した。
新聞などによるとこんな発言があったという。

川廷栄一元JOC副会長
「10月のIOC総会では、1回目の投票で1位か2位にならないと勝てないと思う。そのためにはまずアジア(のIOC票)をきっちり押さえることが大切ではないか」

松平康隆元JOC元副会長
「支援を頼まれればやる。JOCをやめて初めての会だったが、温故知新を大事にすることは悪くない」

元会長の古橋広之進JOC顧問はIOCの世論調査で東京の開催支持率が56%だったため、
「これじゃ勝負にならない。マドリードは90%近くだろ」と心配している。

また、7月1日のアジア・オリンピック評議会(OCA)総会で、東京開催を全面的に支持する決議を求めることを要望した。
これは、欧州オリンピック委員会理事会が、マドリードの全面支持を決めたためだ。
河野事務総長はOCA理事でもある竹田恒和会長に対し、「支持を決議していただければ弾みが付くと思う」と話した。


OCAで決議をすることは容易ではないだろう。
というのも2016年夏季五輪が東京に決まることを望まない国もあるからだ。
韓国は2018年冬季の平昌が既に立候補を決め、2020年夏季には釜山が名乗りを挙げている。
また、インドは2020年夏季にデリーが立候補する方針だ。
2016年夏季に立候補を表明し、最終候補としに残れなかったドーハの再挑戦もあり得る。
2016年が東京になると、2020年のアジア開催はない、2018年も冬とはいえ、アジアが続くことは難しい。

OCAの会長はシェイク・アーマド氏。
昨年ハンドボールの「中東の笛」で話題になった人物だ。
現時点では東京支持を表明しているが、腹の底では何を考えているか判らない。


JOCは元々日本体育協会の一委員会という位置づけだった。
そのため独立性に乏しく、モスクワ五輪では、政治の圧力に屈しボイコットに追い込まれたという屈辱の歴史を持つ。
当時から体協からの独立を訴えてきたが、独立できたのは1989年。
ソウル五輪で日本チームが惨敗したことが引き金となった。

そのため、JOC独立以前は、その筆頭者は委員長、独立以降は会長が要職名となっている。

●JOC委員長 (敬称略1962年以前は略)
竹田恒徳(1962年~1969年)東京五輪開催 現JOC会長竹田恒和氏の父親
青木半治(1969年~1973年)札幌五輪開催
田畑政治(1973年~1977年)
柴田勝治(1977年~1989年)モスクワ五輪ボイコット 名古屋五輪招致失敗

●新生JOC会長
堤義明(1989年~1990年)
古橋広之進(1990年~1999年)長野五輪招致、同開催
八木祐四郎(1999年~2001年)大阪五輪招致失敗
竹田恒和(2001年~)

JOC副会長は、長い間置かれていなかった要職だが、長野五輪前にJOC内の業務が煩雑化し1995年から置かれている。
過去にはこうした人物が務めている。
松平氏始め豪腕(強引?)ぞろいだ。

松平康隆 1995年~ 元国際バレーボール連盟副会長 72年五輪金メダル監督
笹原正三 1995年~ 元国際レスリング連盟副会長 56年五輪レスリング金メダリスト
小掛照二 1999年~ 元陸上三段跳世界記録保持者 56年五輪8位
上田宗良 1999年~ 元国際ホッケー連盟常務理事、アジアホッケー連盟副会長
川廷栄一 2003年~ 元国際テニス連盟副会長
小粥義朗 2003年~ 元全日本柔連副会長
小野清子 2005年~ 参議院・国務大臣(当時) 64年五輪体操団体銅メダリスト 
川淵三郎 2005年~ 元日本サッカー協会会長 64年五輪8位、
林務 2005年~ 元日本水泳連盟副会長

そして現在は日本レスリング協会会長の福田富昭氏と、ミズノの水野正人会長が副会長を務めている。


かつて荻村伊智朗さん(1994年没)という方がおられた。
卓球が五輪種目になる前に何度も世界王者になり、引退後は国際卓球連盟会長、JOC国際委員長も務めた方だ。
この荻村さんが長野五輪召致に非常に貢献された。
残念ながら長野五輪前に亡くなったのだが、国際的な知名度、影響力など際立った存在だった。
こうした人物が今日本にはいない。

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May 19, 2009

東京都水道局 五輪招致のために予算倍増

新聞の折込に東京都水道局の「水道ニュース」が入ってきた。
一面の下部には、2016年東京五輪招致の広告がある。(下の写真)
東京都水道局は、公営企業会計でもちろん水道料金が収入源のはず、一体なぜ?

東京都水道局は2009年度当初予算に倍の18億7000万円を計上、CMなどを通じて水道事業だけでなく、五輪招致の“宣伝”もすることになったという。

09年度予算の内、その半分が「安全でおいしい水のプロジェクト」だ。
ちなみに07年度、08年度の予算は各1億円、これが09年度には9億2000万円に急増している。

首都圏にお住まいならば、電車の中のテレビモニター等で「東京水」のCMを見た方も多いだろう。最後に五輪招致のロゴが現われる、あれだ。
こうした「東京水」のCMや中吊り広告、ポスターにジャンジャンと、東京五輪招致を絡めて行こうという意向のようだ。

以前にも書いたことがあるが、都営地下鉄、都バスなど都の関連団体で五輪招致広告は頻繁に見ることができる。が、JRを含む他の鉄道では皆無だ。
IOC招致委の視察があって、都民の関心が高くなっている今こそ、こうした広報戦略が重要になる。

先日のIOC評価委の滞在中には、ペットボトル入りの「東京水」が滞在中の飲料水として配られた。
日本は世界でも稀有な水道水の飲める国でもある。

東京・水道というと、新しい制服用のワッペン約2万個を内規違反のデザインだとして、約3500万円かけて作り直していたことが4月にあった。
公費の無駄遣いと散々な指摘を受けていたが、こちらは東京都下水道局のはなしで、同じ地方公営企業ながら東京都水道局とは別物であるから念のため。

Suido


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May 16, 2009

シカゴの支持率は67% (IOC調査)

シカゴの有力紙 シカゴトリビューンによると、IOC調査によるシカゴの支持率は67%だったという。
これはIOCが直接委託した支持率調査で、立候補都市4都市がほぼ同時期に、同様に調査しているもので、2009年2月に行われた。
シカゴ招致委が調査した支持率は77%、2月にIOCに提出した立候補ファイルにはこの数字が記載されている。

先のエントリーにもあるように東京のIOC調査による支持率は56%、マドリードは85%、リオデジャネイロは公表されていない。

一方、東京招致委員会は5月12日、IOC評価委員会の視察後に実施したインターネットと電話による調査結果を下記のように発表している。

ネット調査 (全国)72.6% (東京都)69.7% (都外)74.0%
電話調査 (全国)80.9% (東京都)73.5% (都外)82.8%

また、同じく読売新聞社は4月の全国調査での賛成は76%と発表している。

不況の影響だろう、シカゴもマドリードも、支持は下がっている中、東京だけは数字が高くなっている。
IOC評価委の来日の報道が、効果的に作用していると見る。

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May 13, 2009

プーチン・ロシア首相 2016年東京五輪招致協力を約束

来日中のプーチン・ロシア首相が、柔道金メダリストの山下泰裕氏と会談をした。
2016年東京五輪招致に話題が上がり、山下が
「私は14年ソチ冬季五輪を応援する。ぜひ16年東京五輪招致に力を貸してほしい」
と言うと、プーチン氏は
「私にそれを頼んだ日本人はあなたが初めて。力になりましょう」
と約束をしたという。

2014年の冬季五輪は、ロシア・ソチで開催される。
長野五輪のあった1998年大会から開催意思表示を示してきたソチが、16年掛けてたどり着いた五輪である。
評価が最下位であったソチの大逆転は、プーチンの招致演説に寄るところが大きい。

ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して、アメリカ、日本、西ドイツなどがボイコットし、山下が1980年モスクワ五輪に参加できなかったことは広く知られている。
このとき山下は23歳、東海大学を卒業したばかりだった。
一方、プーチンはこのとき27歳。
柔道家であったが、ソ連代表クラスの選手ではなかったようだが、旧ソ連国家保安委員会KGBの対外諜報部員として、平和とスポーツの祭典が国際政治に翻弄される現実を目の当たりにしていたと言われる。

柔道家として、精神面で日本との結びつきがことのほかある人物だ。
プーチンが、2000年にロシア大統領に就任した際には
「柔道を20年以上やってきた。日本の伝統、文化の深さを知る者として、日本を愛さずにはいられない」
と当時の小渕首相との会談で話している。
また、「プーチンと学ぶ柔道」という自著の中では、嘉納治五郎、山下泰裕、姿三四郎を柔道家として尊敬していると書いている。

このプーチンと山下が、初めて会ったのは2003年頃ではないか?
当時の小泉首相がモスクワに行き、プーチン氏が学生時代に柔道の練習に通った「上級総合スポーツ学校」で日露首脳会談が行われたとき、コーチのためにモスクワを訪れていた山下と会っている。
柔道家同士意気投合し、その後も付き合いが続いている。

山下は柔道八段、そしてプーチンは五段である。
2000年の来日時に、講道館で柔道の技の型を演武し、講道館より柔道六段の段位を贈られることになったが、こういって辞退したそうだ。
「私は柔道家ですから、六段の帯がもつ重みをよく知っています。ロシアに帰って研鑽を積み、一日も早くこの帯が締められるよう励みたいと思います。」

●参考記事
コペンハーゲンのIOC総会までに東京がなすべきことは何か

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May 12, 2009

嘉納治五郎の意思が呼び込んだ東京五輪

後に五輪開催地になるミュンヘン(西独=当時)のIOC総会で1964年の夏季五輪東京開催が決定したのは、1959年5月26日のこと。
間もなくちょうど50年になる。
対立候補だったデトロイト、ウィーン、ブリュッセルを抑えて、聖火はアジアに初めて灯されることになった。
 
当時の首相は岸信介。「東京で五輪を開くことは、国民多年の念願。成功させるため、全力を挙げて努力していきたい」と決意を述べたという。
IOC総会のひと月前に東京都知事に選ばれたばかりの東龍太郎も、公約の一つに五輪開催を掲げていた。
東は1947年から1959年まで日本体育協会会長とJOC会長を兼務、1950年から1968年までIOC委員を務めた人物である。

東京が最初に五輪招致を目指したのは1940年大会。
このとき対立候補はヘルシンキと、ローマ(その後撤退)だった。
1936年8月31日 ベルリン五輪に合わせて開催されたIOC総会で東京に決定した。
36対27という投票結果が残っている
このとき東京開催に尽力したのは嘉納治五郎。
柔道の創始者として知られ、今日でも嘉納杯に名を残す嘉納だ。

嘉納は1909年(明治42年)に日本人初のIOC委員となった。
IOCの創立が1894年だからことのほか日本人初のIOC委員は早く誕生していたことになる。
1911年に日本体育協会の前身である大日本体育協会を設立し、1912年日本初の五輪参加となるストックホルム五輪に団長として参加した。

ところが、嘉納は東京五輪を2年後に控えた1938年、カイロで開かれたIOC総会の帰路、5月4日 横浜港に帰港する氷川丸の船内で肺炎により急死した。
突然の死から2カ月後、日本政府は日中戦争の拡大を理由に東京五輪開催を返上、1940年五輪はヘルシンキに変更されたが、後に大会そのものが中止とされた。

嘉納が氷川丸船上で亡くなったときに、最期を看取った人物に当時外務省に勤務していた平沢和重がいた。
平沢は後にNHK解説委員になり、1959年の東京招致を決めたIOC総会では招致演説をしている。
「世界柔道史」(恒友社刊)の序文に平沢のこんな文章がある。

「東龍太郎博士がIOC委員諸公に私を紹介する時に『嘉納先生の最後をみとった人物』であることに触れたとたん、委員諸公の顔にはありありと緊張の色が浮かんだ。大部分の委員は嘉納先生を知っていて、改めて先生の逝去を悼んでくれた。従って、私の演説の蔭(かげ)の力としてどれだけ嘉納先生の存在が物を言ったか計り知れないのである」

嘉納治五郎の思いが1964年の東京五輪招致にも生き続けたというエピソードである。
そこへいくと2016年の五輪招致は同一の流れの上にはない。
50年前とは国内外の情勢が現在とは全く異なる。
とはいうものの、東京五輪決定50周年を記念したイベントを行ったらいかがだろうか。少しでも支持率のアップにつながるのではないだろうか?

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May 08, 2009

マドリードの支持は85%(IOC調査)

IOCによるマドリードの世論調査が報告されている。
それによると(支持)85%だそうだ。
1次選考の際のIOC調査の数字が90%、マドリード招致委員会の数字が92%だったから、それにくらべれば低くなった。

一方、シカゴの招致委員会の発表した数字は(支持)76%。
2月の地元紙シカゴトリビューンの世論調査は64%。
だが、IOCによる調査の数字を公表することは頑なに拒んでいる。

それでもマドリードに決まることは、ほとんどない。
2012年夏季 ロンドン
2014年冬季 ソチ
のあとにまたヨーロッパに来るとは考えにくいからだ。
2016年夏季 マドリード?

過去においては
1992年夏季 バルセロナ
1992年冬季 アルベールビル
1994年冬季 リレハンメル

のように3大会連続ヨーロッパだったこともある。
ただし、このときは冬季大会の移行期。
しかも、冬季五輪はその参加する70%の選手が、ヨーロッパの選手であるという事情もある。

それ以外にマドリードのプラス要素に、元IOC会長サマランチ氏の存在も言われるが、80歳を超えた元会長にどこまで力があるか?
彼がまだ影響力を行使できるのなら、マドリードは2012年大会招致で、ロンドンに負けることはなかっただろう。


*IOC評価委のムータワキル氏は、モロッコの国王に呼ばれて急遽帰国したらしい。
モロッコ(首都ラバト)とマドリードは比較的近く、金曜日には戻ってくるそうだが、一体何があったのだろう?

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May 02, 2009

危機的支持率 東京五輪賛成は56%(IOC調査) 大阪に並ぶ低さ

東京など4都市が争う2016年夏季五輪招致で、国際オリンピック委員会 (IOC)が2月に行った東京に対する世論調査の結果、開催支持率が56% だったことが2日、招致関係者の話で分かった。IOCはシカゴ、マドリード、 リオデジャネイロとともに支持率を評価報告書に記載する。 (共同通信 以下省略)


やばい数字だ。IOCの昨年6月の調査で東京は59%、4都市で最も低かったが、今回の数字はこれを下回った。

危機的数字かもしれない。
8年前、大阪が2008年夏季五輪に立候補した際の「賛成」が51%、この数字に限りなく近い。
世論調査の数字は、操作が可能、というのが筆者の持論だが、直近にメディア2社が次のような報告をしている。


共同通信社が独自に4月28、29両日に実施した全国電話世論調査では、全国で賛成67.8%、さらに東京都は55.6%という数字が出ている。
この東京都の数字はIOC調査に近い。

また、読売新聞社の全国世論調査(4月25~26日実施、面接方式)では、「賛成」が76%で前回調査(今年1月31日~2月1日)より2%増加したとしている。


ひとつ気になることがある。

1月18日に、競泳金メダリストの北島康介等が東京五輪招致を応援するため、東京都内で街頭演説を行っている。
今から考えると、IOC調査が2月にあることを東京招致委は知っており、世論を盛り上げることを目的に1月にこのイベントを企画したのではないだろうか?

1回限りのイベントであったし、不自然な時期の実施に疑問を持ったのだが、こういった理由があったのだろう。
北島が街頭演説を1度した位で、五輪招致支持が上がる訳がない。
こういったものは地道な継続的な、選挙で言う「どぶ板」的な作業が必要だ。
余りにも付け焼刃的で、これで52年ぶりの東京五輪招致に致命傷になるなら余りにもったいない。


支持率については何度も何度も書いてきたので、あえて繰り返さないが下記をご参照ください。

東京五輪招致のパンフが都営地下鉄においてあったのだが・・・

東京五輪開催賛成 70.2%という数字が出ているが・・・

なんと IOCの五輪立候補都市の支持率調査は 既に終了

都知事を悩ます都民の五輪開催支持

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April 30, 2009

リオデジャネイロはダークホース? いや本命かも?

2016年夏季五輪招致レースにおいて、ダークホースと見られているのがリオデジャネイロだ。現在IOCの評価委員会一行は、リオに滞在中だ。

3月26日GAISFなどが主催する会議「スポーツアコード」で立候補都市4都市が招致演説をした。(既報済)
4都市の中で最も印象的で、熱烈なプレゼンテーションだったのがリオデジャネイロ。

ブラジル政府はリオ五輪を支援するために十分な経済力を持っており、2007年にリオで行われたパンアメリカンゲームでは、政府はスポーツ・インフラストラクチャーを作成するのを支援した。カルロス・ヌーズマン招致委会長が、なぜ南アメリカで五輪が開かれていないんだ!と訴えると、会場はリオに大きく賛同した。リオデジャネイロは、「なぜリオか?」に適切に答えた。

過去に南米の都市が五輪開催に名乗りを挙げたことは何度もある。
だが、いずれもうまく行かなかった。
最も票を集めたのが1956年大会。
ブエノスアイレスがメルボルンと壮絶な「初の南半球」を賭けた争いをし、4回目の投票でメルボルンが21-20でブエノスに競い勝った。

南米は、五輪よりもサッカーのW杯に関心が高い。
その為か、その後は本格的な招致はない。

2000年にブラジリア、2004年にブエノスアイレスとリオデジャネイロ、2012年にリオデジャネイロが名乗りを挙げたが、ブエノスは1次選考を通ったものの、ブラジル勢はいずれも正式立候補都市になれなかった。

特に最近は、2004年のアテネ五輪が、発展途上国の五輪招致に影響を及ぼしている。
アテネは、西ヨーロッパの名立たる国の首都と比べると、インフラ整備は遅れていたのは否めない。
IOCが、アテネ五輪準備の苦労から学んだ教訓は、五輪開催は、発展した社会インフラを持つ大都市に限る、というもの。
(じゃあ、北京はなんだってことになるが、中国は全体主義国だからまた別物)

2016年の一時選考でも、本当はドーハよりも計画は劣っていたものの、地域性を考慮され、正式立候補都市に残ったリオデジャネイロ。

とはいうものの、IOC委員でもあるカルロス・ヌーズマン招致委会長(招致委会長がIOC委員なのはリオのみ)の人脈、プレゼンテーション力は、大逆転を生むかもしれない。

●参考記事
東京招致のプレゼン評価は4都市中4位

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April 21, 2009

コペンハーゲンのIOC総会までに東京がなすべきことは何か

10月のコペンハーゲンのIOC総会までに東京がなすべきこと(準備すること)は何か。
直近の招致レースである 2014年冬季五輪開催地決定のプロセスを見ながら考えたい。

(1)一次選考で3都市に絞られた 2006年6月
2014年冬季五輪開催に名乗りを挙げていた都市は7都市。
IOCの理事会によって第1次選考が行われ、ソチ(ロシア)、ザルツブルク(オーストリア)、平昌(ピョンチャン)(韓国)が正式な立候補都市になった。
アルマトイ(カザフスタン)、ボルジョミ(グルジア)、ハカ(スペイン)、ソフィア(ブルガリア)の4都市は落選した。

このときのIOC作業部会の評価報告書によると、この時点での総合評価は、①ザルツブルク②平昌③ソチ
ザルツブルクは交通網や競技施設で、平昌は政府支援の面で高く評価された。一方、ソチは選手村計画で高評価を得たが、警備や財政面で劣ると判断された。


(2)IOC評価委員会はどう見たか 2007年6月
2014年冬季五輪のIOC評価委員会(猪谷千春委員長)は2007年2~3月に3都市を視察し、競技施設、交通、宿泊、財政など各主要項目について評価をした。優劣は明記されなかったが、事実上下記のような順位が付いた。
①平昌 開催能力や都市インフラなど技術面を分析し明白な短所の指摘を受けなかった。
②ザルツブルク 警備・建設コストを過小評価した財政面、宿泊施設の質に懸念ありと指摘。
③ソチ 大半の競技施設と主要交通網、宿泊施設を新設・改築する建設計画の複雑さを指摘。


(3)IOCによる公式支持率調査はどうだったか 2007年?月
平昌 賛成91% 反対5%
ソチ 賛成79% 反対14%
ザルツブルク 賛成42% 反対45%←candidate cityで反対が賛成を上回ったのはここしかないのではないか?


(4)第119回IOC総会  グアテマラシティ 2007年7月
ソチ、ザルツブルク、平昌の順で招致演説を実施した。
ソチの演説では、ロシアのプーチン大統領(当時)が英語と仏語の演説を披露、政府の全面支援を強調した。トリノ五輪フィギュアスケート男子金メダリストのエフゲニー・プルシェンコ、競泳金メダリストアレキサンドル・ポポフもソチへの投票を呼びかけた。
平昌も盧武鉉大統領(当時)、ザルツブルクもグーゼンバウアー首相が招致演説をした。

その結果 僅差でソチが開催地に決まった。

立候補都市

ソチ(ロシア)

34

51

平昌.(韓国).

36

47

ザルツブルク.(オーストリア)

25

-


(5)ソチ決定を踏まえて
IOCのロゲ会長は、ソチに決まったのは、2012年夏季五輪のロンドン招致を成功させたブレア首相(当時)に続き、プーチン大統領(当時)の存在が大きかったと指摘。
「今、成功する招致は、政治的リーダーを含む国を挙げた支援を備える必要がある。これは今の五輪の価値を反映したものだ」と語った。

接戦となる招致レースの鉄則は、「投票しない口実」を与えるような欠点を露呈しないこと。」ロゲ会長は「投票の最後の決め手は、(組織委を)信頼できるかどうか」とも指摘した。

ザルツブルクの失敗
この前年のトリノ五輪でオーストリア選手団の組織的薬物使用が発覚、オーストリア五輪委員会は、100万ドルの罰金を払うことになった。

平昌の失敗
南北朝鮮の融和と平和を前面に出すが、2010年冬季五輪招致時と同じ戦略であり、この当時の北朝鮮をめぐる情勢が影響したことは否めない。
韓国がショートトラックを除く冬季競技に弱く、顔となるスター選手が不在だった。

ソチの勝因
プーチン大統領(当時)の後押しによる強い財政基盤、人口1億50000人という五輪マーケティングの潜在的な市場としての魅力などが評価された。
政府関係者が中心だった2012年夏季五輪モスクワ招致失敗の教訓から、複数の五輪金メダリストを招致の顔にした。
五輪競技施設を、ソ連崩壊後、ロシアにとっては国外となってしまった冬季競技訓練センターとしたいという計画が評価された。

以上から判ることは、

・IOCの評価委員会の視察は、余りに大きなマイナスでなければ逆転は可能
・70%程度の市民の支持があれば問題はない

そして、五輪招致の可否は、何と言ってもIOC総会で、どれだけインパクトのある招致演説ができるかにかかっている。
ソチに決まったIOC総会出席のために、プーチン氏がグアテマラ入りすると IOC委員が我先にと握手を求めてきたそうだ。
コペンハーゲンのIOC総会に、オバマ大統領が現れると、同様のオバマ現象が起き、シカゴの地滑り的勝利もあり得る。
まして、マイケル・ジョーダンを連れてきたら・・・。

東京の顔は誰か?
何度も指摘しているように室伏広治氏、ほかには中田英寿氏、スポーツ界以外ならバルセロナ五輪開会式で指揮をした坂本龍一氏、ヨーロッパで知名度の高い北野武氏、宮崎駿氏などはいかがだろう。

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April 20, 2009

都知事を悩ます都民の五輪開催支持

ムータワキル率いるIOC評価委員が日本を去った。
大きな失敗もなく、予定以上の視察だったと思う。

が、気になる点がある。
IOC調査による公式の東京五輪招致の支持率が、高くないようだ。
IOCの公式支持率調査は、この2月に4都市ほぼ同条件で実施されている。
この結果は、9月の視察の報告書の公表時まで、その数字を明らかにしないとしているのだが、それでも各都市の招致委には伝えられた。
新華社が伝えるところによればこうである。

石原慎太郎知事に示されたIOC公式調査の結果は、都知事にとって、それほど満足できないか結果かもしれません。 都知事は「世界最大の発行部数を誇る読売新聞による1カ月前の調査は、支持率が74%であることを示した。この数字は私たちを大いに勇気付けてくれた。」
どうも公式の支持率はこれを下回ったらしい。
「確かに、前進していけば、数字は変わっていくものだ」と、都知事は言い足した。

読売新聞は、東京招致のオフィシャルスポンサーであり、新聞社は、五輪報道でかなり儲けている企業であることを考えると、読売の数字は、若干バイアスがかかっている、ということだろう。

シカゴも最近、有力紙のシカゴ・トリビューンと招致委員会の両方が、調査結果を公表しているが、2016年夏季五輪招致に対するシカゴ市民の現在の支持は両者によって異なっている。

シカゴ・トリビューン(2009年2月4・5日実施)
賛成 64%
反対 28%
シカゴ招致委員会 (2009年4月1日発表)
賛成 78%

支持率の高い順に並べるとこうではないかと予想する。
マドリード>リオ・デジャネイロ>東京・シカゴ

●なんと IOCの五輪立候補都市の支持率調査は 既に終了

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April 19, 2009

IOC評価委 概ね東京に高評価

東京を訪れていたIOC評価委員の一行が視察を終え、記者会見を開いた。
報道各社の伝える内容は、若干の違いはあるが、概ね高い評価と言えるようだ。

「都庁の石原都知事の強い意欲を感じました。また、オリンピック選手である麻生首相に会えて良かった」(TBS)

「プレゼンテーションの質が極めて高い」
「非常にコンパクトなコンセプトだと思いました」(フジテレビ)

「スポーツが生活に根づいているダイナミックな街、東京を訪れることができて良かった。オリンピック開催に対するビジョン、質の高いプレゼン、そしてそのコンセプトがとても印象的でした」(テレビ朝日)

「東京が打ち出したコンパクトな計画は利便性がすばらしく、選手にとっても訪れた人たちにとってもメリットがある」
「地元の子どもたちと植樹を通して交流する機会も設けられ、招致活動が地域からの強いサポートを受けていることがよくわかった」
「利便性がすばらしく、選手にとってもオリンピックを見に訪れる人にとってもメリットがある計画だと感じた」
「必要な保証を東京が得ていることは理解しているが、今後、注意深く検証したい」(NHK)

またAPは下記のように伝えている。

TOKYO (AP) — The chairwoman of the International Olympic Committee's evaluation commission on Sunday said its members were "most impressed" by Tokyo's bid to host the 2016 Summer Games.
Nawal el Moutawakel praised the city's vision, concept and high quality presentation, while at a news conference marking the end of the IOC team's four-day inspection of Tokyo.

Tokyo is competing with Chicago, Rio de Janeiro and Madrid to host the 2016 Olympics. The IOC inspection team has already visited Chicago and the full IOC will vote on the host city at Copenhagen on Oct. 2.

Tokyo organizers say their bid offers the most compact games, with almost all venues located less than eight kilometers (five miles) from the main stadium.

"We thought it was a very compact concept, and we're pleased with the presentation," said el Moutawakel, who won a gold medal in the hurdles for Morocco at the 1984 Los Angeles Games

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April 17, 2009

国立代々木競技場 今むかし

6カ国が参加し、国別で競うフィギュアスケート国別対抗戦が、16・17・18日と東京代々木体育館で行われている。
今日17日は、IOC評価委の27競技会場・予定地の視察に充てられている日だ。
2016年五輪では、代々木競技場も第二体育館と合わせ、バスケットボール、ハンドボールの会場を予定しており、今日はIOC評価委がフィギュアスケートの競技中に視察に訪れる。

迎え入れるオリンピアンは、トリノ五輪金メダリストの荒川静香だ。

国立代々木競技場が正式な名称だが、近年は代々木体育館、代々木第一と呼ばれることが多い。が、かつてはオリンピックプールと呼んでいた。
というのも1964年の東京五輪時は、水泳競技(競泳・飛込み)の会場だったのだ。

当時から、プールだけでなく体育館しても使えるように設計されており、五輪後は、水泳と並んでフィギュアスケート、アイスホッケー、バレーボール、室内陸上、ボクシング等様々な競技が行われてきた。
また、コンサートの殿堂としても知られている。最初に代々木を使ったアーチストは、1983年のチャゲ&飛鳥、外国人では1985年のブルース・スプリングスティーンだ。

北京五輪でイギリスのレベッカ・アドリントンが、女子800m自由形で8分14秒10の世界新記録で金メダルを獲った。
これは、ジャネット・エバンスが18年間持ち続け、不滅となりかけていた8分16分22の世界記録を破るもので、エバンスが世界記録で泳いだのがこの代々木のオリンピックプールだったのだ。
ときは1989年8月、今でこそ、辰巳、習志野、横浜と国際規格のプールが首都圏に3つもあるが、当時は代々木にしかなかった。

ところが、水泳の競技施設としては徐々に老朽化し、1997年頃にその役割を終えた。
それ以降オリンピックプールと呼ばれることはない。

フィギュアの国別対抗戦の昨日の観客は6638人だそうだ。今日は1万人近く入るだろう。
45年前にオリンピックプールとして水しぶきが上がった会場で、フィギュアスケートが行われている。
これも東京五輪のレガシーを、日本人が大事にしているひとコマであると思うが、IOC評価委の皆さんにはどのように映るだろうか。

●参考記事
ジャネット・エバンスの不滅の世界記録 19年目に破られる

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April 15, 2009

東京五輪のレガシー(遺産)が生きる街

私が通っていた大学には、記念会堂と呼ばれる講堂があった。
この講堂は1957年に大学創立75周年を記念して造られ、1964年の東京五輪ではフェンシング会場として使われた。
私自身は東京五輪を知らないのだが、記念会堂の一角に銘板があり、フルーレ、エペ、サーブル各種目の金メダリストの名前が刻まれていた。
私の在学当時、この銘板は既にかなり古びており、東京五輪なんて大昔の出来事、という思いがあった(笑)。が、誇らしくもあった。

東京には、東京五輪を契機に造られたものが多く残っている。

ネーミングライツにより、渋谷C.C.Lemonホールと呼ばれている渋谷公会堂は、東京五輪では重量挙げの会場に使われた。
一方、東京ドームの脇の黄色いビルの6Fには後楽園アイスパレスがあった。五輪ではボクシング会場として使われたが、1993年5月をもって廃止された。

ナワル・ムータワキル率いるIOC評価委員会の一行は、ホテルオークラに宿泊しているらしい。
このオークラも東京五輪とは関係が深い。

ホテル御三家という言葉がある。
帝国ホテル、ホテルオークラ東京、ホテルニューオータニの3つを指すが、100年以上の歴史を持つ帝国ホテルはともかく、オークラとニューオータニは東京五輪を契機に造られたホテルだ。
最近では外資系ホテルの新御三家も登場しているが、東京に長く住む人は御三家が好きだ。
オークラは、東京五輪の選手村の食堂にレストランのシェフを派遣し、技術指導をしたことでも知られる。
2016年の開催が決まれば、会期中はIOCホテルとして利用されることも決まっている。

東京では、競技施設のみならず、新幹線、地下鉄やモノレール、ホテル、首都高速道路など東京五輪を契機に様々なインフラ整備が行われ、現在でも何気なく利用しているものも多い。
こうした競技施設、インフラを東京五輪のレガシー(遺産)と呼ぶ。

マドリードにも、シカゴにも、リオデジャネイロにもなく、東京だけにあり、40余年東京の人々に愛され、親しまれている五輪のレガシー。
五輪を体験した記憶はなくとも、親から、街からそのレガシーは受け継がれ、子に孫にも受け継いでいく。
東京はそんな街ではないだろうか。


▼随分以前にナワル・エル・ムータワキルのことを書いたことがあった
国籍を変える選手たち。

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April 13, 2009

IOCの夕食会になんで室伏選手が呼ばれないの?

4月18日に迎賓館で行われるIOC評価委員会を招いての夕食会に、日本のトップアスリートを代表して競泳男子平泳ぎで五輪2大会連続2冠の北島康介選手、柔道女子63キロ級で五輪2連覇の谷本歩実選手が出席するという。
さらには、夏冬合わせて7度の五輪に出場した橋本聖子・外務副大臣、河村建夫官房長官、塩谷立文部科学相も出席する方向で、東京は石原慎太郎都知事やJOCの竹田恒和会長はもちろん出席する。

えっ、室伏広冶選手は出ないの?

数多くある五輪の競技の中で、仮に格をつけるとしたら、何と言っても陸上競技が1番だ。
歴史、注目度からしても間違いない。
各五輪ごとの日本選手団の名簿を見てほしい、必ず陸上が先頭だから。(ちなみに冬季五輪はアルペンになる)
IOC評価委員会のメンバーを見たって、委員長のムータワキル(モロッコ)、ギー・ドルー(フランス)と陸上金メダリストが2人入っている。

これはIOCが、2016年夏季五輪の競技場の中でも、特に陸上競技が、最適な環境で行うことが出来るかを何よりも重視していることの表れだ。

とすれば、迎える日本のオリンピアンにも、なぜ陸上選手を選ばない?
高橋尚子、野口みずき、室伏広治と3人いる戦後の陸上金メダリストの内、やはり世界的に見ても抜群の知名度を誇るのが室伏広治。
陸上関係者、五輪関係者で室伏を知らない者はいない。
2大会連続メダル獲得の実力も然ることながら、2大会とも他選手のドーピング違反を受けて順位が上がったというクリーンさ、博士号を獲ったという研究熱心さ、彼をおいて日本の顔はないと思うのだが。


先にシカゴ美術館で行われたシカゴの夕食会には、こんな面々が呼ばれてる。

ジェフ・ブラマー(イギリス副総領事)
ナディア・コマネチ、バート・コナー夫妻(元体操選手)
ジョン・カラートン (イリノイ州上院議長)
リチャード・M.デイリー (シカゴ市長)
Jean-Baptiste de Boiseeiere (フランス総領事)
アーン・ダンカン (米国教育長官)
ディック・ダービン (イリノイ州院議員)
マリア・ローザ・フェラー (コロンビア総領事)
Mufi Hanneman (ホノルル市長)
デニス・ハスタート (米下院元議長)
ヴァレリー・ジャレット (オバマ大統領主席顧問)
ジャッキー・ジョイナー=カーシー (陸上七種競技)
シャスティン・レイン (スウェーデン総領事)
ナスティア・リューキン (北京五輪体操個人総合金メダル)
Giambattista Mondada (スイス総領事)
Martin Nesbitt, CEO, PRG Parking Management →素性不明
J.B. Pritzker, Founder & Managing Partner, The Pritzker Group →素性不明
パトリック・クイン (イリノイ州知事)
エリザベス・シック (オーストラリア総領事)
Mona Seouby (エジプト総領事)
Pei-Hwang Shen (台北経済文化代表処
オプラー・ウィンフリー (エンターテインメントパイオニア、および慈善家)

この中に、なぜ台北経済文化代表処のようなややこしい人が呼ばれたのか?

評価委員の呉経国氏(IOC委員)が台湾の人なのだ。
台北経済文化代表処とは、米国と正式な国交のない台湾の領事館にあたるところだ。
呉経国氏は、国際ボクシング協会の会長も務める実力者、台湾の人が国際競技連盟(IF)のトップを務めるケースは非常に稀だ。
呉氏は、対中国穏健派だが、東京の夕食会に中国側(大陸側)の関係者を間違っても呼ばないように。
石原都知事は親台だし、意外と呉氏はキーマンと成り得るのではないか?
さらに付け加えるならば、呉氏は、女子ボクシングの五輪採用を願っている。
女子柔道、女子レスリング強国の日本が協力できることはたくさんありそうだ。

*室伏広治選手は、東京五輪招致委員会の理事でもあります

コマネチについては下記を見てください。
オリンピックの記憶(9) ナディア・コマネチの伝説

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April 10, 2009

これまでの IOCの視察団を迎えたときのエピソード

2016年夏季五輪招致で、IOC評価委が東京を視察する際に開催される公式夕食会が、迎賓館を会場に開かれることが関係者の話で明らかになった。
立候補都市が期間中に1度だけ開催できる公式夕食会は、18日に麻生首相の主催で予定されている。
迎賓館の使用は原則として国賓や公賓に限られているが、都など招致関係者は国を挙げて五輪招致を支援する姿勢を示すため、評価委に対しても国賓クラスの接待を求めていた。

1964年東京五輪招致の場合
これを聞いて1964年の東京五輪招致のときの興味深いエピソードを思い出した。
当時のIOCの会長は強固なアマチュアリズムを説くアヴェリー・ブランデージ氏。
会長を始めとするIOC委員一行が来日し、三井グループの迎賓館、綱町三井倶楽部に招待された。
「日本にはワインもない」と、文化度の低い日本での五輪開催に反対する一部のIOC委員を前に、ブランデージ氏は47年もののワイン「シャトー・ド・イケム」をオーダーした。
三井倶楽部側がその注文にみごと応えてみせると、ブランデージ氏はこれを高く掲げ、「東京に決めた」と宣言した、と言われている。
もう50年も前の話なので、かなり誇張された部分もありそうだが、面白いはなしだ。

森氏の活躍も空振りに終わった2008年大阪五輪招致の場合
2008年の夏季五輪招致を大阪市が目指していたときは、大阪国際会議場(リーガロイヤルホテル大阪)が夕食会の会場となった。
当時の首相はあの森喜朗氏。
当初、参加しない方針だったが、国会の合間に急遽大阪にやって来た。
森氏は用意した原稿通りに挨拶を始めたが、最後にいきなり締めていたネクタイを手にとってIOC評価委らに示し、「今、シドニー五輪の公式ネクタイをしています。次はアテネのももらうようお願いしています。3本目は大阪五輪のネクタイを締めたいものですね」とアドリブを加えた。
これに対し、評価委のフェルブルッゲン委員長も、「持ってこられれば、よかったんですが。もうかりまっか?」と日本語でやり返した。
会場は盛り上がり、自画自賛の得意な森氏は、「日本政府の意気込みを示せた」と意気揚々だった。
が、2008年五輪開催は、「初めに北京在りき」のIOCの筋書き通りに進み、大阪はイスタンブールにも負ける最下位で敗退するのであった。

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April 09, 2009

石原都知事 外国特派員協会で東京五輪招致を語る

石原慎太郎東京都知事は8日、都内の日本外国特派員協会で2016年夏季五輪の招致活動について講演した。
AFP通信の伝えるところの内容をまとめてみた。

東京の健康な経済と良い環境、IOCの評価委員会が来週2016年夏季五輪の視察のために来日するが、東京は、”化粧”を全く必要としません、東京都知事は言った。
IOCの評価委員会が、シカゴの夜通し点検のねじを巻いたとき(凄い比喩だが直訳)、石原都知事は、「あなたが土壇場で心配の状態で何かをしようとすると、金箔は、結局、あなたの手につくでしょう」と言った。

13人のメンバーからなるIOC評価委員は、来週火曜日から2016年の夏季五輪候補都市の視察のために、1週間東京を訪問する。
10月2日のIOC総会で、2016年夏季五輪の開催都市を選ぶ前に評価委員会は、既に終了したシカゴに加え、東京、リオデジャネイロ、マドリードを訪問して、これらのリスクと可能性を考慮する調査書を作成する。

76歳のしばしば論争好きな都知事は、「私たちは私たちで、彼らに私たちに会いに来て欲しいと思います、そして、彼らに穏やかで合理的な評価をして欲しいと思います」と日本外国特派員協会で話しをした。
そして、IOC評価委員会が、8万人収容のメインスタジアムと選手村の建設予定地を視察するとき「現実的な'プレゼンテーション」をするための新しい技術を使用するでしょうと付け加えた。

東京は競技会場の95%を半径8km圏内に集め「世界一コンパクトな大会」を計画している。
選手村から10分以内に、競技施設の70%がある。

必要な34の競技施設の内、恒久施設工事が必要な8施設を含む23施設が、既存のものだ。
第二次世界大戦における敗北の後に、日本の急速な工業化を推進するのを助けた1964年の東京五輪に使用された国立競技場と日本武道館を含む4つの施設の改修を計画している。
 

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April 08, 2009

○×クイズ 第二次大戦後 2回の五輪を開催した都市はなく、東京が2016年五輪の招致に成功すれば初となる

複数回数の五輪を開催した都市は7つある。
その内、戦後2回の五輪を開催した唯一の都市はインスブルック。
1964年と1976年の冬季五輪を開催している。

僅か12年の間に何故2回の開催が可能だったか?
元々1976年の冬季五輪の開催地に決まっていたのは、アメリカのデンバーだった。
ところが、1972年のミュンヘン五輪におけるテロ、予算の高騰、環境破壊などを理由に反対運動が激化、住民投票によって大会4年前に開催を返上することになった。
この時点で、他に開催能力のある都市はグルノーブル、インスブルックなどしかなく、1964年の開催都市だったインスブルックが急遽引き受けることになった、という訳だ。

また、2012年夏季五輪開催の決まっているロンドンは、1908年、1948年の夏季五輪も開催しており、2012年大会が無事開かれれば、2番目の都市となる。
なお、日本は1948年大会に戦争責任を問われ、ドイツ、イタリアとともに招待されていない。

東京が、2016年五輪の招致に成功すれば3番目の都市になる。

答え:×

●2回以上五輪を開催した都市
ロンドン 2012、1948、1908年
アテネ 2004、1896年
ロサンゼルス 1984、1932年
レークプラシッド(冬) 1980、1932年
インスブルック(冬) 1976 1964年
サンモリッツ(冬) 1948 1928年
パリ 1924 1900年

戦後五輪を開催した都市の幾つかは、「夢よもう一度」と、再度立候補している。
例えば札幌市。
1972年から12年後の1984年の冬季五輪にも立候補したが、3票差でサラエボ(当時ユーゴスラビア、現ボスニアヘルツェゴビナ)に敗れた。
1960年夏季五輪を開催したローマは、2004年大会にも立候補した。
最有力候補と呼ばれたが、アテネに敗れている。

2回目の五輪招致は、必ず何故また開催するの?が付き纏うだけに、1回目の招致よりも難しいかもしれない。

●2回目の五輪招致に失敗した都市
モスクワ 1980 ×2012年
札幌(冬) 1972 ×1984年
ローマ 1960 ×2004年
メルボルン 1956 ×1996年
ヘルシンキ 1952 ×2006(冬)
ベルリン 1936 ×2000年
アムステルダム 1928 ×1992年
ストックホルム 1904 ×2004年
*1952年夏季五輪開催都市のヘルシンキは、2006年の冬季大会に立候補した。

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April 07, 2009

IOC評価委員会 シカゴ滞在中

2016年夏季五輪に立候補している4都市を、IOCの評価委員会が訪問中だ。
世界同時不況下での視察とあって、財政面に特に注目した調査になると言われているが、最初の訪問都市シカゴのポイントについて、事前に読売新聞は次のように書いている。

Yomi2

6日の会議では、連邦政府も協力していることを示すために、米国国務長官のヒラリー・クリントン氏のこんなビデオが流された。
「2016年の五輪開催都市にシカゴが選ばれることに、アメリカ合衆国は両手を広げて歓迎します。」
ホワイトハウスは、招致への強力な支持を提供する意志を固めた。

シカゴの財政保証は、シカゴ市から5億ドル、イリノイ州から2億5000万ドル、そして大会が開けないような不足の事態の際にはさらに5億ドルまでが追加される。

そして、次の内容が評価委員会に強調された。
不況が伝えられるが、シカゴの経済は多様であること。
シカゴにはフォーチュン誌の企業番付に登場する会社の本社もあること。
マクドナルドやUSエアーのようなIOC、USOCのスポンサーもあること。

この日の会議で使われたビデオの冒頭に、フランク・シナトラのMy Kind of Townというシカゴを歌った歌が流された。
評価委員会はの面々は、モロッコ人のムータワキルや、ロシア人のアレキサンドル・ポポフ、フランス人のギー・ドルーなど往年の五輪金メダリスト等が顔を揃えている。が、果たして彼らはシナトラを知っていたか?
では、東京も歌で評価委員会を迎えるとしたら、何がいいだろう?

やっぱり東京五輪音頭だろうか?

シカゴは財政面の不安があるものの、IOCにとってシカゴ開催となれば、米国のTV局(NBC)のもたらす莫大な放映権(現在交渉はストップしている)が、さらに増える可能性がある。
だが、テロのリスク、さらには2002年冬、1996年夏、1984年夏と米国での五輪開催が多いこと、IOCスキャンダルの発信元が米国であったこと、招致委のトップが交代したりなどネガティブな要素も多い。
米国はほんとうは、挙げた手を下ろしたいのではないか?

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April 03, 2009

50年前の『東京 五輪をゲット』の新聞記事を見つけた

2016年夏季五輪招致レースのIOC評価委員会による視察が4月2日から始まった。
まずはシカゴ、東京には14日にやって来る。
この視察をもとに作る報告書は、10月のコペンハーゲンのIOC総会で委員が投票する際の重要な参考資料となる。
この視察のためだろう。東京都心の主な道路には、東京五輪招致の旗が飾られている、が、ほとんどの人は気が付かないようだ。

ご存知だろうか?
1964年の東京五輪の開催が決まったのは、1959年5月26日のミュンヘンで行われたIOC総会で、今年はそれからちょうど50年になる。


東 京
デトロイト
ウィーン
ブリュッセル

34
10
9

5

1959526日ミュンヘンIOC総会

この4年前には、ローマ相手に4票しか獲れなかった東京が、デトロイト相手に圧勝した。
余談になるが、デトロイトは1958年にUSOCの米国内選考で、シカゴを敗っての立候補だった。
東京とシカゴには50年を超える因縁がある、といえば言い過ぎだろうか。

アメリカの古い新聞を検索していたら、東京五輪開催決まるの記事が出てきた。

1964_3

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March 30, 2009

東京招致のプレゼン評価は 4都市中4位

2016年夏季五輪招致を争う東京、シカゴ、リオデジャネイロ、マドリードの4都市が26日、米コロラド州デンバーで招致プレゼンテーションを行い、東京はユーモアを交えた説明で好印象を与えた。国際オリンピック委員会(IOC[)のギラディ委員(イスラエル)は「リオデジャネイロと東京が最も良かった」と評価した。(共同通信)


招致4都市がプレゼンテーションを行ったのは、国際競技連盟連合(GAISF)などが主催する会議「スポーツアコード」でだ。
約500人の関係者で埋まった中、東京は招致委員会の河野一郎事務総長、橋本聖子外務副大臣、荒木田裕子氏等5人が話をした。
上記の共同通信のほかも、日本の新聞、通信社の報道は、押し並べて東京の招致プレゼンは好評だったと伝えている。

本当にそうなのだろうか?
海外の専門家の見方は違うようだ。

アラウンドザリングという五輪関連のニュースを専門に扱うサイトがある。
3月24日のデンバーで行われた4都市のプレゼンを評価しているので、紹介しよう。

シカゴ A-
東京 B
リオデジャネイロ A+
マドリード B+

意外な結果だ。
東京の評価が最も低い。

東京が五輪を開催するだけの能力を持ちえているかには疑問はない。しかし、「なぜ東京なのか」。
プレゼン後のメディアからは、たった1つの質問しかなかった。

(一部のみ抜粋)

最も評判の良かったリオデジャネイロには、こんな批評が書かれている。

4都市の中で最も熱烈なプレゼンテーションだった。メッセージは、ブラジル政府は大会を支援するために十分な経済力を持っており、2007年にリオで行われたパンアメリカンゲームでは、政府はスポーツ・インフラストラクチャーを作成するのを支援した。カルロスヌズマン招致委会長が、なぜ南アメリカで五輪が開かれていないんだ!と訴えると、会場はリオに大きく賛同した。リオデジャネイロは、「なぜ?」に他の都市よりも適切に答えられた。

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March 25, 2009

なんと IOCの五輪立候補都市の支持率調査は 既に終了

共同通信によれば、IOCのフェリ五輪統括部長は、IOCが独自に実施する2016年夏季五輪招致都市の地元での支持率調査を既に完了したことを明らかにした。

招致委員会による調査ではなく、IOCが独自に実施する支持率調査が、招致可否に大きく影響することは、以前から書いてきた。
2008年のIOC調査では、東京が立候補都市4都市の中で最も支持が低いこともだ。
既にIOCの調査が、終わっていたとは思わなかった。
4月のIOCの現地視察の際だとばかり思っていた。

読売新聞の1月31日~2月1日の世論調査では、東京開催支持が74%まで高くなっているが、なんせIOCの調査はブラックボックス状態だ。
10月のコペンハーゲンのIOC総会まで、詳細は出てこない。

Yomiuri

東京招致委員会調査(2009年1月)
「希望する」 70.2%
「開催を希望しない」 20.4%

東京招致委員会調査(2007年12月) 
賛成 62%
反対 26%
どちらでもない 12%

IOC調査 2008年6月公表
賛成 59%
マドリード90%、リオデジャネイロ77%、シカゴ74%


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March 23, 2009

東京マラソンの優勝賞金は1100万円

3月22日に行われた「東京マラソン2009」は歴史に残るレースである。
というのも、国内初の賞金レースだったのだ。
男女の優勝者に賞金800万円、さらに特別協賛社の東京メトロから副賞の300万円が贈られた。
タイムボーナスも用意されていて、世界記録だったら3000万円、日本記録500万円、コース記録300万円となっていた。

日本国内のマラソンでも、東京を含む6大会(男子は福岡、東京、びわ湖、女子は東京、大阪、名古屋)の賞金化が決まっている。

現在世界で最も高額な賞金が支払われているのは、ドバイ・マラソン。
平坦で記録の出やすいこのコースの賞金は、優勝賞金25万ドル、世界記録でプラス100万ドルという高額だ。
ほかにもニューヨークシティマラソンの優勝賞金は、男女とも13万ドルと随分高い。

日本人選手がマラソンで獲得した賞金の最高は、シドニー五輪の金メダルの翌年(2001年)、高橋尚子がベルリンで世界記録で優勝したときのこと。
優勝賞金5万マルク(約280万円)のほか、2時間23分を切ったタイムボーナスで6万マルク、大会記録、今季最高記録としてそれぞれ1万マルク、世界最高記録のボーナスとして10万マルクの計23万マルク(約1300万円=当時のレート)を獲得したときだ。

2003年にポーラ・ラドクリフ(イギリス)が、ロンドンで世界記録を出して優勝したときは、優勝賞金5万5000ドルのほか、世界最高記録に12万5000ドル、コース新記録に2万5000ドル、2時間20分以内の完走に5万ドルのボーナスが贈られ、獲得総額は25万5000ドル(当時のレートで約3060万円)という凄い金額だった。

また、2007年に大阪で開かれた世界陸上選手権では、マラソンに限らず全ての種目でこの金額が賞金として贈られた。
優勝60,000ドル
2位:30,000ドル
3位:20,000ドル
4位:15,000ドル
5位:10,000ドル
6位: 6,000ドル
7位: 5,000ドル
8位: 4,000ドル

一方、五輪は夏季も冬季も賞金はない、念のため

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March 17, 2009

急遽招致スローガンを変えたシカゴ

五輪招致において、各都市はスローガンを用いている。
短い言葉で、招致の強い意思を表そうという意気込みを伝えるために苦労しているようだ。

2016年夏季五輪招致をめざす東京のスローガンは、
Uniting Our Worlds(世界を一つに)

おそらくこれは海外向けであって、もうひとつ国内向けと思われる
「日本だから、できる。あたらしいオリンピック!」
もある。
都営バスの胴体部分に、招致ロゴとともに書かれているのをよく見かける。

ライバル都市はどうだろうか。

リオデジャネイロは
Live your passion

マドリードは
Games with the human touch

ところが、シカゴは急遽スローガンが変わった。
これまでは
Stir the Soul

であったはずが、
Let Friendship Shine

になっている。

Stir the Soulであると、
英語から他の言語に翻訳した際に
Stir Your Insides
というニュアンスに変わってしまうためらしい。

Let Friendship Shineなら
友情を磨け というような意味だろう。

ここに来てスローガンを変えるとは、シカゴはゴタゴタが続いているようだ。

過去に日本の都市が、五輪開催に立候補した際のスローガンをまとめてみた。

●2008年夏季五輪 大阪市
スポーツパラダイス大阪

●1998年冬季五輪 長野市
地球時代の美しい冬季オリンピック

長野にはもうひとつあった。
国内向けだろうか。

手をつなぎ長野に呼ぼう冬季五輪

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March 09, 2009

シカゴは大丈夫か?(2) トップに五輪経験者がいない

現在のUSOCの会長は、ラリー・プロブスト氏。ゲーム会社を経営していた実業家だ。そして前回のエントリーで書いたようにUSOCはCEOだったジム・シェアが辞任し、ステファニー・ストリータという女性が新たにCEOに就いた。

この人事を巡って、シカゴ五輪招致委員会議長(chairman)のパトリック・ライアン氏が、激怒しているという。
というのもステファニー・ストリータ氏が、全くの五輪の素人らしいのだ。

現在のシカゴ五輪招致チームは、こんな顔ぶれだ。
シカゴ五輪招致委会長 パトリック・ライアン AON(米国有数の保険会社)会長
USOC会長 ラリー・プロブスト 実業家 ゲーム会社経営
USOC CEO ステファニー・ストリータ 実業家 元グリーンベイパッカーズ役員

確かに五輪経験者が、トップに全くいない。
ロサンゼルスタイムス紙によれば、ステファニー・ストリータ氏は100人以上いるIOC委員の25~30人には会ったことがあるそうだが、IOC会長のジャック・ロゲ氏との面識はないとしている。
IOCに人脈がないこの人が、なぜCEOなのか?


では、ほかの立候補都市3都市のトップはどうなっているだろうか。

●マドリード
招致委会長 メルセデス・コーエン 
1992年バルセロナ五輪女子ホッケースペイン代表 金メダルチームキャプテン
スペイン五輪委員会会長 アレハンドロブランコ
実業家 元スペイン柔道連盟会長?

メルセデス・コーエンといったら、スペインの国民的ヒロインだ。
日本で言ったら、東洋の魔女の葛西さんにあたる人物?
マドリードの、市民の支持の高いのは、この人の人気もある。

●リオデジャネイロ
招致委会長・ブラジル五輪委員会会長(兼務) カルロス・ヌズマン
東京五輪男子バレーブラジル代表であり現役のIOC委員でもある。

余談になるが、ブラジルのIOC委員には元FIFA会長のジョアン・アベランジェ氏もいる。
FIFAの会長だった人物だから、元サッカーの選手だと思われているが、実は水泳選手。
1936年のベルリン五輪には競泳選手、1952年のヘルシンキ五輪では水球のブラジル代表選手として五輪に出場している。

そして東京だが、
東京招致委会長 石原慎太郎都知事
JOC会長 竹田恒和氏 ミュンヘン・モントリオール五輪馬術日本代表
なお竹田会長は招致委副会長も務めている。

このように元五輪選手が、トップにいないのはシカゴだけで、アメリカの競技関係者は、このあたりを心配しているようだ。

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March 06, 2009

シカゴは大丈夫か?(1) アメリカ五輪委CEOが急遽辞任

早稲田に太田章准教授という方がおられる。
1984年・88年と、五輪のレスリングフリースタイル90kg級で、2大会連続で銀メダルを獲った方だ。
日本のレスラーとしては最重量のメダリストにして、幻のモスクワから4大会連続五輪代表になったという輝かしい経歴を誇る。

この太田先生が、ソウルで銀メダルを獲ったときに、あるアメリカの選手が5位になった。
その名をジム・シェアといった。
アメリカはアマチュアレスリングが非常に盛んで、五輪5位くらいじゃ、なかなか歴史に残らない。
このジム・シェアが名を残したのは、アメリカ五輪委(USOC)のCEOとして活躍したことだ。
IOC委員の買収問題という、ソルトレークシティ五輪の招致スキャンダルに揺れたUSOCを建て直し、昨年の北京五輪でアメリカが獲得した総メダル数110は、ロサンゼルス五輪(1984年)を除けば史上最高という成果も挙げた。

2016年夏季五輪シカゴ招致の、中心人物のひとりであったこのジム・シェアが、5日急遽USOCを辞任すると発表した。

僅か2日前、景気後退によりスポンサー収入の減少が見込まれるとして、USOCは、425人いる職員を15%まで削減、2009年予算から710万ドルの節減すると、自ら明らかにしたばかりだった。

人員削減したことが辞任の原因であるのか、現時点ではよく判らない。
が、シカゴ招致チームの地盤が、予想以上に脆弱であることは間違いないようだ。

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March 03, 2009

平和を強調する2016年東京五輪

2016年夏季五輪招致を進める東京のコンセプトは3つ。
平和、環境、そしてコンパクトだ。

東京五輪招致委員会会長の石原慎太郎知事は、立候補ファイルの冒頭、IOCのロゲ会長にあてた書簡に「大戦の後自ら招いた戦争への反省のもと、戦争放棄をうたった憲法を採択し、世界の中で唯一、今日までいかなる大きな惨禍にまきこまれることなく過ごしてきました」と記したそうだ。

意地の悪いメディアは、タカ派で鳴らして来た石原知事が、五輪招致のために「唐突な平和を強調(毎日新聞)」と書いた。
五輪を通して平和憲法の意義を伝えることは、国内の賛同を得やすいのではないかと思う。

とはいうが、「東京の平和」は、海外のメディアからあまり触れられていない。
インパクトが弱いのだろうか。

これまでに東京が夏季五輪招致を図ったのは1940年、1964年、2016年の3回。(実際の立候補は1960年もあり4回)
1940年大会は、東京開催が決まっていたが、日中戦争のあおりで返上する。
盧溝橋事件が起こる前から、衆議院議員の河野一郎氏(2016年夏季五輪招致委員会事務総長である河野一郎氏とは同姓同名ながら全くの別人であり、奇縁かもしれない)から開催返上論が出されていた。
この当時の東京は、平和運動である五輪よりも日中戦争を選んだことになる。

1964年の東京五輪は、良い話ばかりが伝えられているが、北朝鮮、インドネシアは直前で大会をボイコット。
台湾は、中華民国としてIOCメンバーであり参加するものの、台湾問題から中華人民共和国は、IOCに加盟していない時期で、もちろん不参加、さらに何と東京五輪開催中の10月16日 中国初の核実験をやってのけ、世界をあっと言わせた。

市川昆監督の映画「東京オリンピック」を見ると、五輪開幕直前、広島の平和公園前で多くの人が、聖火リレーを見守っている様子が伺える。
平和五輪を標榜するならば、平和都市広島をからめてはいかがだろうか。

コンパクト五輪を謳っているため、ほぼ都心のみで競技が行われる。が、例外はサッカーだ。
サッカー会場として、計画にあるのは次の競技場だ。

メインスタジアム(東京都)
札幌ドーム(札幌市)
東京スタジアム(味の素スタジアム、調布市)
埼玉スタジアム2002(さいたま市)
横浜国際総合競技場(日産スタジアム、横浜市)
長居スタジアム(大阪市)

これに広島ビッグアーチを加えてはいかがだろうか。

ビッグアーチは、1994年の広島アジア大会のメイン会場だった。
広島ビッグアーチの聖火は、今も保存されているはずだ。
この聖火は「アジアの融和を果たした象徴で、平和を追求するヒロシマの証」である。

2016年、ギリシャで採火された聖火が、聖火リレーの途中、広島でアジア大会の聖火と一緒になる、なんてのはどうだろう。

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February 23, 2009

2016年から変わるかも?五輪テレビ放送(下)

2016年から変わるかも?五輪テレビ放送(上)

2月18日、IOCは、2014年ソチ五輪および2016年夏季五輪の、ヨーロッパ40カ国における放映権をドイツの代理店SPORTFIVEに売ったと発表した。

この契約は、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、トルコおよびイギリスを除くヨーロッパ各国を対象として、Free-to-airと呼ばれる様々な言語で放送されている衛星放送、会員制有料テレビ放送、インターネットおよび携帯電話を含むすべてのメディア・プラットフォームを横断しての権利が含まれている。

フランス、ドイツ、スペイン、イギリスとは、直接交渉が現在も続いているが、既に、イタリアとトルコは、それぞれSKYイタリアおよびフォックス・トルコが放映権を獲得している。

1956年のメルボルン五輪から、ヨーロッパはEBU(欧州放送連合)が窓口となりIOCと契約し、良質の映像をヨーロッパ各国に提供し、オリンピック運動の普及に大いに貢献してきた。
ところが2014・16年五輪からこれが崩れることになったのだ。

IOCとSPORTFIVEとの契約に
「この合意は、オリンピック大会の放送中の刺激的な新時代を迎える」
とIOCジャック・ロゲ会長は言っている。
が、これまでIOCは冬季五輪に100時間、夏季五輪には少なくとも200時間の地上波無料放送することが望ましい、としてきた。
今後も無料放送が続くのか、またネット、携帯で五輪がどう配信されていくかも、注目といえよう。

そもそも、昨年2008年12月 EBUは、EBUが提示していた2014年ロシア・ソチ冬季五輪、16年夏季五輪のヨーロッパ向け放送権料額を、IOCが拒否したと発表している。
最近の五輪向けにEBUが、支払ってきた放映権は下記のような金額になる。

2006年トリノ五輪 1億3500万ドル
2008年北京五輪 4億4300万ドル
2010年バンクーバー・2012年ロンドン五輪 7億4000万ドル 

そして
EBUは、2014年ソチと2016年五輪に IOCから10億ドル以上を要求された、としている。

そして交渉決裂。
IOCは、1956年から50年以上続けてきたEBUとの関係を破棄、今回のSPORTFIVEとは3億1600万ドルの大型契約となった。

額が4年前、8年前よりも下がっている訳ではない。
既に別途契約をしているイタリア、トルコは含まれていないし、今後個別に交渉するイギリス、フランス、スペイン、ドイツは当然含まれていないのだ。

IOCの狙いが、EBU加盟のヨーロッパの大国の放送事業者との個別交渉で、放送権料収入の増加を計ることは明確だ。

この流れは韓国でも起きている。
韓国の五輪放送は、これまでKBS、SBS、MBCが同時に同じ競技を中継してきた。
日本でいうジャパンコンソーシアムにあたる韓国アソシエーション(KA)が、IOCと契約し、韓国内での人気種目は、複数局同時放送をしてきた。
ところが2010年・12年五輪、さらには2014年・16年五輪はSBSの単独での放映権獲得となった。
SBSとは、北京五輪の開会式のリハーサルの模様を勝手に放送してしまい、中国の怒りを買った放送局といえば覚えている人もいるかもしれない。

2010年バンクーバー五輪と2012 年ロンドン五輪に3,300万ドル、2014年ソチ五輪と2016年夏季五輪に3,950万ドルという契約をしている。
この契約は2014年ソチ五輪開催決定以前になされたものである。
2014年冬季は、開催地を巡って平昌とソチが争ったのだが、「平昌が勝てるのではないか」という見込みがあったようだ。

さて、五輪放映権の過半数を払うアメリカ(NBC)、国別では世界2位の金額を払う日本の放映権交渉は未だ始まっていない。
ともにシカゴ、東京という有力候補を抱え、特にNBCの意向が、IOC委員の投票にも大きく影響するからだ。

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February 17, 2009

シカゴの著名2紙による、投票が面白い

2016年夏季五輪を東京と争うシカゴには、2つの有名な新聞がある。
ひとつは、シカゴトリビューン 全米でも屈指の高級紙といわれる。
もうひとつは、シカゴサンタイムズ こちらはタブロイド版で、庶民に好まれる新聞だ。
この二紙が、ウェブサイト内で読者による投票を行っている。

サンタイムズの方は、ずばり「シカゴにオリンピックが来て欲しいですか?」
トリビューンの方は、「シカゴを代表するスポーツ大使は誰ですか?」おそらく、IOC総会での、プレゼンテーションを念頭に置いたものと思われる。

Chicago Sun-Times
Vote

The Chicago Tribune
Tribune

サンタイムズの結果は、シカゴ庶民の本音と見るべきだろうし、トリビューンの投票の結果、1位は文句なしのマイケル・ジョーダン。
コペンハーゲンのIOC総会に、オバマ大統領と、マイケル・ジョーダンが現われたら、東京の勝ち目はないかもしれない。

しかし、電通出身で東京五輪招致委事務次長 槙英俊さんのコメントが外電で入ってきている。

"We don't have Barack Obama. We don't have Michael Jordan. We are not led by the big stars."
But, he said, any "cult of personality" will be overshadowed by the strength of Tokyo's bid.

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February 13, 2009

シカゴだって財政保証はもたついている

昨日、IOCに届けられた東京の立候補ファイルの内容が公表された。
大会理念には「平和に貢献する 世界を結ぶオリンピック・パラリンピック」を掲げ、大会開催を通じて平和の尊さを訴えている。
最先端の技術を駆使したCO2の削減など環境の重視や、都心部に競技施設を集結させ、1964年の東京五輪の施設も活用したコンパクトな大会としている。
財政保証は、国会決議、閣議了解が間に合わなかったが、政府が保証する旨の麻生首相の署名入りの文書が添付された

一方、ライバルのシカゴには、5億ドルの財政保証が立候補ファイルに明記されている。
しかしながら、イリノイ州からの別途1億5000万ドルの補助の記載は見当たらない。
これは、ブラジェゴビッチ元イリノイ州知事のスキャンダルのせいだという。
しかし、州の保証はIOCも必要であると見ているため、シカゴ招致委は、今後数週間以内に新しい保証を得なければならない。

(注:推測だが、5億ドルの財政保証は連邦政府、1億5000万ドルの補助は州政府という内訳になっているのだろう。ブラジェゴビッチスキャンダルとは、昨年12月9日、バラク・オバマ大統領の後継となる上院議員を指名する見返りに、イリノイ州知事だったブラジェゴビッチが、候補者から金銭を受け取ろうとした疑いでFBIに逮捕された事件。)

そしてTIMES ONLINE には、シカゴの経済状態を憂う記事が出ている。
シカゴは先月4億6900万ドルの財政赤字(£323million)を発表し、900人を超える公共部門労働者を解雇することを計画している。州監査役(ダン・ハインズ)は、2010年にイリノイ州は$9billion(£6.2billion)という史上最悪の財政赤字に見舞われると警告した。

billionの単位はイギリスとアメリカで異なるが、アメリカ式に10億=billionとしたら、$9billionは約1兆円、イギリス式に1兆=billionとしたら、$9billionは約1000兆円になる!

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February 10, 2009

国会決議間に合わず 東京五輪招致(追記あり)

2016年五輪の東京開催を目指す招致委員会の代表3人が10日午前、立候補ファイル提出のため成田空港からスイス・ローザンヌのIOC本部に向け出発した。
立候補ファイルの中に、招致委が盛り込みたかった国会決議は間に合わなかった。

五輪やW杯の招致、あるいは万博の際には、政府保証の意味として閣議了解がある。
例えば直近の巨大イベントである2002年サッカーW杯招致の際には、下記のような閣議了解がされた。

W杯の開催は国際親善、スポーツ振興などに大きな意義がある。またW杯についてのFIFAの要求事項の政府の保証については、現行国内法の範囲内での対応で、円滑な開催を図ることができるので、W杯を日本サッカー協会が我が国に招請することを了解する。
なお、政府としては財政改革の推進が引き続き重要な課題であることを踏まえ(1)施設の整備などの公共事業については必要性を十分に検討、通常の公共事業費の中での優先配分により対処し、新たな国の特別な財政措置は講じない(2)大会運営費は適正な入場料の設定などの収入でまかなう――との方針で対処する。
(要旨のみ1995年2月)

W杯のときは、この政府保証をもって、正式な招致活動に入った。
出入国許可、安全対策などから税金まで、W杯開催に絡む政府保証の範囲は広く、日本政府内の関係する省庁は13(当時)にもなり、閣議了解を得るために、そのすべての役所の了解を取っている。

一方、国会決議は、過去の五輪招致の際にいずれもされている。
招致に成功した東京、札幌、長野は全会一致、失敗した名古屋、大阪は多数決という記録がある。
例えば、大阪の際は下記のような内容だ。

「我が国において、東京オリンピック以来となるオリンピック夏季競技大会を開催することは、国際親善とスポーツ振興にとって意義深い」(2000年衆参両議院で決議)
と、大阪市への夏季五輪招致活動の強力な推進と準備態勢強化を提唱した。

2016年五輪を目指す東京にとっては、国会決議は絶対条件ではないが、あればそれだけプラスに働いたことは間違いない。

Ketsugi


東京のライバルシカゴは、IOCに提出する「立候補ファイル」を1936年ベルリン五輪で陸上男子4冠に輝いたジェシー・オーエンスの孫のスチュアート氏に託し、12日にスイス・ローザンヌのIOC本部に持参すると発表した。
とはいうものの、実際の立候補ファイルは事前にIOCに送付されるようで、オーエンスの孫のIOC訪問は象徴的なようだ。


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February 09, 2009

東京よりも低い シカゴ市民の五輪支持

2016年夏季五輪招致を進める東京のライバル、シカゴの市民の支持率が、東京よりも低いことが判った。
シカゴの地元有力紙シカゴ・トリビューンによると、2016年夏季五輪招致に対するシカゴ市民の現在の評価は下記のようになる。

○五輪開催
賛成 64%
反対 28%

○開催費用に税金を使うこと
賛成 23%
反対 75%

○税金を使わず、民間資金だけで賄う
難しい 54%
大丈夫だろう 42%

この調査は今月4、5の両日、同市民350人を対象に実施され、立候補した4都市が、詳細な開催計画などを記し、IOCに提出する立候補ファイルに盛り込まれる。

シカゴの1年近く前の支持は、
強く賛成 54%
やや賛成 30%
反対   6%
(2008年4月)

これから、1年近く経ち、オバマ効果どころか、市民レベルでは支持が後退している。
景気の大幅後退で、税金が五輪に使われることを市民が危惧しているようだ。
シカゴでは、五輪招致反対のサイトが現われ、反対集会も行われている。

東京に少し追い風が吹いてきたかも・・・。

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February 05, 2009

財政保証の意味が伝わっていない 朝日新聞

2016年東京五輪招致における政府の財政保証に関して、昨日朝日新聞の「声」欄にこんな投書が載った。
前後は省略させていただく。

さらに(東京五輪)を開催して赤字が出た場合は政府に補填してもらうという姿勢に、あきれ果てました。 (東京都 会社員)

これを見て筆者も愕然とした。
全く財政保証の意味が理解されていないのだ。

政府による財政保証は、世界的な経済不況やテロの脅威など、不慮の事態に五輪も直面する時代にあって、ロゲIOC会長が重視している招致条件の一つだ。2012年のロンドン五輪、2014年のソチ五輪も英露政府は、全面支援を確約しており、東京は「政府保証が得られなければ、勝ち目はない」とまで言われている。

これまで、日本政府は国際競技大会に対し、財政保証をしたことはない。
例えば、日本が立候補し、ニュージーランドに惜敗した2011年ラグビーW杯の招致の際は、国際ラグビー機構(IRB)の求める政府による財政保証をできなかったことが、ニュージーランドに敗退した要因の一つになっている。

この投書の元になった朝日の記事だが、財政保証が決まったと報じる読売ほかとは異なり、財政保証を検討としかなく、ロンドンも、ソチも財政保証があったから招致成功したこと、もし保証がなかった場合の招致は難しい という、説明はない。

朝日新聞が、東京五輪招致に否定的であるとは思わないが、この記事については、あえてミスリードを誘うつもりかと、疑問を持った。

以下が朝日の記事だ。

Asahikiji_2


 

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February 04, 2009

2016年から変わるかも?五輪テレビ放送(上)

東京都が進める2016年夏季五輪招致、東京五輪招致委員会は大会運営の予算案をこのようにしている。
施設整備費とは異なり、大会運営には、東京都は一銭も出さないというのだ。

●2016年東京五輪運営費
テレビ放映権 684億円
企業協賛金  342億円
チケット収入 759億円
開催都市負担金 0
宝くじ・寄付等 114億円
合計     2,943億円

予算の内、チケット収入と並んで大きいのがテレビ放映権だ。
1984年のロサンゼルス五輪以降、五輪の商業主義化が徹底されるようになった。
五輪ビジネスを支えているのがこのテレビ放映権だ。
下の表を見てほしい。ロサンゼルス五輪以降、その額が飛躍的に伸びていることが判るだろう。

Television

そして、この巨大なテレビ放映権料は、過去の五輪では、次のように各組織が手にしている。

大会組織委員会 60%
IOC      10%
国際競技連盟  14%
USOC     5%以上
他のNOC   8~9%
WADA     2%

60%を大会組織委員会が得て、10%をIOCが、14%を国際競技連盟、そしてテレビ放映権を最も払っているアメリカのUSOC(アメリカ五輪委員会)が5%、残りをNOC(各国内五輪委員会)とWADA(世界反ドーピング機関)が得ている。
国際競技連盟とは国際陸連とか、国際水連、国際サッカー連盟といった競技団体の総称だ。

USOCは、この5%の金額をアメリカの選手強化に当てている。
NBCが、直接USOCに相当分を払うのではなく、一度組織委員会に入れてからUSOCに戻すという変則的なやり方が採られている。

何故アメリカだけそんな特権があるのか?
というのも、アメリカのテレビ局が支払う放映権料が、全放映権の50%にも及び、アメリカに発言力があるためだ。

北京五輪でも、競泳や体操が午前中に行われたのを覚えているだろう。
あれは、莫大な放映権料を支払ったNBCのごり押しに組織委員会が負けたのだ。
アメリカの東海岸に住む人々が、就寝前にベッドでマイケル・フェルプスの活躍を見るために、NBCが圧力を掛け、選手が大変な思いをした。

アメリカで五輪放送といえばNBC、日本はNHKと民法の合同のジャパンコンソーシアム、ヨーロッパは各国の国営放送、公共放送が参加するヨーロッパ放送連合が担当するのが、当然だった。
ところが、2016年五輪から、その体制が崩れそうなのだ。

以下続く
2016年から変わるかも?五輪テレビ放送(下)

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February 03, 2009

びっくり!W杯に中国でなく韓国が立候補

2月2日が、2018年・22年のサッカーのW杯の開催意思表明の期限だったが、ぎりぎりのところで韓国が名乗りを挙げた。

現時点で立候補意志を確認できるのは

・オーストラリア
・イングランド (1966年開催)
・インドネシア
・日本 (2002年開催)
・メキシコ (1970・86年開催)
・カタール
・ロシア
・韓国 (2002年開催)
・アメリカ (1994年開催)

以上は単独開催を念頭の挙手だが、

・オランダ&ベルギー
・スペイン(1982年開催)&ポルトガル

の組み合わせで共同開催の立候補表明もある。
が、FIFAのブラッター会長が、単独立候補が複数あった場合、共催での招致を除外するとの原則を明らかにしており、2006年ユーロ王者のスペインの動向が注目される。

なお、立候補が濃厚と見られていた中国は取り止めた。
代わりにと言っては語弊があるが、韓国が立候補を表明。
韓国は、韓国サッカー協会会長に決まった趙重衍氏と、鄭夢準FIFA副会長の話し合いによって決めたという。
モンジュン氏の日本への対抗心も相変わらずだな。

2002年の時点よりもW杯のスタジアムの基準は厳しくなっており、80000人以上収容のスタジアム1、40000人以上収容のスタジアム11が必要だ。
日本は、2002年に決勝を行った日産スタジアム(横浜国際競技場:70000人収容)でも基準に満たない。
そのため、2016年東京五輪の招致に成功し、晴海に新スタジアム(最大100000人収容)ができることが前提条件の立候補である。

北京五輪で50個の金メダルを獲った中国だが、男子サッカーの実力は低く、国内リーグでも暴行事件、八百長事件等が起きている。
中国代表チームのW杯予選突破は2002年の1度のみ。
しかも0勝3敗で終わった。

●中国代表 W杯戦績
2010年大会 アジア2次予選グループ1組4位敗退
2006年大会 アジア2次予選グループ4組2位敗退
2002年大会 本大会1次C組0勝3敗で敗退←唯一の本大会出場
1998年大会 アジア最終予選A組3位敗退
1994年大会 アジア1次予選A組2位敗退
1990年大会 アジア最終予選4位敗退
1986年大会 アジア2次予選ゾーンB2組2位敗退
1982年大会 アジア最終予選2位敗退 ←予選初参加

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January 28, 2009

この時代であっても 東京五輪は日本を知らせる絶好の機会だ

1月27日 昨年日本を訪れた外国人の数(推定)が、JNTO(日本政府観光局)により公表された。
日本を訪れた外国人は835万人。
が、世界的な不況と急速な円高で後半5か月の観光客が減少し、2007年よりもわずか0.1%増に留まった。

世界で最も外国人が訪れる国はフランス(7910万人)、以下スペイン(5850万人)、アメリカ(5110万人)、中国(4960万人)、イタリア(4110万人)、イギリス(3010万人)と続き、日本への外国人の訪問者数は世界30位。
日本の順位は、同じアジアの中国、香港、タイ、マカオ、シンガポールへの訪問者数を下回っている。日本が極東に位置し、海外からの観光客が訪れにくいという理論は、当てはまらないことになる。

ちなみにフランスの人口は6450万人、スペインは4300万人、イタリア5800万人、イギリス6000万人、いずれも1億2500万人の日本の半分以下に過ぎない。

これから判ることは、実は、日本はほとんど海外に知られていないこと。
アニメだったり、日本食だったり、日本の優れた文化は断片的に知られていても、なかなか全体像は見えていない。
他人の目に触れられない日本人は、自身の姿を正確に捉えられないのではないだろうか?

とすれば、2016年の東京五輪は、日本を知らせる絶好の機会ではないか。
いい悪いは別にして、北京五輪の前後1年間で、世界の多くの人は、中国の現状を初めて目のあたりにしたはずだ。

1964年の東京五輪は、国際社会への日本の復帰を鮮烈に印象付けたが、40年以上昔の話であり、メディアや交通機関の発達は現在とは比べようがない。
もちろん、サッカーのW杯はじめ、世界の注目を集めるイベントは五輪だけではない。
だが、2012年の五輪開催を争ったのはイギリス、フランス、アメリカ、スペイン、ロシア。
2016年開催地を日本と争っているのは、アメリカ、スペイン、ブラジル。
大国の首都がこぞって招致を目指す現状を見ると、五輪開催の意義、効果は決して失われてはいないだろう。

1988208

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January 26, 2009

オリンピック選手続出 スペイン王室

五輪の運営にボランティアは欠かせないが、マドリードでは早くも20000人の登録があるという。
最新の世論調査でも、スペイン国民の、開催支持 92%という驚異的な数字が公表された。
ここまで高いと、北京五輪招致時の中国並み(96%が賛成)に近いものがある。
マドリード市民は、既に五輪がマドリードに来るものと勘違いしているのではないか?

とはいうものの、スペインでは社会全体がマドリード支持を表明しているのだ。
政府、王室、国民が支持し、さらに昨年12月16日、スペイン議会は、すべての政党によるマドリード招致支持が決議された。
また65の企業がスポンサーとして、2000万ユーロ(約23億円)を招致費用に提供している。

スペインなど西欧諸国では、社会にスポーツ・五輪が根付いている。
スペイン王室自らが、五輪出場を果たしていることからも伺える。

夏季・冬季を問わずに五輪の開会式では、国家元首(に相当する人物)による開会宣言が行われる。
1992年のバルセロナ五輪で、開会宣言をしたスペイン国王フアン・カルロス1世は、ヨットのスペイン代表選手として鳴らした人物だ。
ミュンヘン五輪で15位という記録がある。
また、同じくスペイン王室のクリスチーナ王女、フェリペ皇太子もそれぞれソウル五輪とバルセロナ五輪に出場している。 
クリスチーナ王女の夫君、ウルダンガリン氏はハンドボールのスペイン代表選手だった人物で、バルセロナ五輪の金メダリストである。

このバルセロナ五輪の開会式で、スペイン選手団の旗手を務めたのがフェリペ皇太子。
ヨット・ソリング級に出場、惜しくも6位に終わった。
とはいうものの、カタルーニャ人のパートナーと3年間一緒に練習し続け、選手村で一般選手と同じ生活をするなど、対立していたスペインとカタルーニャの融和に努めた活躍は、金メダル級と評価された。
190センチを超える長身、バルセロナ五輪の開会式ではスペイン選手団の旗手を務めた勇姿は、今もスペイン国民の誇りとして語り継がれている。


日本でも皇室関連で、五輪出場を果たした人物がいる。
JOCの竹田恒和現会長だ。
旧皇族竹田宮恒徳王の三男で、今上天皇の「はとこ」にあたる竹田会長は、馬術競技でミュンヘン・モントリオール五輪の出場経験がある。

そういえば、五輪出場経験のある首相もいたはずだが、忘れてしまった(笑)。

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January 23, 2009

東京のライバル シカゴは不況でなかったのか?

かつて東京五輪招致に否定的だったスポーツライターのT木氏。
アメリカ発の金融危機で、アメリカ経済が落ち込んだのを受け、東京にチャンス到来とコメントした。

その理由のひとつとして、ニューヨーク・ヤンキースに次ぐMLBの人気球団であるシカゴ・カブスが、07年から譲渡先を探しているもの、買い手が付かない件を挙げていた。

ところが、ついにカブス買収が決まった。

シカゴの富豪リケッツ家が新オーナーとなり、その買収金額は9億ドル(約800億円)というすごい額だ。
円高が進む以前の円相場であれば1000億円にもなろうとする額である。

シカゴは金融危機で、大不況でなかったのか?

ここ10数年のMLBの球団譲渡の例を挙げた。
これらと比較しても破格の金額である。

●2006年1月 シンシナティ・レッズ 
2億7000万ドル(約310億5000万円 但し所有権の70%)

●2005年1月 ミルウォーキー・ブルワーズ
2億2300万ドル(約227億円)

●2004年1月 ロサンゼルス・ドジャース
4億3000万ドル(約455億円)

●2003.年5月 アナハイム・エンゼルス
1億8000万ドル(約210億円)

●1999年1月 フロリダ・マーリンズ
1億5000万ドル(約170億円)

●1997年8月 ロサンゼルス・ドジャース
3億5000万ドル(約480億円)


ちなみに筆者の知る限りで、プロスポーツチームの買収の最高額は、マルコム・グレイザー氏がマンチェスター・ユナイテッドを買収したときの金額で7億9000万ポンド(約1627億円)。(2005年5月)
マルコム・グレイザーはNFLバッカニアーズのオーナーでもある。

また、ソフトバンクが福岡ダイエーホークスを買収した際(2004年12月)は、こんな金額だった。
●ホークス球団株(発行済み株式の98%) 50億円
●米投資会社コロニー・キャピタルが所有していた球団の物品販売などの興行権 150億円
●福岡ドームの賃借 年間48億円
(同じくコロニーが所有し、30年間という長期契約だったが、20年後に解約できる条件が付いた)

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January 19, 2009

東京五輪開催賛成 70.2%という数字が出ているが・・・

東京五輪招致委員会は、15日開催支持を問う世論調査の結果を発表した。東京開催を「希望する」としたのは70.2%で、国際オリンピック委員会(IOC)が昨年6月に調査・発表した東京での支持率(59%)より約11ポイント上昇した。

東京が世論調査の結果を公表するのは2度目だ。
IOCによる調査を含め3回目となる。

2007年12月 賛成62% 招致委のインターネットによる調査 対象全国6000人
2008年6月 賛成59% IOCによる調査
2009年1月 賛成70.2% 招致委のインターネットによる調査 対象全国3000人

今回の結果は、来月、IOCへ提出する立候補ファイルにも盛り込まれるのだが、再びIOCによる世論調査が行われる。

今回の招致委の調査について疑問がある。

・なぜインターネットによる調査なのか
・なぜ実施機関を明らかにしないのか

ネット調査は、かなり浸透しているとは思う。
が、YAHOOリサーチでも楽天リサーチでも、ネット調査は事前に調査に参加したい人が登録するシステムを採っている。
いわば「答える気が満々」の人がその対象になる。
そのため、対面調査や電話調査よりもバイアスが掛かると、筆者は考えている。

麻生内閣支持19%といったマスコミが行う世論調査は、無作為に対象者を抽出した電話によるな調査で、ネット調査ではない。

一方、ライバルのシカゴが公表した世論調査は、
強く賛成 54%
やや賛成 30%
反対   6%
という結果が出ている。

この調査はゾグビー社による昨年4月の調査である。
ゾグビー社は1984年創立という比較的新しい会社ながら、大統領選の予測を見ても、老舗のギャラップ社などよりも正確な数字を出していることで有名だ。

ゾグビー社による調査というだけで、数字の信頼度が高いと認識される。

ちなみに2008年夏季五輪に立候補落選した大阪市の調査結果をご覧に入れよう。
1997年8月 大阪市による調査 賛成74.8% 反対9.4%
2000年12月 招致委による調査 賛成76.3% 反対6.3%
2001年    IOCによる調査 賛成51%

大阪五輪招致委員会は、750人を対面調査し、76.3%の賛成を導き出していたが、IOCによる調査では51%の賛成しか得られなかった。
この両者の数字の乖離が、落選の要因のひとつだという人もいる。

東京の公表した70.2%という数字は、本当に大丈夫だろうか?

●参考記事
東京五輪招致のパンフが都営地下鉄においてあったのだが・・・

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January 14, 2009

東京はYOUTUBEを使った広報戦略を考えたらどうだろう

Tokyo 2016 promotional video 4,232
Rio 2016 Bid Video | Candidate City - Candidatura 22,777
Madrid's 2016 Olympic Bid 10,292
Chicago 2016 candidate city 31,286

この数字がなんだかお分かりだろうか。
2016年夏季五輪に立候補している4都市を紹介する映像が、YOUTUBEで何回見られているかを示している。(数字は2009年1月14日現在)

シカゴが1位、リオデジャネイロ、マドリードと続き、東京は4位に甘んじている。
東京の広報の苦戦振りが垣間見えるが、注目すべきは、4都市とも映像をYOUTUBEにアップしたのが個人であることだ。

例えば東京の映像を自分のチャンネルにアップしたのは、バルセロナ在住のSrHornという人物。
この人のプロフィルが正しいかは判らないが、問題にしたいのは招致委員会関係者が、YOUTUBEを利用するという発想にないことだ。

立候補補都市東京を紹介する「Tokyo 2016 promotional video」の元々の映像は、招致委員会のサイトの中http://www.tokyo2016.or.jp/jp/movies/で見ることが出来る。
でも、これがどんなにいい内容だったとしても、招致委員会のサイトに来なければ見られないのでは、余りに受身過ぎではないか?

現在、新聞・テレビが情報を管理する過去のやり方は劇的に変わっている。
人々が直接情報に接し、伝える余地が広がっているのだ。
インターネットにおけるYOUTUBEこそ、まさにそのためのツールである。

間もなくアメリカ大統領に就任するオバマ氏が、昨年人種問題について語った37分間の演説は、YOUTUBEで数100万回再生されたという。
いったん大衆の心をつかめば、ネットを通じて加速度的に広まるのがネットの原則だ。
招致委員会も市民(都民)の支持をアップさせるためにYOUTUBEを活用することはいかがだろうか。

オバマ氏やクリントン氏は、選挙中YOUTUBEでディベートも行った。
予め市民から投稿ビデオの形で質問を募り、(3000本来たという)その中から選ばれた40の質問に両人が答えるというもの。
通常の討論会では得られない質問も飛び出したという。
東京五輪招致委員会がこうしたYOUTUBEを用いたディベートを実施したら、都民からはおそらく「財政に関する」質問が多く来るだろう。

五輪招致→莫大な費用がかかる→都の財政を圧迫→だから反対

このイメージが、東京支持の上がらない理由のひとつだ。
これを機会に、このイメージを解いてやればいい。

筆者がYOUTUBEで見てみたい映像は、こういったものだ。
昨年、パンアメリカンオリンピック委員会(10月)、アジアオリンピック評議会(10月)、欧州オリンピック委員会(11月)のそれぞれの総会で、立候補4都市のプレゼンテーションが行われた。
この模様はほとんど報道されることはなく、しかもライバル都市のプレゼン内容は、全く伝わらなかった。
近年の五輪招致では、IOC総会でのプレゼンテーションの内容が、開催都市決定に大きく影響している。
ロンドン決定の際は、セバスチャン・コーの、ソチ決定の際にはプーチン大統領の存在が大きかった。
本番のIOC総会を占う意味でも、是非見てみたい。


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January 09, 2009

高い?東京五輪招致費用は55億円

東京都の2009年度予算編成で、石原慎太郎知事による知事査定が始まった。2016年夏季五輪招致には1046億円を計上し、このうち1000億円を開催準備基金に積み立てる。これとは別に招致機運の盛り上げのイベントなどのため、22億6000万円をかける。

東京五輪招致委員会では、五輪の競技施設整備費を3249億円、組織委員会予算を1790.5億円、招致活動予算を55億円と見積もっている。
この施設整備費、組織委員会予算を、ほとんど国と民間の拠出でまかなうつもりだ。
不測の事態も考慮して、2006度から4年で4000億円を積み立て、開催準備基金とする計画だった。
この基金の積み立て4000億円も2009年度で終わる。
これで財政面に疑問符がつくことはない。

夏季五輪に立候補している4都市の招致予算は下記の金額を見積もっている。

東京 4800万ドル
シカゴ 4700万ドル
マドリード 4004万ドル
リオデジャネイロ 4200万ドル

東京の場合、55億円を想定し、1ドル115円で計算し4800万ドルとしていたが、急激に円高が進んだので、現在のレートでは5950万ドルにもなってしまう。

さて、日本が戦後五輪に立候補した回数は9回。
3勝5敗(2016年東京を除く)と負け越している。